たけちゃん活動・生活日誌

県議としての活動に追われてきましたが、引退後の生活の様子や、感じていることを発信しています・・・。

「信濃美術館」の名称は「信濃美術館」で

2020年08月04日 | 長野県政

 県では現在来年4月開館予定の「信濃美術館」の名称等について、8月7日までの日程で意見募集を行っています。

 https://www.pref.nagano.lg.jp/seibun/happyou/20200708press2.html

 既に、県内5会場で行われた説明会は、この2日に終了していますが、私は出席しなかったため、どんな意見が出されたかは知りません。
 ただ、7月27日の信濃毎日新聞が報じた26日行われた地元説明会の様子によると、「50年以上にわたり使用されている現在の名称を「長野県立美術館」に変更する案も示し、賛否両論が出た。」
 「名称変更の理由について、県信濃美術館整備室は「イメージが湧きやすく、インターネットで検索しやすい」と説明。1998年に長野冬季五輪を開催したことから「海外の方にも分かっていただける名称」と強調した。
 長野市内を中心に住民21人が出席し、5人が名称変更について意見を述べた。賛成したのは2人で「信濃の地名は、県外の人は『どこだろう』と思うのではないか」「県立美術館というと壮大な感じがする」と話した。
 一方、3人が変更不要・反対を主張。「開館時から(信濃美術館の名に)親しんでいる」「『新しさ』は経年劣化する。数十年間親しみ、育ててきた美術館の名前はかけがえのない資産、財産ではないか」と訴えた。「(長野県立美術館だと)北信の美術館という感じがする」といった意見も出た。
 信濃美術館の改築前の旧館は、財団法人が66(昭和41)年に建設、開館。69年に県立に移管された経緯がある。」等というものです。

 私は、信濃美術館について県議会で田中・村井・阿部知事を相手に周到に取組んで来た経緯があり、それ故に信濃美術館改築に向けた県内の美術関係者の思いも多く知ることが出来ました。
 そもそも信濃美術館は、「長野県に美術館を!」という県民の声を受け、信濃毎日新聞社や信越放送、県民などの寄付により整備された経緯があり、され以来唯一の「県立美術館」として、愛されて来ました。
 特に、美術関係者にとっては県展等を開催する「聖地」として、信濃美術館は目標でした。
 また、東山魁夷氏がゆかりの地として長野県に作品を寄贈したことを受け、平成2年に東山魁夷館が併設されてからは、「信濃美術館・東山魁夷館」として、東山魁夷氏の作品のイメージからも信濃の清々しさが感じられ、さらに愛され続けて来たと思います。

 私は、以上の歴史的経緯や、これまで「信濃美術館」の名称が県民に親しまれて来たことを考えれば、名称変更はすべきではないと思います。
 名は体を表すと言われますが、「県立美術館」の名称は全国どろにでもあります。問題は、名称よりも新美術館の果たす役割に、もっと力を注ぐべきだと思います。


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