緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ラーラ・マンドリンクラブ 第40回定期演奏会を聴く

2017-05-28 22:06:12 | マンドリン合奏
今日、千葉県市川市の市川市文化会館でラーラ・マンドリンクラブの第40回定期演奏会が開催された。
この数か月、休日が殆ど無かったが丁度今週は土日ともに休むことが出来、何か演奏会がないだろうかとイケガクのホームページを見ていたら、藤掛廣幸の新曲を初演する団体の定期演奏会のプログラムが紹介されていたので、早速行ってみることにしたのである。

秋葉原で総武線に乗り換え、本八幡(もとやわた)という駅で降り、歩いて15分くらいのところに会場はあった。
千葉県には姉夫婦が住んでいるものの、滅多に行くことは無い。
下町という感じでもなく、マンションの多い町であった。

会場に入ると以外に観客が大勢いるので驚いた。
もしかして、藤掛氏が今日この演奏会で指揮をするのではないか、という思いが閃いた。
プログラムを受付でもらって早速開いてみると、予感は当たった。
何と藤掛氏が新曲の初演の指揮をするではないか。
こんな機会は殆ど無いと言っていい。今日は体調次第では家で寝ていようかとおもったが、思いきって行ってよかった。ラッキーだ。

大ホールの客席の殆どが埋まるほどの盛況だったが、客層の多くは中高年であった。
若い人たちが少なかったが、やや残念。
大学のマンドリンクラブの指揮者やパートトップ奏者くらいは、聴きにきてもいいのではと思った。

さて、今日の演奏会のプログラムは下記のとおり。

第1ステージ
・80日間世界一周 第1組曲  高根みどり、西尾伊織編曲
・前奏曲とフーガ M.ヴェングラー作曲
・劇的序曲「魔女の谷」 Fr.メニケッティ作曲

第2ステージ
・序曲第一番 イ長調  K.ヴェルキ作曲
・マンドリンオーケストラの為の「星の庭」  小林由直作曲
・手児奈ファンタジー 藤掛廣幸作曲 (ラーラ・マンドリンクラブ委嘱作品 初演)

市川市で活動するラーラ・マンドリンクラブは60人近いメンバーを有し、40年もの歴史のある社会人団体としては規模の大きな団体である。
メンバーに若い方が少なかったが、演奏歴の長いベテラン揃いで、想像以上に上手い演奏であった。
1stマンドリンの方が演奏を力強く引っ張っていっているのが印象的。
おそらくマンドリンオーケストラ全盛時代であった1970年代から1980年代初めに学生オーケストラに所属していた方も多いのではないか。

第1ステージが始まる。
先日したようにベテランの安定した技術に加え、音も大きく、力強い演奏だ。
やはり学生時代にマンドリンクラブに所属していた方が多いのではないか。
若い時の演奏体験、それも合奏の経験が無いと、高齢になってもこのような演奏はできるものでは無い。
80日間世界一周第1組曲は、世界各国の有名な民族音楽やポピュラー音楽をメドレーにしたもの。
どの曲も過去に何度か聴いたことのある馴染みの曲。
日本では滝廉太郎の「荒城の月」、スペインではギターパート独奏で「マラゲーニャ」(?)を聴けた。
2曲目の「前奏曲とフーガ」は短いがちょっと変わった曲だった。
前奏曲とフーガと言えば、バロック時代の定番の形式でバッハの平均律クラヴィーア集や、現代の時代にこの音楽形式で作曲した日本の原博のピアノ曲を思い出すが、このヴェングラーの前奏曲は古典的というより、かなり現代的な書法で書かれた曲。しかしフーガがいかにも古典的でそのギャップが面白かった。
第1ステージの最終曲の劇的序曲「魔女の谷」はとても聴き応えがあった。そして今日の演奏会の中でも最も力量を感じさせる演奏であった。
この曲、どこかで聴いたことがあると思った。
家に帰ってから学生時代の楽譜を引っ張り出してみてみたが無かった。
学生時代の楽譜は数年前に奇跡的に、実家の物置のダンボールに入れられていたのを発見し、持ち帰ったが、鈴木静一の「狂詩曲 海」や芥川也寸志の「弦楽のためのトリプティーク」の楽譜は見つからなかった。これは無念だ。
前半途中から短調の部分が素晴らしい。Fr.メニケッティはイタリア人であろうか。
このフレーズはギターでも似たようなものを聴いたような気がするのであるが、何だったか思い出せない。
西洋の音楽の雰囲気を存分に味わうことの出来るいい曲だ。演奏会でもっと取り上げられてもいいと思う。
最後はワルツ調のリズムで華やかに終わる。

