緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

女声合唱とピアノのための「明日のりんご」より「緑の中へ」を聴く

2020-04-30 21:23:31 | 合唱
全日本合唱コンクール全国大会の過去の録音を聴くために、ヤフオクやアマゾンで「ハーモニーの祭典」という中古CDを何枚か買って聴いてみたが、やはりいい演奏に出会うのは本当にごくわずかだ。
今日届いたCDは2007年、第60回大会のAグループの演奏録音の一部であったが、適当に流し聴きしていた中で、いい演奏しているな、と感じた高校があった。
秋田県立秋田北高等学校音楽部。



高校生らしい歌声ではあるが、とても清冽で澄んでおり、しかもエネルギーに満ちた演奏だった。
そこで、Youtubeでこの高校の演奏がないか探してみたが、Youtubeではなく、他の動画サイトで見つけることが出来た。

2006年、第59回全日本合唱コンクール全国大会Aグループでの演奏だった。
曲は、作詩:新川和江、作曲:高嶋みどり、女声合唱とピアノのための「明日のりんご」より「緑の中へ」。



先日、「静かな夜に-合唱曲1曲ー」と題する記事で、東京都共立女子高等学校の演奏で「きょうの陽に」という曲を紹介したが、実はこの曲が、、女声合唱とピアノのための「明日のりんご」という7つの組曲の最終曲であり、今日紹介する「緑の中へ」が4曲目の曲であることが分かった。

さっそく秋田北高等学校の演奏を聴いてみたが、この学校の演奏も演奏者個々の感情を重要視するタイプの演奏だと感じた。
やはり歌声の裏から、演奏者たちの優しさ、清らかさ、純粋な感受性といものが伝わってくる。
とてもいい演奏だ。
力強さ、清冽なエネルギーが自然な形で放たれている。

下にリンクを貼り付けておきます。

【女声合唱とピアノのための「明日のりんご」より「緑の中へ」】

【追記2020005010033】

手持ちのCDの中に、何と2006年、第59回全日本合唱コンクール全国大会Aグループ、秋田北高等学校の演奏があった。



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魚をフライパンで焼いてみた-いわし編-

2020-04-30 20:51:54 | グルメ
かゆみ対策プロジェクトを始動させてから数か月になるが、元凶とも言える添加物まみれのコンビニ食は絶ち、なるべく時間のある時に食材を買ってきて自作するようにした。
対策強化案の一つとして挙げられたのは、食事のバランスを考え、魚の割合を増やすことであった。
魚と言えば、もっぱら缶詰だ。
さば、さんま、いわしといった青魚の水煮、みそ煮、しょうゆ煮といったたぐいのものだ。
しかしこれを頻繁に食べていると飽きがくる。

そこで連休の2日目は、生の魚を焼いて食べることにした。
家のガスコンロには魚を焼くためのグリルがついているが、今の住居に移ってきてからは1回も使ったことはない。
手入れが大変なのだ。
横着人間にとっては使いたくない道具だ。
そこで考えたのは、生の魚をフライパンで焼くというもの。
これは楽そうだ。

今日、さっそくスーパーに行って、いわしを買ってきた。
まず、フライパンに油をたっぷり入れ、いわしを2匹乗せる。



火加減は分からないから、とりあえず強火にした。
しばらくしたら、油が勢いよく跳ねだした。
手に高熱の油が飛び散る。熱い。





強火にしたら、いわしの身が崩れ出した。



そこで弱火にした。
しかしなかなか、身の中まで火が通ってくれない。
生焼けかもしれないが、これ以上焼くと身がばらばらに崩れてしまうので、この辺で火を止めた。

出来上がり。



やはり、生焼けだったが、そのまま食べる
フライパンに夥しい量の油と魚くずが付着し、洗うのが大変だった。

いわしは身が柔らかいから上手くいかなかったのかもしれない。
次はさめの切り身に挑戦しようと思う。

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ギター録音(5)バリオス「大聖堂第1楽章」

2020-04-29 21:20:29 | ギター
連休初日に、ギター独奏曲を録音してみた。
暗譜している曲で、手っ取り早く録音できる曲として、バリオスの「大聖堂第1楽章」にした。
「大聖堂」は今は3楽章が当たり前となっているが、昔の楽譜、例えばシーラ・ゴドイの編集した楽譜は第2楽章と第3楽章のみだったし、バリオスの自演録音も第2楽章と第3楽章のみだった。
比較的新しい録音、例えば、ナルシソ・イエペスの録音もオリジナルの第2楽章と第3楽章のみである。
イエペスは90年代に日本で開催されたマスター・クラスで、大聖堂の第1楽章は本来、別の曲であったことを明言している。
それを裏付ける資料を、去年のお盆休みに帰省したときに実家においてあった資料から見つけることができた。
その資料にはバリオスの「大聖堂第1楽章」の自筆譜の写真が掲載されていたが、曲のタイトルは「プレリュード」だった。



