ツトムさん家の写真日記。

写真いっぱいの楽しい日記です。(全面表示でご覧下さい)

第222回 京都 祇園祭 第二巻。 山鉾搭乗。

2007-07-30 20:20:20 | 旅行

7月15日(日)   15日は京都・祇園祭の宵々山、各町に並べられた山と鉾山車を見ながら、乗せてもらえる函谷鉾山車へ向かいました。

新町通りから四条通りに出て東に行った室町通りと交差の場所に目的の鉾山車があります。
 
この山車は函谷鉾(かんこぼこ)と云い、祇園山鉾32基のうち先頭から5番目に曳かれる山車です。
函谷鉾の名前の由来は、中国春秋戦国時代の斉の孟嘗君が家来に鶏の鳴き声を真似させ、函谷関を開門させて見事に通り抜けた故事に拠っています。

いよいよ函谷鉾へ搭乗しますが、上を見上げると鉾頭が鮮やかに光っていました。
 
函谷鉾の鉾頭は「函谷関の山稜から見上げた月」を表しているそうです。
ちょっと見には武将の兜みたいですね。

函谷鉾に乗るため函谷鉾ビルの3階へ上ります。
3階の控室には山車の先頭に据える稚児人形「嘉多丸やその飾り冠など所狭しと陳列・展示。(生稚児一条実良が病の為、生き写しの嘉多丸が作られ代役を務めた由来がある。)
  
函谷鉾の前掛けを飾る重厚なベルギー産ゴブラン織りタペストリー(16世紀)も展示していました。
図柄は旧約聖書創世記「イサクに水を供するリベカ」に関するもので国の重要文化財に指定されている貴重な品。

他にも弘法大師の御真蹟「金剛界礼懺文などめったに見られない逸品ぞろいです。

函谷鉾の上部から見た鉾車で周囲は日本酒(月桂冠)の菰樽が積まれていました。
 
山車屋根裏の彫刻も絢爛豪華の一語に尽きます、今尾景年作の「鶏鴉図」とか。

函谷鉾会館の3階から下の歩道を跨いで山車へ渡した木橋を恐る恐る通って函谷鉾へ。
 
函谷鉾の中の床面積は6畳大ほどで、フラットな床構造他には何もなしでした。
ここが囃子方が乗って鉦や笛で“コンチキチ~ン”と祇園囃子を奏でる場所ですね。

函谷鉾の上から四条烏丸方面を撮影しました。観光客と整理係で大混雑です。
 
函谷鉾の前でも可愛いお姉さん達がちまきを販売中(1000円)です。

この函谷鉾の規模は、屋根まで約8m、鉾頭まで約24m。重量12トン。屋根は3.5×4.5mと大きく立派な山車でした。

次回は長刀鉾月鉾など・・・。

2007 07 30(月)記。    前橋市     最高気温26℃

昨夜の開票速報で一番嬉しかった事は・・・片山トラ之助(国民は自分自身にツバを吐いてるって、国民をナメて威張るトラはここクリック)落選したこと。
トラ之助落選オメデトウ!」って叫んじゃったよ。 早速で乾杯だ。

トラの息子がNHK(皇室担当記者)にいるってけど、情実コネ採用だろう。
公共のNHKは政治家のドラ息子・娘の採用経緯を開示すべし!

害獣駆除
しました・・・姫の退治!! 岡山の桃太郎以来の武勇伝!
国民をナメキッタ傲慢な片山トラ之助をたった7ヶ月で破った姫井由美子バンザ~イ! 本当にあんたはエライ!!
 

それに引き換え、お粗末当選丸川タマ代

選挙投票もしたこと無いのに自分には投票してくれだって!
自分勝手で有権者を小バカにした自己中のキモ悪る女!!  
マトモな政治屋活動も出来ないから、さっさと当選辞退して日本から消えうせな!

こんなチンケ女を自民候補にしたアベ晋三が首相を続投って、居直り強盗がまん延するよ。日本の美しい沈没の始まりだね、浮き袋でも買いに行くか・・・!


