ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

『 アースダイバー 』

2022-01-26 21:28:26 | 徒然の記

 中沢新一氏著『 アースダイバー 』( 平成17年刊 講談社 ) を、読み終えました。名前だけは知っていますが、著書を手にするのは初めてです。ブックカバーには、簡単な氏の紹介と、何冊もの著書名が書かれています。

 「1950 ( 昭和25 )年生まれ  思想家、人類学者」

 『 カイエ・ソバージュ  全五巻』『 対称性人類学 』『 精霊の王 』『 緑の資本論』など多数と、サントリー学芸賞、読売文学賞、斎藤緑雨賞、伊藤整文学賞などの受賞歴が書かれています。

 「縄文時代の古地図を片手に都内を歩き、土地が持つ記憶から、その街がどうして現在の姿になったのかを、解き明かす書。」

 ある人の説明では、このように書かれています。「アースダイバー」をそのまま訳しますと、「土地へ潜る者」となるのでしょうか。潜水夫のように、土地の持つ歴史の中に潜り込み、隠れた過去を探す意味で使われているようです。

 246ページの本ですが、巻末の参考文献を見ますと、多くの書籍だけでなく、区役所や市や町の資料館を訪れ区史や郷土史を読むなど、大変な作業をした上での労作だということが分かります。

 「縄文時代の古地図」と簡単に書かれていますが、現在の区や市や町が、縄文時代にはどんな場所だったのかと、氏自身の調査をもとに、自分で作った特殊な地図です。これをみますと、自分が現在いる場所が大昔には海であったのか、陸であったのかが一眼で分かります。

 考えてもいなかった視点から語られるので、知らないうちに引き込まれる魅力があります。参考のため、14ページの叙述を紹介します。

 「どんなに都市開発が進んでも、ちゃんとした神社やお寺のある場所には、滅多なことでは手を加えることができない。」

 「そのために、都市空間の中に散在している神社や寺院は、開発や進歩などという、時間の侵食を受けにくい〈無の場所〉にとどまっている。」

 「そしてそういう〈無の場所〉のあるところは、決まって縄文地図における海に突き出た岬、ないしは半島の突端部なのである。」

 思いつきでなく、丹念な調査の上で説明されていますから、読者には新鮮な意見になります。

 「縄文時代の人たちは、岬のような地形に、強い霊性を感じていた。」「そのためそこには、墓地を作ったり石棒などを立てて、神様を祀る聖地を設けた。」

 時代が進み、縄文人の記憶が薄れても、同じ場所に神社や寺が作られているため、海が隆起し地形が様変わりしていても、縄文地図に照らして見れば、聖地と〈無の場所〉の所在が確認できるという説明です。

 氏は東京を歩いていて、あたりの様子が変だなと感じたら、縄文地図を開いてみるのだそうです。

 「するとこれは断言してもいいが、十中八九その辺りは、沖積期の台地が海に突き出していた岬で、たくさん古墳が作られ、古墳の場所にはのちにお寺などが建てられたり、広大な墓地が出来たりしている。」

 「その辺りは、必ず特有の雰囲気を醸し出している。死の香りが、漂ってくるのだ。」

 「そこから、東京という都市が轟かせている大地の歌が聞こえてくる。僕はその歌を、文章に変換するだけでいい。」

 この説明でわかる通り、内容は陰湿で不健康な話が多く、楽しい本ではありません。一言で表せば、現代版の『 遠野物語 』とでも言えば良いような気もしています。

 大昔の海底が隆起し陸地になっても、元々台地であった土地に比較すると、そこは湿地帯が多く、住んでいるのは貧民と、世間からはみ出し、賎民と呼ばれた人が多いと説明します。乾いた高台に住むのは、権力者や裕福な人間たちで、今も彼らは、高みから貧乏人たちを睥睨しているとも言いいます。

 話は間違っていないのかもしれませんが、ここまで来ますと、何が言いたくて本を書いているのだろうと、そんな気持ちになってきます。

 71ページの「天皇の森」という章は、読み進むほど、暗い気分にさせられました。

 「都内の有数の森は、その多くが天皇家に関わりを持っている。」「明治神宮の森の広大さは、言うまでもないが、天皇ご自身も、深い森に覆われた皇居の奥に、お住まいになっている。」

 「天皇ご自身が、森の中にずっと身を潜められたというような事例は、近代天皇制の以前には南朝の例外以外にはない。」

 それ以前の歴代天皇のお住まい ( 皇居 ) が、森の中に作られたことはなく、広々と開かれた土地に建てられ、どの方角からも、立派な建物を見ることができたと言います。

 飛鳥、奈良時代については知りませんが、平城京も、平安京も、中国皇帝の住む都を模したものですから、氏の言う通り、皇居は平地に堂々と建っていました。

 明治時代以降の皇居には、不穏なものがつきまとっている、と言うのが氏の説です。

「そこから、東京という都市が轟かせている、大地の歌が聞こえてくる。僕はその歌を、文章に変換するだけでいい。」

 そんな大地の歌が、氏の耳には聞こえたのでしょうか。それとも氏の心が、聞こえたと思い込んでいるのでしょうか。次回は、もう少し氏の耳に届いた「大地の歌」をご紹介します。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする