毎度のことだが、女子バレーが始まると落ち着かなくなる。とくに今回はそうだ。『北京』がかかっている。ブログも書けない。北京五輪世界最終予選兼アジア予選。17日以来、心臓によくない日々が続いたが、23日にやっと落ち着いた。韓国戦を3-1で制し、切符を手にした。先ずはめでたしである。
今回、スピードアップには目を見張った。特にバックアタックでの1秒の壁への挑戦はみごとであった。第一試合のポーランド戦ではおもしろいぐらい決まった。さらに、櫻井、多治見の復活、狩野の参加と、顔ぶれに変化もあった。ただ惜しむらくは未だ腰痛の癒えない大山加奈のメンバー落ちだ。『控えのカナ』が遠望できない。柳本ジャパンの重要な付加価値のひとつを逸失したことは辛い誤算であった。
わたしはかつて本ブログで彼女たちを「排球の佳人たち」と呼んだ。「佳人」については何度か述べた。本稿では「排球」について考えてみたい。
バレーボールは19世紀末葉に米国で生まれた。格闘技や祭事に由来するスポーツではなく、新種のそれとして新大陸で発祥した。野球もバスケットボールも同様である。その辺りの事情については06年11月16日付本ブログ「捕手は投手に従え??」に記した。
英語で表記すると「volley」である。『ボレー』、サッカーの「ボレーシュート」の「ボレー」だ。テニスにもある。いずれもボールが地に着く前にシュートすることをいう。一説によれば、テニスのラケットを素手に替えたのがバレーボールだともいう。『ボレー』が『バレー』にどう変訛したのか、あるいは変訛ではないのか、浅学にして知らない。
さて「排球」である。「野球」は判りやすい。「籠球」はカゴからの連想。コートは中庭の意だから「庭球」も明確。「卓球」も然り。「蹴球」はそのものズバリだ。そこにいくと、排球は判りずらい。魚目燕石の解釈をすると、件の「ボレー」が字源ではないか。ボールを自陣内に着地させてはいけない。自陣の地面より排する。そこからきたのではないだろうか。逆にいえば、敵陣に着地させれば得点となる。とするとほかの日本語名と比べ、見た目ではなくルール、内容に来由する命名といえよう。
さらに山雀利根を重ねる。按排、排列という言葉がある。按配、配列と同じ意味だ。となると、「排」には「配」の字義があるといえる。3回を限度として自陣の中でボールを配り、順序立てることが許される。つまりは按排し、排列できるのだ。どこかの洒落者が「配球」を「排球」としたのかもしれない。いずれにせよ、外形的名称ではない。
『北京』を決めた第5戦。なんといっても痛快だったのはSHINだ。プレーはもちろんだが、試合後のインタビューである。
背番号順に一列に並んでインタビューを受ける。最初は番外のキャプテン、3番・竹下。「やっとスタートラインに立っただけ」さすがにリーダーの発言である。次は1番・栗原。にこりともせずに同趣旨のコメント。4年前の大はしゃぎとはまるっきり違う。エースの風格が漂う。2番・ベテラン多治見。そつのない受け答え。さらに4番・大村。笑顔で大阪弁。明るい。
そして、5番・高橋である。
感想を求められ、(それまでの笑顔が消えて)「本当にうれしいです。チーム一丸となった結果です」
北京への抱負は、(少し間を置いて)「とにかくあしたもあるので、気持ちを切り替えていきたい」
木で鼻を括った返事。鰾(ニベ)もない。明らかに強く抑制を利かせた言葉遣いだ。壮語どころか、いかなる言質も与えまいとする応対だ。中半(ナカバ)嗤いながら、軽く去(イ)なしている。取り付く島もない。
となりは6番・佐野。アテネの時は直前でレギュラーを降ろされ、フランスへ武者修行。捲土重来の北京だ。案の定、インタビュアーがそれに触れる。と、画面の外からSHINの声が。
「まーた、泣かそうとしてる」
佐野は堪(コラ)えきれずに落涙。SHINが小柄な佐野をしっかとわが胸に掻き抱く。あたかもいじめられっ子を護るように。
この5番、6番の遣り取りが痛快だったのである。その後の7番・杉山、12番・木村でも家族の支え、同僚の死をお涙頂戴調で取り上げる。ショウアップされたオープニングセレモニーといい、プレー途中の浪花節擬(モド)きのアナウンスといい、タイムアウト明けのドラマ仕立ての選手紹介など、とかくに民放は演出過剰なのだ。そんなことをしなくても充分視聴率は稼げるし、盛り上がってもいる。小さな親切、大きなお世話というものだ。
牽強附会、郢書燕説を重ねる。
―― SHINにはそのような報道のあり方が「心外」だったのではないか。アスリートにとってはコートだけが戦場であり舞台だ。殊更にプライバシーを肴にされることに辟易していたのではないか。または、大会直前までレギュラーから外されていたことに話柄が転ずるのを回避したか。満身創痍が強調され、その中での奮戦を称賛されては敵わないと予防線を張ったのか。いずれにせよSHINの沽券が関わっていたのは想像に難くない。
かつて、感涙して「仕事」にならないアナウンサーの代役を機敏に果たした彼女である。並の選手ではない。SHINの「心情」を忖度するに、いま自身がバレー人生の奈辺にあるのかも聡明に見据えているにちがいない。
天稟に恵まれているとはいえ、「心身」にわたる言語に絶する鍛練と試練を経て戦場に立つアスリートたち。そこいらのバラタレと同列にされてはたまったものではない。
