Days of taco

やさぐれ&ヘタレtacoの日常と非日常

ワンダーランドスケープゴート

2022年08月20日 | 読んでいろいろ思うところが
内澤旬子「カヨと私」(本の雑誌社)を読む。
小豆島在住のイラストレーターで作家の内澤さんが
家で飼い始めたヤギとの交流、いや、
これはもう愛情の記録と言ってもいい。


自宅周辺の草を食べてくれればいい、
ぐらいの軽い気持ちで
ヤギのカヨを飼うことになった内澤さん。
だが、このヤギはなかなか唯我独尊な性格で、
内澤さんは、この子は何を考えているんだろう、
何がしたいんだろう、とカヨのことを想い続け、
その想いが伝わり、だんだん通じ合っていく前半が美しい。
「この世界に二人だけ」な幸福感が広がる。

しかし、ヤギは生き物である。動物だ。
雌であるカヨは発情期を迎え、
手に負えなくなるほど興奮した姿に驚愕しつつ、
岡山のヤギ舎まで行き、雄のヤギと見合いをさせる内澤さん。
それがうまくいかなかったと思いきや、
ちゃっかり妊娠していたというくだりが可笑しい。
生まれた子ヤギの茶太郎と玉太郎もこれまた個性的で、
内澤さんの生活は、獣(けもの)と格闘する日々となっていく。
カヨの乳搾りをする場面や、
ヤギたちのなかで序列ができてくる場面など
ほんとにヤギの声が聞こえてきそうだし、
獣の匂いが漂ってくるほどの迫真性がある。
玉太郎が母親であるカヨと子をつくるというくだりに驚くが、
ヤギのあいだでは、親子交配は普通のことらしく、
ほんとに知らないことだらけで、読み進むごとに
新しい発見があるというか。

ヤギに振り回されるとはいっても、
人間である内澤さんが飼っているわけだし、
子を産むのも、去勢するのも、増えた子ヤギの貰い先を
探さざるを得なくなるのも、飼う頭数に限界があるのも、
すべて人間の都合で決められていく。
それは致し方のないことで、
ただただヤギが可愛い、とばかりは言っていられない
そんな内澤さんの苦悩もしっかり吐露されていて、
だからこそヤギの愛おしさも強く伝わってくる。

内澤さんによるヤギたちのイラストも素敵だし、
ハードカバーにオビサイズのカバー、
栞が2本ついているのも芸が細かい。
紙の本ならではの魅力に富んだ一冊でもある。
コメント
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