15分間の休憩の後、第2ステージが始まる。
第1曲目はヴェルキ作曲の「序曲第一番 イ長調」。
ヴェルキの作品は学生時代に何曲か演奏したことがあるが、この曲は無い。
出だしのハーモニーが美しい。賛助でフルートが加わる。
フルートの寂しい旋律が心に染みる。荘厳な雰囲気がする前半にくらべ、後半は全く別の展開に。
明るく華やかな舞曲風の音楽に変わる。いかにもヨーロッパの音楽という感じだ。
途中穏やかな曲に変遷するが、最後は再び華かに終わる。
2曲目は小林由直氏のマンドリンオーケストラの為の「星の庭」。
小林由直氏の曲は今回が初めてであろうか。もしかしてYoutubeなどで聴いたかもしれない。
私とほぼ同世代の方。海外で高い評価を受けているようである。
この曲は星空をイメージした曲であるが、雄大で全体的に明るく、ロマンに溢れた曲だ。
美しい星空を見上げて感動することなど、もう数十年も無いが、高校2年生の時、故郷の北海道で大晦日の日に見た満天の星、そして30歳くらいの頃、旅行で訪れた四国の大堂海岸の夜に見た、降り注ぐような無数の星空の2回だけが印象に残っている。
このような美しい自然を見ることで人は心をリセットできるし、希望も湧いてくるのだと思う。

そして今日の演奏会の最後は、藤掛廣幸氏の新曲、「手児奈ファンタジー」だ。
藤掛氏を間近に初めて見ることができた。
70歳近いのであろうが、とてもそんなように見えなく若々しい。
新曲の解説をしてくれたのだが、気さくでユーモアのある方だ。
この曲はラーラ・マンドリンクラブの創立40周年の記念として藤掛氏に、市川市に伝わる「真間の手児奈伝説」をテーマとして委嘱された曲とのこと。
今から1000年以上も前に、手児奈という絶世の美女がおり、おおくの男性から求婚されたが、男たちに争いが起き、それに耐えきれなくなり、真間(=断崖)から海に身を投げて死んだという伝説らしい。
藤掛氏はこの短い伝説を理解するため、実際に土地を訪れたり古事記などを調べたりしたという。
そして手児奈が死んだのは男たちの求婚に耐えられなくなったからではなく、もっと別の理由、例えば家族の死などもっとつらいことがあったからではないかと確信するに至る。
そしてある日、この手児奈の夢にうなされて目が覚め、やっと具体的なメロディーや音楽が見えてきたという。
曲は、藤掛らしい悲しくも美しく繊細な旋律で始まる。
その後、太鼓などのパーカッションも加わり、激しいリズムが刻まれ、藤掛氏の曲らしく静と動の対比が聴きもの。静は心に刻まれる純粋な繊細さを持ち、動は体の中心からこみあげるものである。
その後、マンドリンとギターのソロで冒頭の悲しくも美しい旋律が再現される。
絶世の美女でありながら、若くして身を投げざるを得なかった手児奈の無念の気持ちとそれを弔う気持ちが感じられた。
藤掛氏の曲を聴くといつも感じるのは、日本人独特の感性を大切にし、それを曲に表そうとしていることである。このような作風は海外の作品で聴くことはできない。
日本人の感性と言っても、古代の日本旋法に見られるような作風ではなく、日本が一番活気があり希望に満ちていた1960年代から1970年代の時代に確かにあった雰囲気だ。
藤掛氏はこの時代に最も多感な青春時代を過ごしており、この時代に感じ取ったことが作曲のベースになっているに違いない。

