季節の変化

活動の状況

黒曜石が日本の文化を生んだ

2015-01-25 00:01:10 | Weblog
NHKの「日曜美術館特別編」、
「巡る、触れる、感じる~井浦新"にっぽん"美の旅~」を見て、
温めていた「黒曜石日本文化を生んだ」を書こうと思った。

NHKの「日曜美術館特別編」は、井浦新さんが、「縄文王国」、
八ヶ岳山麓にある3つの考古館を巡って、芸術品に触れ、感動した。
「尖石縄文考古館」では、「縄文のビーナス」と、「仮面の女神」に触れ、
「井戸尻考古館」では、「神像筒形土器」(しんぞうつつがたどき)と、
半人半蛙文有孔鍔付土器」(はんじんはんあもんゆうこうふちつきどき)と、
双眼五重深鉢」(そうがんごじゅうふかばち)に感じ、
「黒燿石体験ミュージアム」では、「黒曜石」の鉱山を巡って紹介した。
八ヶ岳山麓は、縄文時代に、日本の美の頂点を極めた、文化の中心だった。

「縄文王国 諏訪」の和田峠・霧ヶ峰~八ヶ岳山麓一帯は、「黒曜石」の産地である。
その黒曜石は良質で、「矢じり」(石鏃)、「槍」、「ナイフ」、「石錐」(せきすい)を作った。
「矢じり」や「槍」は、「狩猟」に使われ、
「ナイフ」は、「調理」に使われ、
「石錐」は、穴をあける「工具」として使われた。

これらは、狩猟生活には欠かせない「生活必需品」で、
信州製の「狩猟具」、「調理具」、「工具」は、
縄文時代に、全国に流通した。

石鏃」(せきぞく)。「矢じり」のストラップ。おみやげ品。2014年。

長野県の長和(ながわ)町にある「黒燿石体験ミュージアム」で購入した。1,200円。

茅野市の「尖石(とがりいし)縄文考古館」へ行くと、
黒曜石の原石が前庭に置いてある。2011年撮影。

後方は「宮坂英弌(ふさかず)先生像」で、
八ヶ岳山麓の縄文遺跡発掘調査に生涯をかけた人。

尖石縄文考古館では、日本最古の国宝「縄文のビーナス」、

縄文時代中期(約5000年前)、
それと、土偶造形の頂点、国宝「仮面の女神」、

縄文時代後期前半(約4000年前)、
を見ることができる。

富士見町の「井戸尻(いどじり)考古館」の前庭にも、
黒曜石の原石が置いてある。2011年撮影。

表示板には「麦草峠産」(むぎくさとうげ)とあるから、八ヶ岳の「冷山」(つめたやま)になる。

井戸尻考古館では、重要文化財「神像筒形土器」(しんぞうつつがたどき)、

縄文時代中期(約4700年前)、
それと、重要文化財「半人半蛙文有孔鍔付土器」、
(はんじんはんあもんゆうこうふちつきどき)、

縄文時代中期(約4700年前)、
さらに、重要文化財「双眼五重深鉢」(そうがんごじゅうふかばち)、

縄文時代中期(約4700年前)、
を見ることができる。

尖石縄文考古館と井戸尻考古館の土器や土偶は、
どこぞから見聞したものを、マネしたものではない。
エジプトやメソポタミヤではない、インドや中国でもない。
オリジナリティだ。想像をめぐらし、創造したもの。独創である。
強い願いや想い、魂を込めた。そして、生命力にあふれた芸術品を生んだ。
これらの土器、土偶は、単なる入れ物ではない。
の「道具」、精神の「道具」といえる。
祭祀(さいし)に使われた。

信州は良質な黒曜石の産地で、
和田峠・霧ヶ峰~八ヶ岳山麓一帯から産出し、
加工した製品は全国に流通したが、このことは、
「黒燿石体験ミュージアム」へ行くときに、
新和田トンネル有料道路の北にある案内板、
黒耀石と男女倉遺跡群」に説明がある。

