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東山魁夷の北欧

2012-04-01 00:01:30 | Weblog
東山魁夷北欧を旅している。
東山魁夷の北欧の旅は1962年、54歳である。
東山魁夷がドイツに留学したのは1933年、23歳で、
ドイツ・オーストリアの旅は1969年、61歳だから、
東山魁夷の北欧の旅は、ドイツ・オーストリアの前になる。

北欧4カ国、
デンマーク(D)、ノルウェー(N)、
スウェーデン(S)、フィンランド(F)を、
4月中旬から7月末まで、ご夫妻で旅行されている。

「森と湖と」、新潮文庫の地図に文字を書き入れた。

東山魁夷は、北欧をつぎのように言っている。
「私は若い頃から、
北方に惹(ひ)かれる性格を持っていたのです。
戦前の留学地もドイツのベルリンであり、
戦後初めての欧州の旅は、デンマーク、ノルウェー、
スウェーデン、フィンランドの、いわゆる北欧四カ国でした」
さらに、
「北欧は森と湖を巡る旅が最大の目的」
「森と湖の国への旅」、講談社から。
北欧の旅の動機や目的を話している。

そして、
清澄な自然素朴な人々の生活に接しての喜び、
静かで暖かい感動が長く心に残った。それは、
心の映像を一つ一つ辿(たど)って行くような旅であったため、
数々の作品となって結晶した」
「森と湖と」、新潮文庫から。

結晶には、つぎがある。
「白夜光」、フィンランド、1965年、
「白夜」、スウェーデン、1963年、
「二つの月」、フィンランド、1963年。

東山魁夷の絵と文、
撮ってあった写真から、
北欧の白夜、清澄な自然、
自然と喜びを分ちあう人々、
を、味わってみようと思う。

白夜光」(びゃくやこう)、フィンランド。

「真夏の夜、太陽はほんのひととき地平線の下に隠れる」
「森と湖と」、新潮文庫から。

東山魁夷は、スウェーデンの北極圏(地図でA)に広がる、
ラップランドを訪問している。
写真は、フィンランドに広がるラップランド(L)、クーサモ★②。

森を過ぎると湖、湖を過ぎると森というように、森と湖が重なる。
それに、どこが大地で、どこが湖か?
まっ平らが湖。

モーター・スキーでラップランドの森と湖を駆け巡る。
森をぬい、湖を抜け、丘を駆け上がり、道なき道を、
雪けむりを舞い上げて駆けるが、一面の雪原には、
モーター・スキーはピッタリだ。

ラップランドで、ライチョウトナカイは見ることができた。
信州では、3,000メートルの高山にいるライチョウが、
ここラップランドでは平地にいる。
シラカバも平地にある。

シラカバとトナカイがいっしょの写真がある?
ククサ」Kuksa。

シラカバのコブ(バハカ)から作ったカップ。
取っ手と、かき回す棒はトナカイの角。

どうして、シラカバのコブを使うのか?
厳しい寒さでシラカバの成長は遅い。
だから、できたコブを使う、
とフィンランド人はいう。

半日のモーター・スキーのツアーで、
ライチョウとトナカイ、シラカバは見たが、
人には会わなかった。湖の畔にサウナ・バスはあったが。

人口密度が1平方キロメートル当たり3.7人、を実感する。
日本の人口密度は336人だから、100分の1である。

モーター・スキーはラップランド人には必需品で、
ツアーのほか、狩猟、移動に使う。
カナダ製だった。

モーター・スキーで駆け巡ったあとは、穴釣り。

スノー・シューを履き、釣りざおとイスを持って湖にでる。
氷の厚さは40センチ。ドリルで穴をあける。
ねらいは、鮭やマスより小ぶりのパーチ。

ラップランドは重なる森と湖。
たっぷりの雪と冷気と薄日がある。
でも、ないものがある・・・それは、「」。

「シーン!」
というのは、ラップランドのことをいうのだろう。
人工の音から、まったく隔離されている。
静まり返っているのだ。

音がしないと、
「つぎの音は何だろう?」
と、敏感になって、かえって恐い。

「まさか、ワシやオオカミが襲ってくることはないと思うが?」
振り返って、仲間のフィンランド人がいることを確かめる。
ラップランドは、無音。音の予想ができない未知の世界。

パーチは、さっぱり釣れない。しかし、フィンランド人は、
25センチくらいを、ひょいひょいと釣り上げる。そして、
氷上に放り投げたパーチは、口を開けたまま冷凍になる。
目までむいて、無念そうだ! えさのミミズにやられた!

