季節の変化

活動の状況

オーストラリアの通知表

2009-05-31 05:46:26 | Weblog
“世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
オーストラリアの通知表”は、どうなるだろうか?

「季節の変化」で、オーストラリアについて、つぎのことをお伝えしてきた。
「医者へ行ったところ、血糖値がやや高くて、肥満気味だ。
今は、糖尿病になる手前のグレイ・ゾーン(境界型)だが、
この糖尿病の予備軍は、放っておくと糖尿病になる。
合併症が出て失明したり、心筋梗塞で死ぬことがある」
と、バリーは注意された。
豊かになったオーストラリア人に忍び寄る現象である。

「親族に糖尿病はいないので、遺伝的なものではないから、
これまでの生活習慣を変えることによって、
グレイ・ゾーンにいる人の内の60パーセントは、
糖尿病になるのを防ぐことできるそうだ」

「それで、牛肉はやめて、“ルー・ミートRoo meat”にした。
ルー・ミートは、脂肪が少なくて、たんぱく質が多いから体にいい。
それに、野菜を多く摂るようにした」

シドニーのタロンガ動物園のカンガルー。

この物悲しそうなカンガルーが、ルー・ミートになったわけではない。

「それに、“カウチ・ポテト”は止めて、ジョギングをするようにしたよ」
と、久し振りに会ったバリーは、ボテッと、せり出ていた腹がへこみ、
ほほがほっそりしていた。

「“アボリジニ”という先住民族がいる。都市部に住むアボリジニに比べて、
内陸部で狩猟生活をして、ルー・ミートを食べているアボリジニには、
糖尿病や心臓病、高血圧がない。
国立心臓病財団(National Heart Foundation)は、調査の結果、
ルー・ミートを“健康食”として認定した」

ルー・ミートのステーキ。シドニーのレストランで。

ルー・ミートは、ヨーロッパへ輸出している。
日本へは、オージー・ビーフや、ジンギスカン用のひつじ肉(マトン)、
アワビ、うどん用の小麦、ワイン、羊毛、それに石炭、鉄鉱石を輸出している。
日本からは、乗用車や工業製品を輸入している。
「日本に輸出している石炭や鉄鉱石、天然ガスは、中国と取り合いになっている。
中国が世界の生産工場になっているし、鉄橋、道路、港湾、ダム、ビルディング、
施設などの建設が急ピッチで進んで、石炭や鉄の消費量が急増している。
それで、中国は日本よりも長期の買いつけ条件を提示しているから、
資源確保に優位になっている」

2000年に夏のオリンピックがシドニーで開催されて、オーストラリアの豊かさや、
文化の高さに、世界の人は目を見張った。
「帰りたくない。豊かなオーストラリアに住みたい!」
と、選手の中には、オリンピックが終わってもひそんでいる不法滞在者が出た。

オーストラリアの豊かさの象徴、オペラ・ハウス(世界遺産)。


一般に、天然資源や農産物が輸出産業になっている国は、発展途上国であったり、
貧乏であったりするが、豊かな“オーストラリアの通知表”をみたい。

ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者7人は13位→ランクB。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品はない→ランクF。
3)学力:  PISA2006の15歳の知識と技能は8位→ランクA。
4)文化力: 文化遺産と複合遺産は6で32位→ランクD。
5)運動力: サッカーのランキングは32位→ランクD。
 陸上競技世界記録はない。
6)経済力: 国民総生産は14位→ランクB。
7)援助力: 政府開発援助は12位→ランクB。
8)総合力: ランクC。


オーストラリアのレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
“芸術力”のカンヌ映画祭のパルム・ドール受賞作品がないことで、
いびつなレーダーチャートになっている。

“創造力”のノーベル賞の受賞者7人の13位は、
人口が2千万人を考えれば、りっぱである。それに、
“学力”のPISA2006の15歳の知識と技能が8位も、すばらしい。
日本の国土の20倍に、少ない人口だから、教育も大変である。
通信制の学校があり、インターネットの普及が高いことが学力に寄与している。

国際電気通信連合(ITU)が、100人当たりのインターネット利用者数を、
公表している(2007年)。PISA2006の順位と比べる。

インターネットの利用者数が多い国は、PISAの調査でいい成績である。

なお、大陸別のインターネット利用者数は、
              ヨーロッパ      45.28人
              オセアニア     43.18人
              アメリカ        43.16人
              アジア        14.50人
              アフリカ        5.54人
              世界の平均     20.96人、である。

芸術力は、アボリジニのエミリー・カーメ・ウングワレーの展覧会が、
国立新美術館で開催された(2008年)。
そのとき、買い求めた絵はがき、“ヤムイモ”(部分)。

「20世紀を代表する抽象画家の1人、“アボリジニが生んだ天才画家”。
アボリジニを代表する画家であると同時に、20世紀が生んだもっとも偉大な、
抽象画家の1人である」
と、説明にある。
「オーストラリア中央部の砂漠で生涯を送った彼女の絵画の驚くべき近代性は、
西洋美術との接点がまったくなかったことを考えるなら、奇跡的である」

86歳で没するが、それまでの8年間に、3千点を描いている。
年に400点とは驚異的である。会場で、エミリーの制作のようすを、
放映していたが、木陰の下の大地に敷かれた巨大なキャンバスに、
寝そべるようにして、端から、気がおもむくままに、筆を運んでいた。
どういう才能なんだろう? 感性のほとばしりが、芸術になっている。

“運動力”では、2000年のオリンピック、シドニー大会で、
印象深いことがあった。開会式で、アボリジニの舞踊があったし、
アボリジニのキャシー・フリーマンが聖火に点火する栄誉を得た。
競技では、陸上女子400メートルで優勝すると、アボリジニの旗と、
オーストラリアの旗を持って、はだしでヴィクトリー・ランをした。

イギリスの刑務所が過密状態になって、オーストラリアを流刑地として、
進出した1788年からアボリジニは不法占拠者とされて、みじめな生活を、
送ってきた。しかし、オリンピックが差別を解決するきっかけになっている。
そして、2008年、ラッド首相は、
「白人社会への同化」を目的に、親子を強制隔離した過去の誤った政策で、
先住民アボリジニに「深い悲しみや苦悩を与えた」
と、過去の政策について公式に謝罪した。
なにがフェアであるか、判断する、度量の大きさがある。
そして、教育や医療、経済面の格差の是正に取り組んでいる。

2003年にラグビーのワールド・カップ第5回大会が、
オーストラリアで開催されたときの主会場のオリンピック・スタジアム。
テルストラ・スタジアム”と、
通信会社テルストラがネーミング権を買った。

決勝戦は、地元オーストラリアと盟主イングランドの対決となって、
オーストラリアは3連覇がかかり、イングランドは初優勝かかっていた。
延長にもつれこんで、イングランドが勝って、“ラグビー発祥の地”の面目を保った。
熱戦の翌日のテルストラ・スタジアムでは、あと片づけをしていた。

なかなかいいデザインのスタジアムだ。
「そう思うか? このテルストラ・スタジアムはPFIによって、
日本の大林組が建設した」
と、バリーは言う。
PFIとはPrivate Finance Initiative(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)で、
民営化を意味する。これまで国や地方公共団体がしてきた公共施設の建設や、
公共サービスを民間に移管して、ノウハウを活用したり、資金の調達を得て、
事業コストを削減する方式である。

「PFIとして、ほかには、シドニーのハーバー・トンネルは、熊谷組が建設した。
シドニーの高速道路“M2”は、大林組が投資して建設した」

「人口が2千万人しかいない国が発展するためにも、近隣のアジアとの交流を、
深めるためにも、1901年の白豪主義の移民制限法は、1972年に廃止して、
アジア人に門戸を開いた。
1980年代には、アメリカと協調してヴェトナム難民を受け入れている。
人口2%強の45万人のアボロジニの権利も認められている。
PFIでは、日本の技術と資産、文化を採り入れている」
そして、バリーはつぎの言葉でこんにちのオーストラリアを表現した。
「いまでは“多民族”、“多文化”の国になっている」


シドニー市街。右端はオペラ・ハウス。
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スペインの通知表

2009-05-27 05:50:05 | Weblog
“世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
スペインの通知表”は、どうなるだろうか?