第221回 京都 祇園祭 第一巻。 北・南観音山、菊水鉾、放下鉾。

2007-07-27 22:22:22 | 旅行

7月15日(日)   京都祇園祭見物へバス旅行。

JR○○駅前を朝5時出発。
前日から7月にしては超大型の台風4号が日本列島を縦断しそうな気配の中、高速道を走って京都へ。

祇園祭バス旅行の参加人数は40名。
このバスツアーは日本三大祭りの一つ祇園祭山鉾に搭乗出来るのが売りとなっています。
台風4号のためキャンセルが続出、JR駅前から一緒に乗った方はキャンセル待ち15番目で諦めていたが急遽行けることになったと喜んでいました。

キャンセルのお陰で筆者夫婦はバスの最前列が割り当てられ、車窓の風景が充分に楽しめました・・ってことは私より前に申し込んだ8名は全員キャンセルってこと・・・。

とにかく、台風余波の小雨の中は長野自動車道から中央高速道へ・・・。

長野県に入り小雨から曇り空に代わったと云うのに飯田ICで通行止め!
仕方なしに飯田ICから一般国道153号線に迂回し、次の園原入口へ向かいました。
園原までの国道左側には天竜川に合流する阿知川が濁流となり、昨日からの風雨の強さを物語っています。

一区間の通行止めの為30分程タイムロスでしたが、南信州の田舎景色が見られて少し幸せ気分です。
中央高速道に再度乗り、長野と岐阜を結ぶ恵那山トンネルを抜けるとそこは快晴の別天地! 台風4号は何処へ行ったやら!
恵那峡SAでトイレタイム、その間にバスには昼食幕の内弁当が積み込まれて出発です。
バスの中で昼食した後は無料のコーヒー飲んでから軽くって骨休め、バスツアーって至れり尽くせりの大名気分です。

小牧ICで名神高速道へ入り増水中の木曾・長良・揖斐の河川を渡り、左に鈴鹿山系・右に伊吹山の山並みを見ながら一路京都へ・・・

京都東ICから市内に入りました。 鴨川も台風4号の雨で普段の倍以上の水量で濁っていました。(御池大橋から三条大橋の鴨川)
 
やっと午後1時半に御池通り新町にバスは到着。

ガイドさんの案内に従って曇り空の下、祇園祭山鉾見物へ・・・。

新町通りを進むと直ぐに最初の八幡山が現れます。
夏の京都の街には浴衣が良く似合いますね。
 
八幡山に続いて北観音山(上り観音山)屋根の上の真木には木飾りだそうですが、どう見ても松とは思えず杉かとも・・・。

続いて南観音山(下り観音山)の前掛けはペルシャ絹段通で異無須織の逸品。
 
胴掛けはペルシャ花文の段通、下水引幕は金糸銀糸で極彩色刺繍の楽天女と豪華な飾り付けとなっています。

各山鉾の脇ではお淑やか?な京娘ちまき(1000円)を熱心に販売中。
南観音山は32基の山鉾巡行のしんがりを務めるそうです、

更に下ると菊水鉾のお出ましです。
の後はの出番! の先端飾りは自然物が多く、長刀鉾に代表される様な武器や金属品が鉾頭(ほこがしら)になっています。

菊水鉾の胴掛けには素晴しい麒麟や獅子・昇り鯉などあしらった織物絨毯。(雨予想でビニール掛けが残念!)
  
天辺の鉾頭には16花弁菊華鉾飾りが曇り空に高く聳えていました。
菊水鉾は楠木正成とは関係なく、千利休の師・武野紹鴎の屋敷にあった菊水井戸にちなんで造られました。)

新町通りを下るごとに次々と素晴しい山鉾が登場します。
 
放下鉾(ほうかぼこ)の上に立つ真木の中ほどの天王座に放下僧像が祀られている珍しい鉾山車。(放下僧とは僧形の大道芸人。)
前掛けはトルコ段通、胴掛けはコーカサス段通、見送りはバクダッド段通で、下水引には与謝蕪村画の金糸刺繍が圧巻で見所となっています。

(放下鉾の詳細はここクリック。)

2007 07 27(金)記。    前橋市    最高気温34℃。

収支明細の公表ができない、こんな貧相なヤカラが農水大臣だって! 呆れて朕も「天皇塀下マンセ~」って叫んじゃうよ。

一本のロウソクSMろうそくプレイしたのかね~!? このツラは・・・↓。

領収書の二重計上などやって税金を脱税している政治屋は自民党に多いんだね。
どうせ公開できない金銭は芸者遊びに費やしたのかも・・・!?
嘘とペテンで固めたヤツは松岡みたいに早くこの世から退出して欲しいものだ。

4年間近くも投票したことが無い丸川タマ代が厚顔にも立候補するなんて国民もナメラレタもんですね。

TVで少し顔を売っただけで国民を愚弄するする非常識女に是非ご投票を・・・か!?

