38歳からの百姓志願~実践編。

霊峰・石鎚を仰ぎ、瀬戸内の陽光を望む愛媛県西条市、「有機菜園 藤田家族」無農薬・無化学肥料の野菜と暮らし。

就農から1年。

2007年02月11日 | 農と暮らしの日記
ちょうど1年前、この地で畑を耕し始めた。
2月9日の夜に品川から高速バスに乗り、翌10日朝に西条着、その日は挨拶や役所での手続きなどに費やして11日から本格始動した(最初の作業は使わせていただく畑でのマルチの残渣拾いだった)。

その記念すべき日も、朝いちばんはスーパーの出荷。
週末の割に昨日の売れ行きは芳しくない。白菜、大根という冬野菜の王様も、王様ゆえにか飽きられてきているようすだけれど、まだまだ工夫しつつ売っていかなければならない。

帰路に畑で野菜を収穫して、朝のうちに野菜セット1つを作る。
昼前から、桃の節句の人形の飾り付け。一段だけのシンプルなものということもあり、渚と真の手伝いを得て数十分で完了する。逗子、葉山と渡り歩いたお内裏様とお雛様、当地に初めてのお出ましで、「おや、また新しい景色だこと……」とお喜びのようす。

昼はこちらも初登場の「白菜やきそば」。
午後から、家の裏の温室(ビニルハウス)の整理に取りかかる。主に春先の育苗のためにと就農してすぐに建てた(建ててもらった)この温室も、苗が畑に出ていったあとは夏の一時期、ミニトマトを植えていたのを除いて、放ったらかしの状態だった。

とりあえず枯れ草や敷き藁などを外に出す。
その後、壁(ビニル)際の冬草を刈って、畝の名残など凹凸を鍬で均す。本来はこの季節、すでに踏み込み温床が作られていなければいけないのだが、なんやかやで手がつかず(しかし本当は何はさておきこれをまずやらなければ有機農業が始まらないのである。しかしそれができない現実。優先順位のつけ方ではあるけれど)。



夕方、明朝出荷ぶんの収穫に出る。
ハウス内ではTシャツだったが、さすがに外ではシャツがいる。まだまだ2月。氷点下に下がる朝もきっとある。暖冬とはいえ、本当の春を迎えるまでの準備は着実に進めていかなければ。

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