御巣鷹の尾根に慰霊登山。
今日は1985年8月12日午後6時56分28秒に日本航空123便、羽田発大阪(伊丹)行きジャンボ機が群馬県西南部の御巣鷹尾根に墜落し520名の方が遭難された命日です。(生存者4名)
(日航機”御巣鷹山事故”についてはをこのHPをご覧下さい。)
筆者夫婦は去る5月21日(土)に新緑萌える中、少し早い慰霊登山を致しました。
まず、鬼石町から国道426をたどり、三波石(さんばせき)で有名な神流川(かんながわ)を上流に向かい、途中の“下久保ダム”で小休止。
その後、神流町中里の“恐竜センター”に立ち寄りました。
中里地区は恐竜の足跡の岩盤があるので有名です。
恐竜センター館内には多数の恐竜に関した展示物があって、一見の価値があります。
一度見学される事をお勧め致します。
(恐竜王国HP参照 http://www.dino-nakasato.org/ )
その後、慰霊の園への途中で“蛇木の滝”と云う景勝地があるとの事で寄ってみました。
結構、滝水の綺麗な場所で、ここでノンビリと昼飯。
その後は、日航機事故“慰霊の園”に向かいました。(国道299号線はこの真下のトンネルで通過するので要注意)
立派な慰霊塔が建っていました。 お参りしていますと荘厳な気持ちになります。
塔の裏側には日航機で遭難された520名のお名前が石に刻んでありました。
赤子を抱いた母子3人像は「明日に生きる」と題され、見る人の胸を打ちます。
“慰霊の園”に立てられていた案内図。(左下が御巣鷹尾根の事故現場)
この後、更に山へ向かって道路をのぼり、途中の中止(なかどめ)の滝を見てから、
一路“御巣鷹の尾根”を目指しました。
かなりの山奥ですが、道路標識が完備しているので迷う事はありません。
トンネルを幾つかくぐりやっと登山口に到着。
無料駐車場が完備され。飲み水(水道)もありました。
持参のボトルに冷たい水を詰めて、そこからは徒歩で“御巣鷹の尾根”に向かいます。
登山道入り口に建てられた観音石像が慰霊者を優しく見送ってくれます。
軽い山道を歩いて行くと、清々しい滝(やすらぎの滝)や石楠花などの美しい花々に出会いました。
登山行程の中程に美味い清水が湧き出している場所があり、喉の乾きをいやせます。
少し坂道の傾斜もキツクなりかかった頃から、慰霊碑や墓標が見られる様になりました。
上左画像は「すげの沢慰霊碑」、この辺りに日航機の後部が墜落し川上慶子さん他3名が翌日救出されました。
順次、慰霊墓標の間を上ると次第に身の引き締まる思いがしてきます。
標高が上がるにつれ、木々の間から西上州の山々が望めるようになります。
登山道の終着点に「お巣鷹の尾根」の標識石柱。
車を降りて歩き出してから、約1時間で慰霊碑“昇魂の碑”に到着。
“昇魂の碑”に参拝してから、その周辺を訪ねました。
幾つかの慰霊の碑や観音像(茜観音)があり、この飛行機事故の規模の大きさに
改めて驚かされました。
私達の後から十名の慰霊登山者があり、碑に数々の品物を供えて、その後周囲を清掃していました。 察するところ、遭難者のご家族・ご親戚一行と思われました。
“昇魂の碑”からの帰路、沢沿いに沢山の墓標・塔婆や遺品が祀られている場所があります。
墓標のあまりの多さに、さすがに薄気味悪く、背筋に悪寒を覚えました。
まだ成仏できない霊が彷徨っている気配が濃厚に感じられます。(合掌)(現地で感じたままの表現で失礼します。)
この尾根一帯に遺体が散乱していた事が数多くの墓標の位置で良く判りました。
私達は整備された慰霊登山道で気軽に登って来られましたが、
事故当時は自動車道も登山路も無かったのですから、捜索と遺体の収容には大変なご苦労があったと察せられます。
遭難者のご冥福を祈り、いろいろな想いを胸に抱きながら登山道を帰路に着きます。
日航機123便の御遺族縁者が御巣鷹尾根を最後に振り返った場所(みかえり峠)では「みかえり地蔵」が慰霊登山者を見送っていました・・・。
この登山には装備は無用です、運動靴で充分です。水場(飲水)も有りますので軽装でもOK。
時間も上り1時間、下り40分程度です。
(今夏からダム建設用道路が建設され、上り20分に短縮されるそうです。)
皆様も一度は御巣鷹尾根への慰霊登山をお勧め致します。
本日は御巣鷹の日航機事故の命日です。
遭難された方々のご冥福をお祈り申し上げます。(合掌)
JAL123便事故関連動画。
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2005 08 12(金)記。 前橋市