伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

寸言 20230122

2023年01月22日 | エッセー

 舞の海が、この頃の大相撲は最後の仕切りが長過ぎる、特に蹲踞からが、と言っていた。愚考するに  、これはタイバか?ーー体重を重くして、軽自動車並みの大パワーで激突し、一気に決着をつける。引き技も多様される。だからケガが多い。技のある力士は上位が望めず変に体重をつけて自爆。宇良が典型。
 要するに、時間がもったいない。世界一競技時間の短いこの大相撲の最短化を図る。さらに加えてここ数場所の目まぐるしい混戦だ。大チャンスに体力を温存しておきたい。費用対効果からいかに時間を節約するかというタイパという時代のトレンドはついに大相撲にまで及んだか!? □


異次元の少子化対策」に喝!!

2023年01月17日 | エッセー

 岸田首相は少子化問題は「静かなる有事」だとし、年頭の記者会見で「異次元の少子化対策」を掲げた。2021年の合計特殊出生率は1.30にまで低下。2022年1~10月の出生数も66.9万人に留まっており、1年間の出生者数は過去最少だった2021年の81.1万人を大きく下回る可能性が高い。
 少子化は、経済成長力の低下をもたらすとともに、年金・医療など社会保障制度の安定性を揺るがすという。
 しかし、本当か? 
 少子高齢化は世界的、歴史的趨勢である。いまだに経済成長を志向すること自体が無理なのだ。それでなくとも、野放図に積み重ねた国債の重圧に日本経済が押し潰される確率の方が格段に高い。「成熟経済」こそ目指すべきで、そのためにパラダイム・シフトを図らねばならない。
 社会保障もベイシックインカムなど、衆知を結集すれば活路は開く。人類は今日までいくつもの危機を超えてきたではないか。少子高齢化が最速で進む日本こそ、そのロールモデルとなるべきだ。
 そこで頂門の一針。養老孟司氏が山極壽一氏との対談でこう語った。
〈子どもの数が減ったら一人ひとり、丁寧に見ることができるようになるねっていう話を、ひとことも聞いたことがない。子どもが減ったから、小学校が統廃合する。「必ず」統廃合するんですよ。つまり、今までの教育で「十分だ」って言ってるんです。そうでしょう? 子どもが減ったら、コストを減らすために学校を減らす。ずっとこれをやっているんです。何、それ(笑)。〉(「虫とゴリラ」から)
 なんと子どもへの愛情溢れる言葉であろうか。統廃合は市場原理に毒された成長経済の発想だ。子どもの成長は一顧だにされていない。
 最後の「何、それ(笑)」に高邁な学識と遠い視線が感じられてならない。養老さんにとってのコストは子どもたち(保護者も)にとっての教育コスト。今までの費用で2倍の教育リソースを受けられる。行政は予算の効率的運用しか頭にないから、てめーらの銭勘定ばかりしている。
やたら「異次元」の与太を飛ばす御仁には痛い一喝だが、馬耳東風だろう。 □


タモリ名言 その2

2023年01月16日 | エッセー

 昨年暮れの『徹子の部屋』(テレビ朝日)に出演したタモリの発言が秀逸だった。
 黒柳徹子から「来年(2023年)はどんな年になるでしょう」と訊かれ、少し間をおいて「新しい戦前になるんじゃないでしょうか」と答えた。
 単に回帰といわず「新しい戦前」という。この『新しい』と「戦前」の『前』は時間軸が前後する。その矛盾した時間帯に、あってはならない危機を挟み込んだ。群を抜く言語感覚である。脱帽だ。ウクライナを踏まえ、日本の右傾化、戦前志向、否応なしに進む軍事シフトの既成事実化を指しているに違いない。よほど警戒しないと世の流れに押し流される。芽のうちに見抜け! そんなメッセージではないか?
 「全国坂ラー協会会長」を名乗る人物だけあって一国の傾斜についても敏感なのであろう。
 「その1」は、「お前ら、素面でテレビなんか見るな!」である。今までなんども取り上げた。 □


寸言 20230115

2023年01月15日 | エッセー

〈岸田文雄首相は米ワシントンでバイデン大統領と会談した。首相は敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有や防衛費の大幅増を決めたことを説明。バイデン氏は全面的な支持を表明した。共同声明では日本の取り組みについて「インド太平洋及び国際社会全体の安全保障を強化し、21世紀に向けて日米関係を現代化する」と評価した。〉朝日新聞20230115 から

 誰も【指揮権】に言及しない。米韓同盟ではそれぞれが保持しているのだが、指揮権を持たない軍事組織なんてなんの役にも立たない。アメリカの属国そのもの。単なるバイデンのリップサービスに愚かにも大喜びとはまるでおやつを貰った子どもの振る舞いではないか! □

※先日より病状悪化で入院、暫時寸言形式にします。

 


拝啓 吉田拓郎様

2023年01月05日 | エッセー

 拝啓 吉田拓郎様

 「返れ!」
 聴衆から一斉に野次を浴びた。
 ビール瓶が飛んだステージもあった。
 罵声の中で歌う。そんな季節だった。
 それでもあなたは、やめなかった。変えなかった。
 当時主流の「権威への批判」や「反抗」ではなく、
 徹底的に「みんなにわかる」歌で。
 時代に抗わず、時代を歌う。
 そんな正直なあなたの歌が、私のー、
 J─ポップの礎になりました。
 今はこのジャンルで、多くの人が歌っています。
 当時とはまた違った混沌とした時代でも、歌は、人々の救いとなっています。
 きっとあたなたは「俺には関係無い」と言うと思います。
 それでも言わせてください。
 私を生み出し育んでいただき、ありがとうございました。
 これからも私はあなたを、あなたの歌を愛し続けます。

 敬具
    J─ポップからの感謝状

 朝日新聞2023年元旦号 新年別刷り第2部 12・13頁 avexによる2面ぶち抜き広告である(全文、そのまま)。
 驚いた。調べたところでは朝日だけだった。
 さすがによく練れたメッセージである。「『みんなにわかる』歌」がキーセンテンスであろう。これが「罵声」を呼んだのだが、見事に「時代」を描写していた事実が隠されてしまった。「町の教会で 結婚しようよ」に東京かぶれの田舎青年だと酷評もされた。しかし、元気な日本を生んだのは紛れもなく彼らだった。東京への「反抗」と「憧れ」が正にその東京で筋肉剥離を起こした。今になって飽和に至り、田舎への逆転が始まっている。時代の皮肉か。
 「私を生み出しの」の対句は「俺には関係無い」だ。牽強付会をすれば、「関係無い」のは「勝手にやってくれ」ではなく、自らとは「関係無い」『次代』へのバトンリレーと捉えたい。これは反対給付義務の履行そのものではないか。
 思想家 内田 樹氏はいう。
〈何かを贈与されたときに「返礼せねば」という「反対給付義務」を感じるもののことを「人間」と呼ぶわけですから。贈与されても反対給付義務を感じない人は、人類学的な定義に従えば、「人間ではない」。
 贈与の連鎖は何があっても断ち切ってはならない。これは贈与のいちばん大切なルールです。パスを受け取ったら、次のプレイヤーにパスを回す。自分のところにとどめてもいけないし、パスを送ってくれたプレイヤーにそのまま戻してもいけない。次のプレイヤーヘパスしなければならない。クリスマスプレゼントも同じです。親から受け取った贈り物を返す相手は自分の子どもです。〉(「困難な成熟」から)
 突飛だが、箱根路を駈けた青年たちの必死の襷リレーが心をいっぱいに満たした。 □