時々読み返す本。
宮沢賢治著「春と修羅」
「いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ」
彼の手帳に遺っていたコトバ
「雨ニモマケズ」
そして彼の底を
一緒に流れていた「春と修羅」
そう、きっと一緒に流れている
今は見えにくい部分に
彼の本当が在るのではないかと。
「まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ」
伝えるということを
強く願っていたであろう
彼のココロの内は
空への祈りと同じような。
「けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに」
そこに居るということ
と
ほんとうに見える
ほんとうに在るということ。
彼のコトバはテンペラ画の
イメージなのです。
その内に彩られている神性、
混ざり合い、溶け合い
すばらしい発色を魅せ
そして風化していく。
しかし、見えないところの
ほんとうはしっかりと残っているような。
序
「わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)」
そうそう、最近の発見です。
瞼の内に在る者は
無意識のうちに
一日何千回と見ているのですねー。
賢治はどんな月を観ていたのか
久しぶりにゆっくり月を観ようかと思う
春の一日です。
宮沢賢治著「春と修羅」
「いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ」
彼の手帳に遺っていたコトバ
「雨ニモマケズ」
そして彼の底を
一緒に流れていた「春と修羅」
そう、きっと一緒に流れている
今は見えにくい部分に
彼の本当が在るのではないかと。
「まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ」
伝えるということを
強く願っていたであろう
彼のココロの内は
空への祈りと同じような。
「けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに」
そこに居るということ
と
ほんとうに見える
ほんとうに在るということ。
彼のコトバはテンペラ画の
イメージなのです。
その内に彩られている神性、
混ざり合い、溶け合い
すばらしい発色を魅せ
そして風化していく。
しかし、見えないところの
ほんとうはしっかりと残っているような。
序
「わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)」
そうそう、最近の発見です。
瞼の内に在る者は
無意識のうちに
一日何千回と見ているのですねー。
賢治はどんな月を観ていたのか
久しぶりにゆっくり月を観ようかと思う
春の一日です。