社民新党首に吉田忠智参院議員 党首選で豊島区議破る(朝日新聞)
【大野亨恭】17年ぶりに選挙戦となった社民党の党首選が14日開票され、参院議員の吉田忠智氏(57、比例区)が、東京都豊島区議の石川大我氏(39)を破り、第4代の新党首に選ばれた。任期は2016年初めの党大会まで。
(中略)
吉田氏は選挙戦で、地方議員や国会議員の経験を生かし、党内融和や雇用政策を重視する姿勢を訴えた。ゲイで豊島区議の石川氏は39歳という若さをアピールし、党の変革を前面に出したが及ばなかった。
17年ぶりに社民党の党首選が行われました。日本の首相は短期政権が相次ぐのを尻目に、その辺の独裁政権にも負けないほどの長期政権が社民党では敷かれていたわけで、まぁ社民党の内部が強権的云々というものではなく単に「争えるほどの規模がない」だけではとも思っていたものですけれど、何とか選挙は成立して新党首が誕生したようです。あまりにもエセ科学路線に傾倒しすぎた前任者を脱して真っ当な方向性を打ち出せるか興味深くもありますが、どうしたものでしょう。
なお朝日新聞報道によると落選したのは「ゲイで豊島区議の石川氏」とのこと。こういう書き方をする必要性はあったのでしょうか? 当選した吉田氏の性癖も併せて語られているのならいざ知らず、一方をのみ記すところに差別意識というものは存在するように思います。なぜ「ヘテロ(かどうかは知りませんが)で参院議員の吉田氏」とは書かないのに、「ゲイで豊島区議の石川氏」なのか。この辺は問われるべきものがあるはずです。まぁ、芸ならぬゲイを売りにした芸能人が売れる時代ですから、ゲイとはそういう扱いなのかも知れません。
【大野亨恭】社民党の党首選は、吉田忠智参院議員(57)が石川大我・東京都豊島区議(39)を破り、第4代党首に就いた。労働組合が推す吉田氏と、市民派の結集を狙った石川氏という党内の二つの流れが激突する戦いでもあった。「労組頼み」が党の衰退を招いた、と指摘される中で、吉田氏がその流れを止められるか。前途は極めて険しい。
党首選では、吉田氏が9986票を獲得し、党の変革を訴えた石川氏の2239票を大きく引き離した。「労組」が「市民派」を圧倒した結果とも言える。
……で、同じ記者による別の記事がこちらです。曰く「『労組』が『市民派』を圧倒した結果」とのこと。本当にそうなのでしょうか? 確かに労組からの支持を否定的に捉える風潮は強いです。2010年に当時の民主党幹事長であったアホの枝野は「国家公務員の労働組合が支持しているのは、大部分が共産党だ。国家公務員の組合で民主党を支持しているところはほとんどない」などと事実無根の発言を行い、共産党と国公労連から抗議を受ける事態となりました。もちろん民主党が連合加盟の国家公務員労組から組織ぐるみの支援を受けているのは、よほどの民主党支持者でもなければご存じかと思います。しかるに、どれほど裏切られようとも民主党に忠誠を尽くす連合(労組)を枝野は公然と「(自分たちの)支持層ではない」と切り捨てて見せました。
参考2、フジテレビ新報道2001での民主枝野幹事長の「国家公務員労組は大部分が共産支持」発言の撤回求める(国公労連)
まぁ自身の直近の発言すら覚えていないのではと思わせるフシが枝野には多々あって、それだけに自分の所属政党の支持母体すら覚えておくことができなかった可能性も一概に否定できませんが、ともあれ枝野は労組からの支持を隠したがったばかりではなく、それを最も嫌いな政党に押しつけようとしたわけです。現代日本の政界において「労組からの支持」とはそういうものなのかも知れません。枝野のように公然と嘘は吐かないまでも、「好ましくないもの」として労組からの支持を扱う、そういう風潮はあるのでしょう。
