穂高連峰のモルゲンロートとアーベントロート。
イギリス人の宣教師、ウォルター・ウェストンは、
上高地を拠点に、▼槍ヶ岳、▼穂高連峰に登っている。
神戸から、汽車、鉄道馬車、人力車、徒歩で上高地へ。
1891年のルート、神戸 ⇒ ●軽井沢 ⇒ ●上田 ⇒
▼保福寺峠(ほうふくじ)を越えて ⇒ ◎松本へ。
▼徳本峠(とくごう)を越えて ⇒ ■上高地 に入る。
保福寺峠 1,345メートルから、日本アルプスを見た。
2016年10月15日、17:09。
左の穂高連峰は、
M前穂高岳 3,090メートル、
O奥穂高岳 3,190メートル、
R涸沢岳 3,110メートル、
K北穂高岳 3,106メートル。
大キレットを経て、
Y槍ヶ岳 3,180メートルに連なる。
三角のJ常念岳 2,857メートルが、槍・穂高連峰の手前にある。
ウェストンが、上田から保福寺峠に着いたのは、
1891年8月2日の夕方6時。
「大連峰の全景が初めて眺められたが、
われわれの心はひきつけられた」
「私たちは、思いがけなくその展望に接したので、
その壮麗さにはただ驚嘆するばかりだった」
と、日本アルプスを絶賛。
「ウォルター ウェストン」
「日本アルプス絶賛の地」 "Walter Weston"
保福寺峠、松本市。2016年10月。
目指した槍ヶ岳は、
雨と日没で、登頂できずに引き返している。
翌年の1892年に、槍ヶ岳に再挑戦。
徳本峠 2,135メートルから見た、穂高連峰。
2016年10月。
N西穂高岳2,909メートル、O奥穂高岳、
M前穂高岳、J明神岳 2,931メートル。
「徳本峠からの展望は、日本で一番雄大な眺望の一つ」
穂高連峰の雄大な山塊が、そびえ立つ絶景に、
ウェストンは、槍ヶ岳より先に、穂高連峰に登ろうか、
と、強く心を動かされた。が、その想いは抑えて、
槍ヶ岳に向かって、登頂している。
穂高連峰には、1912年を手始めに、何度か登っている。
「穂高連峰のモルゲンロートとアーベントロート」
については、これまでに、つぎの2つを掲載してきた。
「奥穂高岳のモルゲンロートとアーベントロート」、2021年2月28日、
https://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/76bfe8ccecf739a99f95ffad172986d2
「槍・穂高のモルゲンロートとアーベントロート」、2021年8月15日、
https://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/306b0ea3825bfdec9d2f322431681d34
今回は、ウェストンが、
絶賛した地、心を動かされた地である、
保福寺峠、徳本峠、上高地、槍ヶ岳、から。
穂高連峰のモルゲンロートとアーベントロートを見る。
「ウェストンと日本アルプス」。ルート。
「日本アルプス 登山と探検」、岡村精一訳、平凡社から作成。
穂高連峰のモルゲンロートは、
Ⅰ) 夏、槍ヶ岳の東鎌尾根から。
Ⅱ) 秋、その1は、徳本峠から。
Ⅲ) 秋、その2は、上高地 から。
.そして、
穂高連峰のアーベントロートは、
Ⅳ) 秋、その1は、保福寺峠から。
Ⅴ) 秋、その2は、徳本峠から。
それでは、
穂高連峰のモルゲンロート。
Ⅰ) 夏、槍ヶ岳の東鎌尾根から、2015年7月25日。
ステップ ① 04:57。
M前穂高岳、K北穂高岳、O奥穂高岳、Gジャンダルム。
黒い山肌。雪渓。
横に移動しながら、
ステップ② 05:14。
山肌が紫に。
ステップ③ 05:22。
山肌が明るい紫。
穂高連峰のモルゲンロート。
Ⅱ) 秋、その1は、徳本峠から、2016年10月22日。
