緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

シートカバー装着(後編)

2021-06-27 21:45:37 | 
昨日からの続き。
天気予報は朝から雨であったが、見事に外れた。
今日は、3年前に買ったシートカバーを装着する作業を行った。

カバー1式。
残念ながら本革ではない。



まず、リヤの補助イスから取り付ける。

座面。



背もたれ。





親切にも引手を外に出す穴が開けられていた。

S字フックで固定用バンドを止める。







完成。リヤはそう難しくない。



普段体を動かしていないので、背中の筋を傷めた。
しばらく休んで、作業を午後から再開することにした。
午後も雨は降らない。

フロントの座席にはヘッドレストが付いているが、まずこれを外さないと装着出来ないことに気付く。
引っ張っても外れない(当然であるが)。
どうやったら外れるか。インターネットで調べたら、片側の根元のピンを後部方向に押したままヘッドレストを引っこ抜くと外れることが分かった。



実際にやってみたらあっけなく外れた。インターネットはありがたい。これが無ければ1日以上作業が中断だった。
背もたれ用カバーを上から被せるが、これがなかなか入っていかない。
装着後ダブダブにならないよう、肌に密着するように寸法取りしているのであろう。
かなりの力を入れないと下までかぶってくれないが、破れるのを覚悟で何とか装着。

次は難関のヘッドレスト固定用金具を通すための穴あけ。



穴は元々開いていない。自分で開けなければならない。ちょっと不親切か?。
指の感触を頼りに穴の位置を探りながら位置を特定し、千枚通しで革に穴を開ける。



次にカッター&はさみで、十字に切り裂く。



切り裂き部に指をつっこんで、ロックピンを探す。
ロックピンを押しながら、アームレストを元通りに取り付ける。



次は座面にカバーを装着。ワンピースではない、ツーピースだ。
背もたれと座面との隙間に差し込んで反対側に出てきた端と、を背もたれ用カバーの端とをマジックテープで止める構造となっていたが、届かなかったので、そのままにする(座っているうちにずれてこないだろうか)。
あとはゴムバンドをS字フックで固定し、両サイドから伸びている靴紐のような長い紐を結べば完了。
時間にして30分程度か。意外に簡単だった。





見栄えはとてもいい。
床の汚さとはアンマッチだが、でも以前と比べると見違えるほどの見栄えだ。

この皮の下に、あの見るも無残な痛々しい姿が隠れていることを思うと、なにか化けの皮を着せてあげた、という感じがする。
もし誰かがこの皮を剥いだときに、その瞬間に見せる驚愕の表情を見てみたいな。
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ギターの理想の音

2021-06-26 23:08:58 | ギター
今日たまたまYoutubeで、これはなかなか無いな、と思わせるような、ある意味自分の理想とするギターの音に出会った。

To Traino Fevgei Stis 8 (Solo Guitar)


Gelasto Paidi (Solo Guitar)


Ton Septemvrio Thymamai (Solo Guitar)


再生回数は非常に少ないが、音の出し方が素晴らしい。
また、使っている楽器も恐らく名器の部類であろう。
芯のあるしっかりとした透明感のある高音、力強くかつ深い底から響き渡ってくるような低音。
このような両方の特性を併せ持つ楽器というのは非常に少ない。
セゴビアや田部井辰雄氏、西村洋氏が弾く1930年代後半のハウザーⅠ世や、バルタサール・ベニーテスがポンセ、バリオス、カルレバーロを録音した際に使用した1955年製のイグナシオ・フレタⅠ世などしか思い浮かばない。
昨今の楽器は、全体的に大きな音量、またどのポジションでも大きな均一な出音を可能にしているが、それは工学的な設計、構造による効果がもたらした音であるから、必然的に無機的、つまらない音にならざるを得ない。
だからこのような楽器は音が大きいだけであって、聴き手の心の深いところまで届き、眠っている潜在的な感情を引き出せるには到底及ばないのである。

