季節の変化

活動の状況

道がわからなくなったタクシー・ドライバー

2010-02-28 05:01:15 | Weblog
タクシー・ドライバーは、の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

17) 道がわからなくなったタクシー・ドライバー
「この時間帯は、市街までは渋滞になる」と、遠回りをし、
「日本では、サッカーは人気があるか?」と、日本人であることを確かめ、
「道がわからなくなった」と、ほかのタクシー・ドライバーに聞き、
「リスボンには数100ものホテルがあるから、覚えきれない」
と言い訳をした。
もう、おわかりでしょう?
ボッタクリのパターンです。

ジェット機がポルトガルの上空にきた。
青空のもと、屋根瓦のオレンジが周囲の緑に映える。

10年ぶりのリスボンは、発展していた。
上空から見えたスラム街はなくなっていた。
空港ビルは新しくなっていた。
タクシーがメルセデス・ベンツになっていた。
以前はフィアットを使っていたものだが。
EUに統合されてから、ポルトガルは豊かになった。

さて、タクシーでリスボン市街のCホテルに向かう。
タクシーに乗る前に、空港の中にあるインフォメーションで、
Cホテルまでの、タクシー料金を聞いてみる。

「だいたい、Xエスクードです」
と、受けつけ嬢は言う。
ありがとう。
Xエスクードならば、1,000円以下だ。

空港でタクシーの順番を待って、
乗り合わせたタクシー・ドライバーは背が高い。
「Cホテルへ」
40歳代後半のドライバーはうなずいた。

空港を出ると、すぐに、
「この時間帯は、街までは渋滞になる」
と、違う方向に走り始めた。

そして、ドライバーはラジオのサッカー放送を、聞き入っている。
明らかに遠回りをしている。
――まあ、いいや!
遠回りには慣れている。
この手の顔は、ボッタクリ向きなのかな?

ここは、無事にCホテルにたどり着けばいい。
Bさんのように、身ぐるみをはがされことがなければいい。

サッカーの実況放送に、ドライバーは歓声を上げた。
「2対0になった、これで勝った。ポルトガルとトルコ戦だ」
ドライバーは、試合の経過に安心したようだ。

それから、話しかけてくる。
日本では、サッカーは人気があるか?」
「ナカタ、イタリア・リーグのナカタを知っているよ」

「ポルトガルでは、バスケットボールも人気があるよ。
ゴルフはさっぱりだね」

「タクシーが、10年前のフィアットからメルセデスに代わったって?」
これは、ポルトガルは初めてではないよ。
だから、あんまりボッタクリはするなよ、
と、話しかけたことに、ドライバーが応えたものだ。
「ポルトガルも景気が上向きになってきたんだよ」

「そして、ブラジル人がポルトガルに来るようになった」
「昔、南米に移民した人やその家族が、
景気のいいポルトガルにもどって、出稼ぎするのさ」

「コソボ紛争で難民になった人も受け入れているよ」
「ポルトガルは移民する国から、だんだんと移民を受け入れる国に、
変わり始めているんだ」

タクシー・ドライバーはしきりに話しかけてくる。
しかし、市街に近づかない。
にぎやかにならなくて、何だかさびれてきた。

そして、
がわからなくなった」
と、言って道路わきに寄せた。
そこには、1台のタクシーが停車している。

そのタクシー・ドライバーに、Cホテルの場所を聞いている。
――わざとらしい。

聞かれたタクシー・ドライバーは、振り返って、
乗客が誰か? と、タクシーの中の私に視線を向けた。

「タクシー・ドライバーがCホテルを知らないはずはないが?
やはり、乗客は日本人だったか!」
という顔つきに見えた。

もどってきたドライバーは、
「リスボンには数100ものホテルがあるから、覚えきれない
と言って、再びハンドルを切った。
こんどは、市街に向かうようだ。

そりゃー、リスボンにはたくさんのホテルはあるが、
取引先が予約してくれたCホテルは、
ガイド・ブックには必ず載っているホテルだ。

それから、にぎやかな市街に出てきた。
そして、リスボンの街の真ん中にあるCホテルに着いた。

Cホテルは大きなホテルだ。
入り口の壁には、なんと、☆☆☆☆☆がついている。
この5つ☆は最高級のホテルであることを示している。

メーター通りのXXエスクードを支払わされた。
空港のインフォメーションでは、Xエスクードと言っていたから、
2倍を支払ったことになる。


「この時間帯は、市街までは渋滞になる」と、遠回りをし、
「日本では、サッカーは人気があるか?」と、日本人であることを確かめ、
「道がわからなくなった」と、ほかのタクシー・ドライバーに聞き、
「リスボンには数100ものホテルがあるから、覚えきれない」
と言い訳をして、ボッタクられた。

ヤレヤレ……チップはなしだ。領収書はもらおう。
リスボンの5つ☆ホテルくらい、覚えておけよ。
街の印象が悪くなるじゃぁないか。


リスボン市街(ポンバル侯爵の像)。
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タクシーは乗客の安全と快適が第一