曲が終ったあと盛大な拍手を受け、大きな掛け声も出た。
そしてなんとこの手児奈ファンタジーのあの悲しくも美しい主題のフレーズをもう一度演奏してくれたのである。
この曲の核となる、藤掛氏が最もインパクトを受け、夢でインスピレーションを得たという旋律だ。
この旋律を心に刻みつけて欲しいという作曲者の願いを受け止めて聴いた。
藤掛氏の指揮を初めて実際に見たが、物凄くエネルギッシュで、渾身の指揮であり、マンドリン音楽の真骨頂を聴かせてくれた。
今日は作曲者自身と直接音楽を共有し、感動できるという素晴らしい経験ができた。
藤掛氏の、多くの人々と音楽をする喜びを分かち合おうとする気持ちを十分に感じとることが出来、今日はここに来て本当に良かったと思った。
藤掛氏とラーラ・マンドリンクラブの方々、スタッフの方々に感謝したい。

最後はアンコールで團伊玖磨作曲「花の街」で締めくくられた。


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ブラームス作曲「間奏曲イ長調 Op.118-2」を聴く

2017-05-27 22:36:04 | ピアノ
深い思いや感情を音楽にすることは本当に難しいことだと思う。
華麗な装飾や技巧で良く見せようとせずに、ありのままの心境、それもこれまで積み重ねてきた人生体験から思いをめぐらし、正直に自問自答する。
そんな思いを感じさせる曲を聴いた。
ブラームス作曲「間奏曲イ長調 Op.118-2(Intermezzo A Major, Op118 No.2)」。ブラームスが59歳の時に作曲した曲だ。
初めて聴いたの昨年の秋、ヴァレリー・アファナシエフの演奏だった。
そして最近よく聴くようになったアレックス・ワイセンベルク(Alexis Weissenberg、1929-2012)の演奏をきっかけにこの曲を何度も繰り返し聴くようになった。

人の中には、小さい頃からいい学校に行って、有名な会社に就職して出世して取締役になることを期待される。
学生時代に、このような、親から洗脳された人たちがいた。
彼らは結構精神的にタフである。大学時代、堕落し自信の無かった私はよく彼らから蔑まれた。
また、慣れ親しんだ故郷を離れず、親や幼馴染の近くに職を求めて安定した人生を設計していた人たちもいた。
私は大学を1年長くいたし、将来のことも殆ど考えていなかったが、最終学年の春にあわてて就職活動し、運よく就職できた。
今でも時々同じ夢を見るのだが、大学最終学年になって、未だ就職活動をしていない自分に気付きあせりを感じているシーンだ。

親から将来のことを言われた記憶が無い。例えばどんな職業につきたいとか。
就職で故郷の北海道から東京に出る日も、素っ気なかった。
家を出るときの玄関のシーンは今でも覚えている。
そして悪いことに、大学時代に先述の出世欲の塊のような輩からズタズタにされてから、自分も出世欲に支配された人間に変化してしまった。
猛烈なエネルギーを使って立派な人間になろうとしたが、元からそんな人間とは無縁だった私がそんな人間になれるはずがない。
ほどなくして力尽き、ぼろぼろになってしまった。
そこからはずっと長い間、暗黒の闇の日々だった。
40半ば過ぎからやっと前に光が見えるようになってきた。

無計画だったし、不器用だったし、そして何よりも自我がとても弱かった。
しかし今思えば唯一救われたのは、今の勤め先をずっと続けてきたことだ。
働ける状態でなかったときも、とにかく行った。当然のことながら、仕事の無い閑職にまわされたが。

この「間奏曲イ長調 Op.118-2」を聴くと、自分の人生を回想する心境にさせられる。
だから恥ずかしい自分の人生だけど、書いてみた。
この間奏曲は、穏やかでやさしさを感じる部分とメランコリーを感じる部分とが交錯する。
そして最後は全てを肯定するかのような心境を感じさせる音楽で終わる。
ブラームスは野心があっただろうが、おそらく「成功」に喜びを感じるタイプではなかったのではないか。自分自身に不全感を抱いていたかもしれない。
自分の人生を振り返ってみて、努力したけれど成功に結び付かなかったし、思う様な評価が得られなかったし、自分の才能の限界に直面したふがいなさを感じたり、さまざまな悔恨を抱いていたのではないか。
ブラームスの晩年のピアノ曲には、深い精神性に満ちた曲が多いが、「成功者」の音楽ではない。
素朴で簡素であるが、実に多くの感情が詰め込まれている。

人の人生、どう生きようと自由であるが、晩年には生きてきて良かったと思えるようになりたい。
成功できなくても、その人生を肯定できる心境になりたい。
この曲を聴くと、どんなに不器用で苦しい人生であっても、生き抜いたことに対する包みこむような肯定感、許しの気持ちが感じられる。