「季節の変化」で、スペインについて、つぎのことをお伝えしてきた。
スペインの降り注ぐ“太陽Sun”と灼熱の“土壌Soil”は、
ヒラメキを呼んで、“天才”や“鬼才”を、生み出している。
ダリもミロもピカソもガウディも……。

「そうなんです。“カタルーニャ地方”からは、“天才”が出ている。
建築家のガウディ、芸術家のダリ、ミロ」
と話すコロは、カタルーニャ地方(州都はバルセロナ)出身の、
カタルーニャン(カタルーニャ人)である。
首都マドリッドの、マドロニアン(マドリッド人)とはライバルである。


ミロ美術館の屋上。バルセロナ。

「ピカソはバルセロナの美術学校で学んだ……。
天才の作品や美術館が、バルセロナと近郊にあるよ」

ピカソ美術館。バルセロナ。
ピカソが若いときの作品“科学と慈悲”がある。

「ガウディの建築は世界遺産になっている」
と、カタルーニャン(カタルーニャ人)は誇らしげだ。

サグラダ・ファミリア。バルセロナ。

「マドリッドからは、2人の“宮廷画家”ベラスケスとゴヤ、
ほかに、エル・グレコ(ギリシャ出身)が出ている」
このときは、ライバル関係を忘れて、マドリッドも誇りに思って、
スペインの話をする。


ゴヤの像とプラド美術館。マドリッド。
ベラスケスの“ラス・メニーナス”(女官たち)、
ゴヤの“カルロス4世の家族”や“裸のマハ”、“着衣のマハ”がある。

バルセロナの奇抜とマドリッドの宮廷画家、
カタルーニャンのヒラメキとマドロニアンの観察力
これは、コロの誇り、スペインの誇りである。

天才、鬼才を生む“スペインの通知表”をみたい。

ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者1人は21位→ランクC。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品1は11位→ランクB。
3)学力:  PISA2006の15歳の知識と技能は33位→ランクD。
4)文化力: 文化遺産と複合遺産は37で2位→ランクAA。
5)運動力: サッカーのランキングは1位→ランクAA。
 陸上競技世界記録はない。
6)経済力: 国民総生産は8位→ランクA。
7)援助力: 政府開発援助は7位→ランクA。
8)総合力: ランクB。


スペインのレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
“学力”以外は高い。特に、“文化力”、“運動力”、“経済力”、
“援助力”は、世界のトップ・レベルである。

“芸術力”のカンヌ映画祭のパルム・ドール受賞作品数は1つ。
しかし、総合芸術ではなくて、絵画・建築の美術分野では、
天才事典”があるならば、スペイン人が並ぶ。
ダリ、ミロ、ピカソ、ガウディ、ベラスケス、ゴヤ、エル・グレコ……。

ピカソのゲルニカ。マドリッド。
いまは、ソフィア王妃芸術センターに移されたが、
まだ、プラド美術館の別館にあるときで、厚いガラスで囲われていた。
フラッシュなしならば、撮影ができた(1991年)。

「自分の国の作品を展示している美術館は、スペインの美術館です。
バルセロナの美術館や、マドリッドのプラド美術館だ。
ほかに、自国の作品を展示している美術館は、
フランスの印象派を集めたオルセー美術館、
イタリアのウフィツィ美術館やヴァチカン美術館、
オランダのアムステルダム美術館、ゴッホ美術館だ」
と、コロは言う。

「よその国の美術館は、“略奪品”の展示が多い。
研究・調査、保存と称して、他国から持ち帰ったものだ。
イギリスの大英博物館にしても、
フランスのルーブル美術館にしても、
ドイツのペルガモン博物館にしても」

「それか、財力にものを言わせて、かき集めた、
“コレクション”を展示する美術館だ。
ロシアのエルミタージュ美術館やアメリカの美術館だ」

スペインの降りそそぐ太陽Sunと灼熱の土壌Soilは、
ヒラメキを呼んで、天才を生み出しているが、
うまいも、もたらした。
スペイン北部のリオハRiojaの寒暖の差は、いいぶどうを育てるから、
うまいワインがある。それに、カヴァCavaという発泡ワイン、
オルーホOrujoという蒸留酒で、食後に飲む強い酒も。
また、豚の生ハム、ハモンは最高だ。どんぐりを食べさせた豚の腿(もも)を、
海水に漬けてから、洞窟の中のそよ風で乾燥させるというが、うまい。
食文化の国、生活を楽しむ国で、晩飯は9時から深夜まで続く。

“運動力”はサッカーのランキングが1位である。
これまで、ワールド・カップで優勝していないのが不思議だ。
「クラブ・チームのFCバルセロナレアル・マドリッドの方が、
ワールド・カップで優勝するナショナル・チームよりも強い」
と、コロはくやしそうに話す。

リーガ・エスパニョーラは、クラブ・チームの対抗戦だが、
カタルーニャ地方の州都、バルセロナにはFCバルセロナがあり、
首都マドリッドには、レアル・マドリッドがある」

「バルセロナでは、カタルーニャ語を話すし、今でも独立気運がある。
それに、フランコ大統領の独裁政治のときに、カタルーニャ地方は、
自治権は奪われ、カタルーニャ語は禁止されて、スペイン語を強制された」
と言う、カタルーニャン(カタルーニャ人)のコロには、歴史の因縁があって、
マドロニアン(マドリッド人)とは、ライバルだ。

「FCバルセロナとレアル・マドリッドの因縁の対決、
エル・クラシコ(伝統の一戦)”は、
サッカーに名を借りた戦争の再現となって、バルセロナの街は騒然となる」
と、ワールド・カップ以上に熱が入る。

スペインに降りそそぐ太陽Sunと灼熱の土壌Soilは、さらに、
経済力も生み出し、援助力となって、世界を援助している。


王宮、マドリッド。
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韓国の通知表

2009-05-24 08:00:06 | Weblog
“世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
韓国の通知表”は、どうなるだろうか?

「季節の変化」で、韓国について、つぎのことをお伝えしてきた。
PISAの調査で、韓国がいつも高成績である。
サムエルに、秘訣を聴いてみた。
「朝鮮人は頭のいい民族です」
と、PISAの調査で、韓国が高成績であることを、当然のように知っていたし、
誇りにしていた。

「韓国は、中国と日本に挟まれた小さな国です。
両国に支配された歴史がありました。中国は悪い国です。
日本はもっと悪い国です。韓国には資源がありません。
あるのは“人的資源”だけです。だから韓国には、
その人的資源を開発するしか、ほかに選択肢がないのです」
と、国を隆盛させる必死さが、ひしひしと伝わってくる。

「親には、子どもたちの教育、特に息子の教育を第一にするという伝統があります。
塾に通わせたり、家庭教師をつけて、大学に合格するように援助します。
私も中学生の息子と娘がいますが、息子には英語と数学の家庭教師をつけています。
英語は、今後世界でビジネスをするのに必要ですし、数学はIT産業には必須です」
と、息子への期待は、とりわけ大きい。

「中学生の息子の家庭教師代は、英語と数学、週2回で1万円です」
ということは、1年は53週だから、家庭教師代は年間で約50万円という計算になる。
サムエルは、給与の額をはっきり言わないが、家庭教師代は給与の1割以上か。

国立民俗博物館、ソウル。


「歴代の王朝は、民間人を広く登用する試験制度“科挙(かきょ)”を
採り入れてきました。科挙に合格することが“出世への登竜門”、
という長い歴史があります。
そのため、“学歴社会”の傾向が強くて、
大学への進学率は70パーセントを超えています」

その科挙の展示が、首都ソウルの国立民俗博物館にあった。
「最初の科挙は958年で、最後は1894年」
と、説明にあるから、936年以上の歴史がある。

王は合格者に、帽子に着ける花飾りを贈り、合格者を馬に乗せ、
楽隊の先導で街中を練り歩いて祝った。
科挙に合格することは、個人の出世においても、
韓国の官吏登用の歴史においても、重要なできごとである。

「教育には、親も国も力を入れているから、韓国の生徒の成績はいいのです」
と言う、人的資源の開発に国の隆盛をはかる“韓国の通知表”をみたい。

ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者はいない→ランクF。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品はない→ランクF。
3)学力:  PISA2006の15歳の知識と技能は2位→ランクAA。
4)文化力: 文化遺産は7で24位→ランクC。
5)運動力: サッカーのランキングは46位→ランクE。
 陸上競技世界記録の保持者はいない→ランクF。
6)経済力: 国民総生産は13位→ランクB。
7)援助力: 政府開発援助国ではない→ランクF。
8)総合力: ランクD。


韓国のレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
“創造力”のノーベル賞で、受賞者がいないこと、
“芸術力”のカンヌ映画祭で、受賞作品がないこと、
“援助力”の政府開発援助国ではないことで、
面積が小さく、いびつなレーダーチャートになっている。

“学力”は誇りである。突出している。
PISA2006は2位で、1位のフィンランドに次ぐ。
2位は韓国と同点の香港、4位カナダ、5位台湾、
6位ニュージーランド、7位オランダ、8位オーストラリア、
9位リヒテンシュタイン、10位日本が続く。

PISAは、2000年から始まって、3年ごとに実施している。
読解力、科学、数学の点数が公表されているから、
合計した総合点で、順位の推移をみる。


韓国は、PISA2000からPISA2006まで、常に高成績で2位である。
PISA2006では、韓国と並んで香港も2位。カナダが追っている。
香港は、PISA2003が初参加で3位、PISA2006は2位となった。
台湾は、PISA2006が初参加で、いきなり5位である(そのとき数学は1位)。
日本は、PISA2000では1位であったが、調査ごとに順位を落としている。

