谷崎光の「日本人の値段」という本を読んだ。中国の大企業に雇われた多くの日本人技術者達にインタビューし、中国企業の現状、実態、そして日本企業の問題点などを明らかにしたノンフィクションである。
谷崎光という作家は親中反日的な傾向があると思ってきたが、この本を読んで決してそういうわけでもないと思い直した。北京での居住歴が長く、中国の実態をよく知る者として、日本の技術が流出することを真剣に問題視しているようだ。
これは確かに深刻な問題である。 国土が狭く中国に比べれば人口は少ない日本画ここまで国力を維持できたのは、技術があるからに他ならない。その技術が規模で圧倒的に勝る中国に吸収されてしまうと、どうなるか。この本は重大な問題提起をしている。
以下の太字の部分は、この本の中で特に印象に残った部分をそのまま引用したものである。かなり長い引用になってしまったが、読んでいただきたい。
P139~141
(若い中国人ヘッドハンターの言葉→)「韓国人は中国人の考えてることが直接に掴めるから、韓国の家電、テレビ、携帯も中国でよく売れている。日本製品は相変わらずいいよ。だけど社長とか全然グローバルじゃない。経営能力が低い。あの古さと閉鎖性、尋常じゃないよ。若いやつ、全部排斥される。だからマーケティングの人がダメ。世界に対する影響がダメ。グローバル企業が世界向けの営業を探す時、日本人は探さない。韓国人なんだよ。日本がもう30年前の栄光に戻ることは、まずないと思っている。」
私は別に日本がバブルの時代に戻らなくてもいいが、貧しくなるのは心底嫌である。国が貧しいというのは、自分の知人が病気で医者にかかれず死んでいく、女性が身を売る、争いが増える、人の動物性がむき出しになることである。中国に来てよくわかった。
若者がいくら「私は好きなことをしてローペースでエコに暮らす」と言っても、それこそが一番贅沢なこと。昔から実業家の三代目とかがそうだったではないか。国が貧しいほど、今日に追われて夢物語になる。
しかし優秀な人の大半が、入社後に「退行」していくのが今の日本の一流企業である。昔と違い価値を生み出すのではなく、危険を守ることや管理が仕事になっているうちに、実力をなくすのである。人生を社内政治に費やして、上がるのは仕事の技術ではなく派閥技術や社内遊泳技術だけになる人も多い。社外に移転のきかない技術である。
高給で働いていないオジサンがこんなにも多い民間会社は、他国には存在しない。ニッポンのため働いて欲しい。日本の会社員は、業務の責任感は強いしモラルも高い。みんなが本気で力を発揮すれば、日本の景気問題なんてあっという間に解決する。
P188~189
さて私はもう中国に暮らして、14年目になる。そんな私がもし「中国が狙う日本の技術は何ですか」と聞かれたとしたら、「まず一つはありとあらゆる技術」と答える。
正直言って、毎日使うボールペン一本から、タオル一枚、マンション、建築、ありとあらゆる素材、ボンドひとつの品質、車、飛行機に至るまで、日本の技術を超えるものは何一つない。世界ナンバーワンの生産量を誇るメイドインチャイナも増えてきたが、それと品質ナンバーワンは別である。マクドナルドのハンバーガーは世界で一番売れているが、世界で一番美味しいわけではない。
日本人は欧米、日本などの外資が中国で製造した中国製や、その外資が育てた委託の工場を利用した中国メーカーの商品を見て、中国製も今は良くなったと思っているかもしれない。
が、実際は乾電池一つでも、中国人たちが自分でラインを組み、自分で開発した中国ローカルのものは非常に品質が悪い。大メーカーの乾電池でも電圧が弱く、液漏れが多発する。しかも値段は日本より高い。
日本に輸出されている乾電池は、日本のメーカーが工場の生産ラインごと中国に持ち込んで生産している。技術とは設計図やひとつの工程の特殊な作業だけではなく、総合力が必要で、つまりこれが生産技術である。日本はこれが強い。
北京の清華大学科学技術担当の教授に「今、中国が一番必要な技術は何でしょう」と聞いたら、「中国はどの分野でも、どのレベルでも必要な技術だらけだ」と渋い表情だった。だから中国に工場を作れば、ありとあらゆる技術が流出する。もちろん日本でも価値がない技術もあるだろうし、守るべき技術もある。
中国からすれば、技術を盗めば開発費をかけずに「安いが適当」から「安いが結構良い」商品を製造することができるようになる。ワーカーの人件費や電力などはまだ日本より安い。それで技術研究費開発費がゼロなら、日本は勝ち目がなくなる。
P219(最終頁)
日本はいつの時代も、名もない無数の優秀な人々が支えてきた国である。中国のように一部の優秀な暴君の、強力なトップダウンでやってきた国ではない。そしてこの島国の人々は、創意工夫に長け、もの作りが大好きだった。
明治の時代、日本人はその技術力で植民地化を逃れ、また戦後は技術力で奇跡の復興を果たした。餓えのない、人が争わない犯罪者の少ない国を作ってきた。
今、その日本の技術力が狙われている。
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