スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

永遠の夫&スぺイクの生活

2017-02-24 19:22:07 | 歌・小説
 ドストエフスキーの小説の中には,主人公が典型的なコキュであり,なおかつ寝盗られ願望を有しているということが明瞭である作品があります。それが1869年の秋にドレスデンで2ヶ月から3ヶ月ほどの期間で書き上げられた『永遠の夫』です。『白痴』と『悪霊』の間に書かれたもので,この当時のドストエフスキーは経済的に困窮していた,というか借金で首が回らないような状況だったので,金策のために大作の中間に書かれた中編という意味合いが強い作品です。
                                   
 そういう事情で書かれたものなので,ドストエフスキー自身はこの小説のことをあまり気に入っていなかったようです。『ドストエフスキー 父殺しの文学』では,ドストエフスキーが姪に宛てた手紙の中で,『永遠の夫』のことを呪わしい中編小説と記し,この小説を書くことは苦役であって,書いた当初からこの小説のことを憎んでいたと告白しているというエピソードが紹介されています。
 しかし,ドストエフスキーが自作をどのように評価していたかということとは関係なく,僕はこの小説は傑作であると思いました。亀山郁夫もこれが大好きな作品のひとつであると書いています。ただ,僕がこれを傑作と思った理由は,たぶん亀山が大好きと感じる理由とは違うと思います。
 僕はドストエフスキーというのは,一流の心理小説家であると思っています。その心理小説という観点からこれを秀作と思うのです。この観点に限定するなら,これは『賭博者』と双璧をなす傑作です。
 主人公はパーヴェル・パーヴロヴィッチ・トルソーツキイという男。この男が妻の死後に,妻に多くの愛人がいたこと,一人娘の本当の父親が自分ではないということを知ります。その上で妻の浮気相手と出会います。白眉はその後のトルソーツキイの心理の変化のありようです。その有様のリアルさを,ぜひこれを読んで体感してほしいと思うのです。

 もしスぺイクリュカスJean Maximilien Lucasがしたように,スピノザの思想とキリスト教の教えとの融和性をコレルスJohannes Colerusに語ったとしても,コレルスはそれには反駁したし,そうした見解を認めることもなかったと思います。ですが実際にスぺイクとコレルスの間でそういうやり取りはなかっただろうと僕は推測します。スぺイクがスピノザの思想に詳しかったとは思わないからです。
 画家の親方というのがどういう身分であったのかは分かりませんが,さらに家賃収入も得てほかの仕事もしていたのですから,経済的に余裕があったとまではいえないと思われます。その理由のひとつには,夫人との間に多くの子どもがいたということがあったでしょう。そうしたことからも,おそらくスぺイクは日々の生活に手一杯で,『神学・政治論Tractatus Theologico-Politicus』や『デカルトの哲学原理Renati des Cartes principiorum philosophiae pars Ⅰ,et Ⅱ, more geometrico demonstratae』などを読むような時間的な余裕があったように思えません。スピノザがそれらの著者であるということを知らなかったという可能性は低いでしょうし,そうした著作のゆえにスピノザが批判の対象となっていたということは知っていたと思いますが,その哲学思想の内容を詳しく知っていたということはないと思うのです。ですからコレルスがそれについてどう把握していたのかということは関係なく,スぺイクがスピノザの哲学について何かを言及するということは,そもそも不可能であったと僕は判断します。
 ただ,この点についてはスピノザの側からも検証する必要があります。もしスピノザが自主的に自身の哲学について話すようなことがあれば,スぺイクはその概略については知り得るでしょうし,さらに詳しいところまで知る機会を得るだろうからです。実際にスぺイク一家とスピノザの関係は良好なものであったと考えられますから,そうした機会が絶対になかったとまでは断定できないでしょう。
 書簡四十六でスピノザはライプニッツGottfried Wilhelm Leibnizに対し,もし『神学・政治論』をまだ入手していないのなら,それを送りますと書いています。スピノザはこの本の読者を,理性的に思索する人に限定したいと思っていました。ですからライプニッツはそれを読んでも構わない人物だとその時点では認識していたことになります。
コメント
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