黒燿石は、ケイ酸という成分が多い粘り気の強いマグマが、
急激に冷えた場合できるといわれています」
霧ヶ峰から八ヶ岳の一帯は、本州最大規模の、
黒燿石の原産地として知られています」
「代表的な産地として有名な和田峠では、
直径100m~500mほどで、噴火口の頂点から地下数百mの深さまで、
続いており、今から約94~71万年前にできたと考えらています」

火山の噴火と黒燿石のでき方」を拡大した。黒燿石体験ミュージアム作図。

火山の右が、岩脈(火道)で、和田峠の例、
火山の左が、噴出岩で、八ヶ岳の「冷山」(つめたやま)の例、
さらに左のふもとでは、ふもとに降った黒曜石が流されて、
川に落ちた例、が描かれている。
旧石器時代には、川から黒耀石を拾った。
縄文時代になると、ふもとから山頂へと移っていく。

「天然ガラスの黒燿石は、およそ3万年以前の旧石器時代から、
狩りの道具や肉を切るナイフなどの石器の材料として利用され、
和田峠から全国へと流通していた事でも有名です」

「黒燿石」:常用漢字では「曜」の字となっていますが、
長和町では「耀」の字を黒耀石の特徴を示すものとして親しんできました。
長和町教育委員会

男女倉(おめぐら)遺跡群とは、
黒燿石の産地である和田峠の周辺に密集してある、
旧石器時代の遺跡の一つである。

青森県の「三内丸山遺跡」、
山梨県の「釈迦堂遺跡博物館」へ行くと、
黒曜石から作られた信州製の石器が、生活必需品の
「狩猟具」、「調理具」、「工具」として、全国に流通したことがわかる。

三内丸山遺跡の「石鏃」(せきぞく)の展示。青森県。2012年撮影。

縄文時代中期(約5,000~4,000年前)に、
長野県の霧ヶ峰で製造された「矢じり」(石鏃)が、
青森県の三内丸山遺跡に渡った展示。

霧ヶ峰産の「矢じり」を見ると、素晴らしい加工技術だ。
鋭く、突き刺さる、という実用性のほかに、しさがある。

長野県の霧ヶ峰から、よくもまァ、青森県まで渡ったものだ。
「陸路はなかった、それに危険だった。姫川を下って、
新潟県の糸魚川から、船で日本海を移動して青森県に着きました」
と、学芸員は説明してくれた。
山を越え、海を渡る長い道のりだ! それに、情熱にも驚く。
それほどまでしても、手に入れたかった「矢じり」(石鏃)だ。
「矢じり」は、今でいえば、銃の「弾」で、狩猟には欠かせない。

山梨県の釈迦堂遺跡博物館では、
長野県の和田峠・霧ヶ峰~八ヶ岳山麓の「矢じり」、「槍」、
「ナイフ」が、山梨県に流通した展示がある。
石器の交易」。釈迦堂遺跡博物館、山梨県。2011年撮影。

「黒曜石は、長野県の「和田峠」、「星ヶ塔」、「冷山」(つめたやま)から、
山梨県にもたらされたことが、科学的に証明されている」とある。

「和田峠」は霧ヶ峰で長和町(ながわ)と下諏訪の境界、
「星ヶ塔」は下諏訪町で霧ヶ峰、
「冷山」は茅野市で八ヶ岳山麓。
和田峠・霧ヶ峰~八ヶ岳山麓一帯では、
黒曜石を採掘して、「矢じり」を製造した。
そして、全国に交易をしていたことがわかる。

右端の⇒はヒスイで、新潟から山梨県の釈迦堂にもたらされた。
下の⇒は、伊豆七島の神津島(こうづじま)からの黒曜石で、
信州からの流通が減ったときに、もたらされた。
これは、旧石器時代の最寒冷期に、信州産の良質の石器が、
入手が困難になったため、暖かい神津島に求めた。

