緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

フリードリヒ・ヴューラー演奏 ベートーヴェン後期ピアノソナタを聴く

2015-03-29 00:35:29 | ピアノ
ベートーヴェンはピアノソナタを32曲作曲した。
有名なのは、三大ソナタといわれる「月光」(第14番)、「悲愴」(第8番)、「熱情」(第23番)の3曲であり、これら3曲はそれぞれ素晴らしい内容を持っているが、私は最後の2曲、すなわち第31番、第32番こそが最も優れた曲だと思っている。
この2曲についてはかなりの録音数を聴いてきた。その成果は2年ほど前にこのブログで書いた。
その後も引き続き、この2曲で一生聴き続けるにふさわしい演奏を探し求めている。
先日の中古CDショップでもこのピアノソナタ2曲で何かいい録音がないか物色していた。
古いLPレコードを探していたら、 “Friedrich Wührer”という聞いたことのない名前のピアニストが録音した、ベートーヴェンのピアノソナタの最後3曲、第30番、31番、32番のレコードが目に入った。
この手の録音で、LPやCDで買って聴いても期待外れで1回しか聴かないで終わることも多く、無駄遣いしたこともある。このレコードの値段のかなり高かったことから、まずは買うのを止め、Youtubeで聴いてみて、もし演奏が良かったらこのレコードもしくはCDを買うことにした。
Youtubeで“Friedrich Wuhrer”と検索すると、何曲か出てきたが、数はあまりない。ベートーヴェンのピアノソナタは第30番と第32番がアップロードされていたが、第31番は探し出すことは出来なかった。
第32番を聴いてみた。
音が力強い。特に低音の響きはピアノらしい魅力のある出音である。多層的な響きでマリヤ・グリンベルクやクラウディオ・アラウのような低音の響きと共通のものを感じた。
タッチは強靭であるが、うるさくは無い。しかしかなり大きい音で、聴き手を選ぶかもしれない。
フリードリヒ・ヴューラー(Friedrich Wührer, 1900年~1975年)はオーストリアのピアニストであるが、インターネットで検索しても情報は少ない。
イタリアのVOXというレーベルにシューベルトのピアノソナタなど多数の録音を残したようだが、現在、その殆どが廃盤で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲集とピアノソナタ第30番~32番のCD4枚組がやっと手に入るくらいか。
Youtubeで聴いた第32番は正直、出来は良くなかった。しかし音には魅力があった。現代のピアニストでは聴けない力強い芯のあるピアノらしい音、ピアノらしい響きを持っている。
Youtubeで聴けなかった第31番に期待をかけ、このCDを注文した。



早速この第31番を聴いてみた。
やはり低音の響きが素晴らしい。ポリーニのような濁ったような鈍い低音とは対極の響きである。
久しぶりにピアノの自然な音に聴き入った。
部分的にテンポが走ってしまうところが少し残念であったが、第3楽章の「嘆きの歌」も感情的高まりを感じ取ることができた。
第3楽章最後のテンポの速まっていく部分の低音の響きがいい。最後の下降上昇音階のすぐ手前の低音部の底から響き渡るような音が他の奏者にないものを感じさせる。マリヤ・グリンベルクの1962年の録音を思い出させる。