昨日、ささやかであるが勤続30年の表彰を受けた。
そして偶然であるが今日この曲を聴いて思いをめぐらせた。
しかししばらくこの曲を聴くのを封印しようと思う。
できれば定年した日に再び聴いてみたい。






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石島正博作曲「ピアノ独奏のためのレクイエム」を聴く

2017-05-21 21:37:38 | ピアノ
1960年代から1970年代に日本のクラシック音楽界で盛んに作曲、演奏された現代音楽も、1980年代に入ると急速に下火になり、現在では演奏会や新譜などでも殆ど聴く機会はなくなった。
私は長い間、現代音楽などに興味を抱いていなかったが、10年以上前に、弘前市出身の作曲家、野呂武男の「ギターのためのコンポジションⅠ 永遠回帰」を聴いて大いに感動し、その後「ギターのためのコンポジションⅡ 離と合」の楽譜を断片的にではあるが実際に音にすることで、現代音楽の持つ魅力に惹かれていった。
そしてその後毛利蔵人の作品に出会い、彼の作品は随分と聞いた。
ギターのための「アナモルフォーズ」、フルートと2つのパーカッションのための「冬のために」、2つのヴァイオリンのための「ディファレンス」が私のお気に入りの曲となった。
そして昨年、民音現代作曲音楽祭の録音の中から、八村義夫と河南智雄の音楽に出会い、共感を覚えた。

現代音楽といっても作品数は膨大で、この分野について自分の意見を述べるほど多くの作品を鑑賞したわけではないが、現代音楽には、技法的な要素が強いものと、人間の複雑な表現し難い「負(マイナス)」の感情を題材とした音楽があることが分かってきた。
前者の音楽の代表的作曲家は、クセナキスやシュトックハウゼンなどであろうか。
クセナキスは高橋悠治の演奏で「ヘルマ」という曲、また最近聴いたシュトックハウゼンのピアノ曲「Klavierstuck IX」や「Klavierstuck X」、これはポリーニのピアノ独奏のライブ録音でYoutubeで聴けるが、この種の現代音楽は非常に難解で、感情的要素よりもそれ以外の知識、感覚が無いと理解不能であることを認めざるを得ない。
この種の現代音楽も音楽以外の様々な分野の知識や考え方を手だてに、曲を理解していくという楽しみ方はあると思う。しかしこれらの音楽が本当に好きになれないと出来るものではない。

現代音楽でも先述の人間の感情的要素、とりわけ「負」の感情に焦点をあてた音楽に私は惹かれる。
冒頭の野呂武男の音楽は、自殺を意識した人間の心の苦痛の叫びのようなものが聴こえてくる。
暗く荒涼とした、感情的に八方塞がりの、闇の中にいる状態で感じる苦しみである。
毛利蔵人、八村義夫や河南智雄の音楽も同様なものを感じた。

今回記事にした石島正博氏は宮城県石巻市出身の作曲家で、1984年度民音現代作曲音楽祭で演奏された、ヴァイオリンとオーケストラのための「オード(ODE)」という曲の録音を聴いて、初めてその存在を知った。
石島正博氏のプロフィールを調べてみたら、作曲を三善晃に師事、八村義夫に私淑した、とある。
私淑という言葉はあまり目にしないが、直接に教えは受けないが、ひそかにその人を師と考えて尊敬し、模範として学ぶことを意味するようだ。
八村義夫が亡くなったのが1985年であるから、石島氏はまだ20代前半の頃で、指導を受ける機会がなかったのかもしれない。
現在石島氏は桐朋学園大学院大学の教授をしている。
この「オード(ODE)」という曲は非常に難解で、私は昨年1度しか聴かなかったのであるが、今回改めて数回聴いてみて、石島氏が20代の学生時代に書かれたこの曲は力作だと思った。
今回毛利蔵人氏の曲を久しぶりに聴いてみようと思ってYoutubeを検索したのだが、偶然にも石島氏の「オード(ODE)」が出てきて再び聴くことになったのである。
そして意外にも石島氏の曲が数曲Youtubeに投稿されていて、何曲か聴いてみた。
その中でも特に印象に残ったのが「ピアノ独奏のためのレクイエム( "Requiem" for piano solo)」(2011年作曲)であった。

