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Days of taco

やさぐれ&ヘタレtacoの日常と非日常

これが矜持というものか

2006年10月11日 | 日々、徒然に
僕はプロ野球ファンだ。
そして中日ドラゴンズのファンだ。
だから、この数日、気が気でなかった。
そして優勝。歓喜の瞬間。

経済効果は阪神タイガースの四分の一らしい。
だからどうした。去年タイガースが優勝して、
景気が良くなった人は、少なくとも僕の周りでは皆無だ。

別に景気が良くならなくてもいい。
応援しているチームが、苦労の末、チャンピオンになった。
それだけでいいのではないだろうか。

タイガースの追い上げは素晴らしかった。
ほんとに強いチームだと思う。
今年はたまたま勝たせてもらいました。
今は喜びに浸らせてください。

落合監督の涙にもらい泣きした。
ポーカーフェースの人の涙。
感情を出すのが苦手でシャイな人なのだろう。
選手たちも「監督のために頑張る」とはあまり言わない。
そして地味と言われるドラゴンズの選手も、きっとシャイだ。

そんなシャイな、
自分の気持ちを正直に出せない人は好きである。
自分自身もそうだからかもしれない。

そんなことを思いながら、
監督の胴上げを見ていた。
おつかれさまでした。
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エクスタシー大好き(仕事の)

2006年10月10日 | 日々、徒然に
打ち合わせやら連絡やらアポ取りで一日が過ぎた。

今週中に取材して、今週中に原稿をまとめなければならない仕事。
来年の春を目指して進めなければならない仕事。
来月取材して、再来月の雑誌に載せようとする仕事。
今すぐにでも立ち上げて、売り上げを増やしたい仕事。

そんなさまざまな仕事が錯綜して、日々が過ぎていく。
楽しいかと言われれば、そりゃ、楽しいからやってるわけで。
大変かと聞かれれば、やっぱりお金を貰うだけに大変だ。
やってられないときもあれば、
ものすごいエクスタシーが襲ってくることもある。
まあ、浮き沈みと喜怒哀楽を繰り返しながら
これからも仕事していくのだろう。

最近、喜怒哀楽の感情がほとばしったのは、
昨日の、カップ焼きそばを喰ったときだったりする。
つくづく、おめでたい自分に呆れてしまうが。

明日の取材は、渋谷の一等地にある上場企業だ。
果たして、感情がほとばしる取材になるだろうか。
それともやさぐれてしまうのか。それはまた先の話。
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焼いてるからいいってもんじゃない

2006年10月09日 | やさぐれ男のつぶやき
今日は一日、仕事。
なんとか夕方までには終えようと頑張る。
最近は、腹が減ると、どうも我慢ができない体質になったようで、
あと少しで仕事が終わるのに、
コンビニに走り、食料を調達する。
食料といっても、カップ麺だ。
しかもカップ焼きそば。
北海道でやさぐれながら喰った記憶が新しいにもかかわらず、
ついつい買ってしまう。

その名も「ホントに焼いた本焼きそば」。
メーカーはエースコック。


これまでカップ焼きそばというものは、

焼いてないじゃん!

という突っ込みを誰もしないでやり過ごしてきたが、
ついに、焼きそばは焼くべきだ、というコンセプトを全面に押し出し、
赤外線で麺と具を焼くという、画期的な試みのカップ焼きそばである。

僕はエースコックの勇気あるコンセプトに感動し、
フタを開け、お湯を注ぎ、3分待った。
そして、フタを開けて、お湯を捨てようとした。
そしたら、

これ、チキンラーメンの匂いじゃん!

そう、まるで同じ。チキンラーメンのあの
香ばしくてチープな香りが、仕事場に充満したのだった。
ソースと青のりをかけ、割り箸を手に、僕は喰った。

不味い!

ふやけたチキンラーメンに甘辛いソースをかけたと思いねえ。
そんな代物が旨いっていうのかい? どうだい?

