緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

母校マンドリンクラブ定期演奏会を聴きに行く

2015-11-24 23:47:45 | マンドリン合奏
大学時代に所属していた母校のマンドリンクラブから毎年、定期演奏会の案内状が送られてくるが、今年は何故か届いていなかった。
毎年、案内状の演奏曲目を見て、私の学生時代の頃の選曲とはかなり趣きが異なってきているのが分かり、時代の移り変わりを感じざるを得なかった。
このクラブを卒部してもう30年になろうとしている。
今年は案内状が来なかったので、どんな曲目を演奏するのだろうと、母校のマンドリンクラブのホームページをインターネットで探し出し、プログラムを見つけ出した。
何と第三部の曲目に藤掛廣幸の「星空のコンチェルト」があるではないか。
この「星空のコンチェルト」はマンドリン・オーケストラ曲の中で屈指の名曲だし、私の最も好きな曲の一つでもあるのだ。
この曲は私が大学を卒業してから作曲された曲なので、在学中に演奏することはなかったが、今から8年ほど前に何十周年だかの記念コンサートがOBと現役生の合同で開催されたことがあり、その時に演奏された記念の曲目でもある。
この記念コンサートに私は同期生のM君から直に出演を誘われたにもかかわらず、その頃勤め先のシステムの入れ替えで超多忙だったのと、場所が北海道なのでそう簡単に往復など出来なかったこともあり、ついに出演する機会を失ったのである。
今から考えると万難を排してでもこのコンサートに行くべきだったのだ。
この10年間で経験した大きな後悔の一つでもある。

今年の定期演奏会は今度の日曜日(29日)に開催されるが、丁度勤め先が有給休暇の取得を推奨する月間の最終日でもあり、本年度は未だ1日も休暇を取っていないこともあり、これを逃すとあと数年間は母校の演奏を聴けないだろうと思い、思い切って北海道まで土日含めた3日間の日程で帰省し、母校の定期演奏会を聴きに行くことにしたのである。
考えてみると、30代半ばから今日まで有給休暇は数えるほどしか取っていない。
1日くらい休ませてもらってもいいではないか。
航空券も予約したが、LLCという格安の航空券がとれた。JAL,ANAに比べると驚くほど安い。閑散期だから可能なのだろう。
しかし天気予報によると北海道は雪らしい。欠航などならなければいいが。

マンドリン・オーケストラ曲が、学生時代よりも現在の方がもっと好きになっていることに改めて驚く。
ギター曲もピアノ曲もそうであるが、積み重ねだと思う。
マンドリンクラブの中で学生時代の当時は人間関係の難しさから悩んだこともあった。
また私の学生時代はこのマンドリンクラブだけが全てではなかった。他にも活動していたものがあった。
しかしこのマンドリンクラブで出会った先輩、後輩、同期の数人には今とても懐かしく思い出せる人たちがいる。
若い時の出会いというのは短い間でも、その後何年経過しても薄れることはないものだと気付く。
その方々は今どうしているのであろうか。もう30年も経過している。
私は就職で東京に出てきたので会う機会は皆無といってよかった。
今度の定期演奏会に30年前現役生だったOBが来ることは殆どないに違いない。
運が良ければ誰か来ているかもしれない。

今回の帰省では学生時代の生活を思い出しながら、住んでいたところを訪れ、学生時代の記憶を呼び戻そうと思っている。
そして母校の現役生たちの熱演を聴くことができれば、それだけで満足なのだ。
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F.ソル作曲 「村人の幻想曲Op.52」を聴く

