もう今は通る人さえなくなった天理滝本墓地への参道脇に見捨てられ、今にも倒木や降り積もる枯葉に埋まりそうに佇んでいます。
此の奥には往時「龍福寺」と呼ばれる古刹の真言密教修行道場があり、隆盛を極めたが明治の廃仏毀釈で廃絶、現在「大親寺」と云う名前の寺が引き継いでいる。
今は廃道と化したこの滝本墓地道はかって龍福寺への参道を兼ねていたのだろうか??・・・・。
磨崖石仏は墓地から少し参道を下がった右手斜面から突き出した大岩に刻まれているが、写真の様に倒木がその岩に倒れ込んでいる。
廃道と成ってもう相当時間もたつのだろう??、倒木が有っても誰が文句をいうでもなし、まして阿弥陀さんは無口だし。
岩面に深く舟形光背を彫り窪め、半肉彫りで像高1.m程の阿弥陀立像を刻みだしている。
刻銘はあるものの紀年銘は無く、施主と「九月南無阿弥陀経布施」がいやにはっきりと読める。
上品下生の来迎印を結んでいる様に見え、顔容や体躯、衣紋にも力が弱く形式化が進み室町後期~江戸初期のものだろうか??
光背外部岩面の月輪内に地蔵種字の「カ」を刻み、その下部にも三列の刻銘が見られる・・・、しかし何が何やら状態。
撮影2011.5.15
二年ほど前に行きましたが、まだ倒木の処理してないんですね。
あの先、滝本まで降れるんでしょうか?
降りて降りられないことはないと思いますが??