桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

嘘はダメでしょ

2018-07-11 | Weblog
自分も体験した上、袴田巌さんを身近に知っている俺たちは,死刑囚にされた人たちが、どのように精神を犯されて行くのかが理解出来る。
何時、自分が殺されるか判らない恐怖を、毎日毎日感じて朝を迎えていれば現実を逃避するしかない。
袴田巌さんは自分が神であるかのように考えて、その恐怖を乗り越える毎日を重ねたのだろう。そして、やがて妄想が自分自身になってしまった。社会に帰って4年になるが、まだ半分は神の世界にいる。
麻原彰晃はオウム真理教の教祖として存在したが、その精神の妄想性はオウム真理教の行いを見れば明白だろう。
俺が知ったのは千葉刑務所時代だが、空地浮遊だとか水中座禅だとか,まるで忍者修行みたいだと嗤ったものだった。バッタ物でしかない「紛い物宗教」だが、それを高等教育を受けた連中が信じているのは理解出来なかった。
今でも、あの程度の中味の薄い思想を宗教と崇める連中がいるのは信じられない思いだし、人間の心の妖しさと哀しさを感じるばかりだ。
麻原彰晃は、その生い立ちからハンディを背負って生きる中で宗教性を身に付けたようだが、空地浮遊だとか水中座禅だとかの妄想教義では、残念ながら真の宗教性を獲得する道は厳しい。麻原の妄想は妄想を生み、やがて自分を神として人を殺すに至った経過は、必然だったかも知れない。
エセ宗教の教祖では、その中身は知れたものだし、裁判で暴露されて行く事実を沈黙の無視によって自分を装い、やがて独りだけの世界で神になって行った経過も判る。
袴田巌さんとは違う理由にせよ、麻原彰晃も自分を神にして目の前の現実から逃避したのだ。
民主党時代の法務大臣だった平岡秀夫さんも、その姿を見たと語る通り、麻原彰晃も心神喪失だった。
それを意思があったとか、次女に遺体の引き取りを指名したとか、嘘が多過ぎる。
まあ嘘に塗れた職業である検察の配下の法務省が語るのだから、その言葉が嘘なのは当然かも知れないが、嘘に嘘を重ねた麻原彰晃の死刑執行だったよな。

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