2015-11-23 21:10:11 | ギター
スペイン・バルセロナに生まれパリに没したフェルナンド・ソル(Fernando Sor 1778~1839)は、ベートーヴェン(1770~1827)より8歳年下であり、ベートーヴェンの時代に生きた。
だいぶ昔にソルのことを「ギターのベートーヴェン」と言っているのを聴いたことがあるが、その時は今一つピンとこなかった。どちらかというと作風はモーツァルト(1756~1791)に近いように感じた。
しかしソルは同時代に生きた偉大な作曲家ベートーヴェンの音楽に触れて、大きな影響を受けたに違いない。
ソルはモーツァルトやベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ」のような演奏時間の長い大曲を、ギターの世界にも当てはめてみようと考えたのではないか。つまりギター曲をピアノ曲と同様の水準まで高めたかったのかもしれない。
ソルの曲は小曲が多いが、演奏時間の長いソナタや幻想曲、変奏曲も少なからずあり、演奏会用の曲としては立派なものである。
ソルがギター史の中で極めて高い貢献をしたのは、この点だと思う。
タレガはロマンティックでギターの音の魅力を活かした小品を数多く作曲したが、演奏時間の長い大曲に優れたものは無い。
タレガはセゴビアが指摘するように、ギターの狭い枠の中にとどまった作曲家であった。
ソルはどうであろう。
ソルもギタリスト兼作曲家であったが、作曲にあたり、ギターがまず先にあって、その後に曲を作っていくのではなく、まず曲を先に作り、次にその創作をギターという楽器に移し替えていく、という方法をとっていたのではないかと思うのである。多くのギタリスト兼作曲家がやるような、ギターという楽器を弾きながら曲を作っていった、というイメージは湧かない。
ソルはギター以外にオペラなども数多く作曲したと言われている。

今日紹介する「村人の幻想曲(Fantaisie Villageoise)」(Op.52)は演奏時間が9分~13分のギター曲としては比較的長い曲だ。
この曲を初めて聴いたのは高校生の時、FMラジオから録音したナルシソ・イエペスのレコードの演奏であった。
ソルの大曲というと当時はおなじみの「魔笛」や「グランソロ」が際立って人気であり、このようなマイナーな幻想曲が録音に取り入れられるのはめずらしかったが、すぐにこの曲が好きになった。
この曲が好きになったのは、ナルシソ・イエペスの演奏の影響が大きい。後でイエペス以外の演奏家の録音も聴いたが、もし他の演奏家の演奏であったなら、高校生の時の私はこの曲に興味を覚えるどころか素通りしていたに違いない。

「村人の幻想曲」は、Andatino-Appel(呼び出し)-Danse Allegro-Priere(祈り)で構成されている。
この1曲が、ある村の村人たちの1日を描写したものなのか、あるいはある期間(1年、数か月等)の日常生活を観察して、その心象風景を表したものなのかは分からない。
最初のAndatinoはイ短調の軽快な曲である。スタッカートや付点音符のリズムが多用されている。



村人たちの忙しくも生き生きとした労働のさまを表したのであろうか。
次のフレーズはとても印象的でこの曲のとても重要な部分だ。
低音を良く響かせたい。



途中イ長調に転調すると、曲は極めて明るい曲想に転じる。
とてもよく晴れた、太陽の光が降り注ぐ気持ちのいい昼間に、順調に育った作物を収穫する喜びの気持ちが伝わってくる。
この村は農業、しかも広大な畑作を営んでいるように思える。
再び主題のイ短調に戻り、短いコーダを経てAndatinoは静かに終わる。

Appelに入ると、突然意表を突いたようなハーモニックスが響き渡る。



あまり使用されない3フレットや4フレットのハーモニックスも多用される。
Appelはフランス語であり、英語でいうとcallに相当するもの。
このハーモニックスのフレーズは、祭りの開催を知らせる合図を意味しているようだ。鐘や笛などの音をハーモニックスで表したに違いないが、この部分はあまり速くし過ぎない方がいい。
イエペスの演奏はさすがだ。
そしてこの後に Allegroの軽快な踊りが始まる。
収穫を祝っての踊りなのであろうか。村人たちがたくさん集まり、お酒や食べ物を食べながら、1年に1回の収穫祭を楽しむ風景が浮かんでくる。
日頃の労働のことは忘れ、この日だけは思いっきりはめを外して歌や踊りに興じる。
日本にも盆踊りがあるが、外国(フランス)のお祭りは陽気なのであろう。
イ長調の明るく、踊りを表現した躍動的なリズムのある曲が繰り返されるが、途中おどけたような短いイ短調のフレーズも挿入される。



また次のロ短調に転調された箇所は左手の技巧(セーハ)がつらいところではあるが、イエペスはこの部分を10弦ギターの開放弦を利用して、音が詰まらないように工夫している。