2010-02-24 05:01:10 | Weblog
タクシー・ドライバーは、の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

16) タクシーは乗客の安全と快適が第一
“Passenger safety and comfort come first.”
乗客安全快適が第一」
ロンドン・ブラック・キャブの標語である。

ヒースロー空港から、ロンドン・ブラック・キャブで、
ロンドン北部のわが家に帰る。
「XXストリート」
と言うと、タクシー・ドライバーはすぐにわかった。

タクシー・ドライバーは、がっしりした体に、
りっぱな顔のジェントルマン風の60歳代。

私のはっきりしない顔とは対照で、
むしろ私がドライバーになって、
「お客さん、どちらまで?」
と、ジェントルマン風ドライバーに、
聞いたほうが、ピッタリとくる。

このドライバーがイギリスなまりで、話しかけてきた。
日本人ですか?」
「そうです」
と、応えた。

タクシー・ドライバーが、
「日本人ですか?」
と、聞いてくると、身構える。

これから、よからぬことが起きるサインである。
ボッタクリや恐喝を警戒しなければならない。

しかし、ここはロンドン・ブラック・キャブのタクシー・ドライバー。
警戒する必要は、まったくない。

「どうして、日本が左側通行になったのか、知っているかい?」
と、日本の交通についてでした。
「日本がイギリスの交通システムを学んで、導入したからなんだよ」
なるほど、日本もイギリスと同じ左側通行だ。

左側通行はイギリスから来た方式なのか?
そういえばカナダも香港もシンガポールも、
オーストラリアも左側通行だったから、
女王様の息のかかったところは左側通行なのか。

「日本が車をつくるときに、イギリスに学びに来たのさ。
だからイギリス車の右ハンドルを、日本は採り入れたんだ」
そういえば、日本もイギリスと同じで、右ハンドルだ。
イギリスに来て買った車も、とうぜん右ハンドルだ。

「ロールス・ロイスもジャガーもMGも、
イギリスの車は世界で最高級の車さ」

「今は大衆車がはびこっているが、
イギリスの車には気品があるのさ」

なるほど、ロールス・ロイスは女王様や首相、
政府の高官が乗る車としてふさわしい。
ジャガーは社長向けだし、MGはスポーティなレジャー用だ。

話題を変えてみよう。
第2次世界大戦のときには、
日本はこのドライバーの国イギリスとは敵対国であった。
この年季のはいったドライバーは戦争の経験があるだろうか?
反日感情は残っているのだろうか?

「敵であった日本人を、どう思っていますか?」
今度はこちらから聞いてみた。
「……日本人といっても、人はそれぞれだよ……概していい人だよ」

「しかし、第2次世界大戦では敵同士だっただろう?」
「そういうこともあったさ……しかし、
それは“軍”がやったことさ。
日本人自身は、いい人なんだよ」

この気持ちの大きさは、どこからくるのだろう?
第2次世界大戦に勝ったから?
私の家族や同朋が、イギリス人から傷つけられたとして、
こんなに温かい言葉が返ってくるだろうか。

そして、つけ加えた。
「それにしても、当時の軍の指導者はヒドカッタ(cruel)な」

かつての戦争の相手は日本人だ。
その日本から、戦争でなく経済戦争で世界第2位になって、
こうしてイギリスの本土に進出している。

そして、ロンドン・ブラック・キャブのお客になって、
本来ならばイギリスのジェントルマンの座る後部座席に、
お客様ぜんとしている。

私がイギリス人だったら、
「日本人の進出は、おもしいはずがない」
「後ろの座席でふんぞり返っている日本人を、蹴飛ばしたくなる」
と思うのだが? そんなそぶりはぜんぜんない。

話をするのが、楽しくて止まらないようだ。
家も近づいて来た。
ジェントルマン風ドライバーとの一期一会もおしまい。
いつもよりチップを多めにはずむ。

タクシー・ドライバーは、
“Thank you Sir, Have a good night.”
(ありがとうございます、おやすみなさい)
と、大きな声で言って、去って行った。
私も、つかの間の“サー”である。
気分がいいじゃないか。

ロンドン・ブラック・キャブのドライバーは話し好きだ。
タクシー・ドライバーには、
✇オネスト/正直、
✇フェア/正しい、
✇話しじょうず、
が求められている。


このタクシー・ドライバーとは、
なんと偶然、もう一度乗り合わせた。
そして、私を覚えていた。

そのときは、日露戦争の話でした。
「日露戦争を知っているかい?」
と、ドライバーが話しかけてきた。

1904年~1905年日露戦争と、年代を覚えているが。それに、
大国ロシアを破って、列強の仲間入りをすることになる、
と学校でならっているが。

「ロシアのバルチック艦隊が日本に向かうときに、
イギリスはバルチック艦隊の動きをけん制したのさ」
と、タクシー・ドライバーは100年前を覚えている。

このとき、イギリスは中国で香港ほかを植民地にしていた。
ロシアが中国に侵出することによって、
イギリスは、中国の植民地を失いたくない。

「日英同盟」を結んで、ロシアが中国に侵出するのを食い止めたい。
バルチック艦隊が日本に派遣されて、
「これで、日本は負けて、ロシアの植民地になる」
と、世界が思ったときである。