この曲は6つの短い曲で構成される。

第1曲《REQUIEM》(死者のためのレクイエム)
第2曲《INMEMORIA》(記憶)
第3曲《SEQUENTIA》(続唱)
第4曲《DIES IRAE》(怒りの日)
第5曲《SANCTUS》(聖なるもの)
第6曲《AGNUS DEI》(神の子羊)

第1曲《REQUIEM》は強い不協和音で始まる。
そして鍵盤を強く叩きつけるような高音が鳴り響く。最後は静かな低音で終わる。
第2曲《INMEMORIA》(記憶)は津波に襲われる恐怖を表したのであろうか。
第3曲《SEQUENTIA》(続唱)は、静かでゆっくりではあるが不気味で暗く苦痛を感じる音が連打される。最後は何かを叩いて終わる。
第4曲《DIES IRAE》(怒りの日)は激しい分散和音で始まり、トリルが次第に螺旋のように積み重なり、強い不協和音が下降する。
第5曲《SANCTUS》(聖なるもの)は寂しく、悲しく、しかし崇高な雰囲気を感じる。
第6曲《AGNUS DEI》(神の子羊)は穏やかな音型が続くが何とも寂しく出口のないどうすることもできない気持ちを感じる。最後は激しく心に突き刺さるような強い高音で終る。

とても強い精神的な内容を持つ曲である。
何度も聴かないと、その真意を掴むことはできない。
ただこの曲があの東北大震災をきっかけに作られたということが手掛かりというだけだ。
石島氏は生れ故郷の石巻市で子供の頃、あの大川小学校の近くの海沿いで友達とよく遊んだことがある、と言っている。
時空を超えて、「死んだこどもは私だったかも知れない」とも言っている。
そしてそのことが頭から離れられなくなり、この曲を作曲したのだと言う。

レクイエムは、死者の安息を神に願うカトリック教会のミサに由来する。
転じて多くは死者を追悼する曲のことを指す。
この曲はまぎれもなく、震災で命を失った子供たちのために書かれたものであろう。
静かで簡素な曲であるが、深い感情的表現に満ちている。
無調で不協和音を多用しているため、聴く人を選ぶ。
石島氏の曲を全て聴いたわけではないが、聴いた曲は全て徹底した無調の現代音楽である。
多くの邦人作曲家は、現代音楽が下火になると調性音楽に鞍替えした。
しかしその調性音楽に聴くべきものは無い。軽くて中途半端で心に強く訴えるものに欠ける。
私はこの時流に乗った作曲の在り方が好きではないし、情けなく思う。
現代音楽を自らの作風とした者は、時流の変化や聴衆の受けなどに関係なく、自分の音楽観、音楽的使命を強固に貫くべきだと思う。中途半端は良くない。
それは自分の音楽観に対する自信の無さの表れでもある。
現代音楽を徹底的に批判した作曲家の原博が「ピアノのための24の前奏曲とフーガ」を作曲したとき、「機能調性」が時代の産物ではなく、重力の法則がニュートンの産物ではなくそれは元からあるものが発見されたものであり、「創造」という言葉を謙虚に受け止めなければならない、と言っているが、現代音楽も同じであろう。
無調の表現は誰かに創造されたのではなく、人間が元来持っている感情の表現に過ぎないのではないか。ただ「負」の感情の表現は人々に受け入れがたいために、封印されてきただけではないのかと思う。
「正」の感情であろうと「負」の感情であろうと、芸術にまで昇華されたものは真に価値があることに変わりない。

石島氏が現代音楽の作風を変えることなく今日まで来たことは凄いことだと思う。
聴衆を意識した曲は、瞬間的に多くの関心を獲得しても、末永く人々の記憶に残ることは無い。
しかし聴く者は少なくても、本当に価値のあるものは長い間、聴き続けられていく。
今回、石島正博氏の音楽に出会い、今後彼の音楽から多くのことを学んでいくと思う。

※石島氏はギター曲やギターと他楽器との合わせものも数曲作曲している。
「オード」はギターも含まれており、1984年の民音音楽祭では芳志戸幹夫氏が演奏した。

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熊谷賢一作曲「マンドリンオーケストラの為の群炎Ⅵ 樹の詩」を聴く(その2)