その直後のffの和音が続く部分は実に爽快だ。イエペスの音が素晴らしい。
Danse Allegroは意表を突く⑤、⑥弦6フレットのハーモニックスで終わる。



このハーモニックスをイエペスは7フレットで弾いている。
このハーモニックスの音は教会の鐘の音をイメージしていると思われる。

Priereは今までとは全く異なる曲想に変化する。



調性はハ長調となり、速度もゆっくりとしたものになる。
移調後しばらく譜面の表記は単音であるが、運指は1と4が指定されている。これは②弦と③弦のユニゾンにより演奏することを意味している。
このPriereは祭の締めくくりとしての祈りなのか、あるいは村人の日常的な信仰の習慣のさまを表したものなのか分からない。場所は外なのか、教会の中なのか。
いずれにしても村人たちの宗教的な祈りの雰囲気を表現するためにこのような弾き方をとったのであろう。にぎやかな屋外ではこのような祈りのイメージを想像しにくい。
複数弦の同音は教会で歌われる聖歌の音の反響を表しているように思う。
イエペスはこのフレーズをユニゾンで弾いていない。
しかしイエペスの単音はユニゾンに弾くよりも荘厳であり、神秘的だ。ユニゾンだとこの雰囲気を十分に表現できないから単音での演奏を選択したのであろう。実際ユニゾンでの演奏での表現は難しい。
この部分の録音をよく耳を澄まして聴くと、「キーン」という反響音が何度か聴こえてくる。この音は何であろうか。
この後、和音による哀愁のある歌が奏でられる。



随所に⑥弦6フレットのハーモニックスが挿入される。このハーモニックスは教会の鐘の音をイメージしていると思われる。
イエペスはこの⑥弦6フレットのハーモニックスを弾いていない。
この和音による静かなフレーズは、こまでの労働をねぎらい、1日の締めくくりに歌われたようにも思える。
終わり近くに Danse Allegroの軽快な一部のフレーズが突然挿入される。そして再び哀愁ある静かな和音による歌が再現される。
このDanse Allegroの一部の突然の挿入の意味するところは、楽しい祭りへの名残惜しむ気持ちの現れなのか。
このようにして考えていくと、この「村人の幻想曲」は祭り(恐らく収穫祭)とその直前と直後の村の風情と村人の心象を表現したようにも思う。
終結部は⑤、⑥弦6フレットのハーモニックスの打弦が連続されるが、イエペスはこのハーモニックスを➆弦(C音)と⑥弦5フレットのハーモニックスに変更している。
これは10弦ギターでないと出来ない変更である。
最後のハ長調の和音もイエペスは⑦弦C音の開放弦を加えて、原曲よりも重厚な音響となるように演奏している。

さてこの「村人の幻想曲」の録音であるが、イエペスがベルナベ製の10弦ギターに替えてから録音された1978年の演奏のほかに、フィンランド出身のギタリスト、ティモ・コルホーネンとアメリカ出身のアダム・ホルツマンの演奏を聴いてきた。







アダム・ホルツマンの演奏は原点に極めて忠実であるが、音が薄っぺらく、全くと言っていいほど記憶に残らない演奏。国際コンクールで優勝した奏者のようだが、物足りない。
ティモ・コルホーネンはギター愛好者の中では知られた存在のギタリスト。
音出しが乱暴で粗野な部分がある。 Appelの最後のハーモニックスは譜読みの間違いであろう。
イエペスの演奏は原曲をかなり変更しているが、それも熟考の上と考えられる。
テンポの選択も抜群であり、この曲の求めるものを完全に掌握している。
そして何よりも音が、単音であろうと和音であろう、素晴らしく生き生きしていることだ。こんなに聴く人を生き生きと、また荘厳な気持ちにさせてくれるギター奏者は少ない。
音だけでなく、音の流れ、音楽の流れが一つのストーリーか映画などでのスクリーンの移り変わり、人間が歌う歌曲のように感じられる。まさに超名演である。
イエペスは10弦ギターを使用するようになってから即物主義だと評されたことがあったが、これほど的外れな評価は無い。
イエペスの弾く音楽は人間的な感情がみなぎっており、時にそれは聴く者を圧倒させる。
イエペスは10弦ギターの使用に対して決してブレることは無かった。
この「村人の幻想曲」の演奏を聴くと、イエペスの10弦ギターによる音楽の強い信念が感じられる。
繰り返し何度も聴くと、彼がギター音楽の表現に何を求めて10弦ギターを使用したのか分かってくるように思う。
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日本女子大学マンドリンクラブ第51回定期演奏会を聴く

