伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

一寸の虫 5

2020年02月20日 | エッセー

 最初の10日間、1日ウン万円の特別室に入っていた。満室のため、病院側の配慮により普通料金で。ビジホテのBIP並みで、シャワーも応接セットも大型のクローゼットもありで、 窓は障子との二重構造。一般病室とは離れているため物音ひとつしない。しめた! とほくそ笑んではみたものの、5日6日と経つうち、段々と居心地が悪くなってきた。わずかな年金でほそぼそと糊口をしのぐ下層老人に不釣り合いなのは勿論だが、ケア・スタッフも幾分勘違いしているのか、扱いが妙によそよそしい。何より悩ましいのは人の息づかいがしないことだ。インフルのため面会は家族のみ。こちとら痔病、いや持病の心の臓の病で入院。いいとばっちりだ。一人になると点滴の音だけが無機質に響く。

 11日目、4人部屋に移動。やっと人の息づかいがする環境に戻った。ところがドッコイ、こちらは息づかいがあり過ぎ。ひっきりなしのナースコール、廊下を往ったり来たりのドタバタの連続。息づかいのヒマもない。近頃はどうも看護と介護がシームレスになってきているようだ。
 そんな中、同室ではやたら浣腸をせがむ爺さん。TPOをまったく弁えず、傍らに人なし。喚いて息んで番度の大騒ぎ。どう生きてくればあのような傍若無人なる人格を獲得できるのか一興ではある。がしかし飯時にやられては、がっつくべき物相飯(これに比べれば、荊妻が作る料理は三ツ星レストラン級であるといえなくもない)でも喉を通らない。窮状を聞き取った看護師長の計らいで「そういう人たち」の専用室に遷座願った次第である。
 代わって入ったのがいわくありそうな中年男。職場で高熱を発して倒れ、救急車で運ばれて来たという。その割には元気で3日目には支払いもせず大手を振って退院していった。なんのことはない。職場とはパチンコ屋、生保受給者。ほぼパチプロだそうだ。税金がこんなふうに消えている。どうにも腹立たしい。
 もうひとり。切れ痔の手術で入院した独居老人。危ないからと家にあった有り金50万を持参したという。それを看護士立ち会いのもと、ベッド脇のコンソールボックスの鍵が掛かる抽斗に仕舞うと大騒ぎ。銀行に預ける手はなかったのか。もしも逸失したら同室者が疑われる。改めて現なまへの執着に驚かされる。

 そして当方。何本かの管と電極によってベッドに緊縛された肢体不自由高齢者。情けない限りである。
 今も遥か離れた病室からあの爺さんの雄叫びが聞こえる。人の息づかいも、すぎたるは及ばざるながごとし、か。やはり「不快の構造化」か。いやまて、これこそ浮世の写し絵ではないか。嗚呼。 □