ニューヨークとの時差は6時間のようだ。木曜日の20時にカーネーギーホールで初日を迎えるベルリナーフィルハーモニカー新シェフお披露目米国公演。九回かの本番で生中継があるのもこの晩のみとなっている。もう一度どこかで録って欲しいものである。
つまりこちらでは26時始まりとなる。一番眠くなる時刻だ。起きていても朝四時までが一番厳しい。やはりタイマー録音を設置してから一眠りしておく方が起きれるかもしれない。兎に角どうしても聴いておきたいのは、そこからの反響をはかるためで、一水向こうの評価はとても大切なのだ。本当は東京公演の方が早く予定されたのだが、それも流れて、米国公演も一度流れた。その時は「英雄の生涯」などがプログラムに入っていた。
今回は表のプログラムはマーラー交響曲七番のみで、裏のプログラムが新しい曲とモーツァルトのヴァイオリン協奏曲、そしてコルンゴールトの嬰へ長調の交響曲となっている。それはそれでコンセプト的に面白いと思うが、一日置いて二回カーネギーで演奏するこれは特別だ。
ベルリナーフィルハーモニカーのサイトに行くと今迄の米国ツアーに関しての記述がまとまっているのだが、その中に前回の2016年のサイモン・ラトル体制でのプログラムも紹介されていた。全く気が付かなかったのだがそれもマーラーの七番だった。そして前半にブーレーズの「エクラ」を入れていた。それで何となく記憶があったのだが、またもやペトレンコが前任者のそれを上塗りしてしまう。
それでも前任者のラトルは今でもとても後任者にキリル、キリルと感謝している。引き渡しのミュンヘンでの会談の時に腹を割って全てが話されたと思っていたのだが、ここまでとはと改めて思う。そこまでその当時に話して、その直後にもラトルに「人間的にワンダフルな人だ」と言わせるのはどうなのだろうと思う。
さて聴きどころは、先ずはフランクフルトでおやじが出て行ったり、お喋りシーの静止で邪魔された導入部から最初の主題がひとしきり終わるまでの和声の出し方である。十分にシャープさもあったのだが、もう少し整理され焦点が定まることで受け取る印象が変わると思う。それ以降は文句はなかったのだが、アゴーギクでのペトレンコの十八番のその運びの巧さが更によくなると思う。一楽章中盤から中間三楽章は全くいうことがなかった。あとはフィナーレロンドの運びがどうなるのか。実はもう一度楽譜を予習で研究しておかないと、よく分からない。マイスタージンガーのロンドとその間の繋ぎの入り方だと思うのだが、調べてみたい。
会場の音響に関してはペトレンコ自身もミュンヘンの座付き楽団と何晩か演奏しているので、恐らくサウンドチェック以上の練習もあってきっちりと合わせてくるに違いない。またいつもの放送の舞台脇では誰が喋るのかも興味がある。支配人のツェッチマン以外に誰が出てくるか。今回はマンドリンの米国人かもしれない。(続く)
中継のネット放送:カーネギ―ホールライヴ
参照:
ビッグファイヴの四つ目 2018-05-28 | 文化一般
歴史的な瞬間にいること 2022-11-08 | 音
つまりこちらでは26時始まりとなる。一番眠くなる時刻だ。起きていても朝四時までが一番厳しい。やはりタイマー録音を設置してから一眠りしておく方が起きれるかもしれない。兎に角どうしても聴いておきたいのは、そこからの反響をはかるためで、一水向こうの評価はとても大切なのだ。本当は東京公演の方が早く予定されたのだが、それも流れて、米国公演も一度流れた。その時は「英雄の生涯」などがプログラムに入っていた。
今回は表のプログラムはマーラー交響曲七番のみで、裏のプログラムが新しい曲とモーツァルトのヴァイオリン協奏曲、そしてコルンゴールトの嬰へ長調の交響曲となっている。それはそれでコンセプト的に面白いと思うが、一日置いて二回カーネギーで演奏するこれは特別だ。
ベルリナーフィルハーモニカーのサイトに行くと今迄の米国ツアーに関しての記述がまとまっているのだが、その中に前回の2016年のサイモン・ラトル体制でのプログラムも紹介されていた。全く気が付かなかったのだがそれもマーラーの七番だった。そして前半にブーレーズの「エクラ」を入れていた。それで何となく記憶があったのだが、またもやペトレンコが前任者のそれを上塗りしてしまう。
それでも前任者のラトルは今でもとても後任者にキリル、キリルと感謝している。引き渡しのミュンヘンでの会談の時に腹を割って全てが話されたと思っていたのだが、ここまでとはと改めて思う。そこまでその当時に話して、その直後にもラトルに「人間的にワンダフルな人だ」と言わせるのはどうなのだろうと思う。
さて聴きどころは、先ずはフランクフルトでおやじが出て行ったり、お喋りシーの静止で邪魔された導入部から最初の主題がひとしきり終わるまでの和声の出し方である。十分にシャープさもあったのだが、もう少し整理され焦点が定まることで受け取る印象が変わると思う。それ以降は文句はなかったのだが、アゴーギクでのペトレンコの十八番のその運びの巧さが更によくなると思う。一楽章中盤から中間三楽章は全くいうことがなかった。あとはフィナーレロンドの運びがどうなるのか。実はもう一度楽譜を予習で研究しておかないと、よく分からない。マイスタージンガーのロンドとその間の繋ぎの入り方だと思うのだが、調べてみたい。
会場の音響に関してはペトレンコ自身もミュンヘンの座付き楽団と何晩か演奏しているので、恐らくサウンドチェック以上の練習もあってきっちりと合わせてくるに違いない。またいつもの放送の舞台脇では誰が喋るのかも興味がある。支配人のツェッチマン以外に誰が出てくるか。今回はマンドリンの米国人かもしれない。(続く)
中継のネット放送:カーネギ―ホールライヴ
参照:
ビッグファイヴの四つ目 2018-05-28 | 文化一般
歴史的な瞬間にいること 2022-11-08 | 音
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