ウォルター・ウェストンが感激した徳本峠(とくごうとうげ)。
「徳本峠からの展望は、日本で一番雄大な眺望の一つ」
と、ウェストンは言っている。
徳本峠から、穂高連峰が一望できる。2017年10月18日。
N西穂高岳2,909メートル、O奥穂高岳、3,190メートル、
J明神岳、2,931メートル、M前穂高岳、3,090メートル。
晴れそうな日をねらって、上高地へ上がった。
嘉門次小屋に泊まってみたい、そして、
翌日は、徳本峠に登りたい。
沢渡(さわんど)からシャトルバスで、上高地に上がる。
大正池の手前にある最後のカーブを曲がると、
「穂高連峰が目の前に開ける! 」
のだが、残念、曇っていた。
大正池で降りて、大正池~河童橋を散策する。
焼岳は見えた。
2017年10月17日、8:41。
しかし、大正池から穂高連峰は、雲の中。
穂高連峰は、右端に見えるのだが。
しばらく待ったが、あきらめて、田代池に向かう。
田代池も曇っていた。
少し待つと、霞沢岳がぼんやりと現れてきた。
田代池の手前にある湿原にもどると、穂高連峰も顔を出してきた。
左から西穂高岳、奥穂高岳、吊尾根を経て、前穂高岳、明神岳。
これならば、大正池からも、穂高連峰が見えるはずだ。
もと来た道を引き返した。
そして、大正池から見た穂高連峰。
せっかく上高地へ来たんだから、
大正池と穂高連峰の、この景色を見たかった。
田代池から15分かけて、もどってきたが、その甲斐があった。
再び湿原に引き返すと、穂高連峰は明るくなっていた。
田代池も、陽が当たってきた。
霞沢岳も見える。
これで、湿原からの穂高連峰と、田代池と霞沢岳は、
時間をおいて、2度見たことになる。
満足、満足! 河童橋に向かう。
マユミと六百山。
手前は、梓川。
梓川の中州から、焼岳を振り返った。
→噴煙が、かすかに上がる。
河童橋から、穂高連峰。
上高地に来たら、この穂高連峰と梓川は外せない。
河童橋は、多くのお客さんで賑わっていた。
河童橋から、明神の嘉門次小屋を目指す。
途中にある、岳沢湿原(だけさわしつげん)と六百山。
嘉門次小屋。
嘉門次小屋では、
岩魚の塩焼きを食べたい、
ウェストンが嘉門次に贈ったピッケルを見たい、
そして、4代目当主、上條 輝夫さんにお会いできれば…、
は、実現することができた。つぎを参照してください。
「嘉門次小屋に泊まってみたい」、2017年10月22日、
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/4cb4c5f11bfaf5caa86b1aba1149337c
嘉門次小屋の食堂には、
上条嘉門次、根元清蔵、ウェストンの写真が飾ってある。
囲炉裏の、岩魚の塩焼き、ウェストンが嘉門次に贈ったピッケル、
食堂の写真を見に来るお客さんが多い。外国人も。
ウェストンは、世界には、日本アルプスを紹介し、
日本人には、登山の魅力を伝え、近代登山を広めた。
上条嘉門次は、ウェストンの山岳ガイドだった。
ウェストンは、徳本峠から上高地に入り、槍、穂高…に登っている。
「ウェストンの日本アルプスにおける足跡」。
「日本アルプス 登山と探検」、ウォルター・ウェストン著、岡村精一訳、平凡社から作成。
ウェストンが目指した、槍、穂高は、横浜から汽車で8時間かけて(1891年)、
碓氷(うすい)峠の手前の横川へ行き、鉄道馬車に乗り換え、
何度も脱線しながら、碓氷峠を越えて●軽井沢へ。
汽車に乗り換えて●上田へ。人力車で、
▼保福寺峠を越えて、◎松本へ。
◎松本から、最初は人力車で、つぎに徒歩で、
▼徳本峠を越えて、■上高地へ。
■上高地を拠点のようにして、槍、穂高へ登っている。
「ウェストンが見る槍、穂高」、2016年11月26日、を参照してください。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/2e15570683825ed792774a3f897aa8f1
さて、念願の「嘉門次小屋に泊まってみたい」が実現した、
その翌日の2017年10月18日は、徳本峠に上がる。
途中の景色を見ていく。
登山道わきの流れと紅葉。
木の橋が、この流れにかかる。
木の橋にへばりついた落ち葉と、下は速い流れ。
踊るダケカンバ。
ウェストンが通った道。
徳本峠から、上高地に下りる登山者。左奥は、穂高連峰。
徳本峠を上がるにつれて、振り返ると、西穂高岳が見える。
N西穂高岳、A間ノ岳(あいのだけ)、T天狗ノ頭。