「イギリスは、バルチック艦隊がスエズ運河を通過することを、
許可しなかったのさ」
「このため、主力艦はアフリカの喜望峰を、
わざわざ回らなければならなかったから、時間がかかった」

「小さな艦隊だけはスエズ運河を通過させた」
「喜望峰を回る主力艦隊と、スエズ運河を通過する艦隊が、
合流してから、日本に向かったわけだから、面倒だった」

「バルチック艦隊が、日本に向かう途中では、
石炭や食糧を補給する必要があった」
「イギリスは同盟国での寄港を許可しなかった」

「しかたなしに、バルチック艦隊は、
ドイツ領の港で石炭や食糧を補給した」

「こうして、7か月もかかって日本海にたどり着いた。
バルチック艦隊が日本に到達したときには、
乗組員の体力も士気も落ちてきたのさ」

「日本が日露戦争で勝利したのは、イギリスの貢献があったからなんだよ」
イギリス人は100年たっても日露戦争を忘れない。
日本とは同盟関係にあったことを覚えている。

ロンドン・キャブは、安心して乗っていることができる。
ロンドン・ブラック・キャブのドライバーは世界一である。

“Passenger safety and comfort come first.”
「乗客の安全と快適が第一」
ロンドン・ブラック・キャブの標語である。


ロンドン名物、ブラック・キャブダブル・デッカー

しばらくして、ロンドン滞在が終わって日本にもどった。
そして、日本から旅行者としてロンドンを訪れると、
ロンドン・ブラック・キャブのドライバーは世界一である、
という神話がくずれることになる。

同じ日本人でも、滞在者か? 旅行者か? で、
タクシー・ドライバーの対応が違うことが起きた。
これは、べつの機会に。 
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タクシー・ドライバーの5つの条件

2010-02-21 00:19:29 | Weblog
タクシー・ドライバーは、の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

15) タクシー・ドライバーの5つの基本条件
ロンドンの街中で、タクシー・ドライバーのを見つけた。
モペッドをとめて、青い本を見ながら、
付近の地理を確かめている。

モペッドのハンドルには、スタンドが取りつけてある。
そのスタンドには、道路名ほかのリストが、
クリップで、しっかりと留めてある。

ここは、観光地ロンドン塔の近く。
あたりの調べが終わって、青い本を座席のボックスの中にしまった。
チャンスとばかりに、近づいた。

タクシー・ドライバーの卵。

ロンドン塔近く。テームズ川沿い。日曜日。

タクシー・ドライバーの卵は、気がついて顔を上げた。
話しかけてみる。
ナンバー・プレートの下に、赤くLとある。
それに、フロントの右側にも。
「この“L”マークは、なんですか?」

Learningです。学んでいます」
と、手を休めて、気さくに応えてくれた。

「タクシー・ドライバーになるのです」
近くに駐車しているロンドン・ブラック・キャブを指して、
「あそこにあるような」
と、笑みを浮かべて話すから、親しみを感じる。

「チャリング・クロスから半径6マイル(10キロメートル)にある、
25,000の道路と、その周囲の幹線道路を覚えています」
と、タクシー・ドライバーの卵は言う。

「25,000の道路」を覚えると言うが、そりゃ大変だ。
すべての道路に名前がついているが、それにしても、
25,000も道路があるのだろうか?

LONDON AZ」(Geographers’ A-Z Map発行)で調べてみた。

「LONDON AZ」は、ロンドンの地図帳(A5サイズ)。

ロンドンの街中と周囲のグレーター・ロンドンの、
AからZまで、文字どおりすべての道路が載っている。
300ページの半分は地図
残り半分は道路名の索引である。

イギリスに来て、すぐに買う地図帳で、
場所を探したり、名所・旧跡に行ったりと、
生活には欠かすことができない必需品である。

道路名の索引を見ると、細かい字でびっしりとならんでいる。

目が痛くなりそうだ。拡大鏡がいる。

150ページある道路名は、56,000ほどになるから、
「25,000の道路」を覚えると言うのは、うなづける。

しかし、道路名はまぎらわしい。
「XX通り」でも、あとにつく道の名がたくさんある。

それは、Streetのほかに、Road、Drive、Lane、Avenue、Gardens、
Way、Boulevard、Place、Circle、Court、Centre、Grove、
Estate、Square、Palace、Close(行き止まり)。

