緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

一色次郎著「小魚の心」を読む

2020-05-02 21:29:48 | 読書
一色次郎という作家を知っている方は殆どいないと思う。
代表作、「青幻記」、「父よ、あなたは無実だった」。

一色次郎氏の本に初めて出合ったのは全くの偶然だった。今から5、6年くらい前だったと思う。
何気なく立ち寄った図書館で、たまたま彼の本を見た。
「運河通り」というタイトルの本だった。
全く聞いたこともない名前の作家。
しかし直感で読んでみようかなと思って、その夜にインターネットで彼の名前を入力して検索してみた。
数は少なかったが、彼の作品を紹介するブログの記事を見つけた。
彼の代表作は「青幻記」だった。
この「青幻記」を読んでみたいと思った。
インターネットで古書を検索した。
東京都の古本屋で1冊のみ売られているのが見つかった。
その翌日の朝、私はその古書店に向かった。

古書店には幸いその本は在庫していた。
古本ながら誰にも閲覧されていない雰囲気があった。
その古本を手にしたときの高揚感は今でも憶えている。
帰りの電車で読み始めた。
暗く悲しい小説だった。しかし極めて美しい小説だった。

帰宅してからその「青幻記」を夢中で読んだ。
主人公の生き様に感動した。
そして読み終えた夜、偶然にもこの小説が映画化されていることを知った。
だめもとでYoutubeを検索したら信じられないことにこの映画が投稿されていた。
(その後で記事にした際にコメントを下さっているTommyさんからも教えていただいた)

主演:田村高廣、音楽はあの武満徹である。
私は早速、ヤフオクでこのサントラのレコードを買ってしまった。

「青幻記」を読み終えてから彼の他の本を探し始めた。
彼の本は全て絶版だった。
古本を探しても数が少なかった。
それでも少しずつ彼の著作を集めることができた。



1年くらい前に「小魚の心」という本を手に入れた。なかなか手に入らない本だった。



そしてこの本を休日の朝に読むと決めて、少しずつ読み始め、今日完読に至った。
「青幻記」が初老となった主人公(=作者自身)が、不幸な人生を歩み、一色氏が小学校5年生のときに結核で薄幸な死を遂げた母と過ごした沖永良部島でのわずかな期間の回想をテーマとしているのに対し、「小魚の心」は、沖永良部島で母と離別するまでの幼い頃から小学校を卒業するまでの作者の生活記録を小説にしたものである。

この「小魚の心」を読めば、「青幻記」がより一層理解できるであろう。
「青幻記」では、一色氏の少年時代の複雑な生育環境の記述が分かりにくい面があった。

一色氏は、ごく幼い頃に父親を獄中で結核で亡くし、小学校5年生の時に同じく結核で母を亡くした。
一色氏は、その生涯を、無実の罪で投獄され、結核で死を遂げた父の無念を晴らすために、また不運な運命に翻弄され、若くして不幸な人生を終えざるをえなかった母との記憶をたどるために、自らの人生を賭けて、あらゆる時間と金を捧げた作家であった。
彼は死ぬまで貧しい生活を送ったようだ。
彼は直木賞候補2回、太宰治賞(昔は権威ある賞だったらしい)をはじめ3回の文学賞を受賞した。
しかしその作風は、自らの過酷な体験と、その過酷さにめげずに前向きなエネルギーで生きようとする強さに満ちている。
これほど体験を主題にすることに徹底した作家を見たことはない。

「小魚の心」で、生きていくためにタバコや虫取り器を飛び込みで売り歩く姿、そのひたむきさに心打たれる。
決して、文句や愚痴や責任転嫁をしない。
子供ながらに自らの宿命を覚悟し、受け入れている姿勢は、むしろ現在の我々に教えられることが多いのではないだろうか。

私は一色次郎氏の小説の大半を読んできた。
小説に有名も無名も関係ない。
一人の作家の生き様に心打たれることがあれば、徹底してその小説家を探求したいと思うのである。

(「青幻記」の映画はまだYoutubeにあるだろうか。あればこの連休中にまた観たい。一色氏の母のあの踊りのシーンは物凄く美しかった)

【追記202005030053】

Youtubeに「「青幻記」の映画が未だありました。
観ました。
感動です。涙をこらえられませんでした。
ものすごく悲しいですね。だけど美しい。
ほとんど知られていないけど、日本映画の名作だと思います。
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