ステップ① 06:03。
O奥穂高岳、J明神岳、M前穂高岳。左にN西穂高岳、
山肌が、紫。
ステップ② 06:13。
山肌が、赤く輝く。
ステップ③ 06:17。
山肌の紫が、下方まで現れてきた。空は青に。
穂高連峰のモルゲンロート。
Ⅲ) 秋、その2は、上高地 から、2013年11月9日。
ステップ① 06:56。
大正池 1,500メートルに映る穂高連峰。
N西穂高岳、O奥穂高岳、M前穂高岳、J明神岳。
赤白い雲が、穂高連峰から、放射された、
↓つがいのカモが岸を離れて、奥に逃れていく。
北に移動しながら、
ステップ② 06:59。
放射の雲は、右の前穂高岳、明神岳に移動。
ステップ③ 08:30。田代橋から。
放射の雲は消えて、穂高連峰が浮かび上がる。
朝陽が、梓川まで当たってきて、
清水屋旅館(現:上高地ルミエスタホテル)の白が浮き立つ。
ここを拠点にして、ウェストンは、槍ヶ岳、穂高連峰に登った。
梓川の対岸に霞沢岳、六百山があり、徳本峠は、そのすぐ北。
1912年に、ウェストン夫妻は、上高地に宿泊。
初めて見る、外国人の女性クライマーの到来に、
センセーションが巻き上がった。
ウェストンご夫妻は、山岳ガイド、
左端の上條嘉門次(かもんじ)、根元清蔵(せいぞう)と。
槍ヶ岳、奥穂高岳に登っている、1913年。
ミセス・ウェストンが撮影。坊主の岩小屋にて。
"The Playground of the Far East"、Walter Weston著、John Murray発行から。
「上高地の主」と言われた嘉門次。ウェストンの信頼は大きい。
ウェストンは、世界に日本アルプスを紹介。
“Mountaineerig and Exploration in the Japanese Alps”
イギリスで発行。1896年。
「日本アルプス 登山と探検」
日本人に、登山の魅力を伝えた。それまでの山は、
信仰、狩猟、材木、炭、鉱物資源の採取だったが、
登山を、探検、スポーツ、行楽、観光の対象にした。
装備、用具が改良され、近代登山の幕開けとなった。
ウェストンの勧めで、「日本山岳会」が結成されて(1906年)、
名誉会員になっている。
上高地ルミエスタホテルの右の林に、
ウェストンのレリーフがある。
日本に近代登山をもたらした。
穂高連峰のアーベントロート。
Ⅳ) 秋、その1は、保福寺峠から、2016年10月15日。
ステップ① 17:09。
穂高連峰の左の空が輝く。右端の三角は常念岳。
ステップ② 17:12。
穂高連峰の上の空は赤に。
ステップ③ 17:16。
赤は広がり、濃くなる。
穂高連峰のアーベントロート。
Ⅴ) 秋、その2は、徳本峠から、2016年10月21日。
ステップ① 16:03。
山肌は、明るい紫に。
ステップ② 16:49。
紫は濃くなる。
ステップ③ 16:58。
上部の雪肌は紫、下の岩肌は紺。
今から130年前、1891年に、ウェストンは上高地に入るが、途中の、
保福寺峠、徳本峠から眺めた、日本アルプスの景観に驚嘆した。
これらのゲートウェイと槍ヶ岳、上高地から見る、
モルゲンロートとアーベントロートは格別だった。
穂高連峰のモルゲンロート。
Ⅰ) 夏、槍ヶ岳の東鎌尾根から。
雪渓の山肌が、黒、紫、明るい紫に変化。
Ⅱ) 秋、その1は、徳本峠から。
山肌が赤黒い紫、赤、紫に変化。
Ⅲ) 秋、その2は、上高地 から。
放射状のピンクの雲が、穂高連峰から上がり、消えていく。
穂高連峰のアーベントロート。
Ⅳ) 秋、その1は、保福寺峠から。
雲が、輝く白から、赤に変化。
Ⅴ) 秋、その2は、徳本峠から。
紫から紺のグラデーション。
ウェストンが感激したビューポイントからは、
朝夕や時間で、変わる山肌や雲の焼け、
