具合の悪いかみさんを連れていつもの病院へ。不思議なもので土気色していた顔が病院に着くなりなんだか晴れやかに。そういえば自分も痛かったお腹がほとんど大丈夫になったりしたことがある。
こっちの方が顔色悪く、待合室で人目もはばからずソファーに横になっていた。どっちが患者だかわからんね。
結局かみさんは入院。ま、2度目だから慣れたもの。そのつもりの準備もしてきた。「明日来るね」と別れた。(第7病棟に入ったわけではない。演劇人なのでちょっと気になっただけ)
前回は8日ほど入っていたが、ほぼ毎日面会に行き、仕舞いには「そんなに来るな」としかられた。一人で過ごす時間も大事なのだ。
この病院は祖父母の墓に近いので大抵は墓参りをして帰る。夕暮れの墓地。ちょっと違う波動も感じたが大したことはない。
記憶にない、写真でしか知らぬ祖父と記憶に残りすぎるほど鮮烈な祖母。100年ほど前にこの地で生まれた祖父はどんな風に育ったのだろう。
朝鮮半島に渡りその後帰国。柔道を教えながら絵を描いていた。山口県で生まれ「~小町」と言われ美人で有名だった祖母と一緒になった。それくらいしか知らないのだ。
すべての人生は波乱万丈。そしてかみさんは世界で一番大切な存在だと改めて思う。
こっちの方が顔色悪く、待合室で人目もはばからずソファーに横になっていた。どっちが患者だかわからんね。
結局かみさんは入院。ま、2度目だから慣れたもの。そのつもりの準備もしてきた。「明日来るね」と別れた。(第7病棟に入ったわけではない。演劇人なのでちょっと気になっただけ)
前回は8日ほど入っていたが、ほぼ毎日面会に行き、仕舞いには「そんなに来るな」としかられた。一人で過ごす時間も大事なのだ。
この病院は祖父母の墓に近いので大抵は墓参りをして帰る。夕暮れの墓地。ちょっと違う波動も感じたが大したことはない。
記憶にない、写真でしか知らぬ祖父と記憶に残りすぎるほど鮮烈な祖母。100年ほど前にこの地で生まれた祖父はどんな風に育ったのだろう。
朝鮮半島に渡りその後帰国。柔道を教えながら絵を描いていた。山口県で生まれ「~小町」と言われ美人で有名だった祖母と一緒になった。それくらいしか知らないのだ。
すべての人生は波乱万丈。そしてかみさんは世界で一番大切な存在だと改めて思う。