ヴューラーのこの第31番の演奏は、今まで聴いた同曲の数多くの録音の中でも上位に入るものである。
意外なところにこんないい演奏が見つかったことで運が良かったと思ったが、ピアノ界にはこのような埋もれた名演が多数あるのではないかと思うのである。
というのは、ピアノ界はギター界と違って、実力のあるピアニストがものすごくたくさんいるからである。
誰でも知っているピアニストはごくわずかであるが、彼らと同じ実力ないし彼らよりも曲によっては素晴らしい演奏をしている、殆ど知られていないピアニスト達が結構いるのである。それだけピアニストの実力者は多い。
しかしこれは1970年代くらいまでで、とくに1990年頃から現在までの傾向には当てはまらない。
一昔前は、団地のような集合住宅でも小さな子供のためにピアノを買って、習わせる家庭が多かったが、今はこのようなピアノの音を聴くことが少なくなった。
その一つの理由として、電子ピアノの普及が考えられる。電気で作られるピアノの音を模倣した楽器であるが、本物のピアノではない。楽器職人が長年にわたって研究し極めた音ではない。恐らく、最近は集合住宅では近所迷惑を考えて、サイレントで演奏できる電子ピアノで子供たちはピアノを弾いているのではないか。
しかしこの電子ピアノの致命的な問題は、ピアノという楽器の素晴らしい魅力ある音が何であるかを知ることなく、テクニックだけの無機的な演奏しか出来なくなってしまう恐れがあることである。
電子音で人間の感情エネルギーを伝達することはできない。
この第31番も多くの演奏家が録音しているが、聴く者に深い感動を与えてくれるものは少ない。
特にこの曲の核心とも言うべき第3楽章の「嘆きの歌」の部分で大きな違いが現れる。この部分で感情的なものが全くといっていいほど感じられない演奏がある。
ベートーヴェンのピアノソナタの録音でよく聞く推薦盤は、バックハウス、グルダ、ケンプ、ポリーニなどで、彼らの盤は入手しやすいが、この第31番や第32番は、このような推薦盤が必ずしもいいとは限らない。
この中には先の電子ピアノの音を聴いて育った人が、「最高」と感じる演奏もあるかもしれない。
しかし私はこのような演奏を聴いたあとで、何とも言えないやりきれない、不快感に似た気持ちがするものもある。
これは何もピアノに限らずギターの録音でもあるが、楽器から発せられる自然な魅力ある響きが失われると、精巧なテクニックだけが前面に出て、それが逆に聴いた後に不快感、不自然さや、やりきれないなさを感じさせるのである。
ピアノ曲に関してはあまり評論家の評価などあてにせず、気に入った曲はとことん自分が納得できる録音を探し出すことにしている。
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Nコン2015年度課題曲を聴く

2015-03-22 00:47:06 | 合唱
ようやく春になったと感じるくらい暖かい日であった。
以前から気になっていた車の笛吹き音が次第に大きくなり、調べてもなかなか原因が特定できなかったのであるが、やっと原因が分かった。
自分で直そうとしたが、工具が入らない。ボルトの穴もずれており、入っていかないことが判明。今日、整備工場に修理をお願いした。これについての詳細は後日書きたいと思う。
さてNコンの2015年度課題曲が発表されてからしばらく経つが、仕事が忙しくなかなか時間がとれなかったため、1度しか聴いていなかった。
高等学校の部の課題曲は「メイプルシロップ」という曲、作曲:松本望、作詞:穂村弘である。
今日もう一度聴いたが、新しい感覚の曲だ。ピアノ伴奏の音が美しい明るい曲であるが、最近の傾向なのであろうか。
驚いたのは詩である。
不気味な詩だ。Nコン課題曲の詩としては不適切だ!、と怒る人もいるかもしれない。
しかし私はこういう詩もいいと思う。平安と混乱、平和と戦いが同居しているのであるが、読む人にはその現実感がなかなか感じられない。
食糧危機や戦争といった、平和を維持してきた今の日本から見ると起こりえない遠い絵空事だと思ってきたことが、すぐそこで起きている。何十年も平和で豊かで飢え死にや弾に当たって死ぬなどということは夢にも出てこなかったことが、いきなり目の前に起きても現実感を失っている。「非常口の緑の人」は逃げ出しちゃったのに、自分たちは現実をなかなか受け入れられない。
この変な夢から目覚めたいのに目覚められない。
「恋人の血を吸った蚊が青空を漂っている」。人の生き血を吸った者が堂々と青空の下で生きている。何の罪悪感も無く。それが正しい生き様だと言わんばかりに。
「暗黒の宇宙の彼方で星が燃えている」。無益な争いや物質欲から起きた核戦争や原発事故で星が消滅しようとしている。
「ホットケーキにメイプルシロップ」。暖かい家の中で、母がフライパンで作ってくれたホットケーキ。甘いメイプルシロップをかけて幸福感に浸る。何気ない日常であるが「平和(ピース)」を象徴する光景。
このフレーズは4回繰り返され、このささやかではあるが、幸福な日常を、何としてでも死守していくことの大切さを問うているように思える。
今日本は、その選択の分かれ道にきているのではないか。