だから、「XX Street」と「XX Road」では、
まったくちがう道路になり、ちがう場所になる。
まぎらわしいが、これらを区別しなければならない。


平日は仕事があるから、日曜日になると、
ロンドン市街に飛び出してきます」
が降っても、こうして上も下も防水着を着て、
危険防止のために、オレンジの輝くベストを着けて、
ロンドン市街を調べるのです」
と、完全防備である。

「このロンドン塔近くの入り組んだ道路や、
一方通行、右折禁止を調べています。そして、
客待ちをするために、駐車できる場所を探しています」

「タクシー・ドライバーになるには、5つの基本条件があります」
「最初に、“年齢”が21歳以上になっていることです。
つぎに、“適性”です。犯罪歴があればあきらかにします。
それに、身体的にも精神的にも“健康”であることです。
それから、“Knowledge of London”、ロンドンの知識を覚え、
そして、まちがいなく、かつ安全に“運転”できること、です」
と、言う。


「タクシー・ドライバーになるには段階があります」
「最初に、Public Carriage Office(公共輸送事務所)へ行って、申請します」
「申請用紙には、これまでに犯罪歴があれば、書きます」
「1年間の健康診断履歴を提出して、健康診断をパスしなければなりません」
「薬物使用や精神障害、心臓発作があれば、パスできません」

「申請が受理されると、インタビューを受けて、
Blue Book”(青本)が支給されます」

「Blue Bookに書かれた400のルートと、
周囲の名所、劇場、病院、警察署、学校、
映画館、公園、教会、スポーツ施設、モニュメント、
レストラン、歓楽街、ホテル、官庁のビルディングなど、
乗客が利用するだろう場所を、すべて覚えます」

「それに、ロンドン郊外に通ずる100のルートを、
覚えなければなりません」

「そして、“筆記試験”、“口頭試験”、“実地試験”に、
進んでいきます。

「筆記試験では、
“Knowledge of London”という、ロンドンの知識を熟知したか? 試験されます」
「口頭試験では、
タクシー・ドライバーとして“適性”か? 試験されます」
「そして、実地試験は、
指定された場所に、まちがいなく、安全に“運転”できるか? 試験されます」

「これらをパスして、
継続している犯罪がないことが確認されれば、
バッジが授与されます」

「これで、ロンドンのタクシー・ドライバーとして、
働くことができます。資格が得られるのです」
「平均3年かかり、合格率は10人のうち3人です」
難関だから途中で、あきらめる人もいます」

――これは、大変だ。
手を休めて、話してくれて、ありがとう。

正面から写真を撮ることをお願いした。
快くOK してくれた。30歳代か?

フル・フェースの ヘルメットから、
澄んだ目が見え、高い鼻が飛びだしている。
ハンサムだ! それに、温厚そうだ。
タクシー・ドライバーになっても、客受けしそうだ。

ロンドン・ブラック・キャブのドライバーの卵の、
ひたむきさと、すれていない“純”が印象深かった。
「成功を祈るよ!」
「サンキュー」

ロンドン・ブラック・キャブの、
タクシー・ドライバーが世界一、信頼されるわけは、
健康”に問題がなく、
継続している“犯罪”がなく、
Knowledge of London”で、ロンドンの知識を知り尽くし、
タクシー・ドライバーとしての“適性”があり、
複雑なロンドン市街をまちがいなく、安全に“運転”できる能力、
を身につけた人だけに与えられる“資格”だから。

タクシー・ドライバーの卵を見るならば、
日曜日、テームズ川沿いに行ってみるといい。
雨が降っても、防水着にオレンジのベストを着け、
フル・フェースのヘルメットをかぶる完全防備で、
モペッドにまたがって、ロンドン市街を調査する、
ひたむきな若者に会うことができる。
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タクシー・ドライバーの合格は10人に3人

2010-02-17 00:38:57 | Weblog
タクシー・ドライバーは、の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

14) タクシー・ドライバーの合格は10人に3人
ロンドン・ブラック・キャブのドライバーになるには、
“筆記試験”と“口頭試験”、“実地試験”がある。
合格するのは、10人3人である。

筆記試験は、
Knowledge of London”、
というロンドンの地理の知識が試される。

Blue Book”(青本)という悪名高い教本には、
ロンドン市内の400のルートが示されている。
始点から終点までの住所、道路の名前、名所、
劇場、病院、警察署、学校、映画館、公園、
教会、スポーツ施設、モニュメント、レストラン、
歓楽街、ホテル、官庁のビルディングなど、
乗客が利用するだろう場所を、すべて覚えなければならない。

タクシー・ドライバーの卵。

タワー・ブリッジ近く。テームズ川沿い。日曜日。

モペッドで、ロンドン中を走って、
すべての通りの名前、名所、旧跡、
一方通行、右折や左折禁止……を覚える。

これが学び終わると、筆記試験を受ける。
5つのルートが出題されて、
白地図に始点から終点までの、
位置、道路名、名称を書き込む。

さらに、口頭試験があって、
“Knowledge of London”、
ロンドンの地理の知識が試される。

口頭試験では、さらに、性格や人物が評価される。
試験管は、わざと意地の悪い質問や態度をする。
これは、理不尽な乗客に対して、
冷静に対応できるか? という、
タクシー・ドライバーとしての“適性”を試験する。

