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ステージおきたま

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またまた締め切りオーバー!シニア5期生公演『生前葬につき』

2016-08-18 10:13:46 | テレビ

 いかん!実にいかん!今回も締め切りに間に合わなかった。

 シニア演劇学校、今日から盆明け再開。気持ちも新たに11月公演に向けて始動!と、こう目論んでいた。もちろん、約束もしてあった。なのに、仕上がっていない。書いてはいる。行き詰っているわけではない。が、遅い。現在到達点、ほぼ中間地点。文字数にして13000字。起承転結で言えば、転への一歩踏み出したところか。

 基本のテーマとエピソードはすんなり決まった。生前葬をめぐるごたごたと老人の過去ミステリー。これをややドタバタ風に描いている。てこづったのは、登場人物たちの、人柄と人生が固まっていなかったことと、彼らを芝居回し以上に息吹を吹き込むことだった。なーんて、書いたって、想像つかんよね。

 要するに、一人一人の登場人物がどんな言葉でしゃべり、どんな話題を振りまくかってことと、彼らがどう変わっていくか、それが上手くつかめなかったってことなんだ。なに?まだわからない?ごめん、具体例を出せればいいんだけど、ネタバレになっちまうからね、ご勘弁だ。

 全体の展開の中で、彼らが果たす役割は決まっている。ストーリーを流すためにどんなセリフが必要か、それもほぼ決めてから書き出す。でも、それだけじゃ、鉄骨だけの建物だもの、外観や間仕切りは想像できても、とてもそこに棲もうなんて思わない。同じことだ。筋立てだけたどったところで、芝居を見た感じはしない。ああ、なるほどね、で終わりだ。そう、論文のサマリー、ネット記事の要約みたいなものだ。やっぱり、つづきを読む、に引っ張り込まなくちゃ勝負にならない。

 当初の想定では、出版社の落ちこぼれ記者だったものが、書き始めたら偉そうに大言壮語する売れっ子ゴーストライターになってきたりとか、主人の前では淑やかな気配り看護師が、初めの思惑をはみ出して、ヤーさん言葉を使う姐御になったり、とか、思いつきてのは、物語が進みながらも出てくるわけなのだ。まあ、寄り道って言えば寄り道には違いないし、どんな人物設定にしても話の筋は通していけるのだが、それだけじゃ、ざっとあらすじ、あっそうなの、で終わってしまう。シーン一つ一つも面白く、見終わって納得とともに心が動く、こういった芝居を書きたいじゃないか。

 だから、あらかじめ決めたルートをマップ頼りに走るばかりじゃダメなんだ。遊びが必要なんだよ、気ままな遠回りや途中下車が必要なんだ。そんなの本筋に関係ないだろ?って馬鹿話や戯言が重要なんだ。遊ぶためには無駄がいる。寄り道すれば時間がかかる。で、締め切りに間に合わない、とこういう仕組みになっている。

 なんか、自分の怠慢を責任転嫁するごたくを並べているようにも感じるけど、まっ、そういうことで、あと、1週間、シニア演劇学校5期生の皆さんにはお待ちいただこう。画像がないと寂しいから、去年の4期生公演『シェアハウスブルース』のチラシあげておこう。このチラシ、傑作だよね。

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「ご家族はお喜びでしょうね」って決めつけるなって!

2016-08-14 09:23:28 | テレビ

 オリンピックだ。日本のメダルラッシュ?が続いてて、ちょっぴりスポーツナショナリストの僕としちゃ、日々機嫌よく暮らしている。今も卓球女子準々決勝、3人娘、見事勝ち上がったとこ見たばかりだしね。でも、ちょっと種目が偏ってる感じがして、気になるなぁ。柔道に水泳、お家芸ってやつだけど、もっと世界でメジャーなスポーツでどうなのよ?って思ったりもする。まっ、水泳はメジャーだけど。サッカー負けたし、バスケ女子も厳しいし、これからあるマラソンもほぼ結果見えてる感じだし。でも、メジャーもマイナーもここにたどり着くまでに我ら凡人には想像さえできない苛烈な鍛錬を重ねてきたわけだから、勝者の笑顔も敗者仏頂面も、どれもこれも見ていて激しく心を揺さぶられる。

 選手一人一人が背負って来た重さにくらべ、あまりに軽く聞くたびに違和感があるのがインタビューだ。質問の中の、「ご家族はお喜びでしょうね」ってやつだ。聞いてるアナウンサー、答えを確信してるからね、家族の力とか家族の支えとか、感謝の言葉がかえってくるって信じて疑わない。「誰に一番伝えたいですか?」なんて質問も、暗黙のうちに、お母さん?お父さん?奥さん?って返答を強いているようで、どうも居心地が悪い。家族との絆を引き出せば、お涙ほろり、視聴者も泣いて喜ぶ、これも信じて疑わない。

