夏の時間が戻ってきて、暑くてかなわない。
ラジオを聴いている。どうもあやふやな聴き方で、これに集中することも出来ないが、そうでなくても、あれ、この声もしかして風邪の引き始め、ってな感じがするときがある。何しろ、24時間とは言わないが、話し続けないといけない。声がまずは命で、風邪を引いたときのアナウンサの方、DJの方は大変である。風邪だけは引きたくない。どこかに行っても、首にタオルを巻いて眠る。クーラが欲しいが、声のことを考えると、眠るときは避けたい。スタジオの気温はずいぶんと低い。
といっても実際のところはわからないが。色々な機械、機材やらがあるし、まずは機械のための冷房、ついで、人の声のための冷房、そうゆう考えはあるのかどうか。いったいに、何度くらいのスタジオでいつも話されているのだろうか。ひざには、毛糸のマフラ、それから上はサマセータそんな感じの光景が目に浮ぶ。
先週の週末に近い時間、あれこの声は鼻声だな、と思うときがあった。しかし、そのアナウンサの声を今日久しぶりに聴いた。三日ぶりになる。すると、声はもとに戻っている。どうゆうマジックを使われたのか知らないが、ごく普通のいつもの声になっていて、なるほどアナウンサはそれだけ声については、プロ中のプロでこれはよくないとわかると、秘法なり自己流なりの鼻声撃退術を持っておられるのだ、という気がした。
さらに、少し話しに聴き入ると、どうも休みのときには、これまた栄養たっぷりな芸術観賞にも行かれているようで、なんだか要らぬ心配をして損をした感じになる。ただ、感じになるだけで、今日もまた元気な声がラジオで聴けたことはまことに喜ばしい。もう少し考えると、どうもまだまだお若い方、そんな簡単に風邪を引くわけもない。さらに鍛えているから、トレーニングも欠かさないから、自動的に、あるいは自身の治癒能力がちゃんと働いているのだろう。
夏はバテるものだ。しかし体重は減らない。きのうか、一昨日かいつもと少し違うお腹の状態を再発見した。ずいぶんと出っ張っているようだ。なんでかなって、それは食べすぎ。なんでもかんでも押し込んでいた。朝は食べないと、お昼も食べないと、そうしないと夏バテする、そう思って食べた。
いつもと違うのは、歩く距離が減ったこと。たぶん三分の一くらいに減った。一時は心的にも歩こうとゆう気もなかった。せいぜい必要な距離だけを歩いた。さらに、くたびれていると思うと、ゴロゴロもした。これで、食べているものが同じなら、そりゃ太るというかお腹は出っ張る。動かない。ごろり怠ける。それで、食べるものは食べる。こうなると、あるときを境に一気にどっと出るものは出る。それがお腹で、あーどうしようか、これは少しひどい。ものすごくひどいかも。
時代は秋になっている。太陽暦で9月は秋。涼しい秋、何でも出来る秋。過ごしやすい時期である。秋は読書。それから芸術、そして何だろうか。スポーツの秋。それから、旅行の秋があって、さらには収穫の秋がある。秋にはお米も、果物も、野菜もお魚もすべてがおいしい。あー、秋は食欲の秋でもある。なかなかにやりにくい。
食料品の値上がりは激しいでは済まない。とんでもないはねっ返りの状態にあって、今まで、100円だったのが150円は当り前。消費税も、5円から、7.5円に値上がり。その税金はどうなるー!。これによる食欲抑制効果はなかった。メタボンはメタボンボンになった。
風の盆、おわら風の盆の始まり。今日はたぶんいいお天気で、雨の心配はなさそうである。ただいまも風が弱いか、あるいはない。暑い暑い夜になりそうな気がする。
雨の日の、続き。
オクラの花がまだ咲いている。雨で、暗め。今年の夏は本の少ししか食べていない。向こうに見えるのは、これはたぶんヒャクニチソウの花。これも美しい。
スクリュウのような花弁の出方をしている。この花の中央の様子は、目で見ているとはっきりしていたが、写真ではうまく出ていない。
中央上は、蕾?、左は花。下側のものはこれから実が大きくなる感じ。あのネバネバはどうして作られるか、謎の一つである。