「“ITなくして明日はない”と基幹産業をITにする国策があります。
それで、科学と数学の教育に力を入れてきました。
これもPISAの調査でいい成績をとることにつながっています。
光ケーブルを家庭に敷設して、インターネットの使用料を大幅に下げました。
インターネット放送”の利用が急増し、育児・教育から娯楽、スポーツ、
ショッピングと広がり、韓国はブロードバンド先進国になりました」
と、サムエルは国策の成果に誇らしげである。

世界のインターネット利用者数を調べてみた。
国際電気通信連合が、100人当たりのインターネット利用者数を、
公表している(2006年)。
日本は50.20人。韓国は68.35人で、アジアでトップ。日本の1.4倍。
フィンランドは62.90人で、日本の1.3倍。
香港は50.08人で、日本と同じ。
これらのインターネットの利用者数が多い国は、
PISAの調査でいい成績をあげている。

日本は、多くの韓国人留学生を受け入れている。
日本の外国人留学生を調べた。

1位は中国7万4千人(62%)である。
韓国は2位で1万6千人、13%を占めている。
3位台湾4千2百人(4%)、4位マレーシア、5位ベトナムが続く。合計12万人(2008年)。

国際ロータリー 地区大会の外国人留学生(2008年)。

日本技術文化を学んで、祖国に帰り、日本との懸け橋になりたい」
と、外国人留学生は決意を述べていた。
うれしかったな。祖国を発展させ、日本の良き理解者を大事にしたい。


“創造力”のノーベル賞の受賞には、国を挙げて取り組んでいる。
「日本の、ノーベル賞受賞者が多いのには、底力を見たわけで、羨望があります。
これまでの平準な教育の成果として、均質な労働力が得られて重工業が発展したが、
今後は“英才教育”に力を入れて、IT産業を国の基幹産業にするとともに、
自然科学分野で初のノーベル賞の受賞を目指します」

「2000年に英才教育振興法が公布されて、国立の釜山(ぷさん)科学英才学校が、
造られました。ノーベル賞受賞者の銅像を建てるスペースが用意してあります」
この情熱ならば、ノーベル賞を受賞する日がくる。

“運動力”のサッカーのランキングも、陸上競技世界記録も、
2009年5月時点で、いい結果ではなかったが、つぎのように、力がある。
2002年の日韓共催サッカー・ワールドカップでは、ベスト4と大健闘だったし、
2008年のオリンピック北京大会で、野球は優勝している。それに、
2009年のワールド・ベースボール・クラシックでは、日本と優勝争いをした。
韓国人選手の体格が、大きかったことが印象にある。

プルコギ。まわりはキムチ。左は焼酎の真露(JINRO)。ソウル。

うまい。それに安い。
「キムチが、まずいレストランは繁盛しない」
と、サムエルが言うキムチはタダで、しかも、お代わり自由。
韓国料理には、真露がぴったりで、クイクイと進む。200円~300円と安い。
韓国人選手の大きな体格は、うまくて安い韓国料理とキムチ、焼酎のおかげ?

“経済力”の国民総生産GDPの13位は、1位アメリカ、2位日本
3位ドイツ、4位中国、5位イギリス、6位フランス、7位イタリア、
8位スペイン、9位カナダ、10位ブラジル、11位ロシア、12位インドに次ぐ。

「韓国の産業は、日本をモデルにして、追いつき、追い越せで発展させ、
飛躍してきました。1961年に訪日した故朴大統領は、
“日本を兄と考えています”、と産業の育成に対する援助を求めた。
そして、日本が援助した鉄鋼造船といった重工業では、日本を抜いて、
世界一になっている」

「しかし1997年の経済危機では、不良債権を抱えた銀行をつぶすという荒療治をした。
結果、経済復興は早かったが、ハード・ランディングの痛みを体験した反省から、
ITなくして明日はない
と、基幹産業をITにする国策があります」

「日本は経済危機に際し、銀行をつぶさないソフト・ランディングで、
対応したために、失われた10年を体験した。
“日本からは、もはや学ぶものはない”としています」

「政府は、高速で大容量のデータを送るブロードバンド網の構築に巨額の投資をして、
光ケーブルを家庭に敷設して、ブロードバンド先進国になりました。
さらに、大型液晶テレビ、DRAMの半導体、携帯電話、自動車産業、
高効率の太陽電池の開発などで、成果がでています」
と、サムエルは産業の構造転換に誇らしげである。

“援助力”は、経済援助を受ける国であったが、重工業からIT産業へと、
産業構造の転換が進んで経済発展をしているから、援助は受けていない。
アジアからは日本だけが、先進22か国の援助国となっている。
日本の援助額は、1990年代の10年間、連続1位で、アメリカが2位であった。

韓国が援助国になり、ノーベル賞を受賞すれば、
韓国の通知表のレーダーチャートは、著しく面積が増える。


景福宮、ソウル。
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アメリカの通知表

2009-05-20 07:00:30 | Weblog
“世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
アメリカの通知表”は、どうなるだろうか?

「季節の変化」で、アメリカについて、つぎのことをお伝えしてきた。
If Japan can, why can't we?
「日本にできて、なぜアメリカにできない?」
これは、NBC放送が全米にテレビ放映した番組で、
経済大国に成長した日本の特集である(1980年)。

アメリカの車でもテレビでも、故障が多かった。
修理をするのだが、企業のもうけは吹き飛んだ。
「月曜日につくった車は買うな」、と言われ、品質が悪かった。
ワーカーが出社しないか、しても、休日疲れで、ミスが多かった。
品質の悪さに、消費者からソッポを向かれ、国内産業は競争力がなくなった。

ところが、日本の車は、安くてコンパクトだから、
最初は2台目の車、セカンド・カーとして購入したが、
使ってみると、燃費がよくて、故障もなかったから、顧客は満足して、
1台目もアメリカの車から日本の車に、買い換えた。

テレビ、冷蔵庫、洗濯機の家電品は日本製に置き換わり、
“If Japan can, why can't we?”は、
日本製のテレビで見ることになった。

日本の産業がアメリカの産業をしのぎ、ついには衰退させたから、
日本の脅威”や“日本の繁栄”、“モノづくり”の実態に、
ついに、目を向けざるを得ない状況になったのである。

このとき、アメリカは、貿易赤字と財政赤字の“双子の赤字”で、
病める巨象”と言われて、先が見えないでいた。
デトロイトでは、日本車をハンマーでたたき壊す見せしめが、
連日のように起こっていた。
ロス・アンジェルスでも、ダウン・タウンには怖くて近づけない。
失業者やその日暮らしの人、ホームレスであふれ、交差点で車を停めると、
寄って来る。ドアをロックし、窓を閉めて、信号が変わるやダッシュした。

フリー・ウェイには、動かなくなった車が、放置してあった。
道路は穴ボコだらけで、市には補修するお金がなかった。
そして、街には、へこんだタクシーが走っていた。

右はタクシー。サン・フランシスコ(1987年)。

アメリカは、日本製の自動車、電器製品、半導体に輸入制限措置を取った。
しかし、景気は上向かない。“日本バッシング(日本叩き)”は、
対症療法に過ぎない、ということがわかって、NBC放送に続いて、
時の商務省長官マルコム・ボルドリッジが動いた。
アメリカの繁栄を取りもどすために、日本に調査団を派遣して、
自動車や電機メーカーなどを、徹底的に調査した。
日本の優れたところを採り入れて、目標を設定する、
ベンチマーキング”を行ったのである。

そして、日本とアメリカの違いがわかった。
日本企業は、品質の確保、顧客満足CS(Customer Satisfaction)という、
基本理念があって、社員1人1人まで徹底している。
日本企業は、商品をチームプレイで設計・製造し、コスト削減意識、
改善意識が浸透している。
日本企業は、従業員を資産として教育し、能力を向上させている。

その結果、マルコム・ボルドリッジは、品質を重視し、顧客満足CSを得る、
日本的経営”を採り入れて、アメリカ企業の経営を革新し、
競争力を向上させるための“国家戦略”である、
マルコム・ボルドリッジ国家品質賞”を制定した(1987年)。
The Malcolm Baldrige National Quality Award(MBNQA)

この“マルコム・ボルドリッジ国家品質賞”を、優秀な企業や団体に授与した。
アメリカ企業の再生に大いに寄与して、1990年代、アメリカは繁栄に転じた。
この繁栄は、2001年9月11日の“同時多発テロ”まで続いた。

まだ国際貿易センターがあったころのニューヨーク。

ニューヨークの眺め、ボートから(1987年)。

そして、国際貿易センターはなくなった。グラウンド・ゼロ(爆心地)、ニューヨーク。

崩れ落ちた国際貿易センターのガレキの跡かたづけ(2002年撮影)。
後方の建物の窓ガラスは、爆風で割れて、シートやボードで覆っている。

「同時多発テロで、アメリカの繁栄は終わったかな?」
と、アメリカ人がしみじみと言っていた。そして、
「ソ連の崩壊によって“東西の冷戦が終わり”、
ロシアの脅威はなくなった。そして、軍事予算は大幅にカットした。
この10年、アメリカは“好景気”に浮かれて、“油断”しすぎたようだ」

しかし、アメリカには旺盛な起業家意識があった。
産業を金融、情報通信にシフトし、石油と食料で世界経済をコントロールした。
2006年、ニューヨーク市場の株価が元にもどり、“景気は回復”し、
再び世界経済の中枢にいた。

しかし、2008年、不動産ブームが終わり、“バブル”がはじけて、
“金融危機”に陥り、“不況のどん底”にいる……世界を巻き込んで。

GM、クライスラーは“経営危機”になった。
これは、中小型車の開発を怠り、燃費の改善と品質の向上、
顧客要望の満足を怠ったためである。
そして、当面の事業継続のために、政府が短期の営業資金を提供して、
破綻(はたん)を防いでいる。

かって“マルコム・ボルドリッジ国家品質賞”という国家戦略で、
活力を見出したアメリカ。もう世界の中枢にもどることはないのか?