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原博「ギターのための挽歌」を聴く

2015-03-15 23:36:44 | ギター
これまで何度か触れてきた日本人作曲家として原博(1933~2002)がいる。
原博(敬称略)は古い時代の現代ギター誌で楽曲分析の担当をされていた。
私が原博の作品の中にギター曲があるのを知ったのは今から15年くらい前で、確か現代ギター誌の中で、彼の「挽歌」という曲がいい曲だ、という文章を目にしたことがきっかけだったと思う。当時は日本人作曲家の作品をさかんに探し求めていた頃である。
東京目白のギタルラ社からこの「ギターのための挽歌」(CANTO FUNEBRE per chitarra)が出版されていることを知り、早速ギタルラ社に楽譜を買いに行った。2000年代前半だったと思う。
会計の時、丁度店にギタルラ社の社長が来ており、この曲のことを「ものすごくいい曲ですよ」と絶賛していたことが思い出される。また原博が1、2年前に亡くなったことも教えてくれた。
家に帰って早速弾いてみたら、確かに物凄くいい曲であった(この話、以前にもブログに書いたような?)。



この「挽歌」はもともと、成蹊大学ギタークラブからの委嘱を受けて作曲された「ギター・アンサンブルのための組曲」の第3楽章を、先のギタルラ社社長の青柳氏の勧めでギター独奏曲として書き直したものだと言われている。作曲は1969年である。この曲は東京国際ギターコンクール本選課題曲にも選ばれた。
原博は現代音楽を徹底的に批判したが、彼の曲、とくにピアノ曲はよく聴く。
Youtubeでも彼の曲はほとんど投稿されていない。以前、日本人作曲家を紹介する本(雑誌の特集号?)に現代までの日本人作曲家の殆どが紹介されていたが、その本に原博の名前はなかった。これはとても意外に思った。
原博のギター独奏曲はこの「ギターのための挽歌」の他に、ギタリストの中村雪武氏(著書にCLASSICAL GUITAR METHODがある)の委嘱によって書かれた「ギターのためのオフランド」(OFFRANDE pour Guitare)(第24回武井賞受賞作品、1981年作曲)の2曲のみである。
現代ギター誌に一時期でも関わっていたので、ギタリストとの交流もあったのだろうが、2曲とはあまりにも少ない。それもギタリストの依頼によって書かれたのはオフランドの1曲のみである。
なぜギタリストは前衛時代の終焉以降に、原博に曲を求めなかったのか不思議であるが、1980年代に入り現代音楽が衰退するとともに古典形式への回帰はなされず、多くの人が新しい感覚の曲を求めたからではないかと思う。
時代は音楽でも、テレビドラマでも映画でも小説でも軽い感覚を求めていた。演奏法もこのころから変化し始め、軽いタッチが主流となった。
これは時代の潮流の変化なので、このことが悪いというのではなく、私には物足りない、表面的な領域に留まり、感情に訴えるものに乏しく感じるということだ。本物と感じられないということである。
原博はバッハとモーツァルトの音楽を敬愛、理想とし、その形式により曲を作ったのであるから、1980年代以降の時代の潮流から取り残されたように感じる。だから当時のギタリストたちは彼に曲を求めなかったのではないか。
「オフランド」などはバッハの前奏曲とフーガの形式をとっており、曲想も暗く、日本が最大の豊かさを享受していたあの時代の感覚とは無縁の曲である。
ちなみに原博は若い頃に徹底的にフーガを研究したそうだ。優れたピアノ曲である「24の前奏曲とフーガ」は、彼が50歳手前にしてまさに機が熟して書かれたものである。
そういえば今年の目標に、バッハと原博の「前奏曲とフーガ」を聴き比べて、フーガの技法を研究したいと書いた。まだ殆ど実行していないが、時間が許す限りやってみたい。(もっと音楽に費やす時間が欲しい)