セゴビアの時代は、楽器も聴き手の心に強く反応する音の出せるようなものを目指して作られていたに違いない。
だから名工たちが作った楽器から、その楽器の持つ能力を最大限に引き出すには、それにふさわしいタッチや音楽的感受性の鋭さが必要とされた。

先のYoutubeの録音で使われている楽器は、相当、張力の強い楽器だと思われる。
いわゆる男性的な音のする楽器であると言えるが、私もこのような男性的な力強い音の出せる楽器を求めていたことがある。
今持っている古い国産の楽器がある程度、この要素を満たしてくれているが、セーハの多い時間の長い曲を弾くにはかなりの力が要求される。
最近は音の好みが、張力の弱い、柔らかい、甘い音に傾いているような気がする。

しかし今日、久しぶりにクラシックギターの魅力ある音を聴いた。
録音もかなり古いものだが、電気処理されてなかったのが幸いだ。
電気処理されていたら、完全に魅力が失せていただろう。
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久しぶりにメロンアイス食べた

2021-06-26 22:16:15 | グルメ
先日、スーパーで何気なくアイスの入った冷凍機を覗いてみたら、懐かしいものが目に触れた。





子どものときによく食べた、メロンアイス。
今でも売っていたことに驚いた。
あまりにも懐かしかったので、何十年ぶりかで買って食べてみることにした。

昔と変わらないシャーベットであったが、大きさは一回り小さくなったような気がする。



50年くらい前の子供時代、アイスは今ほど種類は多くなかったような気がする。
こメロンアイスと、四角いビニールに入った赤い、イチゴ味?のアイス、あと、これは殆どかすかな記憶しかないのだが、普通のバニラのカップ。青だったか、赤だったか地味なデザインの箱に入っていたような。

この時代のメロンパンが25円、ラーメン屋のラーメンが150円だった。
アイスは10円から20円といったところか。
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シートカバー装着(前編)

2021-06-26 20:49:09 | 
このところずっと夜は講習関係で時間が取られてしまい、ゆっくり夜を過ごすことが出来なかったが、久しぶりに落ち着いた週末の夜を迎えることが出来た。
なのでちょっと記事を書くことにした。
そういえばこのブログ、昨日で開設後10年間経過した。
よくも続いたもんだと思う。
続いたのは、しゃべることよりも書くことが好きだし(単に話下手なだけか)、しゃべり相手がそういるわけでないし、そういう状況の中で自分の気持ちを胸にしまっておくよりは常識の範囲内であれば記事にして公開してもいいや、という思いがあったからなのかもしれない。
だから思いついたことを出来るだけそのままに書いてきたと思うし、書きたいとに書く、というスタンスに従ってこれまでやってきた。
フォローとかいいねボタンのようなわずらわしいものはとっぱらっちゃった。
今後も、一方通行のようなこのスタンスで行くつもりだ。これが自分にとって一番ストレスレスなのだ。

さて、今日、今乗っている車を10数年振りで掃除した。
何故か。それはシートカバーを装着するためである。
もうだいぶ昔に廃型となったこの車であるが、現在でも多数の部品や装飾品がヤフオクやインターネットショッピングで販売されている。
もうこの型式は殆ど走っている姿をみることが無くなったのにもかかわらず、これらの商品がいまだに膨大な数で流通していること自体が不思議といえば不思議だ。

シートカバーを手に入れたのは丁度3年前の秋だったか。ヤフオクで買った。新品。



何故、買ってすぐに装着しなかったのか。
その理由は、①横着な性格で作業をめんどうくさがって後回しにしたから、②忙しかったから、③転勤で車通勤しなくなり、車に乗る機会がなくなってきたから、④おニューのカバーで人を乗せたいと思ったがその機会がなかったから。
さて、解答はどれか。