奥穂高岳と前穂高岳が現れる。
Gジャンダルム、O奥穂高岳。M前穂高岳。
M前穂高岳の左手前に、J明神岳が連なる。
奥穂高岳の拡大。
Gジャンダルム、O奥穂高岳。
徳本峠、2,135メートルに着いた。
穂高連峰。
徳本峠から、槍ヶ岳は見えない。
ウェストンは、槍ヶ岳に登るつもりで、
松本の島々から、この徳本峠に上がってきた。
そして、この穂高連峰の景色を見て、
ウェストンは感激し、槍ヶ岳よりも先に、
穂高岳に登ろうかと、気持ちが一瞬、揺らいだ。
しかし、上高地に下りて、予定どおり槍ヶ岳に挑戦する。
ウェストンは、徳本峠から眺めた、穂高連峰に感激した。
そして、登った日本アルプスを世界に紹介することになる。
徳本峠については、つぎも参照してください。
「徳本峠と霞沢岳」、2016年10月30日、
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/d7e40ace3a8237c9233818f9b5a825af
「徳本峠からの展望は、日本で一番雄大な眺望の一つ」
と、ウェストンは言っている。
徳本峠から、穂高連峰が一望できる。2017年10月18日。
N西穂高岳2,909メートル、O奥穂高岳、3,190メートル、
J明神岳、2,931メートル、M前穂高岳、3,090メートル。
晴れそうな日をねらって、上高地へ上がった。
嘉門次小屋に泊まってみたい、そして、
翌日は、徳本峠に登りたい。
沢渡(さわんど)からシャトルバスで、上高地に上がる。
大正池の手前にある最後のカーブを曲がると、
「穂高連峰が目の前に開ける! 」
のだが、残念、曇っていた。
大正池で降りて、大正池~河童橋を散策する。
焼岳は見えた。
2017年10月17日、8:41。
しかし、大正池から穂高連峰は、雲の中。
穂高連峰は、右端に見えるのだが。
しばらく待ったが、あきらめて、田代池に向かう。
田代池も曇っていた。
少し待つと、霞沢岳がぼんやりと現れてきた。
田代池の手前にある湿原にもどると、穂高連峰も顔を出してきた。
左から西穂高岳、奥穂高岳、吊尾根を経て、前穂高岳、明神岳。
これならば、大正池からも、穂高連峰が見えるはずだ。
もと来た道を引き返した。
そして、大正池から見た穂高連峰。
せっかく上高地へ来たんだから、
大正池と穂高連峰の、この景色を見たかった。
田代池から15分かけて、もどってきたが、その甲斐があった。
再び湿原に引き返すと、穂高連峰は明るくなっていた。
田代池も、陽が当たってきた。
霞沢岳も見える。
これで、湿原からの穂高連峰と、田代池と霞沢岳は、
時間をおいて、2度見たことになる。
満足、満足! 河童橋に向かう。
マユミと六百山。
手前は、梓川。
梓川の中州から、焼岳を振り返った。
→噴煙が、かすかに上がる。
河童橋から、穂高連峰。
上高地に来たら、この穂高連峰と梓川は外せない。
河童橋は、多くのお客さんで賑わっていた。
河童橋から、明神の嘉門次小屋を目指す。
途中にある、岳沢湿原(だけさわしつげん)と六百山。
嘉門次小屋。
嘉門次小屋では、
岩魚の塩焼きを食べたい、
ウェストンが嘉門次に贈ったピッケルを見たい、
そして、4代目当主、上條 輝夫さんにお会いできれば…、
は、実現することができた。つぎを参照してください。
「嘉門次小屋に泊まってみたい」、2017年10月22日、
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/4cb4c5f11bfaf5caa86b1aba1149337c
嘉門次小屋の食堂には、
上条嘉門次、根元清蔵、ウェストンの写真が飾ってある。
囲炉裏の、岩魚の塩焼き、ウェストンが嘉門次に贈ったピッケル、
食堂の写真を見に来るお客さんが多い。外国人も。
ウェストンは、世界には、日本アルプスを紹介し、
日本人には、登山の魅力を伝え、近代登山を広めた。
上条嘉門次は、ウェストンの山岳ガイドだった。
ウェストンは、徳本峠から上高地に入り、槍、穂高…に登っている。
「ウェストンの日本アルプスにおける足跡」。
「日本アルプス 登山と探検」、ウォルター・ウェストン著、岡村精一訳、平凡社から作成。
ウェストンが目指した、槍、穂高は、横浜から汽車で8時間かけて(1891年)、
碓氷(うすい)峠の手前の横川へ行き、鉄道馬車に乗り換え、
何度も脱線しながら、碓氷峠を越えて●軽井沢へ。
汽車に乗り換えて●上田へ。人力車で、
▼保福寺峠を越えて、◎松本へ。
◎松本から、最初は人力車で、