これまでの経済で無視されてきた数々のアイデアの話
イノベーションとジャンダー
カトリーン・キラス=マルサル(著)2023年8月発行
経済の専門書かな?と思うも、表紙もカラフルでポップなので、専門家じゃなくても
読めるかも、、、と手に取ってみたら、とても面白く興味深い内容でした。
開発初期の自動車はもともと電気自動車だったのに、男性が運転するには女性的すぎると
いうので、無理矢理苦労して開発しガソリン車になったとか、
今では当然となっているスーツケースの車輪が、そもそも体が不自由な女性の発案
だったため、腕力のある男性が旅行するには不必要なもの、として数十年も放って
おかれたアイデアだった、などなど、、、本当に無視されて来た女性由来のアイデアの
数々の実例と歴史が書かれています。そして、その無視された所以が、男女の性差
「ジェンダー」にあるという事実が浮き彫りにされていく様も興味深かったです。
わかりやすい語り口で描かれているので、経済が苦手な母でも面白く読むことが
できました。
わがまま母
内容説明
なぜ車輪の発明からスーツケースにキャスターがつくまで5000年も要したのか―これは名だたる経済学者・思想家も思案してきた謎だ。「男性はかばんを自力で持つべき」「女性の長距離移動は制限されるべき」こうした社会のジェンダー感に変化が起きた時、スーツケースは転がり始めた。男らしさ・女らしさに関する支配的な通説がどうして、今からすれば「単純な」発明を妨害できるほど強固だったのだろう。いったいどうして、お金を稼ごうとする市場の欲望より頑固だったのだろう。そしてこんな乱暴な考えが、業界を世界規模で変えるであろう製品の可能性を見失わせるのはなぜなのか?このような疑問が、本書の核である。私たちは、ジェンダーの観点からイノベーションについて考えることに慣れていないのだ。
目次
発明(車輪がスーツケースに付くまでに5000年を要した話;あごの骨を折るほど危険なガソリン車と安全で「女性向け」な電気自動車の話)
技術(ブラとガードルのお針子が人類を月に送った話;馬力と女力を一緒にするな、という話)
女性らしさ(融資されない偉大な発明とリスク満載の捕鯨の話;インフルエンサーがハッカーよりも稼いだ話)
体(ブラック・スワンには体があった話;セリーナ・ウィリアムズがチェスのガルリ・カスパロフに勝つ話)
未来(エンゲルスがメアリーの言い分を聞かなかった話;地球を火あぶりにしたくはない、という話)
著者等紹介
キラス=マルサル,カトリーン[キラス=マルサル,カトリーン] [Kielos‐Mar〓al,Katrine]
スウェーデン出身、英国を拠点に活動するジャーナリスト。スウェーデンの大手新聞Dagens Nyheter紙記者。政治、経済、フェミニズムなどの記事を寄稿するほか、ミシェル・オバマへの単独インタビューを担当。またスウェーデンのニュースチャンネルEFNでナシーム・ニコラス・タレブやスティーブ・アイズマンといった経済界の重鎮へのインタビューを手がける。2015年、BBCの選ぶ「今年の女性100人」に選出。経済と女性、イノベーションについてTEDxなどで講演をおこなっている
— 本 よみうり堂 — より一部抜粋転記
危機克服 女性的価値観で
評・佐藤義雄(住友生命保険特別顧問)
20世紀初頭に欧米で普及していた電気自動車は結局ガソリン車にその覇権を奪われた。たくましい男性にはクランク起動に力を要し操作の難しいガソリン車がふさわしく、電気自動車は女性用の乗り物という固定観念があったからだという。初期のコンピュータ産業は低賃金の女性が単調な計算やプログラミングを行う職場であったが、女性に代わり男性が進出するようになると同じような仕事でも賃金はなぜか急上昇した。またイノベーションの世界では「破壊する」「支配する」といった男性的価値観の下で新しいテクノロジーが生み出され、女性的なアイデアは無視されてきたと著者は主張する。世界の経済は長い間、様々な局面で男性優位の価値観やルールに支配され発展してきたというのだ。
実際には女性は消費の主役として経済を担い、「感情」「信頼」「つながり」などの「ソフト」な価値観や繊細な技術で社会を支えてきたにも 拘 わらず、その貢献は十分に認められていない。また女性の起業は資金調達が 未 だに困難であり、男女の賃金格差は男女平等先進国ですら現在でも存在していると指摘する。
だがこの状況は変わらなければならないと訴える。気候変動の深刻化の中で、男性的価値観によるイノベーションのみでは限界があり、自然との調和を重んじる女性的価値観によるライフスタイルの改変とテクノロジーの融合が必要である。そしてAI、ロボットの急速な発展による雇用不安の中では、女性の得意な感情洞察力、共感力、人間関係の構築力などが人間の存在価値として大切であり、このことの再認識が重要だからだと説く。
こう紹介するとジェンダー平等を唱える堅い本という印象を受ける人も多いだろうが、エピソードの数々が興味深く独特のユーモアもちりばめられた一冊である。