シートカバーを装着するにあたって、まずしなければならないことがある。
それはシートの掃除だ。
普段から手入れしている人はそんな必要はないだろうが、なんせ10数年以上掃除をしていないのだからさすがに汚い上にかぶせるわけにはいかない。
そこで雑巾にクリーナーを付けて拭き掃除をすることにした。
(因みに、車に対してこうだからと言って、それ以外も同じにしているわけではありません。風呂は毎日かかさず入っているし、歯磨きも1日3回、ギターも毎日綺麗にしてあげています。部屋もそれなりには綺麗にしています。服も清潔なものを着ています)

まずシートの下や上に乗っかっている工具箱などのガラクタ、それはとてもお見せすることのできないほど土ぼこりのかぶったしろものであったが、それらを車の外へ追い出す。
そのガラクタをとっぱらったら、目を覆いたくなるような光景が。
床もシートも、夥しい量の土ぼこりや汚れが付着していた。
これはひどすぎる。
ホロシャだから土ぼこりや雨などが車内に侵入してくるのである(排気ガスも)。
人を乗せることが出来ないのはこのためである。











上の写真の座席は貨物者用の補助イス。
イスだけど人が座ることは出来ない。(乗せてもあまりの狭さに10分持つかどうか)。

運転席。











見るも無残な姿に変わり果ててしまったシート。新品のときはまさかこのような状態になるとは思ってもいなかったであろう。
ひどいもんだ。
よくもこのシートで長い間、何も気にせず乗っていたもんだ。
慣れというものは恐ろしい(?)。

助手石はどうか。





同じだ。
メーカーは経年劣化しやすい材質と構造を採用していたようだ。
工場勤務時代に毎日夜10時まで仕事をしていたとき、仕事が終ってから、この助手席に部下を座らせ駅まで乗せていったものだった。
夜で暗かったから、彼はこの助手席の惨状を知る由もなかったであろうが。

床は塗装付きの鉄板だ。
タイヤハウスに「しわ」を発見。



プレスでこのようなしわができるのか?。



錆び発見。





隠れていたので見つからなかった。
もし発見していたら、POR-15を塗布していただろうに。
今はPOR-15のストックが無くなってしまった。

荷台。



この夥しいほこりと汚れを雑巾で拭いたが、さずがに綺麗にはならない。
明日、もう一度拭いて、それからシートカバーをかぶせることにしよう。
しかし明日は大雨のようだ。
ホームセンターの屋内駐車場で作業するか。

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ギターは生きている

2021-06-19 23:01:57 | ギター
このところ、連日夜は講習の実践ワーク。
明日はマンドリンクラブの練習を午前中1Hくらい出て、午後から講習会だ。
講習で実践ワークをやった方とのやり取りで、たまたま音楽の話題となり、楽器は生きている、という話が出て来た。
確かに、楽器は弾いてあげればあげるほど、自分の求める音を出そうとしてくれるものではないかと、感じることがある。
今使っている楽器が、中規模演奏会の合同練習で1日8H、個人練習で平均1日3,4Hくらい弾くようになってから音が格段に出るように変わってきたのだ。
顕著な変化は、それまで2弦のハイポジションが鳴りにくかったのが明らかに大きく、しかも自分の求める音に近づいてきたことだ。
やっぱり、楽器は生きている。楽器にも生命があると思う。
大事にして、いい音、それも生の音を出してあげようと心がけていれば、その願いをかなえてくれようとするのではないか。

中規模演奏会の練習で感心したこと。
ギターを持っている方の多くが、1つの楽器を長い年月に渡って大事に弾き続けていること。
フレットを打ち換えたり、再塗装してまでも1つの楽器を弾き続けている方もいる。
長年にわたる数々の演奏会での修羅場を共にくぐり抜け、苦楽を共にした相棒という、認識をされているのだと思う。
プロにもそういう方がいるが、見習わなくてはいけないと強く思った。

明日は朝早いが、ちょっと練習中の曲を録音してみた。
もっといい音になるよう、気持ちを込めて弾いてあげたいな。


練習中の曲 1回目録音

練習中の曲 2回目録音

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