そして、実地試験は、
指定された場所に、
混雑を避け、さらに
一方通行、右折や左折の禁止を避けて、
最短ルートで、
まちがいなく、
安全に“運転”できるか?
が、試験される。

段階を踏んだ、これらの試験をパスするのは、
10人のうち3人で、平均3年かかる。そして、
タクシー・ドライバーのライセンスバッジが授与される。

ライセンス・ナンバーのプレート、“ライセンス・プレート”が、
通常のナンバー・プレートの下に取りつけられる。
そして、運転するときには、バッジを身に着ける。

ライセンス・プレートは、客室にもあって、
目の前の運転席の背もたれか、後部ドアに取りつけてある。

見やすい場所にあるライセンス・プレートから、
正規のロンドン・ブラック・キャブであることがわかり、
身に着けているバッジから、
資格のあるタクシー・ドライバーであることがわかる。

もし、
✇目的地とは、反対の方向へ走る、
✇メーターを倒さずに、高い料金をとる、
✇勘違いをしたふりをして、遠回りをする、
✇そして、高い料金をふんだくる、
✇恫喝する、
ようなことがあれば、
ライセンス・ナンバーとともに、
当局(The Public Carriage Office/公共輸送事務所)に、
伝える。すると、PCOは調査をする。
近くの警察署に連絡してもいい。

The Public Carriage Office(公共輸送事務所)は、
ロンドン警視庁(The Metropolitan Police)の支部で、
ロンドン・ブラック・キャブの車両の認可と、
タクシー・ドライバーの資格を管理している。

タクシー・ドライバーは、
試験制度によってその資格が制限されているが、
いったんドライバーになってしまえば、
今度はその資格が保護されて、
職業を安定させている。

だから、試験を受けて、合格して、
タクシー・ドライバーになりたい希望者が多い。

ドライバーになったら、その資格を大事にしたい、
不祥事やトラブルを起こしたくない、
高給を維持したい。

このロンドン・ブラック・キャブは、
私のような“外国人”にとっては、とってもありがたい。
通りの名前とか、街の名前とか、
名所、旧跡とか、ホテルの名前、を言うと、
タクシー・ドライバーは、わかってくれる。
そして、“最短ルート”を通る。

10人のうち3人の、過酷な試験をパスした、
タクシー・ドライバーの、質は高い。
プロとしての自信とプライドが、
タクシー・ドライバーにはある。

ゴルフを楽しむドライバーを見かける。

ロンドン・ブラック・キャブが駐車場にあることからわかる(奥)。
ゴルフを楽しみ、汗をかき、シャワーを浴びる。そして、
ティーを飲み、仲間と今日の成果を語り合う。
人生をエンジョイする時間をとっている。
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タクシー・ドライバーには筆記試験と実地試験

2010-02-14 00:50:56 | Weblog
タクシー・ドライバーは、の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

13) タクシー・ドライバーには筆記試験と実地試験
ヨーロッパの出張から、滞在しているロンドンにもどって、
ヒースロー空港に降り立つと、“故郷”に帰ったようで安心する。

ロンドン北部のわが家に帰るが、箱型の、
ロンドン・ブラック・キャブを見ると、
「ロンドンにもどったんだなァ」
と、ホッとする。

これからは、タクシー・ドライバーと、やりあわなくてすむ。
ロンドン・ブラック・キャブのドライバーは、
ロンドンの地理を知り尽くしている。それに、
正直だから、もう、もめごとはない。

ヨーロッパのタクシー・ドライバーに見かけた、
✇目的地とは、反対の方向へ走る、
✇メーターを倒さずに、高い料金をとる、
✇勘違いをしたふりをして、遠回りをする、
✇そして、高い料金をふんだくる、
✇恫喝する、
こうゆうことは、ロンドン・ブラック・キャブにはない。


ロンドン・ブラック・キャブは、その箱形がいい。
オースチン型は天井が高く、それに、客室が広い。
天井が高いのは、ジェントルマンがタキシードで正装して、
山高帽をかぶったときに、天井にぶつからないためである。

ビジネスや観光でにぎわうヒースロー空港では、
山高帽には、お目にかかったことはないが、なごりである。
この天井が高いのは便利で、スーッと中に入ることができる。

運転席のうしろに座るには、
日本を含めて、ほかの国では、尻をずらしながら移動するが、
ロンドン・ブラック・キャブでは、背を丸めて、歩いて移動する。

それに、客室は広い。
前の折りたたみの座席を倒すと、向かい合って、5人が座れる。
5人+荷物が定員である。

車いす”も入る。
特殊仕様でなくても。

トランクルームはない。
乗るときに、バッグもいっしょに、客室に、
ドサッと運び込んで、前か、横のスペースに置く。

床はフラットだから、大きな荷物でも、滑らせればいい。
荷物が大きいときには、ドライバーが手助けしてくれる。
トランクルームに、いちいち上げ下ろしをする面倒がない。