2017-05-06 00:12:29 | マンドリン合奏
1か月以上前になるが、学生時代に弾いた、「マンドリンオーケストラの為の群炎Ⅵ 樹の詩」の録音を初演者であるノートルダム清心女子短期大学マンドリンクラブの演奏で聴いて以来、何度も聴くことになった。
30年以上も前(1984年)に実際にこの曲を演奏したものの、その時はこの曲の真価が理解できなかった。
パートの演奏(ギター)に精一杯で、オーケストラ全体の音を聴き分ける余裕がなかったからであろう。
しかし偶然にもこの曲の録音の存在を教えてもらい、30数年経って初めてこの曲の素晴らしさに気付き、強い感動を感じている。
この曲は熊谷作品の最高傑作であるとともに、マンドリンオーケストラ曲の中でも最高の位置を占めるものだと確信する。
熊谷作品はこれまでYoutubeでも殆ど見かけなかっただけに、若い世代にはあまり知られていないが、私が学生時代だった1980年代前半では、プログラムのメイン曲として採用され、私自身4、5曲は演奏したと思う。
その中でも最も好きな熊谷作品だったのが「マンドリンオーケストラの為の群炎Ⅵ 樹の詩」であった。
以前の記事で、この曲を演奏した時のいきさつなどを書いたが、今回はこの曲から感じたものを伝えたい。

この曲はギターパートの重奏から始まる。
多くのマンドリンオーケストラ曲はマンドリンに主役を与え、ギターパートはリズムパートとしての役割しか与えていないが(特にイタリアの曲)、熊谷作品はギターの独特の柔らかい音や、和音の美しさに理解を示し、ギターパートを主役の地位に置いた曲が多い。
この曲もそうであり、ギターとドラが1stを始めとする他の主要パートを牽引するところが異色とも言える。
ニ長調の穏やかな、優しい重奏は、この曲の主題であり、重要なメッセージを含んでいる。
この幸福感に満ちた音楽は平和な時代から生まれたものではない。
負の歴史、負の人生を経て、さまざまな苦難を積み重ねて得た幸福感、平和、穏やかさであると私は感じる。
この穏やかで優しい旋律の裏に、何かさまざまな感情、それは幸福感とは逆の感情が積み重なっているのを感じ取れるのである。
だからこの旋律を30年以上経っても忘れなかったし、これまでの30年の間で何度か思いがけず心に浮かんできたのである。

ノートルダム清心女子短期大学のギターパートの次の部分の音が素晴らしい。



セカンドパートの低音パートの和音であるが、この5弦開放がものすごくいい音なのだ。
「ゴーン」と鋼を打ったような力強い音。
そしてすぐ次のフレーズに移る直前の3弦ラ音のアクセントが素晴らしい音だ。
このような音は昨今のマンドリンオーケストラのギターパートでは聴けなくなった。
いまのギターパートの音は乾いたカサカサした軽い音が増えた。
ノートルダム清心女子短期大学のギターのタッチは昔のタッチだ。
すなわちアポヤンド中心の音。
しかし魅力にあふれた音だ。芯があり力強い。今の女子大のマンドリンクラブで聴くことは皆無だ。

そして途中からドラの旋律が加わる。しかしドラの音に注意が行ってもギターパートの音が常に耳に入ってくる。
次のギターセカンドパートの音の力強さ、その後の和音の低音部の音、このフレーズ最後の和音の響きが凄い。





曲はギターパートをしばらく除き、マンドリン系とベースで主題の変形で進行していくが、この部分のペースの響きがいい。
女子大なのによくこんな力強い音を出せるものだと感心する。
しかし現在の学生マンドリンオーケストラではベースは男よりも女の方が多い。
時代は変わったものだと思う。30年前の学生時代では考えられなかった。

雄大なマンドリン系とベースの合奏が続いた後、突然、ギターの単音の三連符の連続が現れる。



この三連符の入りは苦労した。
この三連符の連続音は何を形容しているのか。
深い森林の中で木漏れ陽の中から聴こえる木霊の音であろうか。
このギターの三連符の力強い芯のある音が素晴らしい。
そしてこのギターの三連符の連続は次第に速度を速め、心の底からエネルギーが湧き出るかのような、躍動したリズミカルな音楽に変遷する。