「黒曜石」の採掘は? 「矢じり」の製作は? 交易は?
和田峠にある「黒燿石体験ミュージアム」が教えてくれる。

東京からの学童(小学5年生)が体験学習をしていた。長和町(ながわ)。2014年9月。

和田峠・霧ヶ峰~八ヶ岳山麓一帯には、
黒曜石の採掘地点が20か所以上確認されている。
採掘する人、加工する人、交易する人が集まってきた。
旧石器時代~縄文時代にかけて、ゴールドラッシュならぬ、
黒曜石ラッシュ」だったに違いない。

縄文人は、黒曜石という土地の産物を採掘し、
加工、製造して「矢じり」を作るという産業を興した。
製品を交易するという、加工貿易のビジネス・モデルをつくった。

縄文時代は、発掘した「黒曜石」を割って、
「剥片」(はくへん)にして、近くの村に持ち帰った。
そして、「矢じり」ほかの製品に加工した。このことは、
村(加工工場)では、加工するときにできた割りクズが多量にあり、
製品は、そこで使う分しか出てこなかった、ことからわかる。
剥片を消費地まで、わざわざ運んで、消費地で加工することは、
クズも運んでいくことになるからムダだ。
できのいい製品だけを運べばいい。

縄文中期に、諏訪地域の人口が日本で一番だった理由がわかる。
ビジネスでうるおっているところに、人は集まり、
高い文化のあるところに、人はあこがれ、
さらに素晴らしい芸術品が生まれた。
日本の商業文化中心で、
今でいえば、東京や京都だった。

「黒燿石体験ミュージアム」の裏山は、
星糞峠」という黒曜石の産地。
「国史跡 星糞峠黒曜石原産地遺跡」とある。

「星糞」(ほしくそ)とは、黒曜石のこと。
「星糞」は、流れ星が降り積もったところ、とか、
加工するときにできた割りクズ、とかいわれている。

「星糞峠」の採掘跡を見に行くが、
「黒燿石ミュージアム」のスタッフは、
クマよけの鈴を貸してくれた。
腰につけて、鳴らしながら、キョロキョロしながら、
30分ほどの山登り、それから、採掘址を1時間ほど見学する。
「黒燿石体験ミュージアム」の学童は帰ったから、見学は一人だった。

第1号採掘址」。

シートで覆われた下に、黒曜石を採掘した竪坑と、横穴がある。

第1号竪坑」の説明が「黒燿石ミュージアム」にある。

「足場を残すかのように階段状に掘りすすんでいます」
「最後に大きな石につきあたったところでは、
黒燿石を多くふくむ地層をねらって、
横方向に掘っていたようすもうかがえます」

「竪坑の周辺では、おびただしい量の細かな黒燿石の割りくずが、
あたり一面に打ち捨てられていました」
「黒耀石を割るときに使った台石や敲石(たたきいし)も多数発見されています」
「石器の素材となる剥片(はくへん)も打ち割っていた可能性があります」
「石器づくりはそれぞれのムラに材料を持ち帰っておこなわれたと考えられます」

ゆるやかな「くぼみ」が、たくさんある。

⇒の白い球は、「くぼみ」を示す。
採掘したときに、掘った土が、周囲にが盛り上げられて、土手になっている。

ゆるやかな「くぼみ」の下にも、
第1号採掘址のような、竪坑が発見される。
旧石器時代の採掘と、後の縄文時代の採掘が重なることがある。

クマに遇うことなく、星糞峠の見学を終えて、
「黒燿石体験ミュージアム」にもどり、鈴を返した。
その「黒燿石体験ミュージアム」への行き方。

「黒耀石の原産地を探る」。黒耀石体験ミュージアム、新泉社から。
霧ヶ峰のビーナスラインの北側へ行くというイメージ。
左下の諏訪湖から、右上の佐久を目指した。
下諏訪から142号で和田峠へ ⇒ 新和田トンネル有料道路 ⇒
料金所を出て ⇒ 155号で白樺湖を目指す ⇒ 10分ほど走ると左に、
明治大学黒耀石研究センター」 がある。

明治大学が、霧ヶ峰一帯の黒曜石の研究を進めてきた。

そこを入ると、左に「黒燿石体験ミュージアム」がある。
「明治大学黒耀石研究センター」の奥は「虫倉山」、左の山が「星糞峠」。

「黒燿石体験ミュージアム」へ行ったなら、
和田峠・霧ヶ峰~八ヶ岳山麓一帯が、
日本の文化の黎明であり、中心だったことを感じることができる。
自然環境に恵まれ、狩猟生活の必需品の道具を作る黒曜石があった。

