先日紹介した清賢院さんの前の細い道を道成りに1kmも進めばそこは 一乗寺北墓という共同墓地。
このあたりまで来ると京都も洛北の静かな里山になって全く街の喧騒はない。
墓地入り口の一段高い六体地蔵傍らに大きい舟形光背を持つ立派な石仏があります。
墓地は整備が行き届き過ぎ、ちょっと風情には欠けますが??・・。
やっぱり比叡山型とでも云うのか大きい幅広の光背共々花崗岩一石から彫り出した総高約1.8m、等身大の丸彫り近くまで厚彫りの坐像です。
蓮華座に結跏趺坐し、右手は施無畏印、左手を上向きに膝の上に置く。
目鼻立ちも定かで無いほど風化磨耗も激しく厳密には解りませんが弥勒石仏だといわれています。
横に廻って見るとその彫り出しの厚さがなおさら良く解ります。
この辺り一円は比叡山西麓にも当り、こうした大型の如来石仏の多い所で琵琶湖側の坂本と並び称され、西坂本とも呼ばれた寺院の密集地域でもあったようです。
墓地石仏としては似つかわしくないほどに立派なこの石仏さんも、いずれあの織田信長の比叡山焼き討ちの犠牲に成った寺院の遺仏なのでしょう??
京都鎌倉期の石仏の特徴を余すところ無く持っている石仏です。
撮影2011.8.27