穂高連峰の景観の変化、を楽しめる。
イギリス人の宣教師、ウォルター・ウェストンは、
上高地を拠点に、▼槍ヶ岳、▼穂高連峰に登っている。
神戸から、汽車、鉄道馬車、人力車、徒歩で上高地へ。
1891年のルート、神戸 ⇒ ●軽井沢 ⇒ ●上田 ⇒
▼保福寺峠(ほうふくじ)を越えて ⇒ ◎松本へ。
▼徳本峠(とくごう)を越えて ⇒ ■上高地 に入る。
保福寺峠 1,345メートルから、日本アルプスを見た。
2016年10月15日、17:09。
左の穂高連峰は、
M前穂高岳 3,090メートル、
O奥穂高岳 3,190メートル、
R涸沢岳 3,110メートル、
K北穂高岳 3,106メートル。
大キレットを経て、
Y槍ヶ岳 3,180メートルに連なる。
三角のJ常念岳 2,857メートルが、槍・穂高連峰の手前にある。
ウェストンが、上田から保福寺峠に着いたのは、
1891年8月2日の夕方6時。
「大連峰の全景が初めて眺められたが、
われわれの心はひきつけられた」
「私たちは、思いがけなくその展望に接したので、
その壮麗さにはただ驚嘆するばかりだった」
と、日本アルプスを絶賛。
「ウォルター ウェストン」
「日本アルプス絶賛の地」 "Walter Weston"
保福寺峠、松本市。2016年10月。
目指した槍ヶ岳は、
雨と日没で、登頂できずに引き返している。
翌年の1892年に、槍ヶ岳に再挑戦。
徳本峠 2,135メートルから見た、穂高連峰。
2016年10月。
N西穂高岳2,909メートル、O奥穂高岳、
M前穂高岳、J明神岳 2,931メートル。
「徳本峠からの展望は、日本で一番雄大な眺望の一つ」
穂高連峰の雄大な山塊が、そびえ立つ絶景に、
ウェストンは、槍ヶ岳より先に、穂高連峰に登ろうか、
と、強く心を動かされた。が、その想いは抑えて、
槍ヶ岳に向かって、登頂している。
穂高連峰には、1912年を手始めに、何度か登っている。
「穂高連峰のモルゲンロートとアーベントロート」
については、これまでに、つぎの2つを掲載してきた。
「奥穂高岳のモルゲンロートとアーベントロート」、2021年2月28日、
https://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/76bfe8ccecf739a99f95ffad172986d2
「槍・穂高のモルゲンロートとアーベントロート」、2021年8月15日、
https://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/306b0ea3825bfdec9d2f322431681d34
今回は、ウェストンが、
絶賛した地、心を動かされた地である、
保福寺峠、徳本峠、上高地、槍ヶ岳、から。
穂高連峰のモルゲンロートとアーベントロートを見る。
「ウェストンと日本アルプス」。ルート。
「日本アルプス 登山と探検」、岡村精一訳、平凡社から作成。
穂高連峰のモルゲンロートは、
Ⅰ) 夏、槍ヶ岳の東鎌尾根から。
Ⅱ) 秋、その1は、徳本峠から。
Ⅲ) 秋、その2は、上高地 から。
.そして、
穂高連峰のアーベントロートは、
Ⅳ) 秋、その1は、保福寺峠から。
Ⅴ) 秋、その2は、徳本峠から。
それでは、
穂高連峰のモルゲンロート。
Ⅰ) 夏、槍ヶ岳の東鎌尾根から、2015年7月25日。
ステップ ① 04:57。
M前穂高岳、K北穂高岳、O奥穂高岳、Gジャンダルム。
黒い山肌。雪渓。
横に移動しながら、
ステップ② 05:14。
山肌が紫に。
ステップ③ 05:22。
山肌が明るい紫。
穂高連峰のモルゲンロート。
Ⅱ) 秋、その1は、徳本峠から、2016年10月22日。
ステップ① 06:03。