 そりゃ、家族の協力は必要だろう、日常生活を支えてるのは多くの場合家族に違いないからね。でもねぇ、大きいのは、なんったって、当人の努力でしょ。本人の頑張りでしょ。両親の顔思い浮かべながら辛い練習に耐えてるなんて選手いると思う?まだしも、コーチや監督の方が、一心同体で戦ってきてると思うんだよ。いや、それだって選手自身の孤独な頑張りから見たら、部外者、随伴者でしかない。様々な不安に耐え、究極の苦難を切り抜けて掴んだ勝利であり達成だよ。すぐさま家族に直結させるのって、余りにも底が浅い反応だよ。とことん安易だよ。でも、今、これ流行りだよね。

 3/11以来、もう、家族の絆は絶対神だもの。これだけは、どこに行っても、誰にとっても疑いようもない真実、万能のジョーカーだ、って信心が蔓延してる。なんたって、首相はじめ圧倒多数派の政権党が強力に推し進めているのが3世代同居だし、家族を国家の基本単位と決めて憲法にはめ込もうとする動きなわけだから、これは強力だよ。権力のお墨付きもらってるわけだもの。

 でもねぇ、誰もが円満な家族関係築いてるわけじゃないんだよ。厚い信頼で結ばれてる親子や夫婦もいれば、憎しみあったり傷つけあったりしてる家族もそちこちにある。どちらの極も多くはないだろうが、その間の典型家族?にしたって、強力接着剤のような結びつきはしていない。もっとさらっと水糊くらいのくっつき具合なんしゃないか。そうそう、一人暮らしの人たちだって最近は無視できないほど多いわけだし。

 親子で勝ち得た栄光、って美談?があちこち転がってるって事情もあるんだろう。例えば、卓球の伊藤美誠や水泳の池江璃花子とスパルタ母さんとか。でもね、それだって、感謝はしても、同体で喜ぶなんてないと思う。ほら、イチローとチチローとの不和みたいに、人間の心ってやつは、見たいような美談仕立てにはなっていないんだ。そうそう、体操女子で圧勝したシモーネ・バイルズ、薬物中毒の母親の手を離れ祖父母の手で育てられた彼女、マスコミの執拗な言及にも動じることなく、私の両親は祖父母だ!って言い張っていた。こういう様々な家族の在り方があるんだ。 

 インタビュアーたちの浅薄なスポーツ理解、浅はかな人間認識、小ばかにしたお涙頂戴意識、こういったものが、選手たちの途方もない努力や到達点をちっぽけでありきたりのものに貶めている。そこんと、もっと考えて欲しいもんだね、テレビ関係の人たちには。まっ、タレントとかって、たわいない一言でわかっように世の中突っついてその気になってるのがテレビの現状だから、そこで人間への洞察力を身に着けろって方が、無理な注文なんだろうけど。

 家族ってものも多様、家族とのあり方も千差万別、それが現実。その実際から目を背け、あって欲しい姿を思い描いて世の出来事を追う、そんなマスコミじゃ、今この国を急速に覆いつつある単色化の潮流を押しとどめることなんてできないぞ。みんな一緒、みんな同色の行きつく果ては、・・・そう、わかってるね、いつか来た道だよ。

 

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野菜たちの波状攻撃!

2016-07-25 08:58:54 | テレビ

 食え、食うんだってそんな攻められたって、食えるわけないだろ、一人なんだぜ。採りそびれたキュウリたちが、ほれこの通り。毎朝、キュウリを見回るのが恐ろしい!

 いや、食ってるよ、毎日食ってるんだ。糠漬けだろ、

キュウリもみだろ、サラダだろ、1日2本は必ず食ってる。だがなぁ、キュウリって煮物とか炒め物とか向かないだろ?いや、知ってるよ、中華でキュウリ入れたりするての、でも、あまり好きじゃない。やっぱりキュウリはあの歯ごたえ、あのみずみずしさが命じゃないか。塩蔵して、冬前に調味漬けにするって方法もあるが、そこまでキュウリの保存に入れ込みたくはない。ということで、せっかくの実りを無駄にして、ごめん、キュウリ。

 やはり、一人暮らしで自家菜園を食い尽すてのは無理があるなぁ。初なりの坊ちゃんカボチャ、ちっちゃなの1個、煮ものにして毎日食べてるけど、三日経ってもまだ残ってる。最期まで食べきれるか、うーん、食中毒との戦いか?でも、カボチャは生なら保存できるからまだいい。キュウリ並みに元気なズッキーニなんて、数本食べる間に10本以上がへちま状態だから。緑と黄いろの苗を1本ずつ植えただけなのに、なぜか、あたり一面ズッキーニの密林になってるし。