和田峠・霧ヶ峰~八ヶ岳山麓一帯は
旧石器時代は、日本の先駆けであり、
縄文時代は、日本の文化の中心であった。
人口は日本一、遺跡数が日本一である。
石器、土器、土偶は、実用性のほかに、
精神性の高い芸術品が生まれている。

岡本太郎は、「縄文王国」諏訪に血がたぎった。
諏訪は、渇仰(かつごう)の地」だった。
渇仰とは、あこがれである。
渇いた者が水を切望するような。

そして、諏訪を40回近く訪れた。
「諏訪に来て、芸術が変った」
「諏訪は、心のふるさとだ」

縄文時代に、日本文化の中心が、どうして八ヶ岳山麓だっただろうか?
どうしてだっただろうか? ではなくて。
食べ物が、山にあったから。
 クリ、クルミ、ドングリ、トチの実、山菜、キノコ、
 シカ、イノシシ、クマ、ウサギ、サル、鳥、川魚…。
黒曜石が、山から出たから。
 良質な黒曜石から、狩猟生活の必需品を作った。
 狩猟具、調理具、工具。これらを、全国に流通した。
☆山は、信仰の対象だったから。
 食料が獲れますように!
 安産でありますように!
 病気が治りますように!
 地震、噴火の天変地異がなく、
 また、陽が上がりますように!

八ヶ岳山麓では、
生活必需品の「道具」を作った。
そして、全国に流通した。さらに、
精神活動の心の「道具」を創造した。
芸術性に極めて優れたもので、国宝になった。

うるおいと高い文化に魅かれて、
八ヶ岳山麓に、人が集まってきた。
そして、造形美に優れ、精神性の高い芸術品、
「縄文のビーナス」、「仮面の女神」、「神像筒形土器」、
ほかを、1,500年にわたって生み出す、日本の文化の頂点であった。

八ヶ岳山麓の縄文美術について、これまでのブログも参考にしてください。
「縄文のビーナスは世界遺産に」。2011年12月25日。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/2aec603cdd0df61da7138b616a42d8d1

「「縄文王国」諏訪を眺める」。2012年1月1日。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/8e2df8d4be961bdcc6f41d43d7754090

「岡本太郎が縄文美術を発見した」。2012年1月15日。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/67b4095dc85aa98e50496fc797dfa3d7

「仮面の女神が国宝に」。2014年3月23日。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/a8194a1ab90005aefe42b78723a0e913

「国宝の土偶を見る」。2014年3月30日。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/c13b392099cca94bf48b983952ebb9a9
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初春は富士山を見たい

2015-01-18 00:01:03 | Weblog
初春富士山を見たい。
大月の菊花山に、山の仲間と登る。
菊花山(きくかさん)は、富士山の眺めが素晴らしいところ。


松本から早朝の電車に乗るが、東の空は朝焼けだったから、
富士山が見える期待がふくらむ。2015年1月8日、6時半。
大月に着くと(9時半)、菊花山は目の前に見える。
高さは643.7メートル、およそ1時間の登り。

菊花山には雪がない。
1月の信州の山は、雪の深さによって、
スパッツ、スノーシュー、簡易アイゼン(6本爪)と、
着けるものが違ってくるが、菊花山では何にも着けなくていい。

菊花山の頂上から大月の街が見える。

上が中央道、下が中央本線で右端が大月駅。

菊花山は、眺めがいいところ。
いくつかを掲載する。
快晴の富士山

手前の黒から、富士山の白になる。

富士山の右には高川山

高川山も富士山の眺めがいいところ。奥は三つ峠山。

北にI岩殿山(いわどのやま)。

奥は大菩薩方面。

岩殿山の南には、M百蔵山(ももくらさん)とO扇山(おうぎやま)が続く。

下に→中央道が走る。

富士山の下にリニアモーターカーの⇒実験線が見える。

実験線の左は東京、右は甲府方面。実験線の右下は都留市。

菊花山は、富士山の眺めが素晴らしいところ。
JR大月駅から1時間で登ることができる。
それに、冬でも雪がない。
富士山が迎えてくれた。
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季節の変化の人気のタイトル2014年