ロンドン・ブラック・キャブの色は、
名前のように“”が基調だ。
ほかの色や、広告もある。

ナショナル・ギャラリーの全面広告の、ロンドン・ブラック・キャブを見た。
印象派の展覧会で、画家のサインが描いてある。
マネ、ゴッホ、シスレー、ピサロ、ルノワール、
ベルト・モリゾ、クロード・モネ。

ヒースロー空港に到着して、ロンドン北部のわが家に帰るが、
「XXストリート」
と、ただ通りの名前を言えばいい。
すると、ドライバーはすぐにわかって、
“OK”
と、返してくる。

それか、
「○○町のXXストリートですか?」
と、確認することがあるが、うなずけばいい。

それから、荷物といっしょに乗り込む。
そして、座席で休んでいれば、家まで、
まちがいなく連れて行ってくれる。

ヨーロッパのタクシーのように、
✇通じただろうか?
✇わかっただろうか?
✇無事にたどり着けるだろうか?
✇変なところへ連れて行かないだろうか?
✇どうして、メーターを使わないのだろうか?
✇ボラないだろうか?
と、気をもまなくていい。
これっぽっちも。

ロンドン・ブラック・キャブのドライバーは、
オネスト/正直、
フェア/正しい、
話しじょうず
を、目指している。

このロンドン・ブラック・キャブのドライバーになるには、
筆記試験”、“口頭試験”、“実地試験”がある。

ロンドンの“知識”を覚えたか?
タクシー・ドラーバーとして“適性”か?
そして、まちがいなく、かつ安全に“運転”できるか?
段階を踏んだこれらの試験に合格して、
はじめて、タクシー・ドラーバーになれる。
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送り役のドライバー

2010-02-10 05:16:18 | Weblog
タクシー・ドライバーは、の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

12) 送り役のドライバー
2,000円だけ持て」
と、男にどなられて、
Bさんは、現金2,000円を机から取って、握りしめた。

――なぜ、2,000円なのか?
どうして、現金をくれるのか?
強盗は、ローマでも情けがあるのか?
しかし、このときは、考える余裕がなかった。
とにかく、多すぎないように2,000円をつかんだ。

「出て行け!」
Bさんは、うしろの大男によって、外にほっぽり出された。

自然に駆け足になって、その場から遠ざかった。
ひざがままやいて思う通りに足が動かない。
宙を飛ぶような気分で、逃げ去った。
振り返らないようにして、
とにかく、遠くへ、遠くへ……。

――ここは、どこだろう?
まだ、生きている。
とにかく、ローマのホテルまで帰ろう。

どこかに、駅はないか?
バスは走っていないか?
タクシー乗り場でもいい。

走りに、走った。
ゼェー、ゼェーと息が上がってきた。

すると、車がスッーと、近づいて来た。
あとから考えると、タイミングがよかった。

「ローマへ行きますが、だんなは、どこまで行きますか?」
――まさか、仲間じゃ、ないだろうな?
洞窟(恫喝)へ連れてきたドライバーではない。

「ここは、不便なところですよ」
「この辺りに、駅はありません」
と、ドライバーは続ける。
「ローマまで、すぐ着きますよ」

あたりには、ほかに車の気配がない。
駅はどこにあるか、わからない。
ほかの選択はない。
車に転がり込んだ。

のどが、カラカラに渇いている。
「XXホテルへ、ローマの……」
声をしぼりだした。
一刻も早くこの場を立ち去りたい。

うしろは振り向きたくない。
でも、時々振り返った。
追っ手は来ないようだ。

ドライバーはXXホテルを、すぐにわかったようだ。
――タクシー料金はいくらだろう?
とにかく、もどりさえすれば、財布に現金はある。


これまでが、走馬灯のように、脳裏をかけめぐる。
駐車場で、フィアットに乗るときに、
ドライバーは、携帯電話で連絡していた。
「洞窟の壁画を見たいお客さんをお連れする。
ガイドの準備をよろしく頼む」
ではなかった。

あれは、
「カモを拾った。これから行く。一人」
と、本部の恫喝チームに連絡をしていたのだ。
――くやしいじゃないか。

ガイドの資格があると言ったドライバーは、
カモ拾いだったのだ。

後部ドアをロックしたのは、
Bさんが、逃げ出さないための、細工だった。

それに、車の中で、ドライバーは半身になりながら、
べらべらとしゃべり続けたのは、
注意をほかに向けないように、
疑いを感じさせないように、
逃げないように、
引きつけていたのだ。

