伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

時事の欠片 ―― 出藍の誉れ

2010年10月14日 | エッセー

●将棋:コンピューターソフト、女流王将破る 開発35年、進歩示す
 四つのコンピューター将棋ソフトを組み合わせたシステム「あから2010」と清水市代女流王将(41)の特別対局が11日、東京都文京区の東京大工学部で行われ、「あから」が勝った。将棋ソフトが女流将棋界の第一人者を破り、その進歩を改めて示した。
 情報処理学会が日本将棋連盟にもちかけて実現。「あから」は仏教用語で10の224乗のことで、将棋で可能な全局面数に近いという。将棋ソフト「激指」「GPS将棋」「ボナンザ」「YSS」が多数決で指し手を決めるシステムだ。
 持ち時間は各3時間。「あから」は角交換を誘って振り飛車にした。清水女流王将が途中で疑問手を指してしまい、86手で「あから」が勝利を収めた。
 清水女流王将は「奇抜な手はなく、途中からは人間と指している気持ちに。悔しい気持ちもありますが、ソフトの開発に携わった方々の努力に尊敬の念を抱きました。今後も人間とコンピューターが切磋琢磨して強くなれれば」と語った。
 情報処理学会のメンバーの松原仁・公立はこだて未来大教授は「35年前に将棋ソフトの開発を始めて、ここまで強くなり、苦労をすべて忘れるほどです」と感慨深げだった。
 日本将棋連盟は05年、所属棋士に対し、将棋ソフトと許可なく対局しないように通達。連盟公認のソフトと棋士の対局は、07年に渡辺明竜王が「ボナンザ」を破って以来だった。(毎日 10月11日)

 プロのタイトルホルダーにコンピュータが初めて勝った。これは快挙であり、紛れもない出藍の誉れではないか。屈折しつつも、苦節35年。見事な成長を遂げた。
 注目すべきは、「四つのコンピューター将棋ソフトを組み合わせたシステム」。加えて、「将棋ソフト『激指』『GPS将棋』『ボナンザ』『YSS』が多数決で指し手を決める」手法だ。これは3人寄れば文殊の知恵を、1人分優に凌ぐ。女流王将といえども、トップ・アマを4人も向こうに回せば勝ち目は相当引っ込む。
 4つのソフトを走らせるのは、合計169台の東京大学クラスターマシンである。クラスター爆弾は困るが、このクラスターは大いに結構だ。最強のマシン群である。滅法な桁が並ぶ「あから=阿伽羅」も、かくありなんである。
 多数決による合議制。「[機械」(ソフトも機械として括ると)にあるまじき所業。これが、なんともほほえましい。4つの意見が真っ二つに割れた場合、どうなるのか。素人には測りかねる。それにしても機械同士が鳩首協議するとは、いかにも人間的ではないか。市井の凡眼には、そう見える。「途中からは人間と指している気持ちに」なったのも、頷けるというものだ。
 膨大なデータを基に複雑な計算が加味され、果てもないシミュレーションが繰り返される。基本はそうだろう。人間の思考に学ぶところから出発した機械(ハード、ソフトともに)が、いまや先達に堂々と伍する。どころか、超えようとしている。否、超えた。これを出藍の誉れといわずして、なんとしよう。機械に負けたなどと、無粋なことは言うまい。“あから”さまに(失礼)ぶっちゃけると、ソフトを書いているのはいまだに人間だ。ただ、それを機械に預けて独走させるところが妙趣ではあるが。
 清水女流王将はかつて少女時代、羽生に勝ったという伝説の持ち主である。その女史が序盤に仕掛けられた「三角戦法」 ―― 筆者は駒の動きが解る程度のへぼ将棋ともいえないレベルのためほとんど理解の外だが、奇手とはいえないまでも相当にサプライズな一手だそうだ ―― に調子を狂わされたらしい。天声人語は「秒読みに焦り、長時間の大局に疲れ、練達の士も過ちを犯す」と同情する。女史が美形でしかも和装であったために、筆者なぞは同情どころか泣涕しそうになった。
 まさかの戦法を繰り出すところはいかにも人間業だが、人類と違いこちらは疲れを知らぬ。せいぜい放熱が尋常を超えるぐらいのことだろうが、これとて空調がサポートする。負け方だけは、いまだ人間の域には達しまい。ざまぁ見ろ、だ。まったく負け惜しみにもなってないが、ここは一番、「出藍の誉れ」とエールを送って人間味を見せつけておかねば。□