2015-01-11 00:01:10 | Weblog
ブログ「季節の変化」が、2014年に読まれた人気のタイトルは、なんだろうか?
各ブログの最後には、「このブログの人気記事」がある。
そこには、昨日読まれたトップ10が表示されている。

投稿者にはアクセス解析として、トップ50が提供される。
各タイトルには、閲覧数があるから、「このブログの人気記事」を集計した。

「タイトルごとの閲覧数」を集計するが、
50件 x 365日 ⇒ 1万8千250 のデータを、
Excelで処理するのは、大変な作業になる。

それで、トップ20に絞った。それでも、
20件 x 365日 ⇒ 7千300 のデータになる。
人気のタイトルのランキングの作成に取り組んだ。

2014年に400以上のタイトルが閲覧された。
人気のタイトル2014年」のランキング100を作成した。

1) 1位~10位


戦争の証拠隠滅」は、
1位「戦争の証拠隠滅」、
5位「戦争ポスターは焼却せよ」がある。
閲覧数が断然に多い。

戦争の証拠隠滅」。

「機密重要書類焼却の件」。市町村長に宛てた通達。

満蒙開拓団」は、
2位「満蒙開拓団の女性に幸せはない」、
8位「満蒙開拓青少年義勇軍のトップは長野県」がある。

「満蒙開拓団の女性に幸せはない」。

泰阜村から826人が満州に渡り、 生きて帰ってきた人は327人。 帰国者比率は39.6%である。
死亡者は432人、残留者は31人、不明者は36人で、合せて499人になる。

海外のタクシー事情」は、
3位「海外でタクシーに乗るときの注意、教訓 その4 アメリカ、ニューヨーク」、
9位「海外でタクシーに乗るときの注意、教訓 その9 イギリス、旅行者1」がある。

国宝の土偶」は、
7位「国宝の土偶を見る」、
10位「仮面の女神が国宝に」がある。

「仮面の女神が国宝に」。

「土偶の時代と地域」。
土偶の「地域」をみると、東日本である。
西日本からは、縄文時代晩期にわずかにある。
これは海底火山が大爆発して、火山灰が積もり、
植生がなくなって、縄文人が住むことができなかった。
6300年前の「鬼界カルデラ」(きかい)の大爆発である。


2) 11位~20位


美術」は、
11位「岡本太郎が縄文美術を発見した」、
13位「マティスの傑作はエルミタージュ美術館にある」、
16位「東山魁夷の「年暮る」から半世紀」がある。

「東山魁夷の「年暮る」から半世紀」。

アレックス・カーは言っている。
「京都の破壊は凄まじいものであって、
『今の日本人は昔の美に対して何らかの恨みを、
持っているのではないか』と考えるようになりました」

放射能汚染」は、
12位「福島市の放射線量2013年」、
20位「福島市の放射線量2014年」、
18位「御嶽山の放射線量」がある。

「福島市の放射線量2014年」。

福島の人の生の声である。
「福島では、どの程度、健康や人体に被害が及ぶのか、
また、いつ影響が出るのか、明確でないままに生活している」
「汚染物をいかに除去するか、除染が最大の関心事になっている」


3) 21位~30位


日露戦争」は、
21位「日露戦争の勝利はイギリスのおかげだ」、
26位「100年たっても世界が忘れない日露戦争」がある。

「日露戦争の勝利はイギリスのおかげだ」。

「日露戦争の戦費をまかなうために、イギリスとアメリカから借金をした。
その金で、イギリスから軍艦や大砲などの近代兵器を買った」
「イギリスから買いつけた軍艦と、学んだ戦術を使って、
日本はロシアに勝つことができた」
「東郷平八郎の乗った旗艦「三笠」をはじめ、
軍艦のほとんどはイギリス製だ」
と、イギリス人は言う。