つまり、第1楽章は本来、大聖堂とは全く別の曲であったことが間違いないということだ。
では、この「プレリュード」を大聖堂の第1楽章として採用したのは誰で、いつからかということになるが、これについても事実が判明した。
まずこの「プレリュード」の作曲年であるが、1938年1月28日とある。



そして、この曲を大聖堂の第1楽章として採用したのは誰かということだが、これはバリオス本人だった。
バリオスがこの「プレリュード」を大聖堂の第1楽章としてそれまでの第2楽章と第3楽章に付加して3楽章全てをコンサートで演奏した記録が残っているが、資料では1939年7月となっていた。



それまでは、下の写真のように第2楽章と第3楽章のみのプログラムとなっている。



だからということでもないが、この大聖堂の第1楽章は単独での曲として弾いても中途半端とは言えなないと思う。
元々、単独の曲として作曲されたからである。

今日この曲を録音してみたが、なかなかうまくいかなかった。
音がびりついたり、鳴り切らなかったりと。
でもいいや。またいいのを録って記事にすればいい。
(下のリンクから聴けます)

【大聖堂第1楽章:2020年4月29日)】


また、10年前の録音もあったので、これも貼り付けておく。

【大聖堂第1楽章:2010年11月21日】

両者を聴き比べてみると、基本的にテンポや曲の解釈にそう相違はなかった。
自分の解釈はかなり速いテンポで崩さず淡々と弾くというもの。
はっきり言って、10年前の演奏の方が、脂が乗っていたと感じる(衰えたか? ちょっと虚しいな)。

【追記202004292224】

10年前の録音で別の録音が見つかったので貼り付けておきます。
(こっちの方が少しだけいいかもしれない)

【大聖堂第1楽章(10年前の録音、別テイク】
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水筒買った

2020-04-29 20:48:40 | グルメ
今日、ホームセンターに行って水筒を買った。
保温機能がある水筒だ。





色は群青色、1Lサイズだ。
この水筒にかゆみに効くというルイボスティーというお茶を入れて飲むのである。
本当は、先日見た山田洋次監督の映画「家族」に出てきた1970年代のデザインの水筒が欲しかったのだが、さすがに無かった。
あと、日本製にしたかったのだが、これも探すのは至難だ。
今日買ったのは象印のものだが、メイド・イン・タイだった。

コロナ感染拡大防止のための不要不急の外出自粛に従っているが、今晩のニュースでは沖縄や四国で例年以上の観光客が訪れているという所があったとのことだ。
何故訪れるかというと、家でじっとしていられないからだとか。
みんなそう思っても我慢しているけど、結局、自分さえが感染しなければいい、という考えが感染を広めてしまうんだと思う。
今、飛行機も新幹線もガラガラだからこれはチャンスと思う人もいるだろう。
以前から準備していたさまざまなイベント、行事などが犠牲になって、がっかりした人もたくさんいるわけだから、ここは我慢して自分本位の行動は慎まないとな。

休日家に居て床にごろ寝しているおとうさんがよく、家族から粗大ゴミ扱いされるなんて、嘆かわしいことをよく聞く。
40代後半から50代半ばくらいまでの年代の人に見られると思うが、疲れているのだ。
一番、社会で使われる年代なのだ。
複雑な人間関係からくる悩みや仕事の重責で、なかなか解消しない持続的なストレスを抱えているけど、そんなこと口にだして言えない。
だからぐったりとごろ寝ということになる。
人間、本当に元気だったらごろ寝なんかしていられない。
ごろ寝というのは怠けてそうしているのではなく、本当にそうせざるを得ない程、肉体的にも精神的にも疲弊し、充電が必要だからそうしているということなのだ。
だから家族の人もそこを理解してあげないと。
自分の親父もそうだった。テレビの前で押し黙ってごろ寝していることが多かった。
幸い、おふくろも子供も全然気にしなかったけど。

連休中は本とギターだ。
(あと立ち寄らない長距離ドライブか。トイレはどうする?)
独奏曲の録音も何曲か出来ればいいな。


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久しぶりの日本酒(17)

