The Last ward from Southen Cross to my future

目の前にある林檎は本当に林檎なんだろうか。その林檎は腐っているから林檎だって気づかないだけかもしれない。

責任放棄する日本国民

2009-04-29 20:45:24 | Weblog
非武装都市宣言がブームのようだが、これは国民として国家の一部である近隣都市が侵略されても助けないってことでもある。結局、自分たちだけよければいいってことでしかないんだなぁ。これが反戦運動というなら、とんでもない勘違いだろう。
そもそも日本から侵略するメリットはないって現実を無視して、日本が他国を侵略すると考える根拠がまったくないんだ。揉め事の小さい島とそこに埋蔵されている資源のために戦争に費やすコストを考えるぐらい、日本国の政府は脳みそを持っている。
いくらなんでも感情だけで戦争したら、それこそ戦後のツケは責任者が死刑になって済むだけではなく戦後何十年も金を払い続けるって経済的ツケも残す。これを体験した日本が戦争にかかる武力コストを考えないで戦争する訳ないだろう?

何故民主主義国家の日本って国を国民は信頼できないんだろうか?

愛とは、自分た満たされない限りは他人へ供給できないのが一般人だろう。
もし自分が飢えている状態でも躊躇なく他人へ愛を持って食料なり提供できるならそれこど聖人なんだよ。日本国民すべてを聖人にしたいのか?

自己犠牲による他人を幸福にできるって根拠は何もないんだ。単なるお話。
英雄なんてもんの現実は、人である限りは決して聖人ではない。苦悩もあるし、それこそ奇麗ごとというか、クリーンな行いばかりではない。だから、宗教における聖人の価値があるんだけどね。

現実の人間として、生活を守るために他人を犠牲にしてもいいのか?
自分は迷わず自分を先ず満たしてから判断する。自分を犠牲にして守れるなんてのはおこがましい。そんなに偉くもないし、力もない。誰もが自己防衛を権利を法は認めているのは何故なんだ? 確かに状況によるのは理解できる。それでも基本的には先ずは自分が満たされない限りは他人への愛や食料を分けるって発想はできないなぁ。せいぜい家族や友人とか自分にとって関係がある人なら迷うだろうが。

これが外国人と国民においても同じだ。日本に余裕がないのに他国を助けるなんてのもGive and Takeだろう。それがない限りは無条件で人道支援などする訳がない。
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戦争史博物館よりアニメ博物館の方が経済効果がある。

2009-04-29 02:29:51 | Weblog
そもそも敗戦した戦争の歴史など保存して何の意味があるのか問いたい。
歴史に戦争はかかせない。ならば、日本史においてすべての戦争史として保存するぐらいの価値がないと金の無駄でしかない。
それとも中国、韓国へ賠償金を払い続けるために作るのか、と民主党に質問したい。

経済効果というなら、そりゃ商品となる文化価値としてアニメ、漫画、ゲームだろう。すでに日本以外でも作品は登場していて、人気もある。さて、日本発の文化価値を保護することは未来への遺産として価値は十分だろう。おそらく価値がわからない人には無駄なんだろうが、まあ、その世代もあと数十年でこの世を去る。
自分たちからすれば自虐的戦争史なんか残してもらう必要はまったくない。
そんなものいいかげんに捨て去るって考えないのかなぁ?

戦後日本は反省して今だに軍を持たず、戦争放棄という呪縛を守っている。
これは中国、韓国からすればうれしいことかもしれないが、日本国民からすれば安保条約の米国は近隣諸国でないし、米軍はグアムへの移転という点からすれば、丸裸状態というそら恐ろしい状況なんだよなぁ。戦後日本を侵略しようと積極的に行動できなかったのは少なくても在日米国の効果だと思っている。
例えば、日本では銃刀法で武器の所持は制限されている分、銃の所持を認めている米国よりも銃での犯罪や事故は少ない。日本以外でも銃の所持を禁止している国では同じ結果だろう。みんなが武器を持たなければ、戦争放棄とか防衛で軍を持たないって理論は納得できる。ところが、武器を持った人と持たない人が混在したらどうなるのか?

日本という国はおとなしすぎる。例えば、パールハーバーやオーストラリアという映画で日本軍がいかに登場するかなんてのはまったく気にしない。事実に反する描写があっても抗議したんだよね。せめて事実じゃないぐらいサブタイトル入ろ。
逆にゲームで英国教会を舞台にして文句を言われた話しもある。創作であっても実際に存在する場所、国、民族などがあるなら、それこそ十分な配慮をするような法律を作ればいいんじゃないか? 自由とか創作という名目でなんでもやっていいというのが問題なんだ。

反省とか他人から言われるもんじゃない。まあ、言いたいなら勝手に言ってろ。
反省してないなら経済大国NO.1になった国が何故軍を持たなかったのか説明して欲しいもんだ。他人の気持ちを理解する努力もせずに、いつまでも金を貢げという。
まったくどこにそんな法的制限はすでにない。
さて、冷静に考えると価値観をいつまでも押し付けるのは日本じゃないってことだ。まあ、こんな発想しているならば国民という人間の存在などモノと同じになる。人間は生きている。権利など主張したところで腹が膨れる訳でもない。
一番重要なのは、先ず自分がどう生きていくかだ。良い、悪いというのも価値観でしかない。正義なんてものは虹と同じで目に見えていてもその根は存在しない。
人間関係において他人の批判や自分の要求ばかりいうタイプがいる。そういったタイプとはどう付き合うのか。そう考えれば、別に日本人として過去の歴史をいつまでも背負って卑下する必要はない。成果はプラスもマイナスも合わせて評価するもんだ。それをせずに減点式で評価するから評価される側もねじれてくる。
他人に厳しくすることこそが日本的教育だとか、改善だと信じているんだなぁ。
信頼関係がないのに厳しく文句や要求だけ言葉で伝えても伝わらない。
愛とは違う。単純に信頼関係だ。利益を目標として成功の暁には共に利益を手にできるって会社、学校は存在しない方が一般的だろう。経営者が利益優先主義で、人をモノとしてしか考えないからだ。だから簡単に部品を交換するように人を解雇したりできる。学校も生徒ひとりひとりの個性や思考など考えないで画一的な価値観を押し付ける。自由な思考をさえなければ、そりゃ誰も考えなくなるだろう。

補足:
未来の日本には、心の自由を取り戻して欲しい。社会は個人という点が繋がって線になり、線が平面を作っている。これは金でもモノでもない。もし、金という利益だけの関係なら簡単に壊れる。また、個々の価値観を別な個に押し付けているだけなら線にもならない。権利とか義務とか、そんなもんだけで集団を治めていけるもんでもない。権利は主張するが、義務は執行したくないもんだろう? こんな考え方じゃいつまでも上下関係でしかない。本当に平等であるなら、個々の価値観が存在することを認めて、何が許容できるのか、何が許容できないのかって考えることこそ共に快適を味わえる。
心の思考の自由を唱えるリーダか、それとも価値観を押し付けてそれに従わせるリーダか、どちらを選択するのが自分に取って快適なのか?
経済活動は市場に依存する。市場は消費者によって構成される。
消費者を操作するのか、消費者の意向を読み取るのか、この違いは大きい。
管理される方が楽なのは、自己責任が減るからではないのか? 