 怒涛のトマト攻撃も始まりつつある。今のところミニトマトによる先制攻撃だけだが、いずれ中玉、大玉が押し寄せてくるだろ。おっと、加工トマトも満を持している。思い余って、菜の花座の稽古に持ち込もうと思ったが、虫の知らせで思いとどまった。案の定、他のメンバーが持参して、しきりに勧めていた、やっぱり。いずれトマト加工の日々が続くことだろう。

 お裾分けでもすりゃいいんだよ、て言ったって、ここいらじゃみんな、自分で育ててるから、声かければ逆に倍も持たされて帰されかねない。残る手段は、親戚、知人に送ることだが、まさか、キュウリ、ズッキーニ数本、トマト数個ではありがたくもないだろう。送料の無駄ってもんだ。ここはまず、トウモロコシとか、ジャガイモとか人参とか採れたら、一緒に送るしかない。

 ああ、そうだ。トウモロコシも分不相応に作ってしまったんだ。どうせ発芽しなかったり、枯れたりするだろうと踏んで20本近く播いたら、ほぼすべて順調、さらに、時期を外した晩生も10本以上、こいつも生ものだからね、保存するには煮て実をほぐして、冷凍か。だから、冷凍庫満杯なんだってば。

 さらに、さらに、メロンも豊作、スイカもまずまず、どうすんだよ?スイカ1個、一人で食い尽せっていうのか?一夏、スイカとメロンだけ食って暮らせっていうのか?

 おーい、町場の人、欲しけりゃ声かけてくれぇぇぇ、無農薬、有機栽培の野菜たちが待ってるぞぉぉぉぉ。

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『クロスロード』まで9日!

2016-07-22 09:00:12 | テレビ

 迫って来たぞぉぉぉ!公演まで10日を切った。明日は初の通し、と言ってもフレンドリープラザの舞台は使えない。いつもの稽古場、狭いフロア、幕もなければ、楽屋もない。せっかくの力作装置・大道具も持ち込むことさえできない。まあ、やれるのは役者たちのやりとりと早着替えと小道具、それと音のチェックくらいのものかな?いいの、いいの、上等よ。通してみれば粗も見える、勘違いもはっきりする。残りの1週間で手直ししていけばいいんだから。

 今回の芝居は、ちょっと特殊な作りになってる。台本構成のシニア仕様だ。主役と舞台回しの役以外は、各シーンに分散してメンバーを配置してある。各シーンをつなぐのは主役のダンサーだけ、4つあるキャバレーシーンは、時代も違えば店も違う、もちろん、ホステスも客も異なるって形だ。こうすりゃ、役者一人一人の出番を限定できるはず。セリフも少なく、動きも極少に抑えられる。記憶力の減衰に悩むシニア役者たちにはありがたぁぁい仕組みだ。でも、シニアも人それぞれ、セリフ苦手、勘弁してよ、って人は1回の登場にし、頂戴出番!って人には2つのシーンを準備した。こんなシニア向け工夫を施した仕掛けになっている。セリフと出番の傾斜配分てことね。気、使ってるわけよ作者も、みんながそれぞれの「ちょい無理」程度でてられるようにって。

 ダンスも情け容赦なく、3グループに分けた。まずは若者並みに踊れるソロダンサーを最前列に、2列目にややダンス力が落ちる3人を置いて、最終列にはダンス苦手って人たちに並んでもらう。振付も3パートに分けて難易度も違えてもらった。ランク分けされるてのは、当人にしてみりゃ嫌なことだったかもしれないが、心を鬼にして?区分けして良かったと思っている。リズムが取れない人も何もかも一緒、平等て、そりゃ違うよね。そんじゃ出さないか?それもシニア演劇としちゃやっちゃいけないことだ。みんなが出る、苦手なこともちょっとやる、得意なことはどーんとやる、これでなくちゃね。

 ダンスは上手く行ったが、芝居の方は失敗した。記憶力に自信ない人は1回の登場、これは良かった。でも、そんなあやふやメンバーを1シーンに集めてしまった。これは大きな誤算だった。他のシーンは、セリフもやり取りもスムーズで、演出もさらに高いレベルを目指してダメ出しできるのに、このシーンだけは、動いては止まり、止まっては顔を見合わせる、行き詰ってはまた元に戻る、さっぱり稽古が進まない。もう、時間ないから、ともかく終わりまで通して、って感じでやり過ごした。だれか一人でも記憶力のたしかな役者を入れておけば、巧みにアドリブで回してもらえるのに、そんな配置を考慮していなかった。