その“アメリカの通知表”をみたい。

ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者232人は1位→ランクAA。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品16は1位→ランクAA。
3)学力:  PISA2006の15歳の知識と技能は、読解力が判定不能→ランクF。
4)文化力: 文化遺産と複合遺産は8で20位→ランクB。
5)運動力: サッカーのランキングは15位→ランクB。
しかし、陸上競技世界記録は、10個で3位→ランクAAを採用。
6)経済力: 国民総生産は1位→ランクAA。
7)援助力: 政府開発援助は1位→ランクAA。
8)総合力: 凋落から脱出して、経済復興した→ランクA。


アメリカのレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
“学力”は、判定不能とされて、いびつなレーダーチャートになっているが、
“総合力”はAである。
“文化力”は、歴史は浅いが、健闘している。
ほかは、世界のトップ・レベルにある。特に、“創造力”、“芸術力”、
“運動力”、“経済力”、“援助力”は極めて高い。

“創造力”のノーベル賞の受賞者232人は1位で、
2位イギリス75人に大差をつけている。
3位ドイツ68人、4位フランス30人、5位スイス17人、
6位スウェーデン16人、7位オランダとロシア13人、9位日本12人、
10位オーストリアとデンマークの9人が続く。

“芸術力”のカンヌ映画祭の受賞16件の1位は、
2位フランスとイタリアの11に大差をつけている。
4位イギリス10、5位日本4、6位スウェーデンとデンマークの3、
8位のドイツ、ロシア、ベルギーの2が続く。

“運動力”のサッカーのランキングは15位だが、
陸上世界記録10個は3位で、1位ロシア16、2位ケニア11に次ぐ。
4位エチオピア9、5位日本8、6位ドイツ5、7位中国4、
8位ジャマイカ、モロッコ、チェコ、イギリスの3が続く。

“経済力”の国民総生産GDPで、アメリカは1位。
2位日本、3位ドイツ、4位中国、5位イギリス、6位フランス、
7位イタリア、8位スペイン、9位カナダ、10位ブラジルが続く。
“マルコム・ボルドリッジ国家品質賞”で、“病める巨象”から、脱出した。
しかし、不動産ブームが終わり、“金融危機”で“不況のどん底”にいる。
これが、2010年以降の“経済力”に、どのように影響してくるか?

“援助力”の政府開発援助ODAで、アメリカは1位。
2位ドイツ、3位イギリス、4位フランス、5位日本、6位オランダ、
7位スペイン、8位スウェーデン、9位カナダ、10位イタリアが続く。

1990年代の10年間、政府開発援助ODAは、日本が連続1位。
アメリカが2位であったが、2001年の同時多発テロ以降、
アメリカは日本を抜いて1位となった。

アメリカは、“If Japan can, why can't we?”、“双子の赤字”、“病める巨象”、
日本を“ベンチマーキング”、“日本的経営”の採り入れ、
“マルコム・ボルドリッジ国家品質賞”の制定、“好景気”、
“東西の冷戦が終わり”、“油断”、“同時多発テロ”、
“景気の回復”、“金融危機”、“不況のどん底”、“経営危機”、
と、いくつかの困難と回復を繰り返してきている。

アメリカの通知表のレーダーチャートをみるかぎり、
不況のどん底にあることは、反映されていない。
まだ、大きな面積のレーダーチャートだ。

これは、イギリスのプリマス港。

ここから、ピルグリム・ファザーズがメイフラワー号で、
新天地アメリカへ渡った(1620年)。

イギリスの国旗の間にある記念碑から、ダイバーが海に飛び込み、
それを、両側の観光客が見ている。
この記念碑の下に銘板がある。

神の摂理によって、ニュー・プリマスに住み、
ニュー・イングランドの礎(いしずえ)を築いた、とある。

清教徒は信仰の弾圧を避けて、アメリカに渡ったが、
ほかに、政治的、経済的な弾圧から、自由を求めて、
多くの人が、新天地アメリカに渡った。それから、400年、
独立戦争、南北戦争とあったが、強大な国になった。

「来るものこばまず、アメリカ人になるならば」
は、“アメリカン・ドリーム”を求めて来る人を歓迎する度量の大きさがある。
もとは、みんな、“宗教”、“政治”、“経済”の弾圧を避け、
自由と夢を求めて、やってきた人たちだから。

アメリカの通知表のレーダーチャートには、
新天地で夢の実現にがんばってきた400年の成果をみる。


サン・フランシスコ大学。
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中国の通知表

2009-05-17 06:35:00 | Weblog
“世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
中国の通知表”は、どうなるだろうか?

「季節の変化」で、中国について、つぎのことをお伝えしてきた。
「計画経済は、市場経済に負けた」ことを、言葉で表すと、
故 鄧小平(とうしょうへい)最高指導者の表現になって、
「数十年も革命をやり、30年あまり社会主義をやっているが、
1978年現在、労働者の月給は600円しかなく、
農村の大多数が相変わらず貧困状態にある」
国として“売れるものがない、売れない”状態であった。

1978年に来日した故 鄧小平は、
日産、松下電器、新日鉄を視察し、新幹線に乗って、
「“近代化”とはこういうことなのか。“モデルは日本”」
として、“改革・開放政策”による近代化建設を進めた。

計画経済から市場経済に移行するが、
「市場経済に移行して、きょうから西側と同じ生活ができる」
とは、急にはうまくいかない。それには、海外からの援助が必要である。
資金援助”と“技術援助”、それに、“教育”の援助である。

1978年、日本は中国と日中平和友好条約を結んでから、
中国への政府開発援助(ODA)3兆円以上と(外務省)、
日本の援助額は世界一で、資金協力を合わせると、
6兆円を超える経済援助になっている。

日本の政府開発援助ODAによって建設された北京の新国際空港。

上海の浦東国際空港や敦煌空港、北京の地下鉄……なども、
日本の政府開発援助ODAによって建設された。

敦煌空港。

日本は、留学生の拡大政策で、多くの中国人留学生を受け入れている。
日本の外国人留学生を調べた。

1位中国7万4千人(62%)である。
韓国1万6千人(13%)、台湾4千2百人(4%)、マレーシア、ベトナム、が続く。
合計12万人である(2008年)。

中国人留学生は、自分のこれからのため、そして中国のこれからのために、
能力を身につけようと、慣れない環境の中で学んでいるが、
目つきが違うんだろうな?

中国人留学生は、高度な技術や経済知識、文化を授けられ、
若手技術者や経営者として育っている。
そして、そのまま日本に在留する人を含めて、
毎年数千人の中国人が日本に“帰化”している。

「来るもの拒まず。日本人になるならば」
は、どこの国でも、外国人を受け入れる条件である。
日本で、力を発揮してほしい。日本国籍を取得した留学生や研究者から、
やがて、ノーベル賞の受賞者が生まれてほしい。

さらに、民間企業は技術移転をし、産業を育成し、
市場経済の経営を指導して、雇用の機会を生み、
市民の生活を向上させ、幸せをもたらしている。
“売れるものがある、売れる”ようになった。

日本の“資金援助”と“技術援助”、そして“教育”が、
中国の近代化と市民の生活向上に貢献したことに対して、
中国の要人が、“日本に感謝”する言葉がある。
1)故 鄧小平(とうしょうへい) 最高指導者
「少ない金額ではない。中国人民を代表して、心から感謝したい」

2)温家宝首相(2007年4月来日、国会演説で)
「中国の改革・開放政策と近代化建設は、日本政府と国民から、
支持と支援を受けた。中国人民いつまでも忘れない

3)胡錦濤国家主席(2008年5月来日、早稲田大学で)
「中国の近代化建設において円借款を提供し、インフラ建設、
環境保護、エネルギー開発、科学技術の発展を支え、
積極的な役割を果たした。日本の方々が中日友好のために、
心血を注いでくれたことを、中国の人民永遠に忘れない