総理自ら法律違反するほど、アベもここまで落ち目になったんだな~。

次々出てくる不祥事いかがわしい候補者を擁立する自民党って何なんだろうね!
小汚いアベ政権の掲げる「美しい日本」って「美しい醜さの軍国日本」を作るってこと・・・。

あきれ果てた事に発覚から6ヶ月もたって、社保庁の宙に浮いた5000万件以上の年金は未だに一件も処理していないって!!
無能アベ内閣は情けなくも役人にも完全にナメラレているんだね。

こんなアベを首相に禅譲した口先だけの小泉も人を見る眼が全くなかったんだ。
小泉が年金問題の最大の戦犯!! 大衆を口先だけで煽る演説上手は嘘が多いから気を付けましょうね・・・。


第220回 日光戦場ヶ原ハイキング 湯の湖・湯元温泉。

2007-07-23 23:23:23 | 旅行

7月6日(金)   日光戦場ヶ原ハイキングも終盤になりました。

湯滝観光からチャーターバスで疲れた足を癒すため、湯の湖脇にある湯元温泉へGO!

バスの車窓から木陰越しにチラチラと湯の湖が見え隠れしていました。
時刻も正午過ぎでしたので、湖畔ではランチタイム。
 
湯滝からバスで10分程で湯元温泉に到着しました。
湯元温泉で2時間のフリータイムです。 早速無料の足湯へ・・・。

バスの移動で少しは疲れもとれて、足湯へ向かう足取りは軽快です。
 
湯元温泉町が運営する足湯の名前はあんよのゆ
足湯としては確かに判り易いネーミングですね。

自由時間を利用して温泉旅館・ホテルの湯に浸かりに行った人もいたので足湯参加者は約半数でした。
 
足湯あんよのゆ」は我々だけの貸し切り状態でした。

足湯の温度はかなり熱かったです。
K子とO子が歩きながら湯をかき混ぜて湯温を均していたのでしょうか?
それとも、お湯を波立ててのお騒がせイタズラ・・・?
 
大根じゃない細めの白ごぼうもすっかり茹で上がって美味しそ~~!
湯元温泉の泉質は草津温泉と同じで硫黄・硫酸塩泉ですね。
筋肉痛・皮膚病・糖尿病などに効能があるそうです。

温泉に足を浸けて温まりながらお嬢様方は井戸端会議に花を咲かせていました。
 
ほど良く温まり足湯から出ようとしたら、近くに居たオジサンが「温泉寺に行くといいよ。」って親切にも温泉寺の場所を教えてくれました。

オジサンは「温泉の湧いている寺で、最近はTVでも良く紹介されているよ」と云う。
集合時間までは暇だから、ついでに温泉寺へ寄る事にしました。
 
足湯あんよのゆ」から歩いて2分で温泉寺の入口です。
石柱には日光山温泉寺と彫ってあったが、これも直球勝負の判り易い山号寺号ですね。
鬱蒼とした木立と沢山の石灯篭が並ぶ参道をお喋りしながら進むと、奥深い処に建屋が見えてきます。

温泉寺本堂(右)ま近かの参道中央に「本日、入浴・休憩できます。」って立て札があります。
左に微かに見える庫裏が温泉入浴の入口。 温泉浴屋は庫裏と本堂の中間です。
 
こんな山の中の寺にしては立派な本堂内陣です。「瑠璃光殿」の扁額が掲げられています。
日光山温泉寺は日光開山の祖・勝道上人が788年(延歴7年)にこの地に湧出している温泉を発見し、薬師湯と名付けて薬師瑠璃光如来像を祀ったことが起源と云います。
有名な日光山輪王寺の別院で由緒あるお寺(天台宗)なのには驚きました。

温泉寺本堂を参詣した後は、お嬢様方は三々五々温泉街へお土産探しに・・・。
筆者とT氏の二人は「折角だから温泉寺の温泉に入ろうや。」と庫裏へ。

庫裏玄関でオバサンに一人500円支払いましたが、領収書などは出ませんでした。
これって「坊主丸儲け!」そのものみたいですね。

温泉寺の湯屋・湯船は古びた素朴な感じで、秘湯気分が充分に満喫出来ます。
 
温泉寺の温泉は足湯の泉質と全く同じ乳白色の硫黄系で湯名は「薬師の湯」。
筆者(左)は男湯に、T氏はどうしても女湯に入りたいと云ってニコニコ顔で女湯に入湯です。
ハイキングに来てまで女湯って、何を考えてるのでしょうかT氏は・・・??