温故知新。ゆえに忘れることはできないとしても、過去の歴史に呪縛される必要はない。前向きに考えていけばいい。自分たちがしっかりして振り回されないことが何よりも重要なんだ。感情論なんて争いの種を植えて争い以外に何も生み出さない。誰だって楽しく明るい未来でいて欲しいだろうし、豊かな生活だって望むことだろう? そのためにともに手を結ぶってことできるはず。目的もなく共生、共存って価値観を押し付けたところで相手も自分たちも納得はできないなぁ。
別に共生しなければいけないって義務は一体何を基にした価値観なんだ?
法律か? 道徳というならそんなもの存在しないから人は争うし、罪も犯す。

こういった押し付けられた価値観ではなく、主権である自分たちがどう未来を造るかって真剣に考え実行した方が夢ではなく現実になる。平等とか格差をなくす、というならは、自分さえ我慢すれば、犠牲になればという発想は捨てよう。
その鬱屈が感情として拒否しているような気がするんだよなぁ。
自己否定しては先に進めない。また相手を責めても何も生まれない。
生み出せるのは自分だ。自己中心は悪いことじゃない。ただし、価値観を相手に押し付けないならばという前提だ。話し合いとはこの価値観でいかに共通利益を見出せるのかを確認する作業でしかない。だから物別れもありうる。そして争う。
問題は争う前に争って手にする利益と争わず妥協して得る利益を比較して考えるよう相手に理解させられるのかだろう。この努力を誰もが放棄せず続けるならきっと戦争はなくなる。武力以外で相手を力でねじ伏せても、まあ相手に取って利益が減るならいつまでも心のどこかに不満が残る。水を飲みたくないのに飲ませるようなもんだ。だから戦略が必要になる。

いかに共通利益を見出せるのか、という発想と相手の満足を得るために犠牲になることと、どちらを選択するのか。
やっぱともに利益を手にしていこうってポジティブ思考を選択するけどなぁ。
だって、みんなが楽しいと感じる方がずっとメリット大きいだろう?
ネガティブな感情に訴えるような施設に金出して、誰にメリットがあるのか。
そんな金があるなら、交流基金としてもっと若者だけじゃなくてシニアレベルでも交流する機会を増やしていくほうがメリットがある。

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夏場だからこそ怖いインフルエンザ

2009-04-27 19:00:51 | Weblog
冬以上に夏の感染が広がるのは、何よりも冷房システムだ。
うがいと手洗い、これが一番有効な方法。おまけに睡眠不足も駄目。規則正しい生活と睡眠。まあ、豚肉は火を通して食べるからスタミナ料理としては豚キムチなんか最適な食事だろうなぁ。

さて、気になるのは豚を使った臓器生成。インフルエンザに感染したら、臓器にだって影響は出る。それだけ人間に近い生き物というなら、今回のインフルエンザは脅威といってもいいのかもしれない。
しかし、最近蜂がいなくなるとか、自然界の化学で何か起きているのかもしれない。
ウイルスね。最強の生き物と言えばそうなんだろうが、しかし今何故こんなにブレークするんだろうか? 

ワクチンぐらいさっさと子供とかには適用するとかしないとなぁ。
公共施設においては、一定時間ごとに空気の調査なり義務づけてやらせる。
それでもどこまで防げるのか? 手洗いとうがいだなぁ。いっそテレビとかのCMでみんなで手洗いとうがいを徹底させる。いや、それこそ滅菌石鹸とか売れそう。
暑くても蒸してもエアコン使わない涼しさを求めるしかないんだろう。
バスや電車では窓をあけるとかだろうか? まさに省エネには最適な環境になる。
メキシコでoutbreakしても米国では被害が最少というのは、自分が思うには衛生面の違いじゃないかと思う。トイレから出て手洗いという習慣はそれこそ日本以外の国ではほとんどの大人が実行しない。国によっては水は貴重だし、まあ、手は洗わない。

いやなんか復活の日を思い出すなぁ。まあ、現時点では米ソのような大国同士の緊張は存在しないから、大丈夫なんだろうけどね。しかし冬場でブレークしないで春先というと、発生源は南半球になる国か? 突然変異とするならば、いつかは人間に取って手に終えないウイルスに変異する可能性もある。

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日本経済が回復して、国民が自立した生活ができることが何よりも優先

2009-04-27 00:45:59 | Weblog
自分が幸福も感じられない状況で、どうして他人の幸福など考えられるのか? 
先ずは個々の国民が自立した生活が保障されることが何よりも優先だろう。
いつまでも日本国民が他国のために犠牲になることが何故必要なのか?
日本国が本当に日本国民だけじゃなく外国人にも住みやすく人気がある国にしたいというなら、先ずは日本国民の生活状況の改善、雇用状況の改善を完了させるべきだ。
治安の安定とは、生活安定だろう。同時に国家の安全とは他国からの侵略行為に対しては毅然とした態度で対応することだ。

戦後の亡霊を未だいつまでも引きづる近隣諸国に振り回されないようにしたいもんだ。そもそも戦争中の犠牲うんぬん、賠償うんぬんと今更言うなら、原爆被害、沖縄での被害、満州での日本人開拓団住居での中国人による暴動での大量殺傷事件を何故誰も言い出さないのか?国うんぬんではなく、この問題はそれこそ人道的に問題というレベルじゃないのか? なのに誰も論じない。
つまり敗戦した国は東京裁判以外でも大きな被害をそのまま黙って受け入れざる得ないってことだ。これは日本国の歴史では一切教えない。これこそ大問題であり、正しい歴史観というならここから是正するべきだ。そもそも大国への侵略うんぬんで未だ文句を言い続ける国とは、謝罪の要求ではなく単に金の要求だけだ。
謝罪であればそもそも東京裁判なりで罪を受けた人は国の責任を負ったもんだろう?その人たちを勝手に戦争犯罪人としているのも日本ではなく外国だけだ。
日本人からすれば犯罪者であろうが、刑をまっとうして亡くなった人であれば犯罪者として誰も扱わない。ゆえにお参りするのは当然の行為でしかない。

日本国内では未だ戦後の日本が残した実績を無視して日本国は犯罪を犯したように言う国民がいる。誠に恥ずかしい。自国が残した実績を知らないのか無視しているだけか、それでも自らを卑下するだけでは未来は決して明るくないし、そんな国にする国民事態も暗い未来でしかない。善悪とか、正義とかそんなものは個々の価値観でしかなく、決して絶対の価値観ではない。

戦争をしないために自国の防衛をしっかり考える。武器を持たないでも攻撃されないなんてのは、どう考えても現実として存在しない防衛でしかない。日本では銃や刀を所持することは法律で禁止されている。しかし、発砲事件や刃物による殺傷事件はなくならない。米国では自己防衛のために銃の所持が認めらている。しかし、銃による殺傷事件は減らない。武器を持とうが持たなかろうが、攻撃はされる。
この事実を無視した防衛論では攻撃を回避することなど絶対にできない。
本当に戦争をなくすには、地上からすべての武器をなくさせることだ。

国民に取って暮らしたい国になれないならば、国民でいる価値はない。
だからこそ、国民には選挙権がある。自分たちの手で国をすみやすい国に変えることだ。これを権利だけで主張するならば、むしろ選挙は国民の義務だと考える。
ゆえに選挙に参加しない場合は罰則があってもいいと思うんだけどね。

