ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

朗読劇

2006年08月25日 | 今日この頃
         コリウス(見~つけた)
          神戸花鳥園で・・・
    平凡なコリウスだが、さすが美しい色だった

朝の水撒きに蚊が居なくなった。咬まれない様に長袖長ズボンでも咬んできた。10~20ヶ所はザラだ。終いには顔を咬んでくる。メスだそうだが子孫を残そうと人血を吸うのだ。オスは花や葉の何かを食べているのに、メスは卵に必要な人血を求める。求められた方は堪ったものではない。かゆみに耐えながら水撒きが終われば、急いでキンカンを塗りる。直ぐ痒み止まる時と2~3度塗らないと痒みの取れないときがある。取られた血の量の違いだろうか?

唱歌の学校の帰りに直接大阪に出て用事を済ませ、たかこさん母娘と約束の阪急京都線ホームに向かった。

嬉しい事に「朗読劇」にご招待だ。「朗読劇」と言うのも初めてだし楽しみにしていた。

場所は吹田市文化会館メイシアター小ホールである。阪急吹田駅の目の前にある。
何年か前、たかこさんが演劇のオーディションに合格演劇に出場された会館だ。その時の会場は大ホールだったが、オーディションを受けたのはこの小ホールだったそうだ。

たかこさんがお弁当(三色のおこわを稲荷のように包んだ物)とお茶を用意して下さったのでロビーのソファーで頂いた。初めてのお弁当で美味しかった。

11月下旬にたかこさんの舞台がある、意地悪い人の役だそうだ。きっと又憎々し気に役をこなされるだろう。楽しみにしている。

朗読劇は「赤いリボン」~もうひとつの戦争~

話としては良く聞く、戦争で戦死した長男の嫁を次男の嫁にするという話だ。播州方面の旧家の実話だそうだ。不幸は戦死したはずの長男が復員してくることだ。まだまだ家長の力の強かった時代、家長である舅が、家の存続、平和の為に長男を家に入れず、この地を去れという。その代わり生活が成り立つように、家の現金を全て長男に与える。長男が選んだ土地は播州から遠く離れた島だった。築250年の旧家は売りにだし、買い手は多数あったが、結局公的機関が安く買い文化財として保存する。

「赤いリボン」と言うのは出征した長男に3週間毎に送っていた慰問袋の口を縛る紐(普通は白)を多くの慰問袋から自分のものと直ぐ解る様にと嫁が「赤いリボン」で結んだと言う話から来ている。

私が一番心打たれたのは、戦死の報が入った時、泣き崩れる姑を見た嫁が「本当に長男を愛していたのは姑だった」と感じたと言う言葉だ。幸い女の子を産んだとはいえ1ヶ月の夫婦生活の嫁と20数年育てた母親では悲しみの度合いは違うだろうという事だ。年老いた親は子にとって重荷かもしれない、しかし母親にとっては子供は幾つになっても子供で心配の対象である。

「朗読劇」とは唯座って語るだけではなく時には歌い舞う。バックと言うか「ルーツ」と言うギタリスト(男)バイオリニスト(女)の二人組みが所々に「童謡」「唱歌」「軍歌」等を挿入し場面を引き立てる。これが又音楽好きの私にはたまらなく良かった。その上に「りんごの歌」「故郷」は客席の私達も一緒に歌うのである。参加型の催しは私の大好きな形である。

主役の「森山奏」さんは私は始めての方だ。どの位有名な方かは知らないが、こうして自分のやりたいことをやれる世の中なんだ今はと感じた。勿論出場者全員「戦争を知らない世代」だ。後の挨拶で触れておられたが「色んな形で戦争はしてはならない」と語っていきたいという事だ。

舞台と言う直に見る良さを満喫した夕べでした。たかこさんに感謝。

























コメント (4)
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