そして、恫喝チームに渡したのだ。
恫喝チームは、こん棒、机と、
小道具をちゃんと準備をして、
照明を落とし、人の配置を終え、
ドアを閉めるリハーサルをして、
「今か!」と、待ち構えていたのだ。
ヤツらは、グルだったのだ。まったく。

だんだんと見覚えがある景色になってきた。
まちがいなく、ローマ市街に近づいている。
遠回りもなさそうだ。こんどは、
洞窟へ行くことはないようだ。

それに、このドライバーは、
カモ拾いのドライバーのように、
「XXホテルに泊っているのですか?」とか、
「ローマでは、なにを食べましたか?」とか、
「ローマのおみやげは、なんにしますか?」とか、
「ローマで、ルネッサンスとバロックを見たのですか?」とか、
よっけいな話はしてこない。

ただ、まっすぐ前を見て運転している。
――静かなドライバーだ。
うしろを振り向いて、べらべらとしゃべることはない。

変なところへ連れて行くことはなさそうだ。
ローマ市街に近づいているから、
まちがいないようだ。


古代ローマの遺跡、コロッセオ。

いいドライバーに、出会った。
――地獄で、に会ったようだ。

現金トラベラーズ・チェックはあきらめよう。
あってのものだから。

なじみのホテルが見えてきた。
――ありがたかった。

静かなドライバーは、はじめて振り向いた。
「XXホテルに着きました」

まちがいなく、XXホテルの玄関だ。
――助かった!
ホッとした。
地獄から、シャバにもどった。

2,000円です」
「?…………!」
Bさんは、ポッカーンとなった。

最後の2,000円をポケットから取り出した。
ドライバーは、金を受け取るや、走り去った。

Bさんは、また、ガックリと力が抜けた。
このドライバーは、送り役だったのだ。
――コイツも、グルだ。

カモ拾い、本部の恫喝役、送り役と、
完璧なチーム・プレイで、
Bさんは、むしり取られた。

ローマの休日」は、
古代ローマの遺跡、
パスタとワインにプロシュット、
ルネッサンス芸術とバロック芸術、
まではよかった。
それに、洞窟(恫喝)までがついてきた。

――こりた!
「一人でタクシーに乗るなよ」
Bさんの忠告だ。
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洞窟(恫喝)部隊へバトンタッチ

2010-02-07 00:15:57 | Weblog
タクシー・ドライバーは、の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

11) 洞窟(恫喝)部隊へバトンタッチ
あたりは、だんだんと倉庫街になってきた。
人通りがなくなった。さみしいところだ。

ガイドの資格があるというドライバーは、
鉄の扉の前に車をとめた。
同時に、おしゃべりはやめた。

ドライバーはリモート・コントロールのスイッチを押した。
鉄の扉は、奥に左右に開いていく。

車が通れる巾まで開くと、ドライバーは、
待ち切れなかったかのように、
すばやく中にすべり込ませた。

曲がったスロープを、ヘッドライトを照らしながら下りて行く。
停車したところは、ガラーンとした地下の駐車場だ。

天井からボーッと灯りがあるだけで、暗い。
――何だか不気味だな!

ドライバーは車のドアを開けてくれた。
洞窟の入口は、こちらになります」

車から下りて、ドライバーにうながされていくと、ドアがある。
ドライバーはドアを押し開けて、
「こちらが入口です」
と、Bさんを押し入れた。

ここは、さらに暗い。
――うすきみ悪いなァ!
と思う間もなく、
ドッカァーン!
と、ドアが閉められた。
これ以上の音はたてられないという、思いっきりの力で。

Bさんは飛び上がった。
振り返った……が、
ドライバーはいない。

代わりに、こん棒を持った大男が、
ドアの前に立ちはだかって、
こちらをにらみ返している。

この大男は、ドアの裏側にいたのだ。
そして、ドアを閉めて、逃げ道をふさいだ。

Bさんは縮み上がった。
前を見た……こちらにも、こん棒を手にしたがいる。

Bさんはざめた。
さっきのドライバーに、助けをもとめたいが、
あのやさしかったドライバーは、どこにもいない。
この部屋には、出口はほかにはない。

Bさんは、すべてがわかった。
――だまされた!

金を巻き上げられるのだ。
みぐるみをはがされるのだ。
暴行されるかも知れない。
殺して、捨てるのだろうか? 