東山魁夷」は、
23位「東山魁夷の北欧」
25位「東山魁夷の「花明り」」
30位「東山魁夷が想う京都」がある。

ランドマーク」は、
28位「日本のランドマークがない」がある。

「日本のランドマークがない」。

世界のランドマークが並んでいる。しかし、日本のランドマークがない。


4) 31位~40位


御嶽山」は、
35位「怒れる御嶽山」、
36位「乗鞍岳から見る怒れる御嶽山」がある。

「怒れる御嶽山」。

中央の一番高いところが、御嶽山の最高峰、剣ヶ峰3,067メートル。
56人が亡くなり、7人が行方不明の戦後最悪の火山災害となった。

冬景色季節の変化」は、
32位「白川氷柱群2014」、
33位「横谷峡の氷瀑」、
34位「富士山の季節の変化」がある

「白川氷柱群2014」。

カメラマンでにぎわっている。


5) 41位~50位


サッカー」は、
41位「サッカーの第1回はなぜウルグアイで開催」、
47位「ウルグアイ人がみるマラカナンの悲劇」がある。

「サッカーの第1回はなぜウルグアイで開催」。

「百周年スタジアム」(ESTADIO CENTENARIO)の「見学チケット」。

ネルソン・マンデラ」は、
「ネルソン・マンデラの46664」がある。

学力」は、
「シンガポールの学力は世界4位」がある。

「シンガポールの学力は世界4位」。

総合は、シンガポールが4位、日本は6位、
読解力は、シンガポールが5位、日本は8位、
数学は、シンガポールが2位、日本は9位、
科学は、シンガポールが4位、日本は6位である。


6) 51位~60位


自然」は、
51位「上高地は霧氷と紅葉」、
53位「乗鞍高原の紫と白のエンレイソウ」、
58位「乗鞍岳で見た高山植物」がある。

ベルリンの壁」は、
54位「ベルリンの壁の西と東」がある。

「ベルリンの壁の西と東」。

東ベルリン側から。

エベレスト」は、
55位「エベレストを見たい」がある。

「エベレストを見たい」。

左の三角がエベレスト(8,848メートル)、右がローツェ(8,516メートル)、
チャムラン(7,319メートル)、そして、右端がマカルー(8,463メートル)。


7) 61位~70位


お花畑紅葉季節の変化」は、
62位「秋田駒ヶ岳のお花畑と眺望」、
66位「鎌池の紅葉2014」、
68位「美ヶ原高原のレンゲツツジ」、
69位「おしどり隠しの滝の冬と秋」、
70位「八甲田火山の紅葉」がある。

「秋田駒ヶ岳のお花畑と眺望」。

鳥海山と手前は「男岳」(おだけ)。

「八甲田火山の紅葉」。

毛無岱。


8) 71位~80位


自然」は、
71位「川俣渓谷の吐竜の滝」、
74位「御嶽山の尾ノ島の滝は冬」、
78位「自然湖の立枯れ」がある。

「自然湖の立枯れ」。

立枯れが、朽ち果てていく歴史を見せてくれる。それに、自然の造形美も。

放射能汚染」は、
75位「累積の被ばく量が1mSvを超えた」、
76位「ネパールの放射線量を測る」がある。

「ネパールの放射線量を測る」。

左がアンナプルナ・サウス、7,219メートル、 右がアンナプルナⅠ、8,091メートル。


9) 81位~90位


乗鞍岳」は、
81位「春の乗鞍岳に登る」、
83位「乗鞍岳から見る山々」、
86位「乗鞍岳の紅葉」、
89位「乗鞍岳の季節の変化」、
90位「秋の乗鞍岳から富士山を見る」がある。