2020-04-28 22:09:29 | グルメ
20日からやっと在宅勤務と工場でのサテライトが認められ、今日まで4日ほど在宅で仕事をしたが、誘惑はあるものの、意外にも仕事ははかどった。
多分、至近距離にいる口うるさい上役から話しかけられないからだろう。
ストレスも全くない。
これはいい。
しかし、このうるさい上司が今朝の社内インフォメーションみたら、何と執行役員に昇進していた。
これにはいささかがっかりした。

明日から連休だ。
すでに在宅勤務に入っていたので、連休開始前の開放感は半減だが、それでも明日から連休かと思うと気持ちが弾んでくる。
この開放感の時は日本酒だ。

今日、在宅が終ったあと、車で片道40分のところにある日本酒専門店に行って、ゴールデンウイークに飲む酒を買ってきた。
「蓬莱泉(ほうらいせん)」という銘柄。



純米酒。精米歩合60%。
愛知県の関谷醸造というメーカーの酒だ。
面白いのは、原材料に自社製の焼酎を使っていることだ。
こんな日本酒は初めてだ。
「原材料すべてが米由来」とラベルに書いてある。
「酒粕を蒸留した自社製焼酎を添加した」とある。

まず冷やで飲んでみる。
いい味だ。
いかにも昔ながらの日本酒らしい日本酒の味。
今流行の味とは全然違う。
あっさりしているようで深い。すっきりしているようでそうでもない。
これは今まで飲んだ日本酒のなかでも上位に入ると思う。
燗にしても飲んでみたがおいしい。

またラベルがいい。
日本酒はこういう伝統的なラベルが一番似合っている。
安易に消費者に迎合し、味をフルーティーにして、ラベルを現代風にして売られている日本酒が氾濫しているが、そんなのはうまくない。
こういう頑固なまでに昔の伝統を守る日本酒こそが本物が多い。

話は変わるが、酒屋へ車で行く途中、ある交差点で信号待ちで止まっていたとき、そばのトラック専門のカー用品店から、大型トレーラーが首を目いっぱい曲げながら出てきたのを見て、かっこいいなと思った。
もし生まれ変わったらどんな仕事をやりたいか、と言われたら長距離の大型トラックの運転手か、金属加工の職人と答えるだろう。
大型トラックに目覚めたのは大学生のとき。
大学時代に物流センターで大型トレーラーからの積み荷降ろしのアルバイトをやったことがあるのだが、コールタールの入ったドラム缶をフォークリフトの爪が届くところまで移動させる仕事で運転手と2人で重たいドラム缶を転がす作業だった。
この時の運転手がものすごく怖い人で、人格否定の暴言が機関銃のように連射される始末。
しかしフォークマンたちは優しい人たちだった。
このフォークマンたちが、待ち時間に廃車となったバスの待機場の中でストーブを囲みながら、するめを焼いてマヨネーズをつけて食べていて、「どう、食べて」と言って自分にも薦めてくれた。
これがおいしくて。
そして読みかけだったエロ漫画も「これも読んでいいよ」と言って渡してくれて、それを受け取ると(夢中で?)読みふけったものだ。
暴言野郎もその廃車バスの中に入ってきて、吹雪の中の運転など体験断を話だしたのだが、結構面白かった。
また、ある日の別のトラックの運転手は、怒られるかと思ってびくびくしていたけど、全然穏やかで優しい人でこっちが拍子抜けしたこともあった。

1年くらい前だったかな。
Youtubeで、サラリーマンやってた人が会社辞めて長距離の大型トラックの運転手に転身して、運転の様子を動画で撮影して投稿していたのを見たことがあるが、その方は、人間関係のわずらわしさも全くないし、独りでいることの好きな人からするとこれほど楽しい仕事はない、と言っていた。
色々なところへ行けるし、時間が余ったときは自由に行動できるという。
確かに独りでいる方が気楽で平気で、車の運転が好きで、いろんなところに行きたいと思っている人からすれば、体が丈夫であるならば天職だと思う。
自分も随分前から何度かこういう仕事の方が向いていたのかもしれないと思ったことが何度かあった。

あとは職人。
今日、テレビで美容師が使うはさみを造る職人を紹介する番組を見たが、職人の仕事は専門性が強く、一人前になるのに長い年月がかかるが、一生技を探求できるやりがいがある仕事だと思った。
忍耐強く、妥協を許さない、探求心の強い性格の人間であれば、向いている仕事だと思う。
この仕事もあまり人間関係に左右されない良さがある。

会社勤めの場合は、自分の希望どおりの仕事にずっと従事できるのは稀だ。
技術屋だって、ずっと開発や設計に残れる人などごく一握りだ。
大抵は営業や資材購買などの事務職に異動させられる。
だから会社勤めの場合は、或る程度の割り切りを覚悟していないと辛く感じることになりやすい面がある。
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