日本は、どちらもが勝者である“Win-Winの共生”を進めてきている。
先に進んだ日本は→中国を援助し→双方が成長し→日本はさらに先に進み→
日本はつぎの目標となる、
という、Win-Winの共生である。
日本だけが勝つのではない、中国も勝つのである。

日本はWin-Winの共生を進めているが、“中国の通知表”をみたい。

ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者はなし→ランクF。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品0→ランクF。
3)学力:  PISA2006の15歳の知識と技能は、参加せず→ランクF。
4)文化力: 文化遺産と複合遺産は30で5位→ランクA。
5)運動力: サッカーのランキングは97位→ランクF。
しかし、陸上競技世界記録は、4個で7位→ランクAを採用。
6)経済力: 国民総生産は4位→ランクA。
7)援助力: 政府開発援助はなし→ランクF。
8)総合力: ランクD。


中国のレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
評価できる項目は、世界のトップ・レベルであるが、
評価が不能であったり、51位以下の項目があるために、
面積が小さく、いびつなレーダーチャートになっている。
“芸術力”は51位以下、“学力”が評価不能、“援助力”はなく、
援助を受けている国である。
“総合力“はDである。

“学力”のPISA2006は、香港2位、マカオ14位と高いから、
中国も参加すれば、高いと思うが。
香港、マカオの総合点と各学科の順位、点数をフィンランド、
日本とくらべると、つぎである。
        総合点      科学      読解力     数学
フィンランド  1位(1,658点)  1位(563点)  2位(547点)  2位(548点)
香港     2位(1,625点)  2位(542点)  3位(536点)  3位(547点)
マカオ    14位(1,528点)  17位(511点)  21位(492点) 10位(525点)
日本    10位(1,552点)  6位(531点)  15位(498点) 12位(523点)

“文化力”の文化遺産と複合遺産30件の5位である。

1位はイタリアで42件である。
スペイン37、ドイツとフランスの32、そして中国である。
日本は11件で15位。

30件とも共産政権になる前の古い文化遺産で、中には荒れるがままであったが、
文化財保護には、日本人の大きな貢献があった。
そして、シルクロードほかの世界遺産に、日本や世界の人を惹(ひ)きつけている。

世界遺産、敦煌の莫高窟を訪れる日本人観光客。

敦煌の莫高窟にある平山郁夫画伯の石碑は、文化財の保護を称えている。

「日中友好協会会長で、敦煌研究院の名誉研究員の平山郁夫先生は、
敦煌の文物の保護のために設立する文化財保護振興財団、および、
研究者育成の奨学金制度に、1989年、2億円を寄付されました。
これを称えて、記念します」
と、中国語で刻まれている。

敦煌の莫高窟の入口にある池田大作創価学会名誉会長の看板は、
文化財の保護を称えている。

「撮影・録画機材一式、書籍、フィールド調査用の車両6台、
それに、1千万円を寄贈された」
と、英語にある。

シルクロードは、日本人による文化財の保護、井上靖氏の小説「敦煌」、
NHKのシルクロードの放送、平山郁夫画伯のシルクロードの画集、
それに、敦煌文書発見の謎ときもあって、旅に、駆り立てられ、
「シルクロードを訪れる観光客の大半は日本人です。
敦煌を訪れる観光客の一番は日本人で、6割を占めます」
と、中国人ガイドは言う。

“運動力”の陸上競技世界記録4個で7位である。
iaaf.orgから陸上競技世界記録 国別ランキングを作成した。

1位はロシア12である。
2位ケニア11、3位アメリカ10、4位エチオピア9、
5位日本8、6位ドイツ5に次ぐ。

“芸術力”がFで、運動力がAは、
故小平の言葉にあるように、
「数十年も革命をやり、30年あまり社会主義をやっているが、
1978年現在、労働者の月給は600円しかなく、
農村の大多数が相変わらず貧困状態にある」
は、生活に窮していて、芸術力に注ぐ余裕はなかった。
国威の発揚は、運動力に注いできた。

“経済力”の国民総生産GDPの4位は、目覚ましい。
それに、年々順位を上げている。
1位アメリカ、2位日本、3位ドイツに次ぐ。
5位イギリス、6位フランス、7位イタリア、8位スペイン、
9位カナダ、10位ブラジルが続く。

“援助力”はなく、政府開発援助ODAを受ける国になっている。
ODAの1位アメリカ、2位ドイツ、3位イギリス、4位フランス、
5位日本、6位オランダ、7位スペイン、8位スウェーデン、
9位カナダ、10位イタリアである。
アジアからは、日本が先進22か国の経済援助国になっている。
1990年代の10年、政府開発援助ODAは、日本が連続1位であった。

“総合力”は、これから学力、芸術力、援助力が得点できるか、によるが、
学力については、「今がんばって勉強すれば、将来がある」
という必死さがあるから、PISAではいい点が期待できそうだ。

これから、ノーベル賞を受賞し、芸術を育成し、政府開発援助国になれば、
バランスのとれたレーダーチャートになる。

北京オリンピックの開会式を、NHKのテレビ放送でみたが、伝統と壮大で、
中国の隆盛を世界に知らしめた。中国人の、生き生きとした表情は、
「中国を発展させるんだ! 国威を世界に見せつけるんだ!」
という、気迫がほとばしっていた。

中国には、世界から批難されている“問題点”がある。
チベット自治区や新疆ウイグル自治区などの“人権問題”、
共産党の一党独裁による“民主主義の抑圧”、党官僚による“腐敗”、
“環境破壊”、“貧富の差”、言論の自由がなく“検閲による情報操作”……。

経済発展をし、北京オリンピックを成功させた。上海万博も控えている。
民主主義に移行し、問題点を解決して、さらに大発展するために、
胡錦濤国家主席の政策である、急激な近代化建設から、
調和的な発展に、世界が注目している。


故宮。
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イギリスの通知表

2009-05-13 07:15:00 | Weblog
“世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
イギリスの通知表”は、どうなるだろうか?

「季節の変化」で、イギリスについて、つぎのことをお伝えしてきた。
100年前日露戦争を、“日本存亡の危機”として、よく覚えていて、
「日本が日露戦争に勝って(1905年)、ロシアの植民地にならずにすんだのは、
イギリスのおかげだ」と、言われたこと、
海軍はイギリス式”とする日本の国策によって、
アドミラル・トーゴー(東郷平八郎)がイギリスに留学して、
軍艦や兵器、軍事作戦などの軍事力を学んだこと。

日本海海戦で、日本艦隊はロシアのバルチック艦隊を破ったが、
日本艦隊の軍艦は、ほとんどがイギリス製で、ニューカッスルか、
バローで建造し、東郷平八郎の乗った旗艦“三笠”は、
バローのヴィッカース造船所で造ったこと。

イギリス製の戦艦“三笠”。横須賀の記念艦「三笠」で。

「“トーゴー・ターン”は、イギリスに留学したときに学んだ“T字作戦”だ」
と言われたが、これは、直進してくるバルチック艦隊に対して、
艦砲が届く8千メートルのところで、日本艦隊は急旋回して、
横一列になって進路を防ぎ、“T”の字になって、
直進してくるバルチック艦隊をつぎつぎと攻撃して、せん滅したこと。

売るものは絹しかなかった日本が、イギリスやアメリカから、
戦費を調達して、イギリスから軍艦大砲などの近代兵器を買って、
国の興亡をかけて、大国ロシアと戦争をして、日露戦争に勝ったこと。

蔑視(べっし)されていた有色人種が、白色人種を初めて打ち負かしたから、
虐げられていたインド、中国が勇気づけられたこと、
インドの初代首相ネルーは、
「日本の勝利に血が逆流するほど歓喜し、
インド独立のため命を捧げる決意をした」

中国の“建国の父孫文は、
「アジア人の欧州人に対する最初の勝利であった。
この日本の勝利は全アジアに影響を及ぼし、
アジアの民族は極めて大きな希望を、抱くに至った」

イギリスに赴任すると、
「今度は、日本がイギリスを助けて、“100年前の恩返し”をする番だ!」
と、イギリス人から言われたこと、
というのは、第2次世界大戦の戦勝国だったイギリスが、凋落して、
イギリス病”、“日の沈む国”、と言われて、国の活力が失われていた。
100年前の日露戦争の勝利にイギリスが貢献した恩返しを求められたこと。

国の活力を回復するために、ときの首相サッチャーは、
100年前に軍艦を建造したゆかりの地、ニューカッスルに、ニッサンを誘致した。
ニッサンは、資本を投下して、技術を移転して“メイド・イン・イングランド”
の車として、輸出して、外貨をかせいでいること、
雇用の機会を増やして失業率を減らし、サプライヤーの品質水準を世界レベルまで、
引き上げ、経営の刷新をし、地域を活性化し、経済を復興させているので、
イギリス政府からだけでなく、地域、サプライヤー、労働組合から感謝されている。