さて本題の「ギターのための挽歌」であるが、挽歌とは親しかった人の死後、葬送のときに歌われる曲のことである。
原博のこのロ短調の曲は挽歌に最もふさわしい内容を持っている。
Andante espressivo、4分の3拍子で始まるこの曲の出だしは、静かに穏やかでありながら、親しい人を亡くした深い悲しみを想起させる。4小節目、5小節目の楽譜に記載された運指は音価を保持するために必要な運指ではあるが、果たして押さえられるだろうか。ギターを弾いたことのない作曲家らしく、この曲の楽譜に書かれた音を保持するには困難な運指が求められるが、音が少し切れてもよいから、あえて楽な運指を取ってもよいと思う。その方が音楽表現に無理がかからず、弦の音程も狂うという弊害も免れる。
この曲のキーポイントである下記の部分、アクセントにより悲痛な気持ちをより強く表現し、アチェレランドで速度を速め、リタルダンドで次第に気持ちの高ぶりが収まっていく感情の流れを表したい。





その後このフレーズが何度か繰り返されるが、突然意表をつくようにニ長調に変調する。
これは悲しみにどっぷりつかっていたものの、亡くなった親しい人との過去の思い出を回想する様を表現している。亡くなった人との楽し思い出が、雨雲の切れ目から差し込む日光のように悲しい気持ちと混在しながら回想されていく。



そして突然、イ長調のカデンツアが挿入されるが、このカデンツアはこの曲に合っていないように思う。もう少しふさわしいものを作れなかったのか。ここがこの曲の残念なところである。なお原曲のギター合奏曲にはこのカデンツアは無い。



明るいカデンツアの終わりに現実の悲しみに引き戻されたように強い和音が鳴らされ、冒頭のロ短調の主題が再現される。
そして先のキーフレーズの後にこの曲の最大の悲痛な気持ちを表現するかのような、もう2度と会うことのない故人に対する最後の別れを表現するかのような、フォルテッシモの強い和音が奏でられ、その後次第に静かに弱まっていくものの、冒頭の悲しみよりも一層深い悲しみを湛え、全弦に渡るロ短調の静かな和音で終わる。

ロ短調の曲というと、20代の辛かった時に聴いた、アンドレス・セゴビア作曲の「光のない練習曲」と、コスマ作曲、武満徹編曲の「失われた恋」(Amours Perdues)を思い出す。
そう簡単には解消されない持続的な根を張ったような悲しみ、悲壮感が漂う。
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ビゼー作曲 ラインの歌「暁」を聴く

2015-03-07 22:00:27 | ピアノ
ここしばらく多忙で殆ど休みが無かったが、昨日で山を越えた。
肉体的にも精神的にも疲労が続くと、優しい音楽が聴きたくなる。
以前マリヤ・グリンベルクの弾く小品でこのような疲れを和らげてくれるような曲があったのを思い出した。
ビゼー作曲の「ラインの歌」(Chants du Rhin)という6曲からなるピアノ小品集である。
ジョルジュ・ビゼー(Georges Bizet 1838~1875)は、カルメンやアルルの女などのオペラ曲の作曲家として有名であるが、若いころはあのフランツ・リストも絶賛したほどの腕前のピアニストだったという。
ビゼーのピアノ曲はあまり知られていないが、この「 ラインの歌」は派手さがなく簡素であるが、とても美しい旋律に満ちた曲だ。
とくに第1曲「暁」、第3曲「夢想」、第5曲「ないしょ話」が優れている。
その中でも「暁」は非常に美しく優しい曲であり、ピアノを演奏する方がもっと取り上げてもいいほどの内容を持っている。コンサートでプログラムの最初を飾る曲やアンコール曲としてもふさわしいように思う。
マリア・グリンベルクのこの曲は1951年であるが、旧ソ連の記録映画のBGM用として録音されたようだ。
ピアニストとしての活動が政府により制限されていたグリンベルクは、陽の目を見ない、このような裏方の仕事をしてきたのである。
しかしその演奏は凄いとしか言いようがない。簡素な小曲で、聴き手の感情をここまで強く引き出せる演奏を出来るピアニストはそういない。リヒテルやギレリスがここまでの演奏が出来るとはとうてい思えない。
裏方として辛酸をなめてきたからこのような表現ができるのではないか。
長い間の下積み、高い才能がありながらも日の当たらない所で黙々と耐え忍んできた人生だったからこそ、このような表現が出来るのではないか。
彼女がもし若い頃から周囲から注目され、ちやほやされ大事にされ、特別扱いされてきたならば、このような演奏は決して出来なかったに違いない。
美しく弾くことは出来ても、聴く人の心を強く動かすことは出来なかったに違いない。

