210ページで、今井氏が軍人として、日本軍の弱点を語っています。
「日本軍は、元々ソ連軍を仮想敵国として訓練を受け、」「速戦速決の決戦戦法を重んじ、正規戦に長じていたが、」「八路軍のゲリラ戦には、必ずしも適していなかった。」「装備の点で八路軍は、日本軍に劣っているが、」「何より有利な点は、どこの土地へ行っても自国の地であり、」「一般民衆も、自国民であるということだった。」
「この捉えどころのないゲリラ戦に慣れない日本軍は、」「情報を得て討伐に行けば、敵影が無く、」「いくたび占領・占拠を繰り返しても、終局的な勝利につながらず、」「一つの作戦が、また次の作戦を生む結果となった。」
私は軍人でありませんが、日本人の手による戦争の記述に、疑問を抱いていました。「敵を駆逐し〇〇を占領した」、「〇〇を陥落させた」、「〇〇を落とした」と、連戦連勝の書き振りですが、そのほとんどが、逃亡した敵が捨てた都市や陣地です。主力を撃滅させられず、敵はとっくに逃げています。
広大な中国戦線で、日本は単に点としての場所を一時的に確保するだけで、時間が経過すると、中国軍は大挙して反撃してきます。ゲリラ戦だけでなく、中国軍の戦法そのものが、「引いては押し返す」戦いで、「速戦速決」でなく、最初から持久戦です。退却しても彼らは、敗北と考えておらず、兵士の消耗も恐れていません。時間をかけて取り返せば良いというのですから、発想が違います。
毛沢東のゲリラ戦は、さらに徹底し、兵士だけでなく、土地の住民も戦闘要員に組み込んでいますから、無尽蔵な武器を持っていることになります。こうした戦い方が可能なのは、広い国土と多くの人口を持つ大国にしかできません。つまり、中国、ロシア、アメリカの三国です。
中国の撃滅にそんなに長い時間を要しないと、日中戦争を決断した関東軍と朝鮮軍の将軍たちは、大陸での戦争の困難さをまだ気づかなかったのだと思います。今井氏がこの点につき述べていますので、関心を持って読みました。中国の人民解放軍が、昔は「八路軍」と呼ばれていたことも、合わせて思い出しました。兵卒として満州行った父や、叔父たちは、思い出話をするとき「八路軍」と言っていました。
次の叙述は、八路軍の戦法に悩ませられた日本軍を語っています。
「日本軍は常に兵力を集中させ、中国軍の拠点に向かい、」「正面攻撃を敢行するのだが、八路軍はこれに正面から衝突せず、」「常に分散して、日本軍の側面へ、或いは後方へと回ってくる。」「この分散作戦に対して、日本軍が小部隊編成で攻めれば、」「今度は主力を集中して、包囲・殲滅作戦に出てくるという具合だった。」
日本軍は初めのうち、ゲリラ戦の価値を十分認識せず、軽視しがちだったと言います。ここで氏は、八路軍に詳しい北原竜雄氏の話を紹介しています。
「昭和13年の暮れから約5年間、私は八路軍の観察をしたことがある。」「陸軍参謀本部からの依頼を受けて、北支方面軍の第二課に属した。」「私は軍人でなかったから、第二課の側面機関の一員だった。」「ここには私のような仕事をするものが、常時150人ほどいた。」
「私が特に中共軍の研究を委嘱された理由は、かって明治から大正にかけて、」「社会主義運動にちょっと関係した経験を持っているからだった。」「マルクスを読み、大衆運動に参加した経験のない者には、」「中国共産党の戦術・戦略は、理解できないということを、」「軍の首脳部も知り始めていた。」
北原氏の話はまだ続きますが、今井氏が結論だけを先に語ります。
「しかし日本軍の首脳は、前後8年間も中国大陸で戦争しながら、」「ついに、ゲリラの本質を知らずに終わった。」「また、知ろうともしなかった。」
この時の今井氏は少佐ですが、終戦前には少将となり、現地での終戦処理に当たっています。そういう氏であっても、軍首脳の頭の切り替えができなかったという事実を知りました。バルチック艦隊を全滅させた東郷元帥は、軍神と言われた人物ですが、航空機が出現した以降の海軍において、航空機の価値を認めず、巨艦主義でしか考えなかったと聞きます。
巨艦が海戦を制するという固定観念が捨てられず、航空機を活用する近代戦への理解ができなかったそうです。輝かしい武勲を立てるほど、軍人は頑迷になり、人の意見を聞かなくなるという例でした。こういう指導者が沢山いて、今井氏や北原氏の意見を、まともに取り上げなかったのでしょうか。
私にはなんの武勲もありませんが、それでも年をとるほどに頑固になっているので、他人事ではありません。次回は、北原氏が語る、八路軍の凄さをお伝えします。人民と共に戦う、人民のための軍人たちで、農民や労働者たちから尊敬されています。
その八路軍が、今では中国国民を弾圧し、言論の自由も人権も無視し、党の独裁政治を支えているのですから、ままにならない世の流れが見えます。自民党でも、中国共産党でも、ここには変わらない法則があると教えられます。
「長期政権は、腐敗する。」「淀んだ水は、腐敗する。」
おそらく、人間がある限りついてまわる課題でしょうから、これには言及せず、次回は北原氏の「八路軍研究」について、ご報告いたします。