100年前の恩返し”をちゃんとしているが、その成果を、
イギリスの通知表”でみたい。

ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者75人は2位→ランクAA。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品10は4位→ランクA。
3)学力:  ISA2006の15歳の知識と技能は21位→ランクC。
4)文化力: 文化遺産は23で7位→ランクA。
5)運動力: サッカーの優勝は1回で5位→ランクA。
 陸上競技世界記録は3人で8位→ランクA。
6)経済力: 国民総生産は5位→ランクA。
7)援助力: 政府開発援助は3位→ランクAA。
8)総合力: ランクA。


イギリスのレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
面積が大きく、バランスがとれたレーダーチャート。
“学力”以外は、世界のトップ・レベル。

“創造力”のノーベル賞の受賞者75人は、1位アメリカ232人に次ぐ。
イギリスの底力である。
3位ドイツ68人、4位フランス30人、5位スイス17人、
6位スウェーデン16人、7位オランダとロシア13人、9位日本12人が続く。

“芸術力”のカンヌ映画祭の受賞10件は、1位アメリカ16、
2位フランスとイタリアの11に次ぐ4位。
5位日本4、6位スウェーデンとデンマークの3、
8位のドイツ、ロシア、ベルギーの2が続く。
なお、2009年のカンヌ映画祭は、発表がまだなために、反映されていない。

“学力”のPISA2006の21位は、不本意であろう。
1位フィンランド、2位は韓国と香港、4位カナダ、5位台湾、
6位ニュージーランド、7位オランダ、8位オーストラリア、
9位リヒテンシュタイン、10位日本である。

ハロー校。
イートン校やラグビー校、ウィンチェスター校と並ぶ名門校。
パブリック・スクール”と呼ばれ、私立で全寮制の中高一貫教育校。

スタイルは、ワイシャツに黒のスラックス、黒い革靴。
自主性を育て、責任と規律を重んじ、スポーツで鍛錬し、威風堂々とした紳士、
淑女に教育する。特権階級としての義務と責任の精神が叩きこまれたエリートは、
オックスフォード大学、ケンブリッジ大学へと進学する。
オックスブリッジ”と呼ばれる両大学からは、歴代首相やノーベル賞受賞者、
留学後に祖国にもどって、国を牽引する指導者を数多く輩出している。

植民地においても、全寮制の学校、ボーディング・スクールを建設して、
支配者階級としての義務と責任の精神を教えこんでいる。
かって植民地であった国々、カナダが4位、ニュージーランドが6位、
オーストラリアが8位と、健闘している。
イギリス連邦の盟主イギリスとしては、面目を保ちたい。

「私の政権には3つの優先課題があって、1に教育、2に教育、3に教育である」
これは、時の首相ブレアの演説である。
大学は、教育内容を一般に公開し、第3者による評価システムを取り入れて、
教育の質とともに、サービスの向上を競っている。
評価の結果が公表されるから、大学は改善を試み、
<教育の質とサービスを向上させる→ますます学生が集まる→大学への予算も増える>
という、いい循環ができている。
やがて、PISAの調査で、いい結果がでるだろう。

“創造力”、“芸術力”、“学力”が、そろって世界のトップ・レベルは、日本だけである。

“文化力”の文化遺産件23件は、1位イタリア42、2位スペイン37、3位は、
ドイツとフランスの32、5位中国30、6位メキシコ25に次ぐ。
8位インド22、9位ギリシャ17、10位ロシア15が続く。
日本は11件で15位。

世界遺産ストーンヘンジ。

中で儀式を行う人とくらべると、石の大きさがわかる

世界遺産バース。ローマ式の浴場。

イギリス滞在中は、イングリッシュ・ヘリテッジ(English Heritage)という、
歴史的建造物を保護する団体のメンバーになって(会費を払う)、
荒れる文化財の保護に協力しながら、文化遺産を訪ねた。

“運動力”のサッカーのワールド・カップ優勝1回の6位。
1位ブラジル5回、2位イタリア4回、3位ドイツ3回、
4位ウルグアイ2回とアルゼンチン2回に次ぎ、フランスとともに1回。
イギリスはサッカー発祥の地である。それが、優勝1回で、
ほかの国の優勝が多いのは、本来は不満である。

“経済力”の国民総生産GDPの5位は、1位アメリカ、2位日本
3位ドイツ、4位中国に次ぐ。
6位フランス、7位イタリア、8位スペイン、9位カナダ、10位ブラジルが続く。
1980年代、イギリス病に苦しみ、凋落に歯止めがかからなかったが、
日本企業を誘致して経営の刷新をはかった結果、1990年代、みごとに回復した。

“援助力” の政府開発援助ODAの3位は、1位アメリカ、2位ドイツに次ぐ。
4位フランス、5位日本、6位オランダ、7位スペイン、8位スウェーデン、
9位カナダ、10位イタリアが続く。
経済力の回復とともに、援助力がつき、3位となっている。
1990年代の10年、日本は連続1位であった。2001年の同時多発テロ以降、
アメリカが1位になり、そして、ドイツ、イギリスが日本を上回っている。


これは、ヒースロー空港を警戒する戦車

アメリカの同時多発テロ(2001年9月11日)の直後では、
イギリスが標的になる恐れは極度に上がり、警戒態勢を敷いた。
ヒースロー空港では、パトロールカーを先導に、目の前を戦車が走った。
あわてて、シャッターを押した。兵士は、こちらを振り向いたり、
ねらいを定めることはなかった。

イラクは核兵器を保持しているとして、イラク戦争を起こしたアメリカに、
イギリスは同調してイラクに派兵し、フセイン政権を倒した。
イラク戦争に反対したドイツ、フランスとは、異なる独自路線をとって、
一つのヨーロッパ”を掲げたEUだが、内部からきしみが生じた事件だった。

EUは、ドイツとフランス主導だが、イギリスは早くユーローを採用して、
EUのかじ取りに、強くかかわっていきたい。
イギリスだけがユーローを採用していないのは、
「エイザベス女王があるポンドが、なくなってしまうのは耐えられない」
という、国民の感情は根強い。それに、
「ドルの前は、ポンドが世界の基軸通貨だった」
という、プライドがある。
しかし、国民投票を実施して、国民の賛同を得て、ユーローを採用したい。

イギリスは、その動向や発言力が、世界に与える影響が大きい。
イギリスの通知表のレーダーチャートの面積の大きさが、
影響力の大きさを表している。


オックスブリッジの一つ、ケンブリッジ大学。
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フィンランドの通知表

2009-05-10 05:27:05 | Weblog
“世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
フィンランドの通知表”は、どうなるだろうか?

「季節の変化」で、フィンランドについて、つぎのことをお伝えしてきた。
サウナ・バス発祥の地で、厳寒を乗り切る知恵があり、
サウナ・バスの裸の付き合いは、友好を深める最高のおもてなしであること、

サウナ・バス。ラップランド(3月)。

春祭りVappuヴァップ”(5月1日)は、
バルト海の乙女像“ハヴィス・アマンダHarvis Amanda”を、

学生が掃除して、最後に学帽を乗せる前夜祭があること。

歴史から消滅する“国存亡の危機”が何度かあったこと、
EU加盟(1995年)にあたっては、先端技術で競争するのか?
それとも、このまま北欧の中立国として埋没するのか?
国際化か死か”の選択をせまられたこと。

東はロシア、西はスウェーデンの2つの大国に挟まれ、
両国によって700年もの間、東西に分割されていたこと、
1809年にロシアとスウェーデンの間に戦争が勃発して、
勝ったロシアに、さらに100年以上も併合されたこと。

ロシア皇帝ニコライ2世は、フィンランド語を禁止し、ロシア語を強要して、
自治権をはく奪する、抑圧政策を進めた(1917年まで)こと、
ロシアに勝ち目のない蜂起を挑むか、それとも、
このまま国が消滅するのを黙って待つのか、重大な状況にあったこと。

日露戦争で、ニコライ2世はバルチック艦隊を送り込んだから(1905年)、
これで、日本は負けて、“ロシアの植民地”になるものと思っていたこと、
ところが、日本海海戦でバルチック艦隊をせん滅して、仇敵ロシアに勝ったから、
フィンランド人は喜び、大いに勇気づけられたこと。

フィンランド人は、日露戦争を“日本存亡の危機”として、
重要に考えて、覚えていたこと、
日露戦争で、帝政ロシアは回復不可能までに弱体化し、
ロシア革命が起こって、ニコライ2世の帝政が崩壊した1917年に、
フィンランドは独立宣言をしたこと。