一瞬ハチャトゥリアンの「剣の舞」を連想するが、もっと別の感じが伝わってくる。
何かみんなで一つのこと、しかも困難なことに集中する前に起きる躍動感、気持ちの高揚感。
何か難事を成し遂げる前に自らを鼓舞するエネルギー。
心の底から強く湧き出てくる前向きの精神的エネルギーである。
タンバリンとギターのラスゲアードのリズムに刻まれ、「さあ、やるぞ!」という気持ちが湧き起ってくる。
敗北の人生から、生きる意義を掴み取り、どん底から這い上がって、逆転する際に感じる感情だ。
1960年代、70年代の日本の高度経済成長期に感じた感情だ。日本を廃墟から世界第二位の経済大国までのし上がらせた凄まじいほどのエネルギー。
この時代は朝起きるのが待ち遠しく感じた。1日1日が楽しかった。今ではこのようなことは決して無い。

ティンパニも加わり、クライマックスに達した後、曲は昔の日本の郷愁を感じさせる繊細な音楽に移り変わる。
ノートルダム清心女子短期大学の演奏だと、7分25秒から始まるが、ここからしばらく(17分50秒くらいまで)が物凄く感情が吐き出される。この曲の最も素晴らしい部分
昔の日本人が感じていたであろう、日本人しか理解できないものだと思う。
8分3秒から始まる部分などでより強く感じるに違いない。
ギターパートの分散和音を伴奏にドラの寂しい旋律が奏でられる。



何を連想するか。
夏の静かな深夜に瞑想し、浮かんでくる過去の悲しい出来事であろうか。
静かな風の音、涼しい冷気。何かを思い出しているときに感じるものだ。
しかしこのような旋律、音楽は純クラシック、ポピュラー音楽でも聴くことはできない。
とても独自性が高い。マンドリンオーケストラだから出来ると言わざる得ない。
このような音楽があるから、マンドリンオーケストラの魅力を知ったらなかなか抜け出せない。
この寂しい旋律は次第に大きく高まり、11分21秒から何か大きな無念、絶望、悔恨のような苦痛を感じさせるものとなる。
この曲の最大の山場となる部分である。この部分は何を想起させるのか。



12分2秒あたりからの感情の高まりは凄い。この曲で最も強く感情が湧き起る部分だ。
ノートルダム清心女子短期大学はよくこの部分を演奏したと思う。
完全にこの曲を掴んでいる演奏だ。奏者全員の強い感情が痛いほどに伝わってくる。

曲は次第に落ち着きを見せ、穏やかな気持ちに移り変わっていく。しかもゆっくりと、ゆっくりと次第にである。
この移り変わりの表現の仕方は見事という他はない。
そして最初の幸福感に満ちたギターの主題が再現される。
この幸福感に至る長い道程を感じさせる。
この長く苦しい道程から得た幸福感の表れは14分57秒あたりで聴くことができる。

そして曲は全パートで主題を繰り返す。
ギターのアルペジオ、和音の響きがいい。



最後は速度を速め(♩=152)、付点音符と三連符の組み合わせからなる軽快なリズムに乗り、激しいティンパニの打ち鳴らしと全パートのかき鳴らしで曲を終える。


この曲は演奏時間20分以上にもなる大曲であるが、曲の変化が多く、感情の移り変わりも激しい。
しかし根底に流れているのは、美しい森の景色ではなく、絶望、どん底から這い上がろうとする人間の生まれ備わった強いエネルギーと、そのような力の集合体、そして絶望や困難から抜け出した後の幸福感、心の平安、穏やかさである。少なくても私にはそのようにしか感じられない。
主題の幸福感溢れる音楽は平和から生まれた音楽ではない。
そこに至る道程の積み重ねを音楽を通して感じさせてくれているのではないかと思う。
人間の生きる力、再生、蘇生といった生命力の逞しさ、何か生きる手立てを得た後の無心の努力、先行きの希望に向けた力みなぎる躍動感を感じさせる類稀な曲だと思う。

初演者のノートルダム清心女子短期大学マンドリンクラブは現在は無くなったという。
残念なことであるが、この演奏は間違いなく素晴らしい。上手いとか下手とか、アマチュアとかプロとかを通り越している。
そのような評価が入り込む余地はないと思っている。
この1983年に初演された時のこの大学の演奏の姿を見てみたいと思った。
演奏している姿はとても素晴らしいものであったに違いない。




