水のかたち 上・下 宮本輝(著)2012年9月発行
昨年、熟年層で静かな話題となった作品です。
私も、昨年秋に、◯HKのBSの大人向け深夜番組に
宮本氏が登場しバーカウンター風なセットで司会者と
ゆったりトークしてるのを観て本書を知り、
はやく読んでみたかったのですが、
ようやくこの3月に読む事ができました。
物語の内容は、特別の事件が起こる訳でもなく、
特殊な人が登場する訳でもなく、
ごく普通の主婦「志乃子」の日常を中心として
彼女の身近な家族、友人、知人を巻き込みながら
静かに、でも意外な展開もあり、で話が進んでいきます。
とにかく、彼女を含め彼女を取り巻く人々の表面だけ
ではわからない、人間としての深み、想像力、
善なるもの、理解力などが見所なのでしょう。
「志乃子」が好きだった焼き物趣味が、
意外にも、その審美眼は鋭く、確かな目利きだったことから
話が動き始めます。
偶然、古道具の中からただで貰い受けた古い鼠志野の茶碗を
手にしてから、彼女の周囲を巻き込みつつ話が展開していきます。
個人的に最も印象に残った話としては、
茶碗と一緒に貰い受けた古い手文庫の元々の持ち主で
文字も掠れている手記の主でもある「横尾文之助」さん
の話にとても感動しました。
終戦直後、大混乱の朝鮮半島に居て、
自分と家族だけを守るのもままならない過酷な状況のなか、
150人もの日本人を一緒に日本に連れ帰ろうとしたその心、
行動に感動せずにはいられません。
これが、実話だったとは、、、。
人の善意、人を思いやる心、その為の行動、、、
そんなことがあふれている今時珍しい小説です。
本書の由来を最も表しているのが、作者の「あとがき」に
あると思うので、その一部を参考までに記しておきます。
―
この数年来、私の周りでは、善き人たちとのつながりによって
生じたとしか思えない幸福や幸運の連鎖が起こっていました。
私たちの人生には、予期せぬ災厄や突然の不幸はつきものですし、
思い通りにいかないことのほうが多いのです。
そういう世の習いの渦中にあっても、善き人たちがつながりあって
いくことで、求めずして、幸福や幸運が思わぬところから舞い降りて
くるという体験を、実際に私は目のあたりにしました。
善き人とはいかなる人か。定義するのは難しいですが、他者の痛みや
悩みを我がことのように感じ、なんとか力になって上げようと行動を
起こす人、といえばいいのかもしれません。
人を騙して儲けようとか、人間社会のルールに反して平気でいるとか、
弱い者をいじめ、強い者にへつらうとか、そういうこととは無縁の
人たちと言い換えてもよさそうです。
―
善き人、、、なんて言葉に出会ったのは、
学生時代の聖書を学んだ時以来のような気がして懐かしいです。
そして、その定義の仕方が著者らしくて「それもいいな」
と思ったりしているところです。
わがまま母
追: 小説の中で、志乃子の夫の糖尿病対策として
「糖質制限食」が登場するのも、熟年向きかな。