2015-11-15 00:21:07 | マンドリン合奏
11月から12月にかけて、大学の音楽サークルの定期演奏会が目白押しとなる。
ギターアンサンブルよりも、マンドリンアンサンブルやマンドリンオーケストラの方がいい。
マンドリンオーケストラの方がオリジナル曲が豊富であり、感動する度合いがはるかに高いからだ。
私自身、大学時代にマンドリンオーケストラに所属して演奏していたせいもあると思う。

今日の昼過ぎにどこかの大学で定期演奏会をやっていないだろうかと、イケガクのホームページを見ていたら、「日本女子大学マンドリンクラブ第51回定期演奏会」が東京下北沢で開催されることがわかり、早速行ってみることにした。
18時半の開演に対し余裕を持って行ったが、下北沢で降りてから道に迷ってしまった。
どこもかしこも同じような商店街の細い道で、全然違う方向に歩いてしまった。
駅に戻ってメモしておいた略図を頼りに、それらしき道に行ったが分からない。どうしようかと思ったその時運よく交番に出会い、道を訊ねる。交番から直線100m先とのことでほっとした。

会場は北沢タウンホールという小さなホールであった。
曲目は下記のとおり。

1部
・君の瞳に恋してる  Bob Crewe/BobGaudio作曲 武藤理恵編曲
・風林火山メインタイトル  千住明作曲 銅道陽一編曲
・雨に唄えば  N.H.Brown作曲 赤城淳編曲
・「ジェラシック・パーク」より  Jjon Williams作曲 高野勲編曲
・「サウンド・オブ・ミュージック」メドレー  Richad Rodgers作曲 遠藤秀安編曲

2部
・英雄行進曲「イタリア」  Amedea Amadei作曲
・マンドリン合奏のための「THE YAGIBUSHI」  武藤理恵作曲
・星空のコンチェルト  藤掛廣幸作曲
・杜の鼓動Ⅳ-桜の風景-  丸本大悟作曲

1部はポピュラー音楽や映画音楽の編曲物、2部はマンドリンオーケストラのオリジナル曲という選曲だ。
42人からなる編成で、管楽器やパーカッションなどの他楽器は入れず、マンドリンアンサンブルの基本的な楽器編成であった。
一部は終曲の「サウンド・オブ・ミュージック」メドレーが良かった。懐かしいおなじみの曲が次々に流れ、エーデルワイスでは苦痛だった中学校時代の歌の授業を思い出し、またコマーシャルで流れていた曲がこの映画の曲だったのかと、意外に感じたり、楽しむことができた。

2部は「星空のコンチェルト」と終曲の「杜の鼓動Ⅳ-桜の風景-」が良かった。
「星空のコンチェルト」は以前の記事で紹介したが、藤掛廣幸の傑作である。
特に冒頭の感傷的な旋律は素晴らしく、一度聴いたら絶対に忘れることはないであろう。
この曲は私が大学を卒業してから作曲された曲なので、学生時代に演奏出来なかったが、15年ほど前に藤掛氏の事務所にCDを注文してこの曲に初めて出会ったのである。
藤掛氏の曲を聴くと1970年代の頃が浮かんでくる。
私の思春期の頃だ。日本が一番、感性に溢れていた時代。学生運動やフォークソングが全盛の時代でもあった。
今年の春にこの曲を弾きたくて中古のマンドリンを買った。
しかし全く上達していない。練習もなかなか進まない。ついギターの方に手が行ってしまう。
しかしなんという美しい旋律だ。単なる美しい星空を想っての曲だろうか。
裏に作曲者の作曲家としてこれまで苦労してきた様々な気持ちの積み重ねが凝縮して流れているように感じる。