【追記201710220051】

今日聴いたが、この曲は本当に素晴らしいです。
マンドリン・オーケストラ曲の傑作中の傑作です。
生きる希望を与えてくれる曲。
是非聴いて欲しいです。

【追記201712142241】

曲も演奏も超一流。これほど心を熱くしてくれる音楽、演奏は滅多に無い。
この曲、この演奏を聴くと物凄く強い感情が溢れてくる。
本当に素晴らしい。

【追記201803302200】

今日の夜聴く。
何度聴いても物凄い感動です。
よくこんな曲を作れると思う。
熊谷さんがもし生きているのなら、会って直接話をしてみたかった。

【追記201909080015】

凄い曲、凄い演奏。素晴らしい。
鈴木静一の「交響譚詩 火の山」、藤掛廣幸の「スタバート・マーテル」とともにマンドリン・オーケストラの曲の最高傑作だ。
まさに人生ドラマを感じさせる曲。
熊谷賢一さんは一体どんな人生を体験してきたのか。

【追記202004121642】

この曲は聴くごとに新たな発見がある。
全パートの音をのすみずみまで聴いていると、そこからとても暖かいものが表向き「気付かれないように」流れていることを今日発見した。
本当にこの曲は凄い!。

【追記202009112343】

冒頭のギターパートソロの3ndパートの音が素晴らしい。
昔のタッチによる芯の強い音だ。
マンドリン・オーケストラ曲の中で必要な音だ。
この曲は激動の時代を生きた熊谷さんの半生の、生き様を感じさせる曲だ。
何を感じ、訴えたいのか聴くたびに分かってきたように思う。
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久しぶりの日本酒(4)

2017-05-03 23:32:54 | グルメ
久しぶりの日本酒シリーズを書き始めて4回目。
ゴールデンウィークの半分は仕事に出なければならなくなったが、やはり連休は開放感に浸れる。
こういうときはおいしい日本酒をゆっくり飲みながら、静かにくつろぐのがいい。

今回買っておいたのは、富山県黒部市の銀盤酒蔵から出ている「純米大吟醸 播州 銀盤50」。
純米大吟醸酒、精米歩合50%、アルコール分15%。
純米大吟醸で精米歩合50%だと、普通、かなりフルーティな吟醸香がするものだが、この酒はそのような華やかさなく、地味で端麗、すっきりしており、濁りがない。
とても後味がいい。余分な辛さ、甘ったるさというものが全くない。
この日本酒はお勧めだ。
(但し、この「播州 銀盤」も、大吟醸(醸造用アルコールで薄めた酒)がホームセンターで売られていた。この大吟醸は味が落ちると思う

いい酒は悪酔いしない。
昔20代の頃、嫌な上司に無理やり安い居酒屋に誘われ、私の口から本音を聞き出そうとして無理やりハイペースで日本酒を飲まされ、次の朝の通勤途中の駅のホームでゲーゲーやってしまったことがあった。
こういう居酒屋の酒は、醸造用アルコールで何倍にも薄めて、水あめや香料で味をごまかしているから、まずいし悪酔いするのはあたりまえだ。

今から30年くらい前、新潟の「越乃寒梅」は幻の銘酒と言われ、手に入らなかったが、今ではスーパーでもどこでも至る所で大量に販売されているが値段は高い。
昔、30歳くらいの頃、花見で新潟出身の同僚が買ってきたこの「越乃寒梅」の一升瓶をラッパ飲みして酔いつぶれ、家まで同僚に送ってもらったことがあった。

日本酒もお金儲けのために大量生産されたら終わりだ。
「八海山」も20代の頃、新潟県六日町を訪れた時の帰りに駅近くの酒屋で2級酒を買って、帰りの電車の中で飲んだがとてもおいしかった。
しかしその後、大量生産されどこでも売られるようになった。しかも値段は高い。
こんな酒は飲む気になれない。
「上撰水の如し」だっただろうか。
この酒もバブル頃に大人気となった酒だが、この前コンビニで小瓶が売っていたので久しぶりに飲んでみたが、水あめが入っているかと思う位甘ったるく、こんな酒に高いお金を払うのが勿体無いと思った。

いい酒は大量生産しない。あまり宣伝しないもの。
お金を儲けようと欲が出たら終わり。

飲むときは、つまみも何も食べず、ゆっくりと、酒の深い味を確かめながら飲む方がいい。
静かに、好きな音楽を聴きながらならもっとくつろげる。
(今のアファナシエフのショパンのワルツのライブ演奏を聴いているところ9




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