さて、世界で日本ブームはますます活発になっている。
ひとつは日本食。次に日本文化の代表とした工芸品などだ。日本食の中に茶がある。日本茶と呼ばれるGreen Teaの効用は世界的にブームなんだなぁ。健康として緑茶は何よりもいいんだそうだ。米も人気が高く、関連食品として醤油、味噌もだ。
なんで醤油とか味噌?と疑問があるんだが、どうも大豆から作る食品ということで人気らしい。あ、ドライ納豆もだ。最近は納豆のにおいがしないため、外国人にも人気がある。これも大豆だ。肉食は癌発生率が高まるとかで、日本食への人気ともいえる。菜食主義者からすれば理想の食事らしい。豆腐バーガー、コンニャクステーキとか、肥満大国では栄養のあるダイエット食だ。
さて、日本米と言えば、カルフォルニア米がおいしいと騒いでいた時期があったが、今ではジャポニカ米を作っている中国、豪州、台湾がトップだろう。
何故、日本国の米が売れないのか? そりゃもう価格が高すぎるからだ。この問題を決して農水省は考えてない。過剰品質なのか、まあ、価格を下げないと売れないなぁ。まあ、味が良くでも栄養面でどうかだろう。日本国の一番大きな問題は国内生産物が輸入品に比べて数倍も高いってことだろう。本当に食料供給面を考えているなら自由農業ではなく管理農業にして、個々の農家での生産量ではない収入を考えていかない限りは価格は下げられない。価格が下がらない限りは国民も国産製品を選択するってのは、現在の経済状況では難しいんだなぁ。
食料政策は国家の基本。ならば農業政策も既存の発想から現代農業として採算が出せる仕組みを考えていかないと駄目だろう。

まあ、どちらにしても産業による収入格差をどう押さえるのか、そういった政策が出せない政党が与党になればあと5年間は日本経済および生活の安定は無理だ。
自由経済であっても産業、職業による収入格差の幅が大きくなればなるほど生活は安定しなくなる。また、どんな仕事も法的に違法でない限りは労働だ。労働に差別があってはいけない。例えば、危険な職業であればあるほど雇用保険での保障は厚くするべきだ。また、人が集まらない職業については、賃金は高くするべきだ。
また、賃金についても上がっていくだけで下がらないってのもおかしい。業績によっては一律下げる方法を取っても解雇者を出さないようにさせるのも方法だ。
いいかげん、雇用者側、経営者側というのではなく会社なり組織全体として考えていくような仕組みにしないと雇用状況は悪化するばかりだろう。
少なくても40歳代以降には、決して未来は明るくない。これは野党が与党になっても同じなんだなぁ。労働組合をなんとか改善させていかない限りは駄目だなぁ。


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実現できる理想こそ、今日本国民が望むこと。

2009-04-23 08:38:05 | Weblog
1. 格差所得による生活の不安をなくす。低所得層でも食、住が保障されるようなセーフティネットの確立を急ぐ。少なくても実験的に実施して不具合は毎年見直しして整備すればいいだけだ。はじめから完璧を目指していてはいつになっても実現できない。
ちなみに単に金を巻くという野党案に反対なのは、別に楽させるからという理由ではない。人権尊重という点から、飼い殺しのような対策が不満なだけだ。誰もが堂々と受けられるセーフティネットであれば、病や災害(経済危機も)で生活ができない人でも一時的に後ろめたい気持ちをもたずに受けられる。あとは自立できるように再チャレンジを認める社会へ変わることだ。

2. 現実的な職業選択の自由と雇用機会均等法の実施。
そもそも会社の平均年齢が若いから年寄りは合わないとか、まあ、社風というならそれもいい。しかし、これが単に賃金が安いということなら、問題だ。
年齢により賃金体系から、成果による賃金体系に変えていけばいい。
そのためには国家認定試験などで雇用者のスキルをなんらかの数値で証明するようなシステムが必要だ。また、学歴による賃金差も、社会に出てから再チャレンジで大学や大学院を卒業することで、昇給に繋がるような仕組みも必要だろう。
ジョブカードを個人の職業スキル体系とするなら、スキル証明の資格試験なども追加できるシステムが必要だろう。
同時に経験を積むためのインターシップ制度として数ヶ月から1年の間で実施させて、その成果を経歴に織り込ませる。違う職種に転職しやすくするには、こういった基礎知識と経験を積ませることで、産業界の機軸が変化しても人材を流動させることが可能になる。医療にしても長期の教育が完了しないと医者いなれないような制度も考え直す必要がある。例えば、看護士から医者へのステップアップとかも可能なパスを確立すればいい。看護士のレベルも段階的なように医者のレベルも設定すればいいと思う。医療も高度医療と一般的な医療と分けるなどいくらでも方法があるのにそれに着手させない医師会などに問題がある。これは弁護士なども同じだ。国家試験に段階をつけることで高度な問題を担当する人と、一般的事項を担当する人とわければ済むだけだ。
教師も同じで専門教科のみ、クラスなど生徒の全般を指導する、というように分ける。職業スキルの細分化。そしてそれぞれの職業には上位へのパスを確立させる。
技術などは、レベルがしっかり分けられるから、上位を目指そうという動機も維持いやすい。おまけに技術は進歩するので、常時向上心を維持できない限りは続けられない職業でもある。
あ、農業は科学者であり技術者という考え方をして欲しいもんだ。

3. 移民法全般の見直し
帰化の条件や権利の変化はできるだけ明確にする。
永住権取得の条件や権利も明確し、更新性にする。
労働、学生ビザについて、条件、制限事項や権利を明確にする。
そして帰化以外には、国家の判断で取り消しという項目も追加する。
永住権保持者で一定の条件を満たしたら帰化できるようにするなど門を開く反面権利の差は明確にしないといけない。別な言い方をすれば帰化して日本国民になってもらう訳だから、国民と永住外国人の差が明確にならなければいけない。
上記ビザ保持者には日本語教育を受けるための優遇措置も検討する。

4. 第二公用語の検討。
英語か、中国語かどれでもいいんだが、日本語以外に公用語を設置する。もし、日本が本当に外国に対して門を開くなら言語は大きな壁になる。
また、国際競争に参加しやすくするためにも教育で日本語以外を設定して公用語して定める。現実的なら英語なんだろうけどね。

5. 治安と防衛
国民だけではなく外国人の一時滞在者も含めて安心して生活できる国にするには、国内の治安維持は何よりも必須。そのためにはお互いに監視するシステムを確立する。人権を守るために監視するようなシステムはよくない、というのは間違い。
誰もが安全に生活するためには、ルールを守らない、社会崩壊などに繋がる行動を事前に防ぐシステムとして必要。そもそもうしろめたいことがなければ人権侵害に繋がらない。疑われたら堂々と裁判なりで証明すればいいだけじゃないのか?
むしろ水面下に存在する国家や社会システム崩壊を目論むテロ行為を排除することを目指すシステムがないってことは、安心や安全な国だとは言えない。
他国は表面に出ないだけで監視システムはしっかりある。
 犯罪についても住民が強力して撲滅しようという姿勢が維持できるような風潮を推進する。タバコのポイ捨て、犯罪の目撃に対してみて見ぬフリではなく通報させる。同時に警察も文句を言わずにさっさと出動する。
これには警察、消防などで仕事をする人たちの地位向上、勤務環境の改善は必須。
子供のいじめですら目撃したら通報させるようになればイジメは減るかも。
大人が放置する限りイジメはなくならない。犯罪者や無法者の人権だけじゃなく、一般住民の人権をしっかり考えたシステムを望む。

6. 国民による日本国債取得の優遇
株と同じように国民が自国国債を購入し、老後の資金にできるような仕組み。
国債の価値を維持する責任は国民にある。ならば、その国債の価値が上がるような努力も国民にある。ゆえにメリットも国民に還元して欲しい。例としては税金控除などだ。つまり数億の国債を保持しても免税とか。貯金に回さずに国債を買う。
それこそ長期国債を年金に加算することで国家も国民もメリットがあると思う。利子もいいしなぁ。それと国債が財産相続されるなら相続税免除でもいい。

