スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

誤読の理由&断念

2018-07-13 19:05:08 | 歌・小説
 僕は先生が下宿人としての面接,事実上はの結婚相手としての面接の合格の理由は,先生の財産目的ではなかったと読解します。しかし,『こころ』をそのように読解する識者というのは意外と多くいます。そうした読解をする人は,Kとの同居の後,先生に求婚を迫るためにKに対して静がわざと色目を使ったというように読解するパターンが多く見受けられます。僕はこれは誤読であると考えますが,こうした誤読が生じる理由をひとつ示しておきましょう。
                                     
 これは『こころ』のうち,下の先生の遺書の部分に特化した読解です。つまりテクストを記述しているのは先生です。ですからそこに書かれているのは先生の目から見た世界なのです。よってそこには先生によるバイアスがかかっていると考えなければなりません。いい換えればそれは真実ではなく,もし奥さんや静がテクストを残していたら,もっと別のものになっていたという可能性があるのです。
 先生が長男の悲劇を味わったのは,この家に下宿する前のことでした。そして先生は,国元の事情を語った後には,奥さんや静が自分の財産を搾取した叔父と同じような意図をもって自分に接近しているのではないかと疑っています。テクストはこれよりずっと事後に書かれたものなのですから,先生は自分がそうした猜疑心を抱くのが自然であるかのようにテクストを記述することになるでしょう。
 静が優柔不断な先生に求婚を決断させるために,Kに対して色目を使ったという読解も,このような観点を抜いて評価することはできません。確かに『こころ』のテクストは先生を嫉妬させるために静がKを利用したというように読めないわけではありません。でもそれは先生からみてそうだったというにすぎず,本当に静の意図がそうであったとはいえません。たとえば房州旅行後の静の態度は,むしろその読解を否定する要素を有しているといえないでしょうか。
 遺書は先生が自身の目線で書いているということを見落とすと,このテクストは必然的に誤読されると僕は考えます。

 事前の予約があるわけではないので,こうした通院の場合は再診の受付が必要になります。僕の場合でいえば,処方された注射針の量が足りなかったために通院したという例が過去に2度ありましたが,それと同じです。この手続きに少々の時間を要しました。
 この後で消化器内科の受付をして,順番を待っていましたが,これにも時間を要しました。母は待合所のソファーに横になっていましたが,消化器内科の看護師が来て,診察室の反対側にある処置室という部屋に案内してくれました。ここにはベッドがあり,横になって待っていることができるのです。母がそこで横になっている間に看護師によっていくつかの質問がなされました。これは事前の問診に該当するものであったと思われます。その後で,この部屋に医師が来て,母は横になったままで診察を受けました。この医師は消化器内科の主治医ではなく,この日の消化器内科の新患の担当医です。まず血液検査を行いましたが,この結果は良好なものでした。つまり副作用が血液に表れているということはなかったということです。ただ下痢や吐き気は副作用と思われるので,服用していた薬に関しては,本当は飲んだ方がよいけれども,飲むのを中止してもよいという許可を出してくれました。実際に母はこの後は薬を服用していません。つまり抗癌剤による延命治療は断念したということです。
 その後,母は点滴を行いました。これは栄養の補給と吐き気を止めるためのふたつでした。点滴が終るまでは長く時間が掛かりますので,僕はこの間に院内の食堂に出向いて昼食を摂りました。これでこの日の診察は終了です。会計の受付に行った後,支払いのために計算を待っている間も母はかなり辛そうにしていましたので,支払いをせずにそのままタクシーで帰りました。それが午後3時半ごろです。家には伯母がいますから,母のことは任せ,僕は再びみなと赤十字病院に向い,支払いをしました。
 10月28日,土曜日。妹の土曜出勤でした。この日は地域のお祭りへの参加です。妹の作業所からの出店もありました。土曜はガイドヘルパーを頼んでありませんが,この日は伯母に送ってもらいました。

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