ガタガタと、ふるえが出てくる。
押さえようとしても、止まらない。

汗が吹き出た。
ナイフや銃は、あるのだろうか?
金を出せば、殺しはしないだろうか?
――抵抗はやめよう。
Bさんは観念した。

もう、どうしようもない。
ひざがガクガクする。

うしろの大男が逃げるのを防ぎ、前の男がとりしきる。
の気が引いたBさんを見て、男は、
「効果は十分だ!」
と、思ったのだろう。

「ポケットの中のものを全部出せ!
と、男が命令した。
Bさんは、ポケットから現金をまさぐり出した。

「机の上に置け!」
目が慣れると、粗末な机が目の前にポツンとあった。

「全部だ、全部出せ!」
Bさんは、トラベラーズ・チェックも、
ポケットから引っ張り出した。

机の上には、
現金がリラで3万円分、
トラベラーズ・チェック20万円分がならんだ。

「トラベラーズ・チェックにサインしろ!」
ボールペンが机の上にある。

手がぶるぶるとふるえて、サインがきちんとできない。
漢字で、自分の名前を書くだけだが、
ふるえる右手を、左手で抑えながら、
1枚1枚、すべてのトラベラーズ・チェックに、
なんとかサインした。

トラベラーズ・チェックのサインが終わると、
男は現金の方を見てどなった。
2,000円だけ持て」

Bさんは、なにがなんだか、わからなかった。
「2,000円だ。早くしろ!」
また、どなられて、
2,000円をビクビクとつまみ出した。

出て行け!

うしろの大男によって、
Bさんは外にほっぽり出された。


古代ローマの遺跡、カラカラ浴場。ローマ。
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カモ拾い役のタクシー・ドライバー

2010-02-03 04:05:06 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

10) カモ拾い役のタクシー・ドライバー
広場の駐車場に停めてあったフィアットは濃だ。
色とが基調の正規タクシーとは違う。
しかし、きれいだ。ボロではない。

ドライバーは後部座席のドアを開けて、
Bさんをうやうやしくフィアットに乗せた。
ドアをしめながら、ドライバーは、
ドア内部のチャイルド・ロックで、
後部ドアをロックした。

ドアをロックしたのは、安全のためだと、
Bさんは、気にも留めなかった。

それに、駐車場へ行くときに、ドライバーは携帯電話で、
どこかと交信していた。イタリア語で短めに。
これも、Bさんは気に留めなかった。

それよりも、乗ったフィアットには、料金メーターがない。
洞窟まで1,000円で行くのか?」
「行きますよ、だんな。近くですから、ご心配なく」
――1,000円ならば、メーターがなくてもいいだろう。

フィアットを発進させると、ドライバーは、
後ろを振り向く半身の姿勢になって、
しきりに話しかけてくる。
おしゃべりで、陽気なイタリア人そのまんまに。

「ローマへ、一人旅とはいいですね」
XXホテルにお泊りですか? いいホテルですね」
「いつ帰るんですか? あさってですか?」
「それは、いそがしい、ローマは1週間いても見飽きません」

「ローマで洞窟の壁画を見るというのは、いい思い出になりますよ」
「高速道路を通っても行けますが、下の道を通りましょう」

車が交差点で停まると、ドライバーの半身は、
さらにBさんの方を向いて、しゃべり続ける。
Bさんが、ドア・ロックをはずして、外に逃げないように、
Bさんに、疑うスキをあたえないように、
Bさんの気を、そらさないように。

「ファミリーへのおみやげは、なんにしますか?」
「バッグに靴、スカーフやアクセッサリー、
服なんか、どうですか? 喜ばれますよ」
ドライバーは、途切れることがなく、話しかけてくる。
まるで、親友かのように。

「だんなには、ネクタイ、ワインやグラッパ、
プロシュットなんか、いかがですか?」
「何なら、いいショップを紹介しますよ」
グラッパは、42度の強い酒で
食後に、1~2オンスを一気にあおる。
プロシュットは豚の生ハムである。

「ローマでは、なにを食べましたか?」
「メロンにプロシュット、それに、
海鮮のスパゲッティですか?」

「メロンはおいしい季節になりました。
それにプロシュットとは、あなたは食通だ!」
ほめられるから、Bさんは悪い気はしない。

「パスタは、イタリアの小麦でないと、あのうまさはでません」
「それにゆで方です。深鍋にたっぷりのお湯でゆでます」
「アルデントといって、糸の芯が残るようにゆでます」

「ワインはトスカーナの白でしたか?」
「ローマ人以上に、食を楽しんでいる」
「だんなは、イタリアの本場の味をたん能した」
と、Bさんを喜ばせる。

「ローマで、ルネッサンス芸術とバロック芸術を見たのですか?」
「ルネッサンスとバロックの両方を見たとは、よかったですね」
「バロック芸術はローマから誕生しているから、たくさんありますね」


トレビの泉。バロック芸術の代表作。ローマ。

ドライバーは、半分前を向いて車を運転しながら、
半分後ろを向いて、しゃべり続ける。
Bさんが、怪しまないように。
ひたすら、陽気にしゃべる。

しかし、あたりに遺跡らしいものはない。
倉庫とか、ガレージとか、工場のような場所になってきた。
人通りもない。
――さびれてきた感じだ!

たしか、Cave洞窟と言ったが、
それらしいものは、ないな。

ガイドの資格があるというが、
――だいじょうぶかな?


スペイン広場。ローマ。
左手前は、ベルニーニのバルカッチャ(老舟)の噴水。
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