SHINはテレビメディアの状況に「排」を突き付けたのではないか。やはり、「排球の佳人」は健在だった。 □
☆☆ 投票は<BOOK MARK>からお入りください ☆☆
今回、スピードアップには目を見張った。特にバックアタックでの1秒の壁への挑戦はみごとであった。第一試合のポーランド戦ではおもしろいぐらい決まった。さらに、櫻井、多治見の復活、狩野の参加と、顔ぶれに変化もあった。ただ惜しむらくは未だ腰痛の癒えない大山加奈のメンバー落ちだ。『控えのカナ』が遠望できない。柳本ジャパンの重要な付加価値のひとつを逸失したことは辛い誤算であった。
わたしはかつて本ブログで彼女たちを「排球の佳人たち」と呼んだ。「佳人」については何度か述べた。本稿では「排球」について考えてみたい。
バレーボールは19世紀末葉に米国で生まれた。格闘技や祭事に由来するスポーツではなく、新種のそれとして新大陸で発祥した。野球もバスケットボールも同様である。その辺りの事情については06年11月16日付本ブログ「捕手は投手に従え??」に記した。
英語で表記すると「volley」である。『ボレー』、サッカーの「ボレーシュート」の「ボレー」だ。テニスにもある。いずれもボールが地に着く前にシュートすることをいう。一説によれば、テニスのラケットを素手に替えたのがバレーボールだともいう。『ボレー』が『バレー』にどう変訛したのか、あるいは変訛ではないのか、浅学にして知らない。
さて「排球」である。「野球」は判りやすい。「籠球」はカゴからの連想。コートは中庭の意だから「庭球」も明確。「卓球」も然り。「蹴球」はそのものズバリだ。そこにいくと、排球は判りずらい。魚目燕石の解釈をすると、件の「ボレー」が字源ではないか。ボールを自陣内に着地させてはいけない。自陣の地面より排する。そこからきたのではないだろうか。逆にいえば、敵陣に着地させれば得点となる。とするとほかの日本語名と比べ、見た目ではなくルール、内容に来由する命名といえよう。
さらに山雀利根を重ねる。按排、排列という言葉がある。按配、配列と同じ意味だ。となると、「排」には「配」の字義があるといえる。3回を限度として自陣の中でボールを配り、順序立てることが許される。つまりは按排し、排列できるのだ。どこかの洒落者が「配球」を「排球」としたのかもしれない。いずれにせよ、外形的名称ではない。
『北京』を決めた第5戦。なんといっても痛快だったのはSHINだ。プレーはもちろんだが、試合後のインタビューである。
背番号順に一列に並んでインタビューを受ける。最初は番外のキャプテン、3番・竹下。「やっとスタートラインに立っただけ」さすがにリーダーの発言である。次は1番・栗原。にこりともせずに同趣旨のコメント。4年前の大はしゃぎとはまるっきり違う。エースの風格が漂う。2番・ベテラン多治見。そつのない受け答え。さらに4番・大村。笑顔で大阪弁。明るい。
そして、5番・高橋である。
感想を求められ、(それまでの笑顔が消えて)「本当にうれしいです。チーム一丸となった結果です」
北京への抱負は、(少し間を置いて)「とにかくあしたもあるので、気持ちを切り替えていきたい」
木で鼻を括った返事。鰾(ニベ)もない。明らかに強く抑制を利かせた言葉遣いだ。壮語どころか、いかなる言質も与えまいとする応対だ。中半(ナカバ)嗤いながら、軽く去(イ)なしている。取り付く島もない。
となりは6番・佐野。アテネの時は直前でレギュラーを降ろされ、フランスへ武者修行。捲土重来の北京だ。案の定、インタビュアーがそれに触れる。と、画面の外からSHINの声が。
「まーた、泣かそうとしてる」
佐野は堪(コラ)えきれずに落涙。SHINが小柄な佐野をしっかとわが胸に掻き抱く。あたかもいじめられっ子を護るように。
この5番、6番の遣り取りが痛快だったのである。その後の7番・杉山、12番・木村でも家族の支え、同僚の死をお涙頂戴調で取り上げる。ショウアップされたオープニングセレモニーといい、プレー途中の浪花節擬(モド)きのアナウンスといい、タイムアウト明けのドラマ仕立ての選手紹介など、とかくに民放は演出過剰なのだ。そんなことをしなくても充分視聴率は稼げるし、盛り上がってもいる。小さな親切、大きなお世話というものだ。
牽強附会、郢書燕説を重ねる。
―― SHINにはそのような報道のあり方が「心外」だったのではないか。アスリートにとってはコートだけが戦場であり舞台だ。殊更にプライバシーを肴にされることに辟易していたのではないか。または、大会直前までレギュラーから外されていたことに話柄が転ずるのを回避したか。満身創痍が強調され、その中での奮戦を称賛されては敵わないと予防線を張ったのか。いずれにせよSHINの沽券が関わっていたのは想像に難くない。
かつて、感涙して「仕事」にならないアナウンサーの代役を機敏に果たした彼女である。並の選手ではない。SHINの「心情」を忖度するに、いま自身がバレー人生の奈辺にあるのかも聡明に見据えているにちがいない。
天稟に恵まれているとはいえ、「心身」にわたる言語に絶する鍛練と試練を経て戦場に立つアスリートたち。そこいらのバラタレと同列にされてはたまったものではない。
SHINはテレビメディアの状況に「排」を突き付けたのではないか。やはり、「排球の佳人」は健在だった。 □
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