伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

作品の宿運

2011年12月03日 | エッセー

 NHKテレビドラマ「坂の上の雲」が今月、完結する(らしい)。司馬遼太郎はこの作品を映像化しないよう、言い遺している。わたしは司馬文学ファンの端くれとして、氏の遺戒を守り一度も観ていない。おそらくこの壮大な史劇が単なる戦争物に貶められ(作りがリアルであれば真意が具象に隠れ、ラフであれば筋書きだけが浮き上がって)、賛否両翼からの好餌にされることを惧れたのだ。
 ともあれ小説が映像化されることは頻繁だが、その逆は稀である。つまり映画にするために小説を書くことはめったにない。氏もそうだった。唯一の例外が、
  「城をとる話」
である。映画化を前提にした作品であった。
 昭和40年、今から46年も前の作品である。石原裕次郎が自ら司馬家を訪(オトナ)い、懇願したそうだ。独立プロダクション「石原プロ」を立ち上げた直後だ。代表作「竜馬がゆく」が昭和37年。「竜馬を演(ヤ)ってもらうんなら、裕ちゃんしかおらんな」と言うほどの裕次郎ファンだったらしい。同年、映画も公開された。
 
  題名……「城取り」  
  製作……石原裕次郎
  監督……舛田利雄
  音楽……黛 敏郎
  出演……石原裕次郎・千秋実・近衛十四郎・中村玉緒
        松原智恵子・芦屋雁之助・石立鉄男・藤原鎌足・滝沢修
        ほか
  配給……日活  白黒 134分

 モノクロとはいかにもレトロ。クレジットタイトルには往年の錚々たるメンバーが名を連ねる。2時間を越える「娯楽大作」として世に出た。
 コピーは「娯楽」だが、原作は哲学である。
「戦国時代の日本人というものは、じつにおもしろい。秩序に束縛されず、束縛されているのは自分自身が考えた自分の美意識だけだからである。『男はこうありたい』と発想したその一種の詩想ともいうべきものに、自分の人生そのものをあてはめて、自分の人生そのものを一編数行の詩にしようとした男どもが多い。それを、この『城をとる話』では車藤左と赤座刑部(主人公と敵役・引用者註)に象徴してみたかった」
 と、筆者が語っている。しかし、小説の前半はいかにもジョン・マクレーンかランボーを連想する展開だ。当時の日本では裕次郎がその役柄だったのだろう。真価は後半に入り大団円にかけてだ。主人公はマクレーンでもランボーでもなくなる。「世に棲む日日」にも通底する『狂人』が描かれ、ハリウッド張りの凱旋もカタルシスもどこにもない。映画がどうかは詳らかでない。観る機会を逸した。だが、大枠は外れていないだろう。
 決して司馬文学を代表する大作とはいえぬが、特異な作品ではある。なにせ発刊以来復刻されず、「幻の名作」と噂された時期もあったらしい。やっと待望の文庫化が成ったのは実に37年後であった。映画のヒットに隠れて、作品自体が姿を晦ましたのか。謎めいているといえなくもない。
 
 片や映像化を禁じた小説、片や映像化のためのそれ。民放めかして最終回を告げるNHKの番宣に辟易しながら、著作権云々ではなく作者の元を旅立った作品にも宿運じみた軌跡があるのかとある種の感慨がわいた。□