7. 個人的な希望:現実的な都市計画
都市計画を見直し、地方行政だけに任せるのではなく国家としての都市計画もしっかりして欲しい。乱発する高層ビルとか過疎化とかではなく、きちんと計画する。
これは経済団体や企業と連携していく必要だから難しいかもしれない。
だけど、島国というメリットを最大に活かすような都市計画をいいかげん考えて実施することで観光、産業ともより効率的に発展できる。また、災害や有事を想定した都市計画かどうかで被害を最少にできる。

8. 個人的な希望:日本国の文化、歴史のみなおし
外面ばかりいいと家族でも子供は歪んだ気分になるもんだ。
被害者、加害者意識を持たず、素直に日本の文化、歴史を考える機会を増やそう。
そのためには学者だけじゃなくてお年からのいろんな話しとかを若者が聞いたり触れる機会を増やすことだ。理由は核家族化、アトム化したおかげで語り継がれる日本の文化、習慣、歴史が途絶えてしまうことになる。
体験者の話しは何よりも有益。情報はあらゆる方向から知るべき。


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ますます差別化と未来を目指す政策

2009-04-22 21:54:41 | Weblog
世襲制のどこか悪いのか? むしろ、親から引継ぎ長期にわたって理想を追うのは簡単じゃない。すくなくても親や兄弟と比較される訳だ。それを単純に世襲だからという理由だけで民主主義の被選挙権に制限つけるのは、差別でしかない。
親を選んで生まれてこれないように、自分は政治家になると信念を持つなら、政治家になろうとがんばってもいいじゃないか。おまけに長期にわたって日本をどうしたいという計画があってそれを親子孫まで引き継いで実行しよう、なんて信念持つぐらいなら、自分は尊敬したいけどね。

いいかげん被害妄想による差別撤廃という意見は見直した方がいい。
もっと素直に考えてみよう。たとえ世襲制であろうが、仕事ができなければ票は集まらない。世襲制なんかより団体票の方が民主主義に反すると思うけどね。
何故、それに対しては誰も異を唱えないんだ? 団体や組織にいたことのない政治家はひとりでコツコツと実績を積むしかない。この違いだ。

政治家はクリーンじゃなければいけない、というのは理想だろう。
あの民主党党首などは自民党時代からクリーンじゃない。でもいつも当選している。こういった問題点を放置して、世襲制とか、まるで自分たちが当選しないのは世襲議員のせいとまで言いたいらしいなぁ。小泉チルドレンのように実績がなくても当選したって議員とか、その方がいらないと思うけどね。勿論、その中でもきちんと実績出しているなら票は集まるだろう。

首相の資質とか、日本の民主主義政治が目指すのは、ナチスのような純血種による優秀な日本人とでも言いたいんだろうか? 雑種の方が多様性に対応できるのが生物だけどね。まあ、差別をなくそうじゃなくて、差別をつくろうって自民党には賛成できないなぁ。

本当の差別とは、違いを認識するところからはじまる。物理的に無理なことを平等にすることこそ、差別になる。法律はものさしで計れないんじゃないのか?
だから重箱の隅をつつくようにあれこれと定義するもんだと思うんだけどね。

国民が望むのは世襲制とかなくすことじゃなくて、参議院の議員数を減らすか、なくすかして無駄な議員をなくすことでコストダウンすることだ。
同時に審議に欠席した場合の賞罰とかだなぁ。普通の会社とか、いや学校だって出欠で成績が決まるというのに政治家は審議サボっても罰がない。
やむえない事情以外は、それこそ給与の減給ぐらいしないととてもじゃないが、献金をもらわないとか、世襲制に制限といったところで政治不信はなくならない。

国家の不利益になる意見を言っても選挙に当選するのは、何故か考えて欲しい。
それこそ政党で試験でもして合格点を取ったものだけ公認するとかしない限りはとてもじゃないが素人の新人なんて選びたくもない。なにせ、新人議員っていつもとんでもない演説ばかり。その見本はベテランの民主党鳩山さんとかだろう。
親の背中を見て育つのは悪いことじゃない。職人とか経営者なんか、それこそ子供に対しては厳しく教え込むもんだ。それでも駄目なモノは駄目なので消えていく。
これこそが自由のはず。なんか世襲制反対とかって手をつないで徒競走でゴールする不気味さと同じ臭いがするんだなぁ。

人間は個性を持ちみな違う。スタートも違えば、ゴールまでも道のりも違う。
これが多様性だ。これを画一化してしまえば、組織は硬直化して崩壊する。
経済危機でも倒れずがんばっている会社の数社は学歴、経験などに拘らないで独自の基準で雇用している。国会を学級会レベルの発想で遊んで欲しくないなぁ。
優先して考えるなら国家の未来じゃないのか? 別に政治家が存在しないでも動く国にしたいのか、それとも選挙で政治家を選ぶ民主主義で行きたいのか?
自らを厳しくすることもなく、選挙に備えて世襲制撤廃とかいうのは人気取りにもならないし、差別をなくすという皮をかぶった差別そのものだ。

経済対策は、雇用促進だろう。同時に人材のスキルアップによる日本の産業界をより高度にするためには、再チャレンジできる制度を確立することだ。

ニートを自立させるためには谷から落とすぐらいの覚悟を決めて自分の子供ぐらい信じろと言いたいけどね。本人が自立しようと思わない限り誰もどうにもできない。鉄は熱いうちに打て、という言葉は現代では存在しないらしい。
打たれたおかげでたくましく生きていける自分は、親に感謝している。

ところが中高年から老人で金がないなら働こうという人材はどうするのか?
雇用機会均等法をしっかり守らせるための罰則やより厳しくルールを決める方が重要だろう? インターシップ制度でもいいから経験を積ませる。

なによりも優先して欲しいのは、経済活動の活発化、それによる新しい教育システム、大半がネット経由で申請できるように個人特定が可能になる年金番号とか決めて欲しい。また、医療もネット経由で簡単な診断をして必要があれば検査にいって結果を持って病院に行くなどシステムを改正すること。風邪とか特定疾患のための薬とかならネットだけでも済むだろうしね。わざわざ出向くだけの時間と交通費、待たされる時間を考えた便利だ。逆にネット医療を開発することで離れた場所でも最低の医療は受けられるだろうしね。教育と同じに考えていくことで差別化を最少にできるんじゃないのか?
別にPCなんて個人で持ってなければ、役場とかに村民専用で数台あればいいだろう。電話もそろそろ音だけじゃない時代だし、日本製のネットブックもそろった。

あとは、子供たちの携帯電話を通学でも持たせることだ。ただし、学校内では電源OFFとかマナーを徹底させる。道具を使うTPOを教えるのも立派な公共道徳の教育。
なんでも駄目と規制をするのではなく、新しい道具をどう公共マナーで管理させるかって考え方できるのが大人だろう。映画館でのサイレントモードや病院での携帯電話の電源OFFとか。それを学ぶ機会をなくしてしまうのはなんだかなぁ。
それこそネットブックを小学生が毎日ノート代わりに持って通学ってのがくるんじゃないのか? 
キャッシュも電子マネーの普及により盗難されても第3者が使えないとかになってくればお金を落とすこともなくなるしなぁ。