ヘルシンキのランド・マークであるヘルシンキ大聖堂は、

1917年の独立宣言までは、ニコライ教会と呼ばれていた。

フィンランドには、“芸者GEISHAチョコレート”があって、
日本に親しみの味がするようで、おみやげにしていたこと。


日本海海戦を指揮した提督、東郷平八郎を称えた、
東郷ビール”をつくったこと、
その復刻版(日本製)が、横須賀の記念艦「三笠」にあったこと。


帝政ロシアが崩壊したあとでも、ソ連と戦争があり(冬戦争、1939年)があり、
領土を奪われたこと、
ソ連の脅威に対抗するため、ナチス・ドイツに同盟を求め、
そのナチス・ドイツが、ソ連に侵攻した(1941年)ために、
同盟国のフィンランドも、参戦を余儀なくされて、
第2次世界大戦では、“敗戦国”となったこと。

1991年に隣国ソ連が崩壊して、ソ連からの侵攻の脅威がなくなって、
東西の緊張の終わり、新しい時代の幕開け、という歴史的な激変、
パラダイム・シフト”を、ひしひしと感じたこと。

ヨーロッパへの回帰」を目指して、EU加盟(1995年)にあたっては、
イデオロギーに代わって、先端技術の競争となったヨーロッパで、
このまま北欧の中立国として埋没するのか?
それとも、先端技術で競争するのか?
国際化か死か”の選択をせまられたこと。

国土は日本と同じくらいだが、3分の1は極寒の北極圏、
人口は530万人で、資源は森林と限られているために、
なにもかもフィンランドでやろうとするのはムリで、
国際協調なしでは、やっていけないこと。

教育”の改革をし、林業から“IT(情報機器)”に産業構造を転換し、
中立国として“国際協調”をしていかなければ、
あすのフィンランドはない”と、国を復興してきたこと、
そして、生徒の“学力は世界一”になり、
ノキア”によって主産業はIT産業になり、
国際協調”で、平和外交、留学、開発、製造、販売を進めてきたこと、
2008年のノーベル平和賞は、フィンランドの前大統領、
マルッティ・アハティサーリに授与されたこと。

歴史から消滅する“国存亡”の危機、“国際化か死か”の危機を、
教育の改革、ITへの産業構造の転換、国際協調で乗り切っているが、
その様子を“フィンランドの通知表”でみたい。

ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者1人は21位→ランクC。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品0→ランクF。
3)学力:  PISA2006の15歳の知識と技能は1位→ランクAA。
4)文化力: 文化遺産と複合遺産は6で32位→ランクD。
5)運動力: サッカーのランキングは51位→ランクF。
 陸上競技世界記録は0人→ランクF。
6)経済力: 国民総生産は33位→ランクD。
7)援助力: 政府開発援助は18位→ランクB。
8)総合力: ランクD。


フィンランドのレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
第2次世界大戦の敗戦国であったが、
民主主義陣営の市場経済のもと、経済復興している。
そして、先進22か国の援助国になっている。

“学力”は、国の復興は教育にあり、「すべての児童に平等の教育を」と、
GDPの6%を教育費に充て(日本は3.5%、2004年)、
大学の授業料はタダ、詰め込みではなく考える教育、いい先生の確保、
教育の現場に判断をゆだねる、交換留学生による国際交流……と、
教育改革を進めた結果が、PISAの学力調査で世界一として表れた。

2000年から始まったPISAの調査の経過をみる。
読解力科学数学の点数が公表されているから、
合計した総合点で、順位を示す。
         PISA2000    PISA2003    PISA2006
フィンランド  3位(1,620点)  1位(1,635点)  1位(1,658点)
日本     1位(1,629点)  5位(1,580点)  10位(1,541点)
韓国      2位(1,624点)  2位(1,614点)  2位(1,625点)
カナダ     4位(1,596点)  6位(1,579点)  4位(1,588点)
香港      参加せず    3位(1,599点)  2位(1,625点)
台湾      参加せず    参加せず     5位(1,577点)

フィンランドは、PISA2003、2006で、2位と差をつけた1位である。
日本は、PISA2000では1位であったが、調査ごとに順位を落としている。
韓国カナダ香港が、常に高成績で、フィンランドに続く。
香港は、PISA2003から参加して3位、PISA2006は2位である。
台湾は、PISA2006が初参加で、いきなり5位である(そのとき数学は1位)。

“芸術力”、“文化力”が振るわないのは、ロシアとスウェーデンの大国に、
800年間支配された“国存亡”の危機があり、
EU加盟にあたっては、“国際化か死か”の危機があって、
危機の回避、国の復興が第一であった。
このため、芸術、文化に力をそそぐことができなかった。

“運動力”は、FIFAランキング2009年5月では51位になっているが、
盛り返すだろう。そうすれば、“総合力”も上がってくる。

“経済力”は、国の産業を林業からIT産業に転換したノキアの功績が大きい。
製紙業からスタート(1865年)し、経営危機になったこともあった。
携帯電話の開発に着手したが、用途が災害や救助の緊急用と限定的で、
しかも、基地局を数キロごとに造るインフラストラクチャー社会基盤への、
投資が大変だったから、ニッチ(すき間)産業のままだろう、と思われていた。
まさか、既存の電話よりも大きなビジネスになって、
IT産業の主役に躍り出ようとは、世界のだれもが考えていなかった。

しかし、地道に開発を続けたことが幸運をもたらした。
1990年代にGSMというディジタル携帯電話の世界標準規格が定められ、
通信サービスの規制緩和によって、市場が開放された。
ノキアが、最初に携帯電話の市場に入ることができて、
世界一のシェア(30%以上)となっている。
環境の変化に勇気をもって技術開発をしたことが、成功につながった。

第2次世界大戦の敗戦国だったが、開発援助国になっている。
国の復興をかけて、教育の改革、IT産業への転換、国際協調に、
取り組んできた。そして、
国存亡”の危機、“国際化か死か”の危機を乗り切った。

人口は530万人、国土の3分の1は極寒の北極圏だが、
厳寒を乗り切る知恵があり、危機を乗り切る改革勇気がある。
そして、最後に勝利するパワーをもっている。


ヘルシンキ大学。
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ドイツの通知表

2009-05-06 03:39:57 | Weblog
“世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
ドイツの通知表”はどうなるのだろうか?

「季節の変化」で、ドイツについては、つぎのことをお伝えしてきた。
同じ民族を、“イデオロギー”の違いで分断した壁が、
ベルリンの壁”であること、
そのベルリンの壁が崩壊して、2009年は20周年になり、
今は痕跡のようにあるベルリンの壁だが、20年前は、
ベルリンの壁のほかに、無人地帯照明奥の白い壁
銃眼のある監視塔と、東西を分断する“一式”があったこと。

東ベルリンと西ベルリンを横切るシュプレー川では、脱出を試みて、
射殺された犠牲者の十字架が、川沿いにならんでいたこと、
「この国には希望がない。もうだめだ。国を捨てたい」
という東ベルリン市民の思いは、東ドイツのハレでも感じたこと。

ベルリンの壁は、まるで“人間の檻”のようで、西ベルリン市民は、
檻に閉じ込められた生活が、28年も続いたこと、
東西冷戦の最前線”にさらされていた西ベルリン市民は、
これからどうなるか? 先が見えない状況で、家庭を持つ希望が、
抱けなかったために、結婚年齢が高かったこと。

ベルリンの壁を裏側から見るために、東ベルリンへ行くと、
ブランデンブルク門一帯は、工事現場のようで、立ち入り禁止だったこと、
東ベルリンのみどころは、慰霊碑やペルガモン博物館で、
東ドイツの独自の文化や、東ベルリンが発展しているところ、
活気のあるところを、ツアー客に見せることができなかったこと。

「共産主義を崩壊させようとする西の帝国主義者によって、
東ドイツ国民が“拉致(らち)”されるのを防ぐために、
”を築いたのです」と言う東ドイツ人と、
「東ドイツ人の脱出が多くて、東ドイツの存在が危うくなったから、
壁を築いたんじゃないか? 壁ができても、なぜ東ドイツ人は、
をかけて、西に脱出するのだ?」と言う西ドイツ人は、
ケンカ状態”だったこと。

同じ民族でも、イデオロギーが違って、ケンカ状態だったため、
ベルリンの壁が“崩壊”するとは予想ができなかったし、まして、
東西ドイツの“統一”は、夢であり、理想であって、
少なくとも20世紀中にはムリで、それには流血の惨事が、
ともなうだろうと、世界の人が思っていたこと、
そのベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一するという、
歴史の劇的な変化、“パラダイム・シフト”が起きたこと。

共産政権下の東ドイツでは食糧も不足し、半世紀たつと、
男性の身長は、西ドイツよりも2センチメートル低く、
女性は3センチメートル低かったこと、
電話の盗聴や密告があり、“秘密警察”による連行・投獄があって、
それで人生を失う人が多く、“恐怖”で国民を抑え込んでいたこと。

共産主義体制の崩壊は、“経済戦争”が遠因で、
直接ドンパチする“武力戦争”の結果ではなかったこと、
共産体制が崩壊し、東西ドイツが統一すると、
イデオロギー戦争”の代わりに、地球規模での“先端技術の競争”となり、
技術革新も公害対策もない東ドイツの国民車“トラバント”は、
生産中止になったこと。