「乗鞍岳から見る山々」。

朝焼けに、北アルプスのシルエット。
Hは穂高連峰で、左が奥穂高岳、右が前穂高岳。
Yは槍ヶ岳、Gは野口五郎岳。Vは噴煙を上げる焼岳。

葛飾北斎」は、
85位「葛飾北斎の諏訪湖を見つけた」がある。

「葛飾北斎の諏訪湖を見つけた」。

初摺りは、藍の濃淡で摺った「藍摺」(あいずり)。


10) 91位~100位


季節の変化自然」は、
91位「松本の記録的な大雪」、
92位「御嶽山の不易の滝は冬の始まり」、
96位「霧ヶ峰の谷地坊主」、
99位「信州の季節の変化」がある。

「霧ヶ峰の谷地坊主」。

谷地坊主は天然記念物。

高校野球」は、
「高校野球は背中が熱い2014年」がある。

「高校野球は背中が熱い2014年」。

野球。「打て! 自分に鞭(むち)を! 守れ! 自分の夢(ゆめ)を!
応えろ! 自分の努力(どりょく)に! そして、あげろ! 仲間(とも)と勝鬨(かちどき)を!]


人気のタイトル2014年のランキング100の特徴は、つぎになる。
☆2014年より前のタイトル、
「戦争の証拠隠滅」、
「満蒙開拓団」、
「放射能汚染」、
「海外のタクシー事情」、
「東山魁夷」、
「日露戦争」それに、
「季節の変化」、
 に、根強い関心が抱かれた。
☆2014年は、
「仮面の女神」が国宝になって、
「仮面の女神が国宝に」、「国宝の土偶を見る」、
「岡本太郎が縄文美術を発見した」が閲覧された。
☆御嶽山が噴火して、
「怒れる御嶽山」、「乗鞍岳から見る怒れる御嶽山」が閲覧された。
☆サッカーのワールド・カップが開催されて、
「サッカーの第1回はなぜウルグアイで開催」、
「ウルグアイ人がみるマラカナンの悲劇」、が閲覧された。
☆ベルリンの壁崩壊25周年を迎えて、
 ベルリンの壁に関心を抱かれた。
☆訪れたネパールの、
 エベレスト、アンナプルナ、働き者の女性、が閲覧された。
☆ほかに、「電線の埋設率」、「高校野球」、「ネルソン・マンデラ」、
 が閲覧されている。
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いの字山の霧氷

2015-01-04 00:01:28 | Weblog
いの字山」の霧氷

朝は曇っていたが、登るにつれて晴れてきた。
そして、霧氷が青空に映えた。

塩尻市には、眺望のいい「高ボッチ」がある。
標高1,665メートルからは、富士山~北アルプスまで、
360度の眺望が効く。

「いの字山」は、「高ボッチ」の南にあって、
塩尻峠の東山から、「高ボッチ」への登山口を上がる。
途中にある「いの字山」登山口から1時間ほどの山登り。
標高1,280メートルは、気軽に眺望を楽しむことができる。
晴れると、松本平、北アルプス~御嶽山まで、見渡せる。

「いの字山」は初めてで、山のグループと登った。
「いの字山」には、馴染みの人の先導で登る。2014年12月5日。
「いの字山」のいわれは、ガラ場が「」の字になっていることから。

中央の林を囲うように、左右のガラ場が「い」の字になっている。

ガラ場を上がると、白い木肌が見えてきた。

白樺だ、と思った。が、カラ松に雪が着いていた。手前はガレ場。

動物が「木渡り」をしていた。

動物も「いの字山」登山。

「いの字山」は、霧氷を楽しむ登りになった。
ブッシュに霧氷。


ブッシュ白い木肌青空


ブッシュと黒い木肌。


白い木肌


霧氷に陽が当たる。


そして、1時間で頂上へ。霧氷


塩尻市が見える。

中央は、昭和電工。線路(中央線)を挟んで、右に塩尻の繁華街。
右は、松本市に連なる。後方の、北アルプス~御嶽山は曇っていた。

北アルプス~御嶽山を見たくなって、
2週間後、晴れた2014年12月19日に訪れたが、
登山口は、雪がさらに深く、動物の足跡はあるが、
人が登った形跡がない。スノーシューを持ってこなかった。
登るのをあきらめて、引き返した。再挑戦したい「いの字山」。


「いの字山」では、霧氷と雪の木肌を見ることができる。
コメント
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