ラジオを聴いている。どうもあやふやな聴き方で、これに集中することも出来ないが、そうでなくても、あれ、この声もしかして風邪の引き始め、ってな感じがするときがある。何しろ、24時間とは言わないが、話し続けないといけない。声がまずは命で、風邪を引いたときのアナウンサの方、DJの方は大変である。風邪だけは引きたくない。どこかに行っても、首にタオルを巻いて眠る。クーラが欲しいが、声のことを考えると、眠るときは避けたい。スタジオの気温はずいぶんと低い。
といっても実際のところはわからないが。色々な機械、機材やらがあるし、まずは機械のための冷房、ついで、人の声のための冷房、そうゆう考えはあるのかどうか。いったいに、何度くらいのスタジオでいつも話されているのだろうか。ひざには、毛糸のマフラ、それから上はサマセータそんな感じの光景が目に浮ぶ。
先週の週末に近い時間、あれこの声は鼻声だな、と思うときがあった。しかし、そのアナウンサの声を今日久しぶりに聴いた。三日ぶりになる。すると、声はもとに戻っている。どうゆうマジックを使われたのか知らないが、ごく普通のいつもの声になっていて、なるほどアナウンサはそれだけ声については、プロ中のプロでこれはよくないとわかると、秘法なり自己流なりの鼻声撃退術を持っておられるのだ、という気がした。
さらに、少し話しに聴き入ると、どうも休みのときには、これまた栄養たっぷりな芸術観賞にも行かれているようで、なんだか要らぬ心配をして損をした感じになる。ただ、感じになるだけで、今日もまた元気な声がラジオで聴けたことはまことに喜ばしい。もう少し考えると、どうもまだまだお若い方、そんな簡単に風邪を引くわけもない。さらに鍛えているから、トレーニングも欠かさないから、自動的に、あるいは自身の治癒能力がちゃんと働いているのだろう。
夏はバテるものだ。しかし体重は減らない。きのうか、一昨日かいつもと少し違うお腹の状態を再発見した。ずいぶんと出っ張っているようだ。なんでかなって、それは食べすぎ。なんでもかんでも押し込んでいた。朝は食べないと、お昼も食べないと、そうしないと夏バテする、そう思って食べた。
いつもと違うのは、歩く距離が減ったこと。たぶん三分の一くらいに減った。一時は心的にも歩こうとゆう気もなかった。せいぜい必要な距離だけを歩いた。さらに、くたびれていると思うと、ゴロゴロもした。これで、食べているものが同じなら、そりゃ太るというかお腹は出っ張る。動かない。ごろり怠ける。それで、食べるものは食べる。こうなると、あるときを境に一気にどっと出るものは出る。それがお腹で、あーどうしようか、これは少しひどい。ものすごくひどいかも。
時代は秋になっている。太陽暦で9月は秋。涼しい秋、何でも出来る秋。過ごしやすい時期である。秋は読書。それから芸術、そして何だろうか。スポーツの秋。それから、旅行の秋があって、さらには収穫の秋がある。秋にはお米も、果物も、野菜もお魚もすべてがおいしい。あー、秋は食欲の秋でもある。なかなかにやりにくい。
食料品の値上がりは激しいでは済まない。とんでもないはねっ返りの状態にあって、今まで、100円だったのが150円は当り前。消費税も、5円から、7.5円に値上がり。その税金はどうなるー!。これによる食欲抑制効果はなかった。メタボンはメタボンボンになった。
風の盆、おわら風の盆の始まり。今日はたぶんいいお天気で、雨の心配はなさそうである。ただいまも風が弱いか、あるいはない。暑い暑い夜になりそうな気がする。
雨の日の、続き。
オクラの花がまだ咲いている。雨で、暗め。今年の夏は本の少ししか食べていない。向こうに見えるのは、これはたぶんヒャクニチソウの花。これも美しい。
スクリュウのような花弁の出方をしている。この花の中央の様子は、目で見ているとはっきりしていたが、写真ではうまく出ていない。
中央上は、蕾?、左は花。下側のものはこれから実が大きくなる感じ。あのネバネバはどうして作られるか、謎の一つである。