そして今回、引用した記事のように「労組」と「市民派」を二項対立の図式に据えるケースも当たり前のように存在するわけです。つまり、労組から支持を受けている⇒市民派ではない!と。社民党にとっての市民派とはエセ科学系の反福島サークルなんじゃないのかというツッコミはさておくにしても、「労組」と「市民派」は相容れないものなのかがまず問われるところです。労組の主張は市民派のそれと対立するものなのか、市民派の主張は労組(所属の組合員)の利益を損なうものなのか、労組と市民派を対立するものとして当たり前のように位置づける今回のような記事は珍しくありませんが、初めにミスリードありきとも言えます。
むしろ、労組を市民の利害と対立するものとして忌んできたこともまた衰退の原因ではとも。もっと堂々と「労働者のための政党」と前面に出して、労組(所属の組合員)を守る政党として胸を張るという選択肢もあり得たはずです。しかし、労組は市民(派)の対立軸として置かれるばかりで、枝野のように労組との距離の近さを否定する、民主党がそうであったように労組にとって利になるような政策を避ける、そうやって労働者側を退けることで市民(国民)目線を気取る政治家ばかりが増大しているのが現状と言えます。労働者だって国民であり市民なのですけれど、あまりにも疎んじられてはいないでしょうか。社民くらいの小政党ともなれば、労働者というニッチな(本当は多数派なのに)ニーズを代弁する政党として他党との差別化を図ることも有効に思われます。それこそ、最も既成政党に欠けている部分でもあるのですから。
以下は10/23追加
社民党の吉田忠智党首は23日の記者会見で、脱原発の主張を繰り返している小泉純一郎元首相に会談を要請したと明らかにした。共闘関係を構築して党の存在感アップにつなげる狙いで、小泉氏の回答待ちという。
吉田氏は「方向性や考え方は一緒だ。脱原発に向けて、どう取り組んでいくかを話し合いたい」と期待を示した。
……ということで、どうやら社民党は今後もトンデモ路線を継続、小泉に擦り寄って反労働者路線にも傾倒していくものと予測されます。今後の政界再編があるとしたら「民主/みんな/維新の反労働者連合」「社民/生活/みどりのエセ科学同盟」「地方議会でも野党の共産」みたいな枠組みかなと思っていたものですが、「自民党をぶっ壊す」の小泉が核になる日もあるのかも知れませんね。安倍内閣が多少なりとも小泉改革の過ちを修正しつつある中、反動勢力の結集もあるのでしょうか。一時は橋下が引く手あまたで自民、民主、みんななど諸々からラブコールを送られていたものですけれど、今や小泉が野党のアイドルのようです。
まさに「脱原発が第一」を地で行っていますからね。民主や社民は元より、デフレ不況脱却のためであろうと自民とは組まない姿勢を鮮明にしてきた共産ですら、脱原発のためなら小泉にも尻尾を振る有様、脱原発そのものが至上の目的化しているようですが、それは賛成とか反対以前に「間違い」ではないかと思えてくるところです。
>国道134号鎌倉さん
まぁ国民に対する責任感の致命的な欠落、現実よりも己の脳内世界優先の小泉は、ある意味では脱原発にうってつけの人材ではあるのでしょう。小泉改革の結果に対しては否定的なメディアや論者でも小泉改革そのものは賛美していたケースが多いように、脱原発の結果を歓迎しないくせに脱原発を熱烈に訴える人も多いのではと頭が痛くなるところです。まぁ自己目的化した脱原発に辟易している人も多いわけで、もうちょっと労働者側に立った政党があれば独自性は築けそうなもの、しかし社民も望み薄ですね……
社民党が「脱原発」と言うだけで小泉純一郎元首相と共闘しようと考えているのなら、社民党の先が思いやられます。
小泉元首相は、政界に影響力を残していくために、空気を読んで「脱原発」を訴えているのにすぎません。「脱原発」にはまり込んで労働者や社会的弱者の人権は置いてきぼりにされたのでは、たまったものではありません。
「脱原発」教の信者は「脱原発」と言うだけで社民党についてくれるかもしれませんが、「脱原発」よりも生活が重要な人たちからは見放されるでしょうね。
吉田党首が、自身の出身母体である自治労などの官公労と在日米軍反対運動を引き付け、ヴェネズエラのチャベス・マドゥロ政権を手本とする政治路線で行くのなら、社民党にも活路を見いだせたかもしれませんでしたが…。