日本女子大学マンドリンクラブの演奏を聴き終えて感じたことをいくつか述べさせていただきたい。
女性ということもあり、上品な弾き方でこじんまりとした印象を持ったが、もっと土臭い、炸裂するようなパワーを随所に感じさて欲しかった。
またマンドリン音楽、楽器、そして演奏することが何よりも好きで、その演奏からオーラやエネルギーが伝わってくるのが、極く限られた演奏者であったことだ。
今日の演奏会でとても感動したのは、コントラバスのトップ奏者と1stマンドリンのトップ奏者から、突出した演奏技巧の高さと、音楽に対する真摯な姿勢を感じ取ることが出来、胸を打たれた。
彼女たちからは、この演奏会にかける高い意気込みとマンドリン音楽に対する真の敬意と言ったものを感じることが出来た。
もちろん他の演奏者たちも一生懸命であったと思うが、私から見ると、もっと演奏や音楽に対する、意気込み、精神的なエネルギーやパワーを感じさせて欲しかった。

入場料は無料だったが、今日はとてもいいものを聴かせて、また観させていただいた。
帰り道は悪天候であったが、気持ちは満足していた。
日本女子大学マンドリンクラブの方々に感謝したい。


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一色次郎「丘の鶯」を読む。

2015-11-07 21:26:04 | 読書
今年のお盆休みに一色次郎という作家の著作に出会った。
これは全くふとしたきっかけであったが、彼の代表作「青幻記」を東京の某古書店で見つけ、大いに感動したのである。
さらにこの小説が映画化されていることを知り、幸運なことにこの映画も見ることができた。
それ以来、彼の著作を集めては少しづつ読んでいる。
私は関心を持った作家の著作は、全集などで全て読もうとする。
はっきりとは分からないが、代表作だけ読んで終わりにする、ということが出来ない。
作家には名作もあれば駄作もある。多くの作家の名作のみを読んで、幅広く文学を楽しむという方法もあるが、私にはそれが出来ない。
気に入った作家であれば、有名、無名関係なく、その作家の全ての作品を読みたいと思う。

今までにこうして集めた著作の作家には、以下のようなものがある。

芥川龍之介
志賀直哉
結城信一
高橋和巳
庄野英二
原民喜
牧野信一
中島敦
石森延男
小川未明
有島武郎

集めたはいいが、なかなか読みすすめられない。
時間が無いのである。
早く仕事を定年になって、こうした本をゆっくり楽しみたいと思っているのである。

一色次郎には全集が無いので、一冊ずつ古書を探して集めている。
「青幻記」の後に、次のような著作を集めてみた。

左手の日記
孤雁
魔性
石をして語らしむ
海の聖童女
枯葉の光る場所
真夜中の虹
太陽と鎖
影絵集団
日本空襲記
父よあなたは無実だった
丘の鶯

未だ全て読んでいないが、左手の日記、海の聖童女、枯葉の光る場所、真夜中の虹、太陽と鎖は既に読んだ。
今、丘の鶯を読んでいるところだ。
一色次郎は、創作というより、自分が実際に体験した事実をもとに書くタイプの作家だ。
その点は結城信一氏と共通のものを感じる。
共に第二次世界大戦中に青年期を過ごした作家だ。
一色次郎が生まれてまもなく、父が無実の罪で投獄され、それから3年ほどで父は結核で無念の死を遂げる。
一色氏は父の記憶が無い。
しかし一色氏の父親に対する思いの強さは物凄く強かった。
一色氏は父の生前のことを知るために大変な思いと経験をしている。
父のことを知るために強い執念を持って、記録の調査や父のこと知る人々を探すための努力をした。
実際父は無実であった。
父の記憶の無い一色氏は父の無念の気持ちを著作でもって晴らした。
曾祖母から父のことを聞かされて育った一色氏は、父は立派な人間であったと確信したに違いない。
子供の父に対する思いというものは、こうも強いものなのか。平和に育った人間からは感じられないものであろう。
「青幻記」では母に対する思いが描かれた。一色氏が10歳頃に結核で亡くなった母との短い生活を綴ったものだ。