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感動した合唱曲 全日本合唱コンクール高等学校部門(4)

2015-03-01 18:39:19 | 合唱
ここしばらく疎遠になっていた合唱曲を聴いた。
高校生の合唱コンクールで有名なのは、NHKが主催するものと、全日本合唱連盟・朝日新聞が主催するものとの2種類が有名であるが、後者はテレビで放映されないこともあって、演奏を聴くにはコンクールの生演奏を聴くか、連盟から出ているCDを買って聴くしかない。
全日本合唱コンクールは3年ほど前に東京府中で開催された折に一度だけ生演奏を聴いた。
生まれて初めて合唱コンクールの全国大会をその時に聴いたのであるが、とても感動し、機会があればまた聴きたいと思っているのである。
今日聴いたのは、2009年10月に金沢で開催された第62回の全国大会高等学校部門の演奏である。
曲は、「風(「白秋による三つの発想」から)、作詞:北原白秋、作曲:萩原英彦である。
演奏者は、愛媛県立西条高等学校合唱部、混声23名である。
実はこの西条高等学校合唱部は同じ2009年10月に、NHKが主催する全国学校音楽コンクール(Nコン)において、Nコン史上に残る素晴らしい演奏を残してくれた。
この時に演奏された曲名は、「あの空へ~青のジャンプ~」と「混声合唱のための「ラプソディ・イン・チカマツ[近松門左衛門狂想]から壱の段」の2曲であった。
この2曲は、いままで私が過去のNコン全国大会で聴いてきた数多くの演奏の中で最高の演奏である。
これらの演奏を何度聴いてきたかわからない。これらの演奏を超える演奏が今後出てくることは極めて少ないと思われる。そのくらい私に大きな影響、-それは合唱曲の素晴らしさを教えてくれたこと-、を与えてくれた。

この「風」という曲、北原白秋の詩「風」をもとに作曲されたのであるが、短いながらも無駄のない完成度の高いいい曲だ。
コンクールで歌われる合唱曲には様々なものがあるが、シンプルで美しいものは少ない。
この曲は古風な詩から発せられるものをよく捉えていると思う。曲と詩がとても一体化しているのだ。
白秋が、秋に吹く強い風に身を揺らされ、目にした光景を描写した簡素な詩である。
後半に「吹く風の道に、驚きやまぬものあり。光、また暗みて、折節強く、急に強く、光り、また暗む」と謳っている。
これはどのような光景を目にしたのであろうか。
強い風に雲も動かされ、その雲と雲の間から差し込んだり隠れたりする日差しを表現したのであろうか。
いずれにしても、秋の、強いけれど心地よい風に身をまかせて、揺れ動く様を楽しむように、自分と同じように風に翻弄された自然界と気持ちを共有して生きている実感を表現しているように感じた。
遠く田舎に行かないと、また忙しい日常から逃れないと、このような感傷を感じることは出来ななくなった。
昔の人の方が、今よりもはるかに感性が強かったのであろう。うらやましいことである。

西条高等学校の演奏は、この白秋の自然に対して感じた気持ちを、それは逆らうことのできない自然の為す力に対する尊厳、喜びといった気持ちを、実にストレートに表現している。
その気持ちは、第一章の「風なりと思う間もなし」、第二章の「揺られつつ、その風をまた」、第三章の「弧は描けど揺れ揺れて、まだ空のうち」で感じることができた。

西条高等学校の演奏はテノールも良いが、女声(ソプラノ)が素晴らしい。
この女声は艶があり、透明であり、力強く遠くまで余韻を残すエネルギーがあり、情感に満ちている。他校で聴くことのできない、独特のものであり、この高校の最大の魅力であろう。


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