昨日、6/25に母校マンドリンクラブ55周年記念演奏会のための合奏練習が札幌某区民センターで行われ、参加してきた。
全体練習への参加は2月下旬以来2回目。
6月4日には札幌から指揮者や一部トップの方々が来てくれて、関東在住の数人のメンバーのために東京で合奏練習が行われた。
元々札幌での練習は2月下旬と本番前日の2回のみを予定していたが、6月4日の東京練習でかなりテンポや音がずれてしまった曲があり、その曲は今回の演奏曲目のなかで最も思い入れのある曲なのだが、実際に合奏練習の場で、指揮を見ながら、また他パートの生の音(録音ではない)を聴きながら練習しないと本番でてこずってしまう(だけでなく曲をぶち壊してしまう?)だろうと思ったことが今回急遽練習に参加したきっかけであった。
2月下旬の合奏練習ではほぼ初見状態、その後、大規模演奏会やゴールデンウイークのアンサンブルのための練習のために、5月練習明けまでは55周年記念演奏会のための練習は全くしていなかった。
本格的に練習をやりだしたのは5月中旬からだったのであるが、その時点では曲目のなかでこの曲は易しいだろうとたかをくくっていて後回しにしていたある曲が、実は極めて難しい難曲であるとは夢にも思っていなかったのである。
具体的な曲名は後日紹介することとして、その曲はある有名作曲家の器楽曲からの編曲ものなのであるが、ギターパートの譜面が、いままでマンドリン・オーケストラ曲のギターパートで経験した曲の中で1、2位を争うほどの難しさを持った曲だと分かったときには、さすがに本番までに間に合わないかもしれないと思ったほどであった。
その難曲は譜面上は単純な分散和音に見えるのであるが、指揮者の求めるテンポ、それもあらゆる箇所でテンポは変化し、揺れ、強弱も多彩、しかも1つでも右指、左指のどちらであろうと弾き損じると次の小節以降の演奏が崩れてかつその崩れた音が目立ってしまうという、一瞬の油断も隙も許されないほど神経を張り詰めた状態を維持していなければ満足に弾くことのできない程の曲だったのである。
その難しさにやっと気が付き、5月中旬から猛練習を始めたものの、6月4日の東京練習では途中で見失ってどこを弾いているか分からなくなってしまう始末。テンポも大きくずれてしまっていた。
こんな状態ではとても本番のステージでは弾いてられない、と思って、東京練習が終わってからも猛練習を重ね、予定に無かった6/25の合奏練習に参加することでさらにモチベーションを高めようと考えた。
実際、この難曲は最初の頃は全く関心も無かったが、弾いているうちにその難しさに悲鳴を上げる一方で、同時に何とも言えない高揚感、至福感を徐々に感じてきたことに気が付いた。
難しさを克服するだけの程度の満足感を遥かに上回る音楽的満足感を日増しに感じるようになっていったのである。
ギター単独で弾く場合も、合奏練習録音を聴きながら弾くときでも、演奏しながら大きな感動を得る、ということはそうあるものではない。
この曲は、自分にとってはまさにそのような曲であった。
今回の演奏会はこの曲は何としてでも成功させたい、本番で至福感に包まれながら演奏したいと思うようになり、これに全力を注ぐこと腹を決めた。
25日の合奏練習に参加するために、前日の24日の夕方成田を出発した。
ピーチという格安航空便を使った。
今回は実家にあるギター(田中俊彦)でなく、こちらでいつも使っている楽器(ホセ・ラミレスⅢ世)を重たい思いをしながら持って行った。
ピーチは手荷物預け代がとられるので(往復で4千円弱)、成田までの往復電車代を含めると2万3千円くらいの交通費となった。
ギターを飛行機で預けるにはリスクを伴う。
ピーチは取り扱い注意のタグもつけないし、エアパッキンなどの梱包サービスも皆無である。
札幌は6月が最も気候のいい季節なのであるが、25日、26日ともに快晴、お昼時は少し暑いくらいであったが、乾燥した気持ちのいい状態で練習に参加できた。
会場は2月下旬に参加した場所(区民センター)であったが、区民センターに着くと、ロビーにはすでに1部の指揮者のSさん、ギターパートトップのSさん、東京の社会人マンドリンクラブのメンバーでもあるドラのTさんが来ていた。
練習室は今回が小さな体育館のような部屋だったが、2部の指揮者のSさんに挨拶を交わし、今回練習に来たいきさつなどを話した。
そして今回、学生時代に同じメンバーだった3つ下のベースのO君が来ていたので、近況などを訊く。
私の学生時代の弟子のTさんの消息を訊いたり、家から運んできたというベース(楽器)の話などをする。
そしていよいよ13時過ぎに練習が始まったが、先の難曲は残念ながら1回通して演奏するだけで終わってしまった。
本当のところ100回くらい合わせ練習をして欲しかったくらいだ。
この曲に対する思い入れが強く、失敗したくない、という思いが強かったのか、今回の合奏練習ではこの曲だけ演奏中に緊張で手が震えた。
失敗してはいけない、と自分にプレッシャーをかけると出てくる症状である。「失敗したら大変なことになるぞ」と自分に脅しの暗示をかけているようなものだ。
しかし今回は手が震えながらも、おおむねテンポ通りに演奏できたという実感を感じられた。猛練習した甲斐があったと思った。
恐らく本番ではもっとよく演奏できているに違いない。
願わくは、本番で、無心の心境で、この曲に本当に感動しながら弾けるようになることだ。
他の曲も2,3の課題はあったが、それが明確になったのはこの練習に参加した意味があったと思う。
合奏練習はあっという間に終わった。自分としては少なくても倍の時間は続けていたいと思ったほどだ。
練習後は飲み会に参加。
2月下旬のときと同じメンバーだったが、今回は終始、かなり盛り上がりのある飲み会だった。3時間以上は飲んだか。
隣に座った11代上のギターパートの方がクラシックギターにかなり詳しい方であり、札幌のギター界の裏話的な話題から野球の話題まで、私も珍しく飲み会で時間を忘れるほど会話に忙しかった。
あとはちょっととっつきにくいかな、という印象をそれまでもっていた先輩(10代以上上の方)も話してみればきさくな方だったりして、2月下旬のときよりもこの方々との距離が縮まっているのを感じた。
最後の締め指名されて戸惑ったが、先の難曲を是非成功させたいとの思いを強調してあいさつに代えさせてもらった。
合奏練習も飲み会もわずかな時間であったが、とても楽しかった。はるばる遠方から参加した甲斐があった。
明日からまた猛練習を再開だ。
そして、16日の本番は35年以上会っていない学生時代のメンバーに会えないかと期待している。
こういう機会でないと再会する機会は2度とないだろうからだ。
演奏会に聴きに来て欲しいし、演奏後のロビーで是非会いたい。
夢のような(?)再会をひそかに期待している。