
本日は慰霊の日である。11月にある2日の万霊祭から水晶の夜とかの並びで暗い月の付き物だ。それゆえか知らないがまた街ではどんちゃん騒ぎをやっていた。祭りほどではないので問題はないのだが土曜の朝から地階ではバザーみたいなことをやっていて騒がしかった。足の故障で閉じ籠っていたので夕方になって始めて気が付いた。よそ者がどんどん入ってくるのでこちらは足を引きずり不機嫌な表情になる。嫌がらせに不自然な大咳を繰り返しておいた。でも以前と異なりコロナを怖がる者はそんなところには来ない。
序にニューヨークからの放送録音をチェックがてらに大音量で一部繰り返しで鳴らしてやった。また可笑しな評判が立つかもしれないが、それは仕方がない。こちらもドサクサに紛れて用を足せれば満足だ。
なによりも生中継放送の瑕疵を確認した。四楽章のマンドリンのところでの音飛びは明らかで、もう一つフィナーレの二回目のエピソードのところかでもう一度あった。生中継で気が付いたものばかりで、その他はやはり二回程舞台上での近接マイクが拾った雑音と一度は譜捲りの様な雑音、更に咳が一度ほどで修正するにしてもミニマムであった。演奏上の傷はリハーサルの音を録ってあれば修正できるのかもしれない。話題のセレナードのマンドリンの二拍目に入る鳥の鳴き声の正体は分からない。楽譜を見ても鳥笛が入る余裕はない。逆にコーダに掛けてのカウベルの音の鳴らし方が精妙に録れていて、あれは客席では音色としてしか聞こえなかったと思う。
ダイナミックスはやはり巨大でこうしたネット中継の圧縮したものでは到底適わない。120db以上は必要だと思われる。ハイレゾ音源しか無理であろう。また高音弦などに乗るサラサラのノイズ感も圧縮していなければ空気感若しくはマイクの特性として聞き取れる筈だ。この生中継サイトでは通常もオンデマンドで提供されるので、視聴者のコメントに「この演奏は二回三回と聞かないと駄目だからアーカイヴ化希望」とあったが、質が問われる。やはりこうしたエポックメーキングな録音なのでハイレゾでどこかでアーカイヴしてもらいたい。
こうしたチェックはヘッドフォーンでしか不可能であって、どんな遮音スタディオでスピーカーで鳴らしても、そうした耳による判断はそれ以外に方法はない。大音量で鳴らせば鳴らす程スピーカーの方も細かな音には対応できなくなり、ヘッドフォーンにそれも安物のイヤフォン程度の振動体の敏感さには到底及ばないのである。
プライヴェートでは全く殆どヘッドフォーンは使わないのだが、そうしたチェックとなると選択の余地が無い。つまり、このハイレゾ録音再生の時代になって、プロフェッショナルなそうしたスタディオモニターと全く同じ音を自宅で再生するのは万人にとって可能となっている。デジタルアナログ変換も変わりなく、精々使用ヘッドフォーンに準じたアムプの性能にしか差は出ない。それでも万人に手が出る価格で十分であり、それ以上には耳を掃除した方がいいぐらいである。
昭和時代に五味幸助というオーディオマニアがいて一軒の家屋以上の投資をその作家活動などの収益からしていた人がいたが、その実は最終的には自身のナショナルかどこかの汎用の補聴器を通して聞いていたという笑い話がある。
参照:
カーネギーホールライヴ 2022-11-10 | 文化一般
携帯型DACの実力は? 2022-09-30 | 音
序にニューヨークからの放送録音をチェックがてらに大音量で一部繰り返しで鳴らしてやった。また可笑しな評判が立つかもしれないが、それは仕方がない。こちらもドサクサに紛れて用を足せれば満足だ。
なによりも生中継放送の瑕疵を確認した。四楽章のマンドリンのところでの音飛びは明らかで、もう一つフィナーレの二回目のエピソードのところかでもう一度あった。生中継で気が付いたものばかりで、その他はやはり二回程舞台上での近接マイクが拾った雑音と一度は譜捲りの様な雑音、更に咳が一度ほどで修正するにしてもミニマムであった。演奏上の傷はリハーサルの音を録ってあれば修正できるのかもしれない。話題のセレナードのマンドリンの二拍目に入る鳥の鳴き声の正体は分からない。楽譜を見ても鳥笛が入る余裕はない。逆にコーダに掛けてのカウベルの音の鳴らし方が精妙に録れていて、あれは客席では音色としてしか聞こえなかったと思う。
ダイナミックスはやはり巨大でこうしたネット中継の圧縮したものでは到底適わない。120db以上は必要だと思われる。ハイレゾ音源しか無理であろう。また高音弦などに乗るサラサラのノイズ感も圧縮していなければ空気感若しくはマイクの特性として聞き取れる筈だ。この生中継サイトでは通常もオンデマンドで提供されるので、視聴者のコメントに「この演奏は二回三回と聞かないと駄目だからアーカイヴ化希望」とあったが、質が問われる。やはりこうしたエポックメーキングな録音なのでハイレゾでどこかでアーカイヴしてもらいたい。
こうしたチェックはヘッドフォーンでしか不可能であって、どんな遮音スタディオでスピーカーで鳴らしても、そうした耳による判断はそれ以外に方法はない。大音量で鳴らせば鳴らす程スピーカーの方も細かな音には対応できなくなり、ヘッドフォーンにそれも安物のイヤフォン程度の振動体の敏感さには到底及ばないのである。
プライヴェートでは全く殆どヘッドフォーンは使わないのだが、そうしたチェックとなると選択の余地が無い。つまり、このハイレゾ録音再生の時代になって、プロフェッショナルなそうしたスタディオモニターと全く同じ音を自宅で再生するのは万人にとって可能となっている。デジタルアナログ変換も変わりなく、精々使用ヘッドフォーンに準じたアムプの性能にしか差は出ない。それでも万人に手が出る価格で十分であり、それ以上には耳を掃除した方がいいぐらいである。
昭和時代に五味幸助というオーディオマニアがいて一軒の家屋以上の投資をその作家活動などの収益からしていた人がいたが、その実は最終的には自身のナショナルかどこかの汎用の補聴器を通して聞いていたという笑い話がある。
参照:
カーネギーホールライヴ 2022-11-10 | 文化一般
携帯型DACの実力は? 2022-09-30 | 音
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