天然温泉が湧いているお寺は珍しいですね、以前「ツトムさん家の写真日記」の東北の旅で下北半島・恐山の「恐山菩提寺の冷抜の湯」を紹介しましたが、その恐山の泉質も日光山温泉寺のと同じとは何かの縁でしょうか?
(「恐山菩提寺・冷抜の湯」はここクリック。)

温泉寺の「薬師湯」でのんびり温まってから休憩室で持参したBEERなど飲んで骨休め。
帰り際に温泉寺のオバサンに教えられた湯畑見物に・・・、と言っても、湯畑は温泉寺のすぐ横でした。
 
浅い沼地の中に小さな小屋が6~7個。
小屋の近づくに従って腐卵臭に似た硫黄臭気が鼻を突きます。

近くに寄って見るとホテルや旅館の名前が書いてありますから、温泉の源泉小屋です。
 
さすが源泉ですね、小屋内部の湧口には湯ノ花がいっぱい咲いていました。
ここから湯をホテルまで引いているのです。周りにはこの源泉から湯を引くホースが沢山有ります。

別の源泉小屋の中では湯が勢い良くボコボコと湧き出し、湯気が立ち込めています。
 
上右画像は温泉の分配槽ですね、ここで各ホテルに湯を分けて送っています。
パイプに大小がありますから、ホテルごとに取り分が決められていると思います。
源泉小屋の周囲の地面からも所々で熱湯が湧出しぬかるみ、見物客には歩行専用の木道が敷かれていました。

温泉寺湯元温泉の源泉など訪ねて時間を忘れ、集合時間に10分遅刻で皆さんにご迷惑お掛けした日光戦場ヶ原ハイキングの楽しい一日でした。

2007 07 23(月)記。    前橋市     最高気温27℃

7月23日   大暑の日

打ち水で地球温暖化阻止しましょ!  (7・8月の23日は打ち水の日
 
メイドだって可愛く打ち水だよ~~ん。 ご主人様にもかけちゃうよ~!
 


第219回 日光戦場ヶ原ハイキング 小滝から湯滝。

2007-07-20 02:02:02 | 旅行

7月6日(金)   赤沼からのハイキング途中の中休みでお腹を満たし、フンドシ締め直して再出発です。

何処からとも無く舞って来たが一羽手のひらに・・・。
皆さんは「蛾じゃないの?」って云ってたけど、昼飛ぶのは全部蝶に分類されるのです。(写真の蝶はフタスジチョウ)
 
高山に咲く色鮮やかな(九輪草)を愛でながら、元気良くハイクは進みました。

爽やかな清々しさは流石1000mを超える戦場ヶ原高原ですね。
白樺林の中を木道は続き、森林浴には最適な空間で木精フィトンを胸いっぱいに吸い込んで幸せいっぱいな気分です。
 
清流・湯川に沿って上流へ、上流へ・・・。

しばらくすると、清水の湧き出している景勝地・泉門池に着き、ここで小休止。
透明度高い水面を見ていると心が癒されますね。
 
緑深い白樺林の中にはイブキトラノオが白い小さな花を咲かせて短い青春を謳歌しています。

それまで比較的に平らだった木道も次第にUP DOWNを繰り返すようになり、ハイキングらしくなってきました。
でも、良く整備された木道なので危険性は皆無です。
先行部隊は道を間違えたようで、分岐点で状態!
 
木造りの階段を下に向かえば正解ですね。

木の階段を降りきった所に湯川を流れ下る小さな滝・小滝です。
 
木橋を渡っていると冷気がヒンヤリと感じられます。
きっと小滝からのマイナスイオンのせいなのでしょうね。

美しく澄んだ水を湛えた湖沼を見て英気を養います。
 
気楽なハイキングですから、お気に入りのポイントで ハイ、チーズ!

小滝から10分ほど歩くと、耳に轟音が・・・。
何かと頭上を見上げればハイキングのメインターゲットからの水しぶき!
 
急角度の斜面を流れ落ちる真っ白な湯滝が眼前に・・・。

望遠で撮った湯滝の上部です。
写真では感じられませんが実際はもっと豪快な迫力があります。
 
湯滝を背景にしてハイク仲間を記念撮影! 

ハイキングの徒歩終点は湯滝横の湯滝レストハウスです。
お土産買ったり、トイレ借りたりして小休止しました。
 
湯滝レストハウス上の道路座り込んで迎えのバスが来るまで三々五々おしゃべりタイム。
 

この後は近くの温泉へ行くだけなので、全員リラックスして脱力状態!
それでも、写真タイムになると、急に笑顔に早代わり・・・。
なぜか黄TシャツのK子だけは眼が虚ろ!!・・・お疲れ様で~す!