道具の進化に人間というソフトが付いていってないならば、真っ先に道具の使い方を発明する子供に与えないのは大人のパワーハラスメントでしかない。
そもそも教科書持込みの試験だっていいんだよ。要は暗記ではなく、きちんと基本的な内容を理解できるかどうかなんだからさぁ。単純な○×、穴埋めじゃなくてしっかりと書き込める試験を小中学校はするべきだ。教師も生徒数が減ってきているんだから採点するのに時間かけて一人一人の生徒の状況が把握できるようするべきだろう。もし、それができないなら、それこそ教師と顔などあわせる必要はない。知識だけのPCソフトでゲーム感覚で楽しめる方がずっと楽しいけどね。

公共住宅など核家族化に向けて建てたんだろうが、孤立化する老人が増えることに対してある程度共同生活ができるようなタウン化計画とか考えて欲しい。
少なくても実験都市を早急に作って実施してもいいと思う。

同時に新しい技術を開発するための研究施設などを集めた地域。
外国人でも住みやすいようにバイリンガル化した町。つまり公共サービスも複数言語で病院も含めて対応できるようにする。そのためには準公務員という雇用で外国人も働いてもらえばいい。
将来に備えて第二公用語を英語にする。英語は使わなければ忘れる。日本語以外にも公用語とすることで使える機会も増えるので学校で無理に時間を割いて勉強する必要も減る。日本語は重要だろう。しかし、国外相手のやりとりはますます増える。だったら公用語を増やすのが賢明なんじゃないか? 
少なくても英語圏の人たちが住みやすくなる。学生も留学しやすくなる。
オリンピックを意識するなら、閉鎖的言語の日本語だけじゃなく考えて欲しい。
反面、日本古来の伝統芸能や文化保護にもきっちりと予算を取って欲しい。

あとは必須となるのは防衛だろう。憲法学者やらと徹底的に議論して現憲法でどこまで防衛が可能になるのか、しっかりと指針を示して欲しい。その上で必要なら憲法改正。これはあいまいな戦争放棄とかではなく、しっかりと国家防衛を前提とした永世中立国でもいいだろう。いかに法的に防衛軍だけの機能を維持できるか。

警察、消防および自衛隊隊員へのスキルアップ。予算を削るのではなく人材教育を徹底することでミスを防ぎ、犯罪予防率を上げることも可能になる。

農業は米の生産高が上がり価格が下がるって発想ではなく、米を海外へ売る。
特に日本食ブームを持続させるために健康的な日本食というテクニカル情報もいっしょにして米を売る。病院や老人食としては最適なんだよね。肥満対策には不可欠なのが日本食。農水省はこういった日本ブランドの生産物をちゃんと付加価値つけて外国へアピールすることを忘れているんじゃないか?
金持ちが多い国には特に上等米を売ることだ。それに付随して味噌、醤油も売る。
また、低所得者層に米券として補助を出して米をたくさん食べてもらうことだね。
減反しなければ価格が下がるって発想やめて、食料供給の安定化を目指すなら、生産物を最大に活かすようなアイデアを募集とかすればいいんじゃないか?
そもそも日本米はうまいが価格が高すぎる。中間搾取料をなくすなど努力して欲しい。農協にコストダウンの流通やらを努力させよう。


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党首の言葉は、まさに日本の未来は見えないってことらしい。

2009-04-21 22:40:19 | Weblog
小沢党首は、多くを語るがその言葉からはまったく政権を担当して日本をどうしたいのかが見えてこない。おまけに自分は悪くないと言うだけだ。
こんな人が首相になったら、日本人すべてが法は無視して「自分は悪くない。」と駄々こねることが正当化されそうな気がする。
おまけに鳩山氏は「日本国は日本人だけの国じゃない。」と言う。いつから日本はどこかの植民地になったのか説明を聞きたいなぁ。公用語も憲法も日本人のために存在しないなら、いったい憲法なんて存在は無視してもいいってことになる。

国家の基本が憲法じゃないのだろうか? 国会議員がこんなじゃ情けないやらでもう腹も立たない。ついでに野党はもっと怪しいというか、日本国民を追い出して外国人だけの国でもしたいらしい。

労働形態にしてもまじめに必死に働く人には何もしないで、人気取りの派遣社員や期間労働者ばかりを相手にするだけだ。その大半は日本人ではない。
別に外国人を放置しろ、という訳じゃない。少なくても国民の労働者を先ずはどうにかすることから考えて欲しいんだけどね。住居がないと言ったとして、実はこれもまじめに働いて雇用保険がないような商店とかの人は利用できない。こんな矛盾は誰も指摘しない。それでもって自己責任で済ませる。どれだけの商店や小売店、飲食店が潰れたのか知らないんだと思うよ。

借金して膨大な予算を組んでも、状況次第では補正予算を取るってのは、正しい対応だと考える。つまり時間が重要なら、その時点で確定している予算をさっさと通して、足りない部分や一時的補填やらで補正を出すもんじゃないのか?
経営者感覚がないと予算の取り方すら知らないようで、恥ずかしいもんだ。

日本が未来に向けて新しい方向へ変わろうとしている。それには金はかかる。
モノを流動させ、人を動かすには、金だろう。モノを買わせる政策としてエコをキーワードで車や家電を選択した。ならば、この経済危機で内需拡大へ転換するのにこういった製品を購入させる機会を野党は何があるのかしっかり説明してから批判して欲しいもんだ。
CO2削減で少なくてもエコ車が3年で30%以上の普及率が達成できればすごいことだ。実はエコ車のもうひとつのメリットが車という製品への消費者のマインドも変わることになる。遊び道具から足としての実用的な製品という意味だ。
高速道路にしてもETCの普及によるメリットは出てくる。また支払いもクレジットということで消費者のキャッシュフローが読み取れる。
高速道路網においては日本は決して遅れてない。むしろ、有料な分整備されているし、北から南へ繋がるって国はあまりない。確かに小さい国だからと言えばそうなんだが、それでも高速道路、専用道路を全部つなげた距離はすごい数値のはず。
できればバス、トラックについてもエコエンジンの開発を進めてもらって日本がトップで特許を押さえて欲しいもんだね。
こういった未来への具体的な計画を絵にかけないのが民主党や野党でしかない。

日本国が本当に自立しか国家になるって考えるなら、日本国が日本人だけの国じゃないという発言は出てこない。憲法改正だとかは必要かどうかも含めて議論はする必要はある。しかし、現実として近隣に核ミサイルで日本をターゲットとしているならば、それにそなえた防衛システムまで考えてもらわないととてもじゃないが日本国民は追い出され、外国人のための日本国になってしまう。

前財務大臣が核兵器について考えなければいけない、と核シェルターやら対処対策を言い出した。やっとだ。今までは誰も言わなかった。つまり日本は二度と核の被害にあわないって思ってたのか、それともタブーとして口にしなかっただけなのか。さすがに若いだけあって堂々と述べたのは素晴らしいことだ。
むしろ、そういった対策にかかる費用は防衛費並みになる。理由は核シェルターは地震などの自然災害の非難シェルターと違って長い間そこに留まるからだ。
そのためには食料、水、電気などと長期生活ができるような点までコストに含まれる。国民数からしたらどれだけの数が必要だと思うか?
地下街などをシェルターにできないからね。民主党や野党は国民だけではなく日本国に滞在している外国人も含めてみんな死んでください、といっているだけだ。

核兵器に真剣に取り組めるからこそ、核兵器撤廃を推進することができるんだよ。
過去の戦争のように侵略しようとするならば、核兵器ほど無駄で金食い虫の兵器はない。なにせ核で汚染されて領土も当面使えない。ところが70年近くたって核の恐怖は薄れているんだなぁ。そういった点で、日本が真剣に核兵器防衛や対策を考えて声を上げることは、世界への警告にもなる。70年前の原爆と現在の核が生じる放射能やら爆発力は比べ物にならない。なのに過去の被害だって決して無視できないほどの殺傷力だ。核兵器を保持するよりもその恐怖を世界に宣伝することの方がずっと防衛に繋がる。それができるのは世界で日本だけなんだよ。