一色氏は母が死んでから、分家で過酷な体験をする。
成績優秀でありながら小学校しか行かせてもらえず、貧しい生活を強いられたが、小説家になりたいという夢を実現させるために20歳を過ぎてから単身、東京に出る。
しかし世間からなかなか認めてもらえず、長く貧しい下積生活を続け、50歳近くになってやっと作品が評価され、一人前の作家として認知されるようになる。

「丘の鶯」は作家になるために上京する直前に、一色氏の初恋の体験を描いた短編である。
小説の場面は1930年代であるが、当時の恋愛というのは、命がけなほどまでに感じられる。
しかしこの時代の若い男性も女性も、異性に対する尊敬の念に溢れている。
これは普段から異性間のつきあいに制限があったためかもしれないが、手紙の文面や、特に女性の男性に対する言葉遣いや態度は、十代後半とは思えない丁寧さ、大人びたものを感じさせられる。

今の時代は友達感覚のなれ合いでの男女間の交際が当たり前であるが、古い時代の恋愛は今の時代ではもはや見ることが皆無となった、高貴さ、純真さ、奥ゆかしさを感じる。


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ジョン・ウィリアムス&ラファエル・プヤーナ ギターとハープシコードのための音楽を聴く

2015-11-07 20:06:52 | ギター
久しぶりにジョン・ウィリアムスの録音を聴いた。
JHON WILLIAMS ・RAFAEL PUYANA Music for Guitar and Harpsichordと題するアルバムである。
18世紀のリュート奏者ルドルフ・シュトラウベや20世紀の現代音楽作曲家シュテファン・ドッジソンなどの作品を集めためずらしいアルバムである。録音年は1972年。
ジョン・ウィリアムスについてはこれまでいろいろ書いてきたが、1970年代までの彼の音は大変素晴らしい。
このアルバムで聴く彼の音を聴きくと、正直鳥肌が立つほど感嘆する。
澄んだ芯のある暖かい音が随所に出てくる。この暖かい音を聴くと、ジュリアン・ブリームとの共演で弾いたソルのランクラージュマンの音を思い出す。
楽器はイグナシオ・フレタであろうか。この澄んだ暖かい音と、鋭い打ち付けるような芯のある切れ味の良いクールで冴えわたるような音が彼の最大の持ち味であった。
この音と完璧なテクニックにより、どんなつまらない曲も知らず知らずに演奏に惹き込まれた。
今日この録音を聴いてその印象を改めて再確認した。
彼の1970年代までの録音、すなわちフレタを弾いていたころまでの演奏を聴いていると、手抜きの一切ない真摯で誠実な思いが伝わってくる。
彼は1970年代後半からクラシック音楽の枠から脱して、新しい音楽に取り組むようになったが、例えばこのアルバムのドッジソンのような作曲家の前衛的作品を弾いているときも、音も弾き方もクラシック音楽を弾く時と何ら変わりなかった。むしろつまらない前衛作品に対し、彼の演奏が妙に真面目過ぎるほどに聴こえ、違和感を感じるほどだった。

ジョンの演奏が変わったな、と感じたのは「ロンドンの思い出」というアルバムを聴いた時であったか。1980年頃のアルバムだ。
これを聴いた時「え?」と感じたのを憶えている。なにか今までの真摯な演奏とはかけ離れていたからだ。
この後彼はスカイという軽音楽グループを結成し、クラシック音楽から一時遠ざかる。
1980年代の終わりに、「スピリット・オブ・ギター」というアルバムを出して、バリオスや、ヨークなどのセミクラシック、ピアソラやチャーリー・バードなど異分野の編曲物を集めたアルバムを出したが、この頃すでに楽器はスモールマンに変わっていた。
不自然で人工的な音にがっかりした。ジョンが40代終わりの音楽家としては最盛期で、円熟期にもはいる前のことだ。
これ以降のことは書かないことにする。
幸いなことに彼が素晴らしい音で弾いていた時代の録音は多数ある。
この時代の音は、ギターを学び始めてギターの音に魅せられた人間を鼓舞し、もっと早くギターを上達させたい、彼のように上手くなりたい、という気持ちを湧き起こしたことは間違いない。

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