 考えなかったよなぁ、出番とセリフ少なければ、なんとかやり遂げてもらえると思っていた。が、甘かった。まだまだシニアを見抜く目が足りなかった。次回以降へ大きな教訓だな。だからって、このまま本番迎えるわけにゃいかない。明日の通しは目をつぶるとして、そこから1週間、ギターっと絞めることにしよう。シニアに対しては珍しく、セリフ入れること、自分たちで稽古を積み上げることをきつーく、言い渡した。

 と、こんな状態ではあるんだけど、確実に面白くなってきてもいる。残りの日々、一気にレベルアップ、皆さんご満足いただける舞台に仕上げますから、どうか、どうか、お忘れなく!菜の花プラザシニア団『クロスロード』公演7月31日(日)午後2時開演だから。

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『BARレモンハート』でほろ酔い

2016-06-30 09:26:47 | テレビ

 テレビ離れが進んでるってねえ、僕も同じだ。まるで興味なしってことじゃない。その証拠に新聞のテレビ番組欄は隅々までチェックしてるもの。狙い目はドキュメンタリーとか歴史、科学なんか扱った半教養番組。以前は映画もこまめに探してたけど、農繁期だろ、とてもとても2時間以上お付き合いするなんて無理!よ。ドラマはてーと、これはほとんど対象外。恋愛もの、家族愛もの、刑事・探偵もの、どれもまったく見る気なし。NHKの朝ドラも大河も毎日、あるいは毎週その時間に合わせてテレビに対面するという習慣がないので、三谷幸喜といえでも、パス!

 数少ない例外が、『BARレモンハート』なんだなぁ。まあ、原作のマンガ(古谷三敏『BARレモンハート』)はともかく、テレビで見たことある人いないでしょ。BSフジ月曜夜10時から1時間の番組だ。

 簡単に紹介すれぱ、お酒(洋酒)にまつわるショートストーリーね。毎回、世界の銘酒をネタに小粋なドラマがさらりと演じられる。シーンはすべて、町中の小さくて居心地のよさそうなバーのみ。出演者はマスターの中村梅雀に常連客2人、それに日替わりの役者数人、金のかからないドラマベスト1間違いなしだなぁ。もし本物なら、棚に並んでる酒の方が高価かもしれない。おっと、スポンサーにサントリーも入ってたから、こっちは無料提供か。

 カウンターとボックスシート、たまに入り口、すべてここで完結するてのも、やるじゃないか。お話しの背景とか客の日常空間とかの映像は一切なし。ひたすら対話で話しは進む。これって演劇そのものだよ。上質の一幕もの。それも、差し出されるストーリー、これがまた洒落ていて、適度に心を打つ。そう、適度、そこがいい。もちろん、分かり易い。ウィスキーのグラスを傾けつつ見るのにちょうどいいまったり感なんだなぁ。

 主役が酒!ってところが何といってもユニークなところだ。1話ごとに世界の珍しい酒が登場するんだけど、それも、ストーリーに巧みに絡まりつつだから、酒飲みにはたまらない。時には強引な作り話しもあって、苦笑してしまうこともある。例えば前回の、常連のメガネさんがキューバ動乱の渦中を生き延びた人だった、なんて話し、おいおいサスペンスもありか!そこまで行くか!なんてね。それでも、よくぞまあ、毎回毎回、酒にまつわるお話しを考えだすもんだと、これは、台本書く身としてとても感心するし、勉強になる。酒の名称の謂われ(「レモンハート」って酒の名前だった)だったり、色合い(「ミドリ」って酒がある)だったり、製法(ダブルマリッジ=再婚)だったり。こう、なにかしらキーワードがあって、そこからストーリーを紡ぎ出すってやり方、好きだなぁ、なんかパズル解きみたいで。

 梅雀の、控えめながら温かく客に寄り添う笑顔も魅力的なんだが、なんと言っても、主役は酒だ。番組の最後に、その日登場した銘酒の紹介がある。この蘊蓄がなんといっても楽しみだ。出てくる酒、出てくる酒、みんな試してみたくなる。そう、この間なんて、アイルランドの酒「ブッシュミルズ」買ってきてしまったものね。前回のキューバラム「サンチャゴ・デ・クーバ」にも涎が出たけど、髙そうなので、家にあった製菓用マイヤーラムで我慢した。生で飲むには、ちょっと残念な味だったけど。

 そうか、蘊蓄ってやつが好きなんだよなぁ、「植物男子ベランダー」だって園芸蘊蓄だし。ただ、「レモンハート」の方は、聞いて満足、で終わりそうもないところが、うーん、辛い、辛い。

 

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