先月の拙稿で紹介したハンス・ロスリング著『ファクトフルネス』を援用して第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプを診てみたい。
同書では「ありのままに世界を見られないのはなぜだろう?」と問い掛け、元凶として「10の本能」を挙げている。逐一要約しつつ愚案を巡らす。
1. 分断本能
〈人は誰しも、さまざまな物事や人びとを2つのグループに分けないと気が済まないものだ。そして、その2つのグループのあいだには、決して埋まることのない溝があるはずだと思い込む。〉
どの国も自国第一だが、アメリカ第一主義は分断本能が先鋭化したものといえる。看板政策である移民排除はその最たるものであり、メキシコ国境の壁はその象徴だ。
2. ネガティブ本能
〈「とんでもない勘違い」が生まれる原因とは、「世界はどんどん悪くなっている」というものだ。〉
トランプを押し上げたラストベルトの反グローバリズムはこの本能に火をつけた。
3. 直線本能
〈直線本能により「世界の人口はひたすら増え続ける」と聞くと、何もしなければ人口増加は止まらないような感じがする。よほどのことがない限り、人口は増え続けると思い込む間違い。〉
実際にはグラフは直線ではなくさまざまなカーブを描く。米国への移民も然りで、過去増減を刻んでいる。確かに2044年までに非ヒスパニック系白人が5割を切るとの予測もあるが、それはそれで新しい国のかたちを模索すべきであろう。オバマはまさにその象徴でもあった。
4. 恐怖本能
〈頭の中と、外の世界のあいだには、「関心フィルター」という、いわば防御壁のようなものがある。この関心フィルターは、わたしたちを世界の雑音から守ってくれる。〉
「守ってくれる」とはいっても過保護はいけない。見たいもの、聞きたいものしか見聞きしない本能がファクトを歪める。昨年7月、トランプは批判的な質問をする記者を排除しようとした。トップリーダーは反対勢力を含めて一国を代表する。オブジェクションに耳を傾けないのは恐怖本能からか。どこかのポチも同じだが。器が小さいとも、小心ともいえる。
5.過大視本能
〈数字を見ないと、世界のことはわからない。しかし、数字だけを見ても、世界のことはわからない。〉
エビデンスは数字だけにあるのではない。どこかの政権のように偽造する不届き者もいる。トランプは二言目には米国経済は史上最高の好景気と呼ばわるが、1950・60年代は今以上のGDP成長率を記録している。数字の切り取り方でデータはフェイクに変貌する。現政権が経済成長を実現したと吹聴する某国政権も同様。実は前政権時代から経済は成長軌道に入っていた。数字には説得力があるが、鵜呑みは禁物だ。
6. パターン本能
〈人間はいつも、何も考えずに物事をパターン化し、それをすべてに当てはめてしまうものだ。偏見があるかどうかや、意識が高いかどうかは関係ない。〉
外交をもディールと捉えるトランプはこの本能の権化である。なるほど、パターン化は思考を省ける。しかしタテヨコの世界観を致命的に欠く。
7. 宿命本能
〈宿命本能とは、持って生まれた宿命によって、人や国や宗教や文化の行方は決まるという思い込みだ。〉
裏返すと、ダイバシティを著しく相殺することになる。トランプの自国第一主義は最大の支持勢力である福音派に底流する選民思想をくすぐっているにちがいない。
8. 単純化本能 〈すべての問題がひとつのやり方で解決できると思い込むと、なにもかもがシンプルになる。世の中のさまざまな問題にひとつの原因とひとつの解答を当てはめてしまう傾向。〉
6. とも通底する。多国間交渉を嫌い、差しの外交を選好するのはこの本能の為せる技か。TPPに始まり、INFからも離脱。去年今年のG7では我が儘放題。シンプルではあるが、一国挙げての退嬰化に見える。
9. 犯人捜し本能
〈物事ははるかに複雑なのだ。もし本当に世界を変えたいのなら、肝に銘じておこう。犯人捜し本能は役に立たないと。〉
6. 、8. が導出するともいえる。ヒスパニック難民を槍玉に挙げ、イランや中国を集中攻撃する。そのくせ、NKのミサイルは不問に付す。トランプのダブルスタンダードは「はるかに複雑」な物事を捨象するから嵌まるピットホールだ。
10.焦り本能
〈焦り本能だけは特に注意したほうがいい。「いましかない」という焦りはストレスのもとになったり、逆に無関心につながってしまう。考えることをやめ、本能に負け、愚かな判断をしてしまうことになる。〉
再選のためは中身がないパフォーマンスを繰り出す。NKにはすっかり足元を見られている。100年の大計どころか、短兵急で近視眼的な成果主義に走る。ゆえに政治の劣化は果てしなく進む。闇雲に憲法改定を焦る本邦政権もまた同等である。
幾つかで触れたが、アンバイ政権との酷似に驚く。福音派を戦前志向の核にある国家神道に置換すれば瓜二つだ。洋の東西に現れた奇怪な政権。政治家だから話は盛る。だが2人は度が過ぎる。ウソも平気だ。その素因は那辺にあるか。アルフレッド・アドラー創始によるアドラー心理学にその解らしきものがある。
「もしも自慢する人がいるとすれば、それは劣等感を感じているからにすぎない」(『嫌われる勇気』から)
意外だが、図星ではないか。 □