次回は日光・湯元温泉です。

2007 07 20(金)記。    前橋市     最高気温25℃

7月20日    ハンバーガーの日
  
 美味しいチキンバーガーを頭から召し上がれ・・・。

 Tシャツの日

  だからTシャツ脱ぐなって云ったでしょ!


第218回 日光戦場ヶ原ハイキング 赤沼から湯川。

2007-07-18 18:18:18 | 写真・旅行・日記・コラム

7月6日(金)   豪快な竜頭の滝見物の後、バスで近くの赤沼へ。

ハイキングの出発地点・赤沼自然情報センターで館内で戦場ヶ原の動植物など軽く学んで休憩の後、いよいよ徒歩でのハイクが始まります。
 
赤沼自然情報センター近くには黄オレンジ色のニッコウキスゲが満開に・・・。
眼に鮮やかな紫色の花は何でしょうか? ラベンダーとも違うみたいな花ですね。
とりあえず、ニッコウラベンダーとしましょうか?(苦笑) 花名はルピナス
 
戦場ヶ原のハイキングポイントとして昔から有名な赤沼茶屋も朝の開店準備中。
それにしても赤沼茶屋のがこんなに立派になったとは・・・驚きだ!
バスの中でアルコール補給したお嬢様方は気合充分でにこやかにスタート。
 
昨日までの雨が嘘のような天候の中、木漏れ日の下を足取り軽くランララ~ン!

ハイクコースは土道をしばらく歩くとやがて木を敷き詰めた木道に変わります。
歩き易くてハイヒール・パンプスでもOKだよ。
 
良く整備された木道の横に沿って、湯の湖・湯滝から流れ下る湯川が澄み切った川面を煌かせていました。
朽ちた倒木も一片の絵になり、景色にアクセントを添えていました。

若いハイカーは景色・風景よりイケメン彼氏の話題に集中です。 おっと、足元ご注意!!
 
しばらく進むと湯川で釣りを楽しむ釣人と出合いました。
釣れる魚は岩魚・山女じゃなくてブラウントラウト(移入種で川鱒の一種)と云ってましたっけ。
日本奥地の河川まで外来種に占領されたんじゃ、企業も外資に乗っ取られるよね~。

広々とした戦場ヶ原の奥には日光男体山の雄姿が・・・。
 
歩いている木道の間にハクサンフウロが可憐な花を精一杯咲かせています。

緑深い木々草原を縫ってなだらかな木道は続きます。 
オ~ぃ 待ってくれ~~ぇ! 筆者を置き去りにするな~!  
 
仲間ハイカーの冷たい仕打ちに耐えながら、一人寂しく小さな草花(イトキンポウゲ)と写真ゴッコです。(石川啄木の孤独な詩を思い出しましたね。

遅ればせながらやっと追いついたと思ったら、上流の方から「写真を撮って!」だって!

朽ち果てそうなオンボロ木橋に並んだ面々はバンザイのポーズで・・・勝手なもんだね~。
写真係りはウロウロ・オタオタで辛いばっかしだよ。

赤沼自然情報センターの駐車場から1時間経てやっと休憩場。
なんとか皆さんに追いついて早めの昼食に参加、カメラ以外は何も持参しないのでY氏からオニギリの施しを受けてパクッリ・・・。

朝が早かったので、ハイク仲間の皆さんも食欲おおせいです。
日頃は可愛いお嬢様方も顔より大きく口を開けてムシャムシャ・モグモグ・パクパク!!
イケメン彼が見たら百年の恋も一瞬で醒め・・・・・!??  

でも、ハイキングでは色恋よりも食欲が一番! ラーメンはサッポロ一番・・ってか!

次回は湯川小滝と湯滝のハイク編です。

2007 07 18(水)記。    前橋市     最高気温22℃。


ラーメンと云えば、こんなら~めん風呂はいかが・・・。

世にも珍しいら~めん風呂は箱根小桶園ユネッサンに7月13日登場!
頭の上に箸に摘まれた巨大麺。
ラーメン風呂にはコラーゲンニンニクエキスタップリの豚骨色の湯!
おまけに胡椒もふんだんに入ってるって。

湯上りは体中からニンニク臭が・・・・・臭ッそ~!

OPEN当日、ラーメン風呂の共同企画者で秦野市の「なんつッ亭」店主・古谷一郎氏が入浴剤で作った特製麺を投入するサービスまで行われたってさ!


