goo blog サービス終了のお知らせ 

今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

ご利益を祈らない参拝

2025年06月10日 | パワー・スピリチュアル

寺社に参拝するのは、何のためか。

ご利益(りやく)を祈るためではないようにしたい。

ご利益すなわち個人の欲の実現を超越者(神仏)に祈るのは、邪道であるから
※:現世的な我欲の実現に執心することは、その人の霊的ステージを下げこそすれ、上げるものではない。

もっとも、参拝者を迎える寺社側が、ご利益を”売り”にしているのが現実だ。
寺社自らが邪道を推奨するのは、経済行為(商売)を第一としているため。
もちろんご利益を謳っているのは、寺社を経営している人間たちで、本尊・御神体ではない。

なので私は、境内で経営スタッフの前を素通りして、直接神仏に向かい、祈りを捧げる。

祈りは、自分の願望を神仏に投げ渡すことではない。
神仏に対する崇敬の念を一心に送ること。
この念は、言葉(真言など)として唱える場合もあるが、表象のない状態=無心になる場合もある。
その瞬間、私の心はすべての雑念が消えて純粋になり、
自分と神仏との間が繋がる。
その充実感を得て、参拝を終える。

確かに、願いを込めて祈る場合もある。
その時は、他者(死者を含む)のために祈る場合に限られる。

もちろん、寺社は参拝の場所として、リアルな社会の中で存続し続けなけらばならないため、
経済活動は否定されるものではない。
ただ、それと自分の欲の実現とを結びつけないだけだ。
なので、この空間の維持費に些少ながら協力する気持ちとして、賽銭を投じ、あるいは御影などを購入する(上の理由でお守りは購入しない)。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。