ベルリンの壁が崩壊して、引き裂かれた“離散家族”は再会できたこと、
連合軍による半世紀の“分割統治”も終わり、国が一つになったこと。

東西冷戦の最前線にさらされていた西ベルリンの市民は、
ストレスから解放されて、半世紀振りに“笑み”がもどったこと。

ドイツの復興の様子を“ドイツの通知表”でみたい。
ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者68人は3位→ランクAA。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品2は8位→ランクA。
3)学力:  PISA2006の15歳の知識と技能は17位→ランクB。
4)文化力: 文化遺産は32で3位→ランクAA。
5)運動力: サッカーの優勝は3回で3位→ランクAAを採用。
 なお、陸上競技世界記録は、5人で6位→ランクA。
6)経済力: 国民総生産GDPは3位→ランクAA。
7)援助力: 政府開発援助ODAは2位→ランクAA。
8)総合力: →ランクAA。


ドイツのレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
総合力がAAは、ドイツだけである。
“学力”以外は、世界のトップ・レベル。
面積が大きく、バランスがとれたレーダーチャート。

“創造力”のノーベル賞の受賞者68人は、1位アメリカ232人、
2位イギリス75人に次ぐ。この3国の優位は、しばらくは、ゆるがない。
4位フランス30人、5位スイス17人、6位スウェーデン16人、
7位オランダとロシア13人、9位日本12人が続く。

“芸術力”は、カンヌ映画祭の受賞のほかに、偉大な作曲家を生んだ国である。
バッハ、ヘンデル、ベートーヴェン、ブラームス……。

ヘンデルの像がある生地のハレ。1989年に撮影。

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、世界一級のオーケストラである。

その本拠地、ベルリン・フィルハーモニー。ベルリン。
旧ベルリン・フィルハーモニーは、第2次世界大戦で廃墟となり、
新ベルリン・フィルハーモニーは、1963年に竣工。1988年に撮影。

“学力”だけがBと、不本意だろうが、創造力と芸術力は優れているから、
PISAの15歳の知識と技能の調査は、創造力や芸術力の調査とは異なる。
創造力、芸術力、学力の3つが高いのは、日本だけである。

“文化力”の文化遺産32件は、1位イタリア42、2位スペイン37に次ぐ。
3位フランス32、5位中国30、6位メキシコ25、7位イギリス23、
8位インド22、9位ギリシャ17、10位ロシア15が続く。
日本は11件で15位。

“運動力”のサッカーのワールド・カップ優勝3回の3位は、
1位ブラジル5回、2位イタリア4回に次ぐ。そして、4位ウルグアイ2回と、
アルゼンチン2回、6位イギリス1回、6位フランス1回が続く。

“経済力”の国民総生産GDPの3位は、1位アメリカ、2位日本に次ぐ。
4位中国、5位イギリス、6位フランス、7位イタリア、8位スペイン、
9位カナダ、10位ブラジルが続く。

“援助力”の政府開発援助ODA2位は、1位アメリカに次ぐ。
3位イギリス、4位フランス、5位日本、6位オランダ、7位スペイン、
8位スウェーデン、9位カナダ、10位イタリアが続く。
第2次世界大戦の敗戦国だが、経済援助の先進22か国になっている。
ドイツ(2位)、日本(5位)、イタリア(10位)、フィンランド(18位)である。

三十年戦争”で、ドイツの人口は2,100万人から、1,350万人に減少した。
第2次世界大戦でも、ドイツは廃墟となった。そして、東西ドイツに分断し、
ベルリンの壁ができた。そのベルリンの壁が崩壊するという、
歴史の劇的な変化、パラダイム・シフトが起きている。

1990年に東西ドイツは統一して、東ドイツの経済援助をするが、
荒れ放題の道路や、電話はぜいたく品でおくれている通信設備、
有害物質たれ流しの環境破壊の対策、社会福祉の引き上げ……で、
西ドイツの経済は疲弊して、2003年には成長がマイナスに落ち込んだ。

何世紀も苦難の歴史を経験してきたドイツだが、みごとに国を復興した。
ドイツの通知表はりっぱである。総合力AA、しかも、
面積が大きく、バランスがとれたレーダーチャートである。

ドイツの奇跡の復興”という言葉があるが、それを見える形にすると、
ドイツの通知表のレーダーチャートがその例になる。


ドイツ最古の大学、ハイデルベルク大学。1978年に撮影。
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チェコの通知表

2009-05-03 06:12:59 | Weblog
世界の表彰・評価”から、“指標”を定めて、“数値”で、
日本の通知表”をみたが、同じ指標で、
チェコの通知表”は、どうなるのだろうか?

チェコについては、これまでに、つぎのことをお伝えしてきた。
三十年戦争”は、プロテスタント派が、プラハ城の窓から、
カトリック派を、外に放り投げたことから始まったこと、
チェコ語が禁止”されて、ドイツ語が強制され、
チェコ語が許されたのは、“人形劇”の中だけだったこと。

第2次世界大戦後は、ソ連を盟主とする共産主義の傘下になり、
ワルシャワ条約機構”という軍事同盟に加盟していたこと、
プラハの春”という、言論を自由にし、出版物の検閲を廃止し、
国外旅行の規制を緩和するという、民主化運動がおきたこと。

その民主化運動は、ソ連軍がチェコに侵攻して占拠する“チェコ事件”、
によって、あともどりさせられたこと、
チェコ事件に抗議した2人の学生が、焼身自殺したことを悼む記念碑、
共産主義の犠牲者たちを記念して”が、ヴァーツラフ広場にあること。

秘密警察”による民主化運動の弾圧が再開されて、
希望が持てない生活、生命が脅かされる生活が続いたこと、
プラハの春”から“ビロード革命”までの21年間、
世界のだれも助けてくれなかった、どうしようもないつらい時期”、
を過ごしたこと。

経済戦争”で、計画経済が市場経済に負けたことが、
共産主義体制が崩壊する遠因であったこと、
ビロード革命”が成功して、半世紀ぶりに共産主義と決別し、
言論や国外旅行が自由になり、計画経済から市場経済に移行したこと。

ヨーロッパへの復帰”を目指して“EUに加盟”したこと、
EU加盟に先立って、ワルシャワ条約機構の敵であった、
NATOへの加盟”という、西への忠誠心を誓う“踏み絵”があったこと。

国民車“シュコダ”はフォルクスワーゲンの子会社になったこと、
国の復興を進め、“半世紀の後れ”をとりもどすこと……。

がんばって国を復興している、その途中の結果をみたい。
ランク…AA=3位以内 A=10位以内 B=20位以内 C=30位以内 D=40位以内。
1)創造力: ノーベル賞の受賞者1人は21位→ランクC。
2)芸術力: カンヌ映画祭でパルム・ドール受賞作品1は11位→ランクB。
3)学力:  PISA2006の15歳の知識と技能は19位→ランクB。
4)文化力: 文化遺産は12で12位→ランクB。
5)運動力: サッカーのランキングは12位→ランクB。
陸上競技世界記録は、3人は8位→ランクAを採用。
6)経済力: 国民総生産は38位→ランクD。
7)援助力: 政府開発援助国ではない→ランクF。
8)総合力: ランクC。


チェコのレーダーチャート(2009年5月)。

[総合評価]
“経済力”は、これから再興を目指し、
“援助力”は、援助を受ける国であることから、
レーダーチャートがいびつになっている。

“文化力”が高い。
国土が日本の5分の1で、人口が1千万人を考えると、
文化遺産の12はりっぱだ。日本は11。
この文化遺産は、共産政権になる前の文化である。
共産政権下では、文化遺産は荒れ放題になったが、
半世紀ぶりに民主主義体制になり、整備して、世界遺産になっている。

“芸術力”として、チェコ・フィルハーモニーがある。
ドヴォルザークが指揮した初演からの長い歴史があり、
世界一級とされて、世界各地を駆け巡って演奏している。
チェコ・フィルハーモニーの本拠地、ルドルフィヌム。

音楽祭“プラハの春”では、会場の一つになる。
青いバナーは、音楽祭が開催中であることを示す。
手前、中央はドヴォルザーク像。

“学力”は、PISA2006では、19位と健闘している。
“運動力”は、ほかに、アイスホッケーは世界のトップ・レベルにあり、
テニスでは、プロ選手のマルチナ・ナブラチロワ、イワン・レンドルがいる。
体操の女王チャスラフスカもなつかしい。オリンピックの女子体操個人総合で、
1964年の東京と、1968年のメキシコで2連勝した。

“総合力”は、さらに経済力をつけ、やがて、政府開発援助国になれば、
面積が大きく、バランスのとれたレーダーチャートになる。

三十年戦争、共産主義体制下と、何世紀も困難な歴史を体験してきた。
国の荒廃から復興を目指しているが、国土が日本の5分の1、
人口が1千万人を考えれば、りっぱな通知表である。


世界遺産チェスキー・クルムロフ。
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