先に現首相がアジアへの出資を約束した。これがどれだけ重要か野党はわかってない。アジア経済が活性化することは、日本国だけではなく中国、韓国にもメリットは大きい。それに西洋に比べれば何が受けるのかもわかっている分、ギャンブル性は減る。同時に中国もすでに人件費も高騰してきているので、コスト安の国へ製造拠点を移すなどの策も取れるようになる。まあ、経済が安定している国が増えてくれば内乱や国家間の争いは減ってくるもんだ。別に日本だけが偉いと褒められたいわけじゃないと思う。もし、そういった下心があるなら、まっさきに韓国や中国を優先して投資するだろうからね。なにせ声が大きいのは彼らだから。
正しい自己主張はする。しかし道をはずした行動をしない。お手本のような対策をしている日本は珍しいと驚くぐらいだ。従来は密談で中国とか韓国に金を出してたのにね。この違いこそがまさに現内閣、与党を自分としては評価したい点だ。

野党も真正面から堂々と政策で論争するならば、はっきりと日本国の3年後、5年後単位での経済推移、人口推移、産業推移まで説明して欲しいもんだ。その上で国民数に対して外国人労働者や移民を受け入れる意味を説明しない限りは日本国民は納得できない。これが国規模の計画ってもんだろう?
メディアは面白がってトヨタの国内生産が減った報道をしているが、馬鹿じゃないかと思うよ。そんな報道よりも車のあり方とか製造業のあり方という切り口で3年後の産業はどう変化せざる得ないのかまで記事にできたら報道の価値が出てくる。
モノつくりにかける技術者や製造者をすごく馬鹿にしているとしか思えない。

どんな職業でもみんな何かしらの誇りを持っているはずだ。それを他人がむやみに馬鹿にするような批判をするのかいかがなもんだろうか。むしろ、これをバネに製造業も産業構造変換を真剣に考えていると思う。それは労働者の労働形態も変わるはずだ。一時しのぎのワークシェアリングじゃなくて、新しい労働形態と賃金。
所得格差による生活格差をどう処理するのか。そういった点も早急に検討して実施していくしかない。どこかに不具合があればさっさと修正していけばいい、ぐらいの発想をしていかないと時代の流れに置いてきぼりになる。とくかく日本の決定はなんても時間がかかり過ぎるって点だ。Speedと柔軟性。
石油への依存度が減れば、環境だけではなくコストもかなり減るはず。そうなれば新しい産業が生まれてくる。その筆頭が観光だとすれば、そのための準備をしないとなぁ。外国人差別ではなく、何故、誰もが安全に気持ちより暮らせる国って発想ができないのか自分は不思議で仕方がない。一定の人だけが暮らし易い国なんて誰もいい国だとは思わない。これこそが公平で差別がないということじゃないのか?
自分が気にしていることを指摘されたらそれが差別というのがおかしい。
人間はみな個性があり違うもんだ、と認識していればデブ、ちびと言われても気にしない。自分がしっかり自信を持っていればいいだけじゃないのか?

男女平等なんてのも本来は無謀な理想でしかない。何故なら男は子供を産めない。
元から違うことを認めるなら、むしろ適材適所というのが正しい。現実は女性は出産していつかは職から離れるという理由で職業の選択にも差別があるという。
しかし、男性は子供こそ産めないとしても育てる権利はある。それを無視している状況だろう? それをなんでも平等と決めても現実はザル法になるだけだ。
正社員という雇用形態に拘るなら問題は解決できないないだなぁ。
生産性と賃金、生活するために必要な金の関係をどうにかするしかない。
消費者に媚を売って利益が薄い商売じゃなくて、適切な価格で適切な品質で利益を出す。製品のライフサイクルもエコを考えるなら修理したりパーツ交換で長くさせるとかだろうか。使い捨て文化からの脱却だろう。
むしろこういった視点で野党は労働問題、消費問題を考えて提案して欲しいなぁ。
企業が利益だけに走らせないためにもだ。

選挙までにはもう少し大人になって欲しいなぁ、民主党。
やっぱ代表は変えて、もっと地に足をつけた政策を出せる党首にしないととてもじゃないが選挙では負けるどころがほとんどが落選となるぞ。
それぐらいに政策が非現実的だし、国民の望む政策じゃないんだなぁ。

補足:日本の神話で何故天照大神って名前になったのか考えてないだろう?
日本は農耕民族で太陽が何よりも重要だったんだよね。それはとっても前向きで明るい民族だってことだ。そして農業とはとても計画的。未来が見えない政策は誰も望まない。
あと、日本に低所得層、標準生活ができる所得層の割合が高所得層に比べてどれぐらいか知らないで増税反対して福祉充実ってのは無理過ぎる。
この矛盾を見ているととてもじゃないが外国人参選権を認めない日本国民は心が狭いとは言えないんじゃないか? 少なくても生活保護は永住外国人だけじゃなくても認めている国って日本ぐらいだけどね。普通は永住権保持者だけだろう?
おまけに失業保険も日本だけのシステムだ。そもそも健康保険なんてのは自腹でかけるもんだしなぁ。そういったいろんな国の現状も知らないで日本国民を罵倒する政党なんてまさに選挙で票は入れないでください、といっているようなもんだよ。
多様性を目的をするなら、少なくても中国、朝鮮や韓国人の数が多すぎる点を問題視して、他国の外国人を積極的に増やすような政策を考えるところから初めて欲しい。これこそ地球規模の発想だろう。
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靖国神社こそ平和を再認識させる場所である。

2009-04-21 19:56:25 | Weblog
何故、中国や韓国は他国日本の戦死者を祭る施設に対して未だに感情をむき出しにするのかまったく理解できない。
広島、長崎の原爆記念施設は許せるが、靖国神社を非難する矛盾。

そもそも神社という概念がわからないんだろう。どんな人でも死んだら仏という文化とか、人間を祭るという風習が理解できないんだろうなぁ。むしろ、靖国神社は戦争という人災で亡くなった人を祭る施設でしかない。shrineって英語は英国やその植民地であった国ではよく見かける。templeでもないし、delubrumでもない。
宗教は詳しくないが、少なくても日本人として戦争でなくなった人に対して敬意を払い同じ過ちを繰り返さないと誓う気持ちは広島や長崎の原爆記念施設と同じだと思う。生前どんな人であったとしても死んだなら御霊。そういった習慣が日本の文化だ。別に戦争を賛美して「また、侵略しよう。戦争をしよう。」と盛り上げるために参拝する訳じゃない。それを勝手に想像して文句をいうのはお門違いだろう。

もし、中国や韓国が自国でこういった先祖を祭り施設に対して他国から何か文句言われたらどなんだ? 未だ70年ほど前の亡霊に脅かされているのは日本じゃなくて中国と韓国だろう? それこそ除霊してもらった方がいいんじゃないか、と言いたい。一国の首相が日本国の責任として戦争で亡くなった人を参拝するのは当たり前だろう。ちなみに神社に祭られた人たちを神だからと文句言いたいのか?
どんな神だろうが、人だろうが、日本の習慣では死者に対して罵倒したり卑下するようなことは常識がないとみなされる。これだけ価値観が違う習慣や文化にケチをつけ続けるような国が本当に未来を考えているのか疑問があるんだなぁ。

歴史からすれば中国だって一国じゃない。敵対していたんじゃないのか?
韓国も同じだ。それを放置して近代戦争だけで70年も亡霊を恨むってのは、馬鹿らしいと考えないんだろう。日本は原爆という被害を受けても米国に対して恨むを出さなかった。個人としては勿論今でも許容はできない。だけど、それに文句を言ったところで死者は戻らない。反面、同じ過ちを繰り返さないように核兵器廃絶を支持するのが自分なりの反発運動だけどね。
文句をつけるぐらいなら、一度は靖国神社を訪問して欲しいもんだ。それでどういった施設でどういった人たちが祭られているのかを知って欲しい。偉大な人じゃんくても日本人だけじゃなくてあの戦争という人災で亡くなった人を罵倒するって感覚こそ、疑問を持って欲しいもんだ。まあ、中国は宗教は認めないからなぁ。
自分の祖母や祖父の知人が祭られていることもあって、終戦記念日に連れて行かれた。右翼とかうるさいという印象しかないが、神社は普通の神社のように静かでひんやりしている。墓を建てたくても遺骨もなく、金もなくというのが当時の様子だそうだ。中にはここに祭らないで自分の家の墓という人もいるそうだ。
そうでも神社としての意味は大きい。

首相が参拝できないってすごく異常だよなぁ。墓参りとか、それこそ歴史上の人物の墓がある場所ですら行けないことになる。宗教に過敏になり過ぎる。
おまけに戦犯が祭られているからとか、何故他国から言われるんだ? 戦犯だろうが刑を受けてちゃんと罪はつぐなったにも関わらず、まだ犯罪者と言いたいのか?
韓国まで言うしなぁ。まあ、日本人の中にも日本文化は習慣を知らない恥知らずな人がいて、文句を言うぐらいだからなぁ。だからこそ、日本もしっかり管理しないとこういった非常識な人が集まり怪しい団体となるんだよ。その行く先がオウム真理教みたいになったら自分たちのような一般国民は困るだなぁ。

自由には責任がある。しかし、思想の自由は他人に迷惑をかけない限りは批判される理由はない。特に死者に対して敬意を払う、祖先を大事に思うという心は日本の美徳だ。これが何故戦争推進になるのか、しっかり説明して欲しいもんだ。
むしろ、侵略行為を続けて摩擦を起こしているのは日本じゃないぞ。

中国や韓国だって死者に敬意を払い、祖先を祭るって習慣あるだろうになぁ。
まあ、さっさとお払いしてもらっていい加減亡霊から目覚めない限りは明るい未来は手にできないよ。その点、日本はさっさと亡霊は除霊したからね。一部、亡霊を神と信じている市民団体とか存在しているが、まあ、これも宗教の自由、思想の自由ということで許容されている。これが自由だ。しかし、実際に被害が出るとなればさっさと逮捕できるシステムも自由とセットで存在しているんだけどね。
なのに戦後、日本はどこも侵略してないんだけどね。それこそ経済大国になっても侵略してない。別に米国の安保だけじゃない。いい加減日本も馬鹿じゃないから、どこかを侵略して植民地としても日本への利益はないって学んだんだと思っている。言語や習慣が違うところに無理に言語や習慣を押し付けたところで、そこから新しい文化が生まれないってのは、歴史が証明しているだろう?
日本の姿勢は、矯正をせず、制圧せず、相手を尊重した外国だと思っている。
それが北朝鮮に対しては確固たる態度で対応しているじゃないか。
この違いがわからないなんて、少しばかり悲しいよなぁ。
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犯罪を冗長させるような記事には罰則、ネットの本格活用

2009-04-20 20:19:33 | Weblog
右翼がうるさいからといって高いところから植木鉢を投げるなんてことは、そもそも犯罪だろう。もし、誰か怪我したり、ぶつかりどころが悪ければ亡くなるぐらいに危険な行為だ。警察にしてもこういった犯罪を有名人だからと放置するなら、問題だ。

たかがこんなことぐらいで、という気持ちが法を守らないことにつながる。
そもそも野良猫を殺傷しても誰もこまらないし、被害も受けてないから悪いことじゃないとか言ってた青少年がいた。法律で定めているのは器物は損だ。生き物の生命を必要もなく殺傷して器物は損だ。
同じくこのように高いところから何かを投げるという行為は誰にも迷惑を本当にかけないのか? 高速道路の陸橋から何かを投げて車の運転手が前面ガラスが割れて事故を起こしたケースもあった。常識であればやらない行為だと思っている自分がおかしいのか?

また、犯罪の容疑者の事情を詳しく報道して、あたかも容疑者がやむえなく殺人を犯したような記事も問題だろう。そもそも裁判でもないのに何故メディアが勝手に審判をくだしたような内容を記事にするのか?
裁判員制度をよりしっかり根づかせるためにも、たかがこれくらい、という判断はやめようじゃないか。法は法であり、その法が偏向しているならそれを証明して修正すればいいだけだ。罪を憎んで人を憎まずというのはわかる。しかし、これは法を無視してもいいって理由にはならない。

日本人ももう少し厳しく法で管理されるようにした方がいいと思っている。
自由とは法で定めた範囲内でのことで、法を無視した場合は自由ではない。
国内で法を守ろうという姿勢を国民すべてが持ってないとそれこそ国際間の契約とか約束なんて守れない国になると懸念する。他人を責める前に先ずは自らしっかりと姿勢を正して法を守ることを推進しよう。
その上で法としてザル法や偏向法というなら、今度は修正していく。

日本は古来から掟とかローカルな約束に縛られてきた。それは決して悪いことじゃない。自由を阻害するとか反発する気持ちは自分もわかる。しかし、他人に迷惑をかける行為を自由というだけで許容していいのか、と考えて欲しい。
騒音、異臭とかこれはもう耐えるのには限界がある。それを放置しているのが問題。特に選挙時の騒音、デモの騒音とか、民家が近い場所では一切やって欲しくない。むしろ、違反で検挙して欲しいもんだ。
その理由が民家があまりに密集していることなんだけどね。ならばそれをいかに地方で分散させるのか、都市計画はまったく実行されてない。
企業に対して交通費なんてのを税金控除で認めるのもいいかげん撤廃したらどうか?交通費をかけないでも業務ができるような形態を考えるのが企業の責任。
なによりもラッシュの要因が減ることは、環境にもやさしいことになる。
また、労働者にとっては給料が出ない通勤時間が減ることは歓迎されるべきだ。
ネットというインフラを子供たちやオタクたちだけではなく、まじめにビジネスに活用するようにしないとこの先の進歩はないよ。
テレビ電話がどうして要求されるのか? 顔を見て話したいからだろう?
同じで現場まで出向くような状況って職種によるがそれほど多くはない。
光環境のインフラ日本だから実現できるネット活用だ。

学校も同じで週2日は学校とかの時代も考えてもいいかもしれない。
実際外国ではネットを使った学校がある。日本だって離れた地域ならネットを使った教育をもっと推進させてもいいんじゃないか? 顔を合わせて部屋に詰め込むって発想をいいかげんやめようよなぁ。部活とか、好きなことなら集まってくるだろうし、まあ、学校に行かないと勉強できないじゃなくて、誰もが平等に受ける教育という発想をすれば、どこの地域であろうと格差のない授業を提供できる。
そもそも試験も子供が本当に理解しているのかを知るためであって評価するためじゃない。比較評価じゃなくて絶対評価にするべきだろう。
私立学校とかは試験で選別してもいいが、少なくても公立は能力として達成しているなら希望に沿って勉学の機会は与えてもいい。その代わり試験とか論文やら綿密に審査してきちんと卒業できる能力に達成しているのか審査すればいいだけだ。