第217回 日光戦場ヶ原ハイキング 竜頭の滝。

2007-07-14 01:54:45 | 旅行

7月6日(金)   久し振りに会社のハイク好きな仲間たちと一緒にハイキングだ。

ハイキング先は高原の日光戦場ヶ原方面。
梅雨時にもかかわらず、雨も降らずの好天気になりました。
筆者が晴れ男なので・・・と、自画自賛と自慢!(笑)
とにかく、ハイキング日和に感謝してチャーターした日本中央バスで朝6時出発!

みどり市大間々町から北へ続く足尾街道をハイカー30名乗せたバスはひた走り・・・。
 
バス車内では朝からビールチューハイがモーニング珈琲代わりです。
途中の草木ダム湖のレストハウスでトイレタイム、バスが出るまでの間に草木ダムなど眠い目をこすって見物しました。
 
草木ダム湖の水位は低下傾向で、満水時の70%程でしょうか?
節水心がけて水を飲む代わりにBEERを・・・って、誰だねバカ云ってるのは!?
レストハウスの片隅に「貧乏神追放」の幟旗、その側に貧乏くさい“招福神社”が建っていました。
招福神社の中には貧乏神と大黒様が同居状態です。
もちろん、貧乏神を蹴飛ばして、大黒様来福とハイク旅の安全を祈願しましたよ。

早朝からのお酒で居眠りをしている内に、銅山で有名な足尾町や群馬と栃木の県境の日足トンネルも通り過ぎ、ハイキング最初の目的地の竜頭の滝に到着。
バスの駐車場から100mほど下って竜頭の滝上部に着きました。
 
爽やかな早朝の竜頭の滝景色です。
滝下流域の遠方には青く澄んだ中禅寺湖が神秘的な姿を見せていました。

竜頭の滝の水量は梅雨時にしては少し少なめですが、斜面を一気に下る迫力ある流れの瀑布です。
 
同行のハイク仲間はそれぞれ勝手な行動、滝をカメラで必死な撮影のT氏や、我関せずと滝も見ないでメールのチェックのN氏・・・。現代の世相を反映していますね。

竜頭の滝の轟音にも負けないオシャベリと記念撮影で軽く楽しんだひと時でした。
 
1000mを越える標高の竜頭の滝の朝は気温が低く、Tシャツ姿のM子は鳥肌立てて寒がり・・・・長袖が正解みたいでしたね。
竜頭の滝で30分ほど見物して、バスで次なる目的地・赤沼地区へ出発!

次回は戦場ヶ原のハイクと湯滝です。

2007 07 14(土)記。    前橋市  台風4号近し。   最高気温22℃

7月12日 モンゴル人でギネスブック認定世界一長身の鮑さん(236cm・56歳)の結婚式写真。
お相手の女性は夏さん(168cm・29歳) 若い嫁さん貰って羨ましい~。

ナンデモ有り~の中国でついにダンボール肉饅頭が登場!!

は集められた屑ダンボール。 はダンボールをカセイソーダに漬け込みます。

はカセイソーダで肉色に変色させ柔らかくなったダンボールを細かく刻んで肉エキスで味付けします。
で見事に普通の肉饅頭の出来上がり。 美味しそう~~!

ダンボール肉饅頭がバレタので、次はネズミの肉で誤魔化すあるよ・・・。

ネズミ一匹2~3円程の相場とか・・・。
ダンボールよりは美味しい肉饅頭が出来るから、マッ許せるか・・・??


第216回 群馬県太田市 さざえ堂

2007-07-11 20:00:00 | 旅行

6月24日(日)   群馬県のあじさい寺を訪ねて太田市へ行きました。

太田市には子育て呑龍様で名高い大光院や山城の金山城址などの見所もありますが、太田市東今泉町のさざえ堂も隠れた名所の一つです。

さざえ堂は通称で正式には曹洞宗祥寿山曹源寺と云います。
太田市金山の東麓の田園地帯に普段はひっそりと佇む古刹です。
 
雨が降ったり曇ったりの境内には紫陽花の花が咲き乱れ、古色なさざえ堂に華を添えていました。

仁王門から敷き詰められた石畳の下には西国坂東秩父百観音霊場の砂が納められているそうで、敷石を全て踏むと百霊場をお参りした事になるそうです。
 
百観音霊場の石畳を踏みしめて本堂へ・・・。
文治3年(1187年)に新田義重公により六角堂が建立され、新田一門の祈願所となり、新田義貞公の要請で越前から来た天真祖英禅師が開山。

