泡 盛 日 記

演劇人(役者・演出家)丹下一の日記です。

三浦の海を見ながら考えた

2009-06-01 00:33:45 | 丹下一の泡盛日記
 娘2がTOEICの試験を受けるというので三浦海岸までおくっていく。
 昨夜、中華街で娘1と幸せに過ごしたのだが、行き違いで彼女は家で一人ぼっちだった。
 「どーせ、あたしなんか(-_-;」とぶんむくれ。
 車で行きなれたところだし、電車の半分の時間でいけるので車に乗せていく。

 彼女が試験を受けている間、ちょうどいいのでPCを開き資料の本など読む。
 プレイバッカーズでタイの人身売買被害者へのエンパワメント・プロジェクト。
 この資料でかみさんがネットでいくつかの本を購入してくれた。
 このプロジェクトをはじめてからしばしば「売春する人たちはみんな好きでやっていることだから」という声を聞く。「自分の意思」で飛び込んだ人たちも含めて「被害者」であると思っている。
 
 23歳の頃、J・ジュネの「バルコン」に出演する時に「夜よさようなら」というフランス人娼婦の手記を読んだ。
 90年代にソープランドで働く舞子さんの日記をインターネットで偶然知って読むようになり、後に出版された本も購入。
 同じ頃、彼女の日記(今ならブログ)は毎日新聞で取り上げられ、国会の質問にも登場した。
 
 新宿で育った時に見聞きしたことも含め大抵のことには平気だったが、このカンボジアの元少女娼婦の手記は「闇の子どもたち」とはまた別の角度から自分をえぐるものがあった。
 頭では理解し知っていたが実際に手記を読むとつらい。プレイバックシアターで引き受ける機会があればとも思う。
 タイに出かけていった時に直面するのはこのようなストーリーなのだと思いつつ読みすすんだ。

 窓の外の三浦の海は、石垣にも負けないほど美しい。その海をみつめながらとめどない複雑な気持ちになっていく。
 戦前の労働運動や「民主化」を夢見た人たちは、日本の状況の中で命をかけて闘ってきた。
 彼らの合言葉は「全ての人に人間らしい生活を」だったと思う。その「人間らしさ」には、文化に触れる生活というコンセプトもあった。
 仕事を終えた後で、演劇や美術、音楽を楽しむことができるように、という切なる願いがあった。
 この格差社会はもちろん一つの線上にあるのではない。最低でもXY軸。
 さて、そこで、と思い悩む。

 夜、昨日に続けてやってきた娘1を含めて久しぶりに4人で晩ご飯。この家族の時間はいいなあ。
 
コメント
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