白夜」、スウェーデン。

「カーテンの隙間からもれる戸外の明るさに気がついて、
窓からのぞいてみた。美しい薄明の世界があった」
「五月半ばを過ぎ、北の国はようやく白夜の季節に入ったのである」
「東山魁夷画文集」、新潮社から。

「白夜」はスウェーデンだが、写真はフィンランドのヘルシンキ①。

ヘルシンキは首都であっても、森と湖が広がる。

スウェーデンには山があるが、
フィンランドには高い山はない。
平らな大地に、森と湖が広がっている。

二つの月」、フィンランド。

「空と水とに二つの月のある風景、
フィンランドのどこにでもある風景である。
しかし、ヘルシンキでの月夜が、
私には、一番、印象が深い」

「美しい白夜であった」
「ヘルシンキの夏の夜は、夜といっても一向に暗くなってゆかない」
「すでに真夜中近くであるのに、夕づく頃の明るさである」
「静寂と浄福が、全てのものの上に漂う夜である」
「月が二つあった。冴えてはいるが穏やかな光であった」
「東山魁夷画文集」、新潮社から。

フィンランドのラップランド(L)の夕陽を撮った。

森、湖、森が続く。
太陽は森から昇り、森に沈む。

そして、フィンランドに待ちわびた「」がきた。
長く厳しい冬との決別は、5月1日の、
春祭りヴァップVappuである。

首都ヘルシンキ①のエスプラナーディ大通りにある、
バルト海の乙女像「ハヴィス・アマンダHarvis Amanda」を、
学生が掃除して、最後に学帽を乗せるというもの。

「むかし、春になって、酔っぱらった学生が、
ふらふらとハヴィス・アマンダによじ登って、
愛撫するように掃除して、
最後に自分の白い学帽を乗せてきた」

「ハヴィス・アマンダによじ登ることは禁じられていたが、
いまでは春祭りのメイン・イベントになっている」
と、フィンランド人は「春祭り」ヴァップの「いわれ」を話す。

エスプラナーディ大通りは、学生と市民であふれている。
これまで、この人たちは、どこにいたのだろうか?
ひっそりとした街だったのに。

そして、フィンランドにがきた。

首都ヘルシンキ①のエスプラナーディ大通り。6月。
短い夏の太陽を、精一杯楽しむように、
逃さないように、日光浴をする。
ヘルシンキが明るくなった。

東山魁夷は言う。
「夏が近づくと、
一時に芽生える樹々の若葉のなんと明るく、
生き生きとしていたことか、そして人々の表情からも、
なんと喜びが伝わってくるのを感じたことか」
「森と湖と」、新潮文庫から。

「白夜の森や湖は、なんと美しく、つつましく、
生命に対する賛歌を奏でていたことであろうか」

「人々も、その自然と喜びを分ちあって、
少しでも太陽の光を浴びておこうとするようだった」

東山魁夷が想う北欧、
「美しい白夜の森や湖」、
「人々の、太陽の恵みを大切に思う心」
が伝わればと思う。


フィンランドのラップランド(L)と、
フィンランドの「春祭り」ヴァップについて、
もう少し説明するので、訪問するときのご参考に。

北極圏のラップランド(L)、クーサモKuusamo②は、
森と湖、それに雪がいっぱいある保養地、スキー・リゾート。
首都ヘルシンキ①から647キロ、
ジェット機で1時間20分。

クーサモを訪れたのは、
晴天が多く、オーロラを見ることができる3月。
天候の安定した3月と10月は、オーロラ人気で、
フライトも宿も一杯になるので、早めの予約が要。

クーサモ②の年間平均気温は0℃。
3月の夜はマイナス20℃、
雪は50センチから1メートル。

ロシア(R)とは陸続きで、35キロ。
ロシアからクーサモに観光客が来る。
クーサモの方が、施設が整っているから。

クーサモは森と湖、それに雪ばかりだから、
吹雪けば、雪倒れ?(行き倒れ)になる。
ホテルは予約し、空港への迎えを頼んでおくこと。
サウナ・バスは、ラップランドにも当然ある。湖のほとりに。

フィンランドの「春祭り」ヴァップVappu。
バルト海の乙女像「ハヴィス・アマンダHarvis Amanda」。9月。

噴水がでるのは、「春祭り」ヴァップから。

「フィンランドの春祭りヴァップ」、2008年10月19日に詳細があります。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/ce0c924072e86bf6f3d1009ea0b01cd6
クレーンに乗った学生が、「ハヴィス・アマンダHarvis Amanda」を掃除し、
最後に白い学帽を乗せる。その瞬間に、観衆からどよめきが上がり、
下で待ち構えていた学生は、いっせいに学帽をかぶる。
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