江戸時代の寛政5年(1793年)巡廊式(堂内が上り下りが一方通行)の独特な建築様式のさざえ堂様式に改築されました。
外観は中二階をはさんだ三階建てで、サザエ貝の螺旋状は見られません
  
さざえ堂を真ん中にして周囲を満開の紫陽花が取り囲んでいました。

さざえ堂本堂の入場料300円。 少し薄暗い堂内に入ってみましょう。
 
上から下りて来る人とは出会わない構造の斜め廊下と階段を通って次第に上部へ・・・。

小さな窓と仄暗い電球の明かりだけの堂内には観音様がびっしりと並んでおります。
 
通路に従って歩を進めると百観音全てを参詣出来るような構造です。

並んでいる観音様の大きさは大人の背丈とほぼ同じです。
 
観音像は寄木造り金泥塗りが多く見られます。

西国33寺坂東33寺秩父34寺の各霊場にある観音様を模した像ですから合計100体あり、さざえ堂は螺蠑堂百体観音と謂われています。
 
浅草の浅草寺秘仏観音も有難いことにこのさざえ堂で見られます。(上右)

観音様以外にも不動明王魔除地蔵やカラフルな聖徳太子像・おびんずる様など沢山の尊像が納められていました。

さざえ堂内部で観音様を眺めていると、知らない間に最上階へ。
内部は4層構造になっているようです。
 
像の他にも新田一族に関する古文書など見所いっぱいのさざえ堂です。
新田義貞が鎌倉幕府討伐に挙兵した生品神社はさざえ堂から4km。)

がっしりとした木組みで江戸時代からの風雪に耐えてきた風格があります。
 
上右画像の左廊下は下り、右は上りと二重螺旋スロープの一方通行になった極めて珍しい構造の建物です。

さざえ堂出口では清和源氏の流れをひく新田一族の祖先と謂われる清和天皇がお見送り役です。
清和天皇もなんだかメタボ症みたいな体型ですね・・・。
 
さざえ堂の和尚様に記帳して頂いたさざえ堂百観音御朱印と天狗で有名な沼田市の迦葉山朱印。

17~18世紀の江戸時代には全国各地で沢山のさざえ堂が建てられたそうですが、火災や戦火などで焼失し現在では数少なくなりました。
太田市の曹源寺さざえ堂日本三大さざえ堂の一つで、日本最大の規模と内容を誇っております。
内部に納められた百観音像も損傷が無く立派なお姿が拝見できます。

北関東方面へお出掛けの際はぜひ群馬県太田市さざえ堂へ・・・。

日本三大さざえ堂は、太田市・会津若松市・本庄市にあります。)

2007 07 11(水)記。    前橋市 時々    最高気温25℃。

7月11日   真珠記念日(1893年御木本幸吉翁が初めて真珠養殖に成功。)


第215回 熊谷市 妻沼の聖天様

2007-07-05 22:22:22 | 旅行

6月18日(土)   熊谷市能護寺の紫陽花を堪能したあと、近くにある超有名なお寺へ・・・。

霊験あらたかで御利益の多く、日本三大聖天の一つ妻沼の聖天様を参拝。(妻沼聖天山歓喜院 開山治承3年・1179年)
この聖天様本堂は左甚五郎の彫刻群で壁面が飾られ、埼玉の日光とも呼ばれています。

長い参道を歩くと眼前に豪壮な貴惣門(重要文化財・嘉永4年、1851年完成)が出現!
 
頭上の浮き彫り彫刻の見事さには驚嘆します。
この彫刻も左甚五郎でしょうか?

左右に巨大な木造の護仏像が参拝者をお出迎え!(重要文化財 左・多門天。右・持国天)
 
日頃の行いを確かめている様な威圧的なお姿・・・。
善行ばかりの筆者には微笑んで通してくれました。

山門から続く参道では朝市の露店が店仕舞いの最中です。
 
山門(仁王門)の裏側の彫刻も見事です。

山門から中門への途中の右手に熊谷地方の領主で勇者として名高い斉藤別当実盛公の銅像。(死を決意した戦で老齢の実盛とは判別出来ない様に毛髪を黒く染めている姿の像。)
 
参道沿いに建つ三階建ての土蔵のある「料理割烹 千代桝」は田山花袋の小説・残雪の舞台になった料理屋です。

途中の中門を経てしばらく木漏れ日の下を進むと、また大きな仁王門に出合いました。
 
ここでも左右に仁王像(金剛力士像)がガードマンの役目を果たしていました。
仁王像の前には埼玉の銘酒・力士の菰樽が・・・。

仁王門を入ると、眼前に聖天様本堂。(宝暦10年、1761年築)
でも、ただ今平成の大修理中で本堂全体が工事用のカヴァーで覆い尽くされています。
 
微かに覗ける隙間から聖天様御本尊が(斎藤実盛の守り本尊・大聖歓喜天)入っていると思しきものを拝んで・・・。
5年間の大修理で来年(平20年)修復完了予定とか。
修復工事が終わるまで、左甚五郎が彫った豪華・極彩色の彫刻を拝見する事は出来ません。

本堂近くにたたずむ大師堂をお参りしました。
 
云わずと知れた弘法大師を祀ったお堂で、関東八十八ヶ所霊場結願所になっており巡礼旅最終のお堂です。
内部には天井から吊るされた大数珠観音様などの有難い御像が沢山あります。

修復中の聖天様本堂奥には回遊式の庭園があり、各尊像や鐘楼や流麗な二重塔(平和塔)などが点在していました。
 
聖天様境内の片隅にある、お休処・騎崎屋で遅めの昼食を頂きました。
お店の外にはの旗と月見草(宵待ち草)が眼に鮮やかに映り、夏の風情を感じさせていました・・・。

来年の修理完成時には本堂壁面を飾る左甚五郎の豪壮華麗な彫刻を見に行きたいと思います。

2007 07 05(木)記。    前橋市 時々   最高気温31℃。

7月5日   ビキニスタイルの日(1946年 仏のルイ・レアール)

ビキニTバックの水着はすでに時代遅れ!?
            ↓

            ↓

            ↓

                           ↓                      
       最新の水着は・・・・ バックだって・・・!!

  
確かに後ろ姿は I 文字だけど・・・。
水着は落ちないのだろうか? でも、ボトムが落ちた姿が一番GOODだって!


第214回 熊谷市 あじさい寺(能護寺)

2007-07-02 20:20:20 | 旅行

6月23日(土)   梅雨の中間時期に入ったので、紫陽花見物に行きました。

見事な紫陽花(アジサイ)が咲いている寺があると聞いたので、早速を運転して熊谷市へ・・・。

熊谷市と言っても目的の寺の場所は元の妻沼町です。
妻沼町左甚五郎の彫刻で有名な聖天様のある場所。
紫陽花寺はその聖天様から1kmほどの場所にありました。

カーナビ頼りに紫陽花寺の能護寺へ・・・。
 
アジサイ寺は真言宗の能満山能護寺と云い、天平15年(743年)に行基上人によって開山され、後に空海が真言密教の道場とした由緒あるお寺です。
御本尊に虚空菩薩を安置する有名な古刹。

また、弘法大師空海直筆般若心経があり、その書体がネズミの足跡のように見えることから、「ねずみ心経」とも云われる巻物があります。

近くの寺の駐車場に車を停めて、能護寺へお参りです。
この紫陽花の時期だけ拝観料400円が必要。

能護寺の山門から境内に入ると、左右は全て紫陽花のオンパレード!
 
アジサイ花を手折られないように、弘法大師が洒落た標語を・・・。

新しく建て替えられた本堂も紫陽花に取り囲まれています。
 
今年の梅雨は空梅雨ですね、真っ青に輝く青空の紫陽花ってイマイチの風情。

小雨に濡れた紫陽花のしっとりとした雰囲気は無く、日向では煌めいたアジサイが眼に映ります。
 
境内の木陰ではひっそりとしたアジサイ花が見られます。

紫陽花の花色は土の酸とアルカリの度合いで決まるそうです。
 
赤・青・紫・白などの色がとりどりで美しい花模様。

 
元禄14年(1701)に鋳造された銘鐘のある鐘楼周辺が一番の見所。

能護寺・本堂正面に鎮座する大日如来像に旅の安全をお願いして。
 
内陣左右の板戸の絵は流麗な色調で描かれていました。

能護寺の頭上にはいちめんの天井画が見事です。
 
幕末から明治にかけて活躍した金井烏州(上州・島村)の作品で、躍動感あふれる動物画や十六羅漢の絵が有名です。

梅雨の時期とは思えない暑さで紫陽花も少しヘタリ気味でしたが、たしかに沢山のアジサイが咲き乱れた美しい境内でした。

2007 07 02(月)記。    前橋市 のち    最高気温24℃。

7月2日   たわしの日  蛸の日  救世軍創立記念日