5日と6日にセルリアンタワー能楽堂で指された第37期竜王戦七番勝負第一局。対戦成績は藤井聡太竜王が4勝,佐々木勇気八段が2勝。
振駒で藤井竜王の先手となって角換わり相腰掛銀。8筋を交換した後手の佐々木八段に対して先手が歩を打って受けなかったことから本格的な戦いになりました。
第1図から後手が☖6六歩と打っていったことで最終盤に突入。☗7三歩成☖6七歩成☗同金☖6六歩☗6二と☖6七歩成☗4九王と一直線の攻め合いに。
この局面で☗2五桂と打つ手が生じると負けになるので後手は☖2五桂と犠打を放ちました。☗同香なら先手から桂馬を打てなくなるので何とかなるという見立て。対して☗1七桂と打ったのが決め手。
☗2五桂と跳ねられれば打ったのと同じこと。取られてももう1枚持っていますから打つことができます。鮮やかな決め手でした。
藤井竜王が先勝。第二局は19日と20日に指される予定です。
『レンブラントの生涯と時代The life and times of Rembrandt』の中の,メナセ・ベン・イスラエルMenasseh Ben Israelがスピノザに対して第二のアコスタになるのかと怒鳴ったとされる場面は,ファン・ローンJoanis van Loonが同席していたわけではありません。このときに同席していたのはジャン・ルイJean Louysという人物で,ルイがローンに手紙で伝えた内容です。そしてこのルイはオランダ人です。そのルイがこのように伝えているということは,ルイには第二のアコスタになりたいのかという意味が理解できたからです。つまりルイはウリエル・ダ・コスタUriel Da Costaの末路を知っていたのであり,この伝え方からしてそれはファン・ローンも知っているとルイは前提していたことになるでしょう。つまりダ・コスタの一件は,単にアムステルダムAmsterdamのユダヤ人だけに知られていたわけではなく,この当時の,少なくともアムステルダムに住んでいたオランダ人にも有名な出来事であったということになるでしょう。ですからこのことをスピノザが知らなかったということは考えられないのであり,たとえダ・コスタとスピノザの間に面識がなかったとしても,スピノザは間違いなくダ・コスタのことを知っていたということは断定していいと僕は思います。
ところで,吉田はこの後で『レンブラントの生涯と時代』について触れていて,その内容は後世の創作であると指摘しています。この点をみておきましょう。
『レンブラントの生涯と時代』は,ファン・ローンが書いたものとされていますが,ファン・ローンはこれを公にするつもりで書いたわけではありません。後に説明しますが,このことはその内容とも合致しています。したがってこの本はファン・ローンが出版したわけではありません。出版したのはヘンドリック・ウィレム・ファン・ローンHendrik Wilem van Loonという人物で,これはファン・ローンからみて9代後の子孫にあたります。ですから出版されたのは1930年になってからであり,ニューヨークで,英語で発刊されたのです。ローンはオランダ語ないしはラテン語で書いていたので,ヘンドリックがそのオランダ語,しかもスピノザの時代に使われていたオランダ語かラテン語を英訳したことになっています。そしてこのヘンドリックというのは作家です。
振駒で藤井竜王の先手となって角換わり相腰掛銀。8筋を交換した後手の佐々木八段に対して先手が歩を打って受けなかったことから本格的な戦いになりました。
第1図から後手が☖6六歩と打っていったことで最終盤に突入。☗7三歩成☖6七歩成☗同金☖6六歩☗6二と☖6七歩成☗4九王と一直線の攻め合いに。
この局面で☗2五桂と打つ手が生じると負けになるので後手は☖2五桂と犠打を放ちました。☗同香なら先手から桂馬を打てなくなるので何とかなるという見立て。対して☗1七桂と打ったのが決め手。
☗2五桂と跳ねられれば打ったのと同じこと。取られてももう1枚持っていますから打つことができます。鮮やかな決め手でした。
藤井竜王が先勝。第二局は19日と20日に指される予定です。
『レンブラントの生涯と時代The life and times of Rembrandt』の中の,メナセ・ベン・イスラエルMenasseh Ben Israelがスピノザに対して第二のアコスタになるのかと怒鳴ったとされる場面は,ファン・ローンJoanis van Loonが同席していたわけではありません。このときに同席していたのはジャン・ルイJean Louysという人物で,ルイがローンに手紙で伝えた内容です。そしてこのルイはオランダ人です。そのルイがこのように伝えているということは,ルイには第二のアコスタになりたいのかという意味が理解できたからです。つまりルイはウリエル・ダ・コスタUriel Da Costaの末路を知っていたのであり,この伝え方からしてそれはファン・ローンも知っているとルイは前提していたことになるでしょう。つまりダ・コスタの一件は,単にアムステルダムAmsterdamのユダヤ人だけに知られていたわけではなく,この当時の,少なくともアムステルダムに住んでいたオランダ人にも有名な出来事であったということになるでしょう。ですからこのことをスピノザが知らなかったということは考えられないのであり,たとえダ・コスタとスピノザの間に面識がなかったとしても,スピノザは間違いなくダ・コスタのことを知っていたということは断定していいと僕は思います。
ところで,吉田はこの後で『レンブラントの生涯と時代』について触れていて,その内容は後世の創作であると指摘しています。この点をみておきましょう。
『レンブラントの生涯と時代』は,ファン・ローンが書いたものとされていますが,ファン・ローンはこれを公にするつもりで書いたわけではありません。後に説明しますが,このことはその内容とも合致しています。したがってこの本はファン・ローンが出版したわけではありません。出版したのはヘンドリック・ウィレム・ファン・ローンHendrik Wilem van Loonという人物で,これはファン・ローンからみて9代後の子孫にあたります。ですから出版されたのは1930年になってからであり,ニューヨークで,英語で発刊されたのです。ローンはオランダ語ないしはラテン語で書いていたので,ヘンドリックがそのオランダ語,しかもスピノザの時代に使われていたオランダ語かラテン語を英訳したことになっています。そしてこのヘンドリックというのは作家です。
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