The Last ward from Southen Cross to my future

目の前にある林檎は本当に林檎なんだろうか。その林檎は腐っているから林檎だって気づかないだけかもしれない。

マスコミも使命を果たせ、地方行政も働け

2008-11-29 03:17:54 | Weblog
マスコミの本来の仕事はこういった正しい結果に対して文句を言う議員の名前と文句の内容を詳細に記事にすることなんじゃないか?

また、人事院の問題やら官僚の名前は公開するべきだ。それでテロを恐れるなら、官報など人事異動やらの公開をしているのに何故公開できないのか、考えるべきだ。
そもそもテロというが、単なる言いがかりで犯罪だろう。たまたま公務員やら大企業やらのやつあたりしているだけで、こんなものテロとは言えない。

テロを防ぐなら、これは国民の間からだ。怪しい人や怪しい行動をしている人をみたら通報する仕組みを作ればいい。これはテロが横行して各国いろんな方法を試している。ひとつが国民同士がテロ活動につながる集団行動で怪しい集会、言動を見聞きしたら通報する窓口へ連絡して内容によっては警察や公安が捜査をすることだ。よく自由というが、自由の名の下に実際にテロは発生している。自由のために他人の生命、財産を破壊していいものなんだろうか?

日本にはスパイ活動防止法のような国家破壊を防ぐ仕組みがない。
ならば国民が自分たちの住む国家を守るためには、反社会活動につながる集団活動を監視する必要はある。もし、それが他人の財産、生命を侵害しない活動であれば堂々を活動すればいい。何も不自由や困ることはない。個人の思想がどうであれ、それが他人の生命、財産を侵害しなければいいだけだ。頭の中で勝手に妄想するだけならば犯罪ではないからだ。

それと同じく国家財産関して、無駄使いと言われて反論する議員がいるならその意見と発言した議員の名前は公表するべきだろう。もし、その発言が納得いく理由であれば無駄使いじゃないと認められることにもなる。また、それがもし無駄使いならその議員は国民から次回の選挙で選択されるかどうか、という審判になる。
この仕組みこそ、政治の腐敗を防ぐことにならないか? 
まさか議員にも人権とか自由という名目で名前を公表できないとでも言うのだろうか? 少なくても国政議員って命をかけてと言う割りに堂々と責任を負って意見も言えないんだろうか? そりゃ昔なら暗殺とかあるかもしれないが、近代日本では暗殺なんて簡単にできないんじゃないか? それとたかが議員の1人が死んだところで議員で決まった法案が代わることもないしね。よくなんとか制が正しいとかいっているんだけど、別に制度の問題じゃない。例えば、独裁政治だろうが、君主政治だろうが、たったひとりだけじゃ何もできない。つまり必ず誰かが実行できるってことなんだ。代わりはいるんだよ。

さて、官僚への変革が実施されているんだが、地方行政はどうなんだろうか?
例えば、いいかげんに判子文化とかやめよう。印鑑を台紙保存するのがどれだけ無駄なのか。サインへの変更でもいいんじゃないか? あれならデジタル保存できるしね。いろんな証明についてもデジタル文書など利用することで無駄がなくなる。
なんといっても保存するスペースが減る。災害にあってもデータの損失が防ぎやすい。別な方法としては、本人という証明でバイオメトリック式で戸籍、サインを紐付けすることで、別人への成り代わりを防ぐ方法になる。勿論、完璧ではないが、現時点では印鑑だけだから、別人への成り代わりはそう難しくない。
国籍法だけじゃなくて、こういった個人の証明についてももっと真剣に検討していかないと外国人が増えてきてからの変更は難しいと思う。
例えば、日本人もすべて指紋と戸籍を登録するとかすれば、外国人へ要求しても差別にはならない。社会保険番号の話もあったが、あれは単に番号で識別するだけで確実に戸籍上の本人という証拠にはならない。犯罪を犯さなければ、何も恐れる理由もない。逆に一つのデータにすべて紐付けするってことは、どれかにアクセスできれば簡単にデータの改ざんとかもできるってリスクもあるんだけどね。

完全管理の檻生活を望まないが、多種多様な人の集まる社会なら、何らか管理するための手法は必要だと思う。特に個人を特定する仕組みは、従来なら兄弟やらが多くて証明してくれる人もいたが、核家族化している現代では個人を特定する証明は簡単ではないからだ。指紋でなければDNA登録って手もあるんだが、これはまた別な意味で問題がある。犯罪捜査や怪我や病気においては、時間の短縮という意味では十分価値はあるんだが、DNAから個人の病気や親子関係なども明確になる点だ。
指紋程度ならパスポートがあるから、まあ、戸籍も同じにするってのはいいかなぁ、というレベルでの発想だけどね。

あと、国民の健康増進を目指して、地方に低料金の運動施設を作ってもらって、利用しやすくして欲しいもんだ。いや、毎日通いたいけど、閉まる時間が早いため通勤者には利用できない。民間のジム、プールって高いんだよね。散歩といっても早朝や夜なんか地域によって危険だしね。それと身体の不自由な人も利用できるようにどんどん改善して欲しい。公衆衛生と健康は、国家の政策だろ。国民が健康なら医療費は減る。その分、難病治療や研究費に割り当てすればいい。これが普通であり、不摂生して病になったら国が面倒見るってのがおかしいんだね。自由に不摂生したいなら自己責任で保険をかければいいだけだ。公的機関の運動施設が増えて、営業時間も広がれば、大企業じゃない中小や零細企業はこういった施設を年間料金で社員のために利用するなどできるようにすれば、いいんじゃないか?
福利厚生部分を公的機関で共有できるならそれを利用することで労働者にとっても経営者にとってもメリットはでる。また、施設の運営としても低料金確保でいいだろう。

例えば、お花見だってメンテナンス代確保として料金を取るってのもいいと思う。
図書館もだ。金を払わない利用だから資産の本を大事にしないからね。別な方法としては子供も含めてすべて身分証明を持つという方法もある。例えば、IC付きカードで個人情報を入れておき、それで図書館や施設の利用を記録するって方法だ。
公共物という意識がなくなっている現代ではこのくらいの管理はあたり前だろう。

まあ、図書館、運動施設とか利用している市民からすればこういった公共マナーを知らない市民から損害を保護して欲しいもんだ。

権利とか、自由とかお題目はいいんだが、現実は損害が出ているのは、これも管理怠慢の結果だ。利用時間の延長も検討して欲しい。これも勤務怠慢だ。
そもそも公共サービスが勤務終了後や勤務前の早朝に利用できないってのはおかしいだろう? 銀行ですら営業時間延長している時代に公共サービスも考えて欲しい。あ、郵便局もあったなあ。駅前とかに出張所とか作って欲しいよ。
民営化したんだったら、こういったサービスをどんどん増やして欲しいなぁ。
コメント
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