O奥穂高岳、J明神岳、M前穂高岳。左にN西穂高岳、
山肌が、紫。
ステップ② 06:13。
山肌が、赤く輝く。
ステップ③ 06:17。
山肌の紫が、下方まで現れてきた。空は青に。
穂高連峰のモルゲンロート。
Ⅲ) 秋、その2は、上高地 から、2013年11月9日。
ステップ① 06:56。
大正池 1,500メートルに映る穂高連峰。
N西穂高岳、O奥穂高岳、M前穂高岳、J明神岳。
赤白い雲が、穂高連峰から、放射された、
↓つがいのカモが岸を離れて、奥に逃れていく。
北に移動しながら、
ステップ② 06:59。
放射の雲は、右の前穂高岳、明神岳に移動。
ステップ③ 08:30。田代橋から。
放射の雲は消えて、穂高連峰が浮かび上がる。
朝陽が、梓川まで当たってきて、
清水屋旅館(現:上高地ルミエスタホテル)の白が浮き立つ。
ここを拠点にして、ウェストンは、槍ヶ岳、穂高連峰に登った。
梓川の対岸に霞沢岳、六百山があり、徳本峠は、そのすぐ北。
1912年に、ウェストン夫妻は、上高地に宿泊。
初めて見る、外国人の女性クライマーの到来に、
センセーションが巻き上がった。
ウェストンご夫妻は、山岳ガイド、
左端の上條嘉門次(かもんじ)、根元清蔵(せいぞう)と。
槍ヶ岳、奥穂高岳に登っている、1913年。
ミセス・ウェストンが撮影。坊主の岩小屋にて。
"The Playground of the Far East"、Walter Weston著、John Murray発行から。
「上高地の主」と言われた嘉門次。ウェストンの信頼は大きい。
ウェストンは、世界に日本アルプスを紹介。
“Mountaineerig and Exploration in the Japanese Alps”
イギリスで発行。1896年。
「日本アルプス 登山と探検」
日本人に、登山の魅力を伝えた。それまでの山は、
信仰、狩猟、材木、炭、鉱物資源の採取だったが、
登山を、探検、スポーツ、行楽、観光の対象にした。
装備、用具が改良され、近代登山の幕開けとなった。
ウェストンの勧めで、「日本山岳会」が結成されて(1906年)、
名誉会員になっている。
上高地ルミエスタホテルの右の林に、
ウェストンのレリーフがある。
日本に近代登山をもたらした。
穂高連峰のアーベントロート。
Ⅳ) 秋、その1は、保福寺峠から、2016年10月15日。
ステップ① 17:09。
穂高連峰の左の空が輝く。右端の三角は常念岳。
ステップ② 17:12。
穂高連峰の上の空は赤に。
ステップ③ 17:16。
赤は広がり、濃くなる。
穂高連峰のアーベントロート。
Ⅴ) 秋、その2は、徳本峠から、2016年10月21日。
ステップ① 16:03。
山肌は、明るい紫に。
ステップ② 16:49。
紫は濃くなる。
ステップ③ 16:58。
上部の雪肌は紫、下の岩肌は紺。
今から130年前、1891年に、ウェストンは上高地に入るが、途中の、
保福寺峠、徳本峠から眺めた、日本アルプスの景観に驚嘆した。
これらのゲートウェイと槍ヶ岳、上高地から見る、
モルゲンロートとアーベントロートは格別だった。
穂高連峰のモルゲンロート。
Ⅰ) 夏、槍ヶ岳の東鎌尾根から。
雪渓の山肌が、黒、紫、明るい紫に変化。
Ⅱ) 秋、その1は、徳本峠から。
山肌が赤黒い紫、赤、紫に変化。
Ⅲ) 秋、その2は、上高地 から。
放射状のピンクの雲が、穂高連峰から上がり、消えていく。
穂高連峰のアーベントロート。
Ⅳ) 秋、その1は、保福寺峠から。
雲が、輝く白から、赤に変化。
Ⅴ) 秋、その2は、徳本峠から。
紫から紺のグラデーション。
ウェストンが感激したビューポイントからは、
朝夕や時間で、変わる山肌や雲の焼け、
穂高連峰の景観の変化、を楽しめる。