少子化と高齢化が進む中で学校の存在は問題になる。少なくても子供たちにとっては学校に通っても数が満たないで統合とかされて通学時間が増大したりもする。
ならばいっそ、通学しないで勉強するシステムを検討してもいいと思うよ。
それも年代という垣根をなくして勉強したい人がいれば参加させることだ。
勿論授業料は義務教育なら設備利用費ぐらいであとは無料。専門や大学なども国民は税金申告で授業料分を控除という形で変換させるとかでいいんじゃないか?
地方や離島でも平等な教育の機会を与えることだ。勿論生徒が集まらないといけない科目もあるだろう。そういった科目は近郊で共通させて消化すればいい。
まあ、一番の疑問は専門教育の大学で何故、教養科目とか体育とやるのか疑問があるんだけどね。むしろ、こういった実践や研究が必要な科目は通学するしかない。
しかし、座学で済む分はネットでいい。
このくらいまじめに学も改革することで質のいい授業を多くの生徒で共有できるし、教師や教授の負担も減る。入学は誰でも簡単で卒業は厳しく。これが一番。
それこそ介護士とか看護士だって座学部分と実習を分けることでより多くの人が学び資格の取得も可能になる。おまけに学生の負担も減る。自習はきちんとインターシップ制度としてある程度の給与を出すことだ。

医療ですらリモート診察があるぐらいなのに、いいかげんFace2Faceという規制概念から進化したいもんだ。日本は確かに国も狭いからこういった発想をしても即否定する。しかし、高齢化が進む社会としてはいかにネットを社会に活かせるかというのが重要な課題だと思う。電話やテレビではなく、時代の主流としてのインフラはネットだ。
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外国人は日本国のGuestなのに選挙権を与えるのは矛盾

2009-04-17 13:34:56 | Weblog
日本国の主権は国民じゃないのか? そうならば、日本国は国民の済む正統な場所である。それなのに何故ここまで国民よりお客である外国人に優遇しなければならないのか? それを説明して欲しいもんだ。
日本人がもし日本国において主権としての権利も保護される権利をなくなれば、日本人は国をなくした民となる。
これは血統主義とかそういった話しではない。国という定義された地域に住む国民という考え方が失われることになる。これは民主主義ではない。

選挙権については、例えば日本人と婚姻して子供を持つ親であれば、子供が育つためにいい国になって欲しいという気持ちは持つ。ならば、そういった一定条件を満たした親または親権保持者に国籍取得を認めて二重国籍も子供を含めて認めるというのはまだ筋は通る。
しかし、ゲストで日本に来ている外国人に何故選挙権まで与え、生活保護まで認めるのか?
また、永住権という移民定義も改正するべきだろう。例えば、一定の生活できるだけの資産を持つとか、生活を保証する親族がいるとか、その上で更新制にすることだ。国籍も持たない外国人が増えたら、国はどうなるのか?
主権国民が今でも外国人より差別されている状態ではとてもじゃないが認めたくない。言い換えるなら、自分たち日本人が最後に戻れる家のような国は存在しないのか?

何故こんなに外国人優遇制度ばかり政策で出すのか? 
移民を本当に増やさなければ日本国経済は成立できないのか? 
テロ活動における監視もなく、スパイ活動防止もできない国で何故ここまで国家防衛を考えない政策を出すのか?

不安なのは、日本国は国民である日本人を追い出したいのか、という気分にもなる。ひとつには何の準備もなく大量の外国人を受け入れる体制だ。それが不安の元だ。ODAやらで援助金を出す以外に何故日本国内でも外国人留学生への補助とか出すのか? そこまでして外国人に媚を売りたいのか?

自由というばかりで、その根拠になる結果が見えてこない。いや、見えてくるのは現日本国民を追い出して、外国人ばかりの国に変化させたいってことか?
民主主義ではないよなぁ。なにせ主権なんて無視しているんだから。
これをマスコミまで煽動しているようだが、そんなに日本国民が住む安全な従来の文化、習慣を維持する国を壊したいのか? ならば、日本国民は一体どこに自分たちが求める国を探せばいいのか。

こういった背景ではせっかく外国から優秀な人材として来日してくれる介護士や看護士に対して不安感しか持てなくなる。大きく二つに分かれた集団を強引にまとめたいらしいが、双方共疑心暗鬼でいっぱいでしかない。
確かに戦後、朝鮮や韓国から来た人たちを帰国させることができなかった。
だからこそ、今、彼らを一度帰国させることこそ、彼に取っても祖国を選択するか、今住まいを構える日本にするかと選ぶことができるんじゃないだろうか?
日本という外国で遠い祖国を思い、違和感を持ったまま人生を送ることこそ不幸なんじゃないのか? 戸籍制度の変わりになる個人を特定するようなシステムを考えていくか、それとも戸籍を外国人でも帰化することで作れるなら二重国籍を認めるか。

上辺だけの人気取りで実施される移民政策が失敗した例は米国、EUを見て学んで欲しい。国がどれだけ重要か、イスラエルの歴史を見てもわかるだろう。
それを日本で生まれて日本語しかできないから国籍を与えよ、というのは無謀でしかない。何故なら親と国が違うということは、もしその国と有事が発生したらどうなるのか、という点まで考えての発想なら、非人道的でしかない。
未成年で国籍を与えるのが反対な理由はこういった点だ。自立して自分で生活ができるなら今度は保証人やら犯罪歴などを審査して国籍を与えてもいいと思う。
しかし、こういった子供たちには是非二重国籍を特例で認めるなど考えて欲しい。

政治家は自分の利益だけのために外国人政策をやるだけだ。本当に日本国民のめ、国家のためなど考えてない。ならば何故そんなに外国人を優遇したいのか?
平等とか差別とか、まったく存在しない世界など絶対に作れない。
それは同じ国民同士、年齢同士であっても差別も平等も存在しているからだ。
差別はあって当たり前だ。つまり既存の民が無理強いさせられることは、すでに秒平等ではない。格差とか差別とかは、それぞれの立場からの見方でしかない。
すべての立場から平等になるような調整をするというなら、何故世界には国家とか民族、言語、経済という違いが存在するのか教えて欲しい。
個々の状況ではできるだけ公平な状況を作ることは可能だろう。ひとつは法律だ。
それでも判断するのは人間。ゆえに誤りもあるし、なんらかの偏向もある。
純粋に法だけにあてはめた結果ですら、納得できないで上告するシステムがある。
これは誤りをなくすためじゃないのか? つまりはじめから誤りが発生することを認めているからこういったシステムになる。
格差も同じだ。

ともあれ誰に取っても公平な移民法が出来ない限りは、とてもじゃないが外国人労働者の大量受け入れ、選挙権は認められない立場だなぁ。
これは自分が外国で生活して感じるのは「不満ならさっさと国に帰れ」と大抵の国の人間が言う。それは差別ではなく豪に入れば豪に従えという基本が納得できないならその国の不満分子としかならなからだ。これは国家の基本だって思っていたが、すでに日本の政治家にはそういった考え方ではなく、国家を完全解放して国境をなくす、みたいな発想でしかないようだ。
日本人の自分としてはこういった思想を持った人間が国会議員になれるという点からすごく日本国のシステムに不安を覚える。ゆうなれば家の大黒柱が家族を捨てて不倫先の家族を優先的に面倒みるみたいなもんだなぁ。

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