破果 ク・ビョンモ(著)2022年12月発行
主人公が「爪角」という「女性」で「老人」で「殺し屋」というかなり異色な小説。
韓国の作家さんによる小説で、初めてでしたが、面白く、ほぼ一気読み。
「殺し屋」を稼業とし、普段は決して目立たず、息を潜めるよう静かに暮らす
六十歳代の女性の日常が描かれるのだが、生きるための仕事、殺し屋に徹すると
別人となりアクションシーンは鬼気迫る迫力に。
この物語の生まれるきっかけは、著者が、冷蔵庫の野菜室に残った
腐り崩れて原型をとどめぬ桃を発見した時の、ハッとした感覚とのこと。
崩れた桃から老いた女性の姿を連想するとは、、、。
老いを実感している身としても、身につまされるところがあり、とても興味深く
読んだ。(殺し屋とは程遠く、緩みきった生活をしておりますが、、、)
アクション、ストーリー展開のスピード感、謎、闇、が入り混じって面白いし、
加齢を自覚しながらも、密かに揺らぐ「爪角」の心の描かれ方も味わい深い。
とても興味深く面白い小説でした。
わがまま母
— 岩波書店 案内文 —
稼業ひとすじ45年。かつて名を馳せた腕利きの女殺し屋・爪角も老いからは逃れられず、ある日致命的なミスを犯してしまう。守るべきものはつくらない、を信条にハードな現場を生き抜いてきた彼女が心身の揺らぎを受け入れるとき、人生最後の死闘がはじまる。
韓国文学史上最高の「キラー小説」、待望の日本上陸
◆老いた女殺し屋の煩悶
[評]豊崎由美(書評家)
「六十五歳の女殺し屋?」と眉に唾をつけて読み始めた人が、本を閉じた時、爪角(チョガク)という主人公の姿を深い感動の余韻のうちにありありと思い浮かべる。ク・ビョンモの『破果』はそんな小説だ。
バラック村に生まれ落ち、十二歳の時に裕福な親類の家へ出されて奉公するのだけれど、そこも追い出されてしまう。そんな爪角を拾って<防疫>と呼ばれる殺しの仕事を叩(たた)きこんでくれたのが、リュウだった。以来、守るべきものは持たず、命を奪うことに躊躇(ちゅうちょ)も後悔も抱かず、狙ったターゲットは必ずしとめる伝説の女殺し屋として名を馳(は)せてきた爪角も、六十五歳を迎えた今、自分の変化にとまどいを抱くようになっている。
最低限のものしか置かない部屋に捨て犬を迎え入れ、<無用(ムヨン)>と名づけて、自分が帰ってこられなかった時のために、自力で外に出られるような窓を作ってやる爪角。困っている老人をつい助けてしまったことで、ミッションが完遂できなくなってしまう爪角。そして何より、かつてリュウに対してだけ向けた想いを、三十六歳の医師カンに抱いている自分に、彼女はとまどいと恐れを抱いている。
そんな爪角に何かと突っかかってくるのが、若き気鋭の殺し屋トゥ。自分の仕事を監視するばかりか、邪魔立てまでしてくるようになるトゥに気味悪さを覚える爪角だったのだが、カン医師に抱いている想(おも)いまで勘づかれてしまった時…。この現在進行形の物語の中に、作者は爪角の生い立ちやリュウと過ごした若き日の苛烈な日々、爪角に執着するトゥの過去を挿入。前者によって爪角の人間性の奥行きが増し、後者によって最後に用意されている爪角とトゥの死闘の意味が深まる。
アクションシーンの描写が静かな迫力を湛(たた)えて見事なノワール小説であり、爪角のキャラクターを深掘りすることで、「女であること」と「老いること」についての物語にもなっている。ケモノバカの胸をえぐる、犬の無用との関係を描いたエピソードも効いていて、オススメしたい理由に事欠かない作品なのだ。