それでも僕は、喰った。
最後まで、喰った。
気がついたら、外は夕方になっていた。
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イスラエルから遠く離れて

2006年10月08日 | 中東のことを考えたりして
今日はちょいと明治大学まで。

おこなわれていたのは、
「パレスチナ、レバノンで何が起き、どうなっていくか」
という、ジャーナリストの人たちの映像やスライドを交えながら、
ここ最近、イスラエル周辺で起きた出来事を報告するシンポジウムだ。

200人は入ろうかという大きな教室は、ほぼ満員。
テレビや新聞の報道に物足りなさを感じ、
実際のところ、中東で何が起こっているかを知りたい人たちが
一同に会した感じがした。

イスラエルの国民は、レバノンの被害者に無関心であること。
それが、社会情勢に無関心な日本国民の状況とよく似ていること。
日本でレバノン情勢のニュースが流れると、一気に視聴率が落ちること。
ハマスもヒズボラも武装し、自衛のためだと言いながら、
結局、ガザの人々もレバノンの人々も守れなかったこと。

ガザやレバノンの映像も流れ、息を呑んだ。
こうした報告会は貴重だし、
大手メディアでは絶対見られないものだと思う。

テレビは仕方ないかもしれない。
だってあれはCMを見せるための装置だからなあ。
ちゃんとした情報を得るためには、
それなりの手間といくばくかのお金を使って、
今日のようなイベントに参加するか、
本を買って読むとかしないといけない気がする。

あとは、自分が何をやるか、だ。
そして何ができるか、だ。
そんなコトを思いながら、帰途についた。
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唾棄すべき相手、それは少年

2006年10月07日 | 映画など
三池崇史監督『太陽の傷』を見る。
犯罪をおかす者の心理、特に少年犯罪者を分析する人は多い。
なぜ人を殺したか。
その深層をさぐり、いわゆる「心の闇」を解明する。
専門家だけではなく、一般の人たちも
新聞やテレビを見つつ、ああだこうだと論評する。
やれ社会の歪みが生んだ悲劇だ、とかなんとか。

そうした意見のベースにあるものは、
「犯罪をおかした少年は悪くない」という考えだと思う。
しかし、この映画は違う。
悪い。徹底的に悪い。憎むべき犯罪者=少年が登場する。

 太陽の傷(2006)

哀川翔扮する、妻子持ちの男が、
ホームレスを痛めつけている少年たちをとがめようとして
乱闘になる。主犯格の少年を殴る哀川翔。崩れ落ちる少年。
そのときの少年の眼は背筋が凍るほどの冷たさだ。

逆恨みを受けた哀川翔は、娘を惨殺されてしまう。
妻はそのショックから病院の屋上から飛び降りて、自殺。

哀川翔はなにもできない。
犯人は未成年であり、逮捕されるが2年足らずで出所。
少年法の厚い壁に阻まれ、少年には会えない。
犯罪者が守られ、被害者はなんの保護も受けられない世の中で
苦悩する哀川翔。

哀川翔は、数少ない理解者の助けを受け、
一歩ずつ、犯人の少年に近づいていく。
その緊張感は、息つく暇もない。
妻子を殺された男の、あくまで個人的な怒りと悲しみ。
その戦いをひたすら描く2時間である。

R-15指定を受けただけあって、すさまじい描写が続く。
本来、映画とは、普段見られないモノを見せるメディアであり、
公序良俗に反する部分が垣間見られる胡散臭い存在だと思う。
そういう意味で、この映画は見る価値充分。

哀川翔は相変わらず素晴らしい。
アクションスターとしての格好良さも、
哀感を漂わせた佇まいも、
まさに日本映画を代表するスターとして
他の追随を許さないのではないだろうか。
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酒と映画とハガキと頭痛

2006年10月06日 | 呑んだり喰ったり
新宿で取材。
大手不動産会社で1時間ほど話をうかがう。
ものを作る仕事で、
ビルとか住宅とか、スケールの大きいものを作って、
完成したときの快感はたまらないものがあるようだ。
それが街のランドマークになったとしたら、最高だろう。

仕事場に戻り、原稿を書く。
するとS君がやってきて、
「煮込みでも喰いましょうよ」と悪魔の囁きをするのだった。

誘われたのなら仕方ない。
夜8時過ぎに、最近お気に入りの焼鳥屋に突入。
「生ビール一杯200円」の張り紙に勇気づけられ、呑む。

ほどなくして、仕事仲間のMさん、Yさん、O君も合流して、呑む。
僕は「宮崎あおい」という固有名詞を連発していたらしい。
あと、ゴダールとかミッキー・ロークとか
上野樹里とかオダギリジョーとか浅野忠信とか。
そんな固有名詞を言葉にした記憶があるようなないような…。
そう、はっきり覚えていないのだ。酔っぱらいである。
気がついたら家で寝ていた。少し頭痛が…いかんいかん。

翌日、仕事場に入ったら、
先日の北海道取材で会った人からお礼のハガキが来ていた。
その文面にちょっとぐっとくる。
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過密な日々を思う

2006年10月04日 | 日々、徒然に
北海道に行ったのがウソのようだ。
今日も取材が二件。
早朝から恵比寿で、
とある大手企業の人事担当さんに話を聞く。
ものすごくちゃんとした対応に感服。

そのあと仕事場に戻り、雑務をこなし、
夕方、田園都市線に乗り、建築系企業の
若手社員ふたりにインタビュー。
仕事に対する真摯な感じに好感を持つ。

そのあとまた仕事場に戻って、
明日の取材の準備をする。
やさぐれないで頑張ろう、と自分に言い聞かせる。






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北の大地・完結篇

2006年10月04日 | 日々、徒然に
朝、6時に目覚める。
ホテルの窓から外を見たら、
すぐそこが海だった。
太平洋だ。



近くまで行ってみる。
かもめが飛んでいた。
さすがに、早朝は寒い。

ホテルに戻ろうとしたら、
映画の看板があった。



大黒座という映画館があるらしい。
あとで行ってみよう。

朝食を取り、カメラマンのIさんとホテルのロビーで会う。
Iさんは、北海道の新冠に住むカメラマンだ。
もともと東京でカメラマンをしていたのだが、
かねてから憧れていた北海道に移住したとのこと。
「いちどここに住むと、東京には戻れないですよ」
とIさんは笑う。

取材は9時半からスタート。
トータルで5人の方々に話をうかがう。
ミーティングなどにも参加したりして、
気がつくと、もう午後の3時だった。

取材が終了したあと、
Iさんと浦河で食事しようということになり、
クルマでまわるが、なかなか店が見つからない。
繁華街らしきところや、港周辺を探す。
きっと旨い魚を喰わせる店があるに違いない!
とはやる気持ちの僕らだったが、見つからない。

結局、ラーメン屋を見つけて入る。
味噌ラーメンを注文し、喰う。



旨い。
でも、これなら東京でも喰えそうだ。
というか、北海道と東京のラーメンに
味の差があまりないのかな。

そのあと、例の映画館、大黒座に行く。
北の町に、ひっそりと、しかしちゃんと根付いている映画館。
聞けば歴史のある由緒正しい映画館とのことだ。



しかもやってる映画が『かもめ食堂』。
休映日のようで中には入れなかったが、
もしここで『かもめ食堂』を見たとしたら、
滲みただろうな…。

時間が来た。帰りは5時のJRで千歳空港まで行かなければならない。
Iさんに別れを告げ、僕はひとりで浦河駅に向かった。




電車が来るまで30分以上あったが、
ここの待合室で、待つ。
ほどなくして、ひとりの女子高生が入ってきた。
僕が座っていた前のベンチに座り、
携帯を取り出し、一心不乱にメールを打っていた。


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北の大地・やさぐれ篇

2006年10月03日 | 日々、徒然に
とっても美味しいイタリアンをいただいたあと、
再びクルマに乗り、浦河へ。
着いたのは9時過ぎだった。

Mさんと別れ、
ホテルにチェックインしたら小腹が空いてきた。
なので、ラーメンでも食いに行こうと思い、
フロントのお兄さんに店があるかどうか聞いてみる。
荒川良々に似たそのお兄さんは
「この時間だとやってるかどうか…」
と言いながらクルマを出してくれた。

5分ほど走り、「ああ、ここやってますよ」
と良さげなラーメン屋の前まで連れていってくれた。
「じゃあ、ごゆっくり」と荒川良々似のお兄さんは言い、ホテルに戻っていった。

さあ、食うか、と思い、ラーメン屋を見た瞬間、
店の中から店主らしき親父が出てきて、
いきなり暖簾を片付け始めた。
あれ、閉店なの!?

意気消沈した僕は、
ラーメン屋の周りを歩いてみるが、
一見さんお断り風のスナックと、「つぼ八」のみ。
北海道に来てまで「つぼ八」とはあまりに…。おまけに一人だし。

仕方がないので、ホテルまで歩いて戻る。
途中のお店は敷居の高そうな焼肉屋のみ。
小心者の僕は、何もできず、そのままホテルに。
荒川良々似のお兄さんは僕を見て苦笑していた。

やさぐれた気分のまま、
ホテルの自販機コーナーに向かう。
そこにはカップ麺があった。
なにかに取り憑かれたかのように、僕はそこでカップ焼きそばを買い、
部屋の湯沸かし器でお湯を沸かし、カップ焼きそばを食うのだった。



「焼きそば弁当」なるカップ焼きそばで、北海道限定とのこと。
スープの素がついているので、入れたお湯で溶かして、喰う。
一心不乱に、喰う。
イタリアンとカップ焼きそば。
これが僕の北海道取材旅行、第1日目である。

※北の大地・完結編に続く
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北の大地・あれこれ2

2006年10月03日 | 日々、徒然に
浦河に向かう途中、
新冠(にいかっぷ)という町に突如現れた大きな建物。
「レ・コード館」というレコードの博物館だった。



ここには古今東西のレコードが収集されていて、
リクエストすると、検索して、でかいスピーカのある部屋で
聞かせてくれるのだ。

Mさんと僕は、館のお姉さんに、リクエストを促された。
しばし悩んだあと、僕がリクエストしたのは
ローリング・ストーンズの「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」。
僕はストーンズのこの曲が好きで、
ゴダールの『メイド・イン・USA』で、マリアンヌ・フェイスフルが
アカペラで歌うシーンにしびれた記憶があった。
この間、来日したストーンズを見にいったら、
たまたまこの曲を演奏してくれて、痛く感激したっけ。

Mさんがリクエストしたのは
もとまろ、という女性フォークグループの「サルビアの花」
早川義夫が作曲した名曲だ。

この館は、膨大なレコードのコレクション以外に、
蓄音機やSPレコードも保存されており、
お姉さんに促されるままに、蓄音機でレコードを聴く。
いい音だった。音の良さとはクリアさではなく、
響いてくる音そのものの力強さで決まるのかな、と思ったりした。

蓄音機を発明したエジソンの蝋人形があった。
ひどくリアルで、迫力満点だった。
「エジソンって、猜疑心の固まりだったらしいよ」
とMさんは教えてくれた。



そのあと、Mさんに誘われるままに、
出版されたばかりの本のお祝いパーティに参加する。
静内という町にある、イタリアンレストランだった。
思い切り部外者な僕を気遣っていただき、恐縮する。
ピザもパスタも美味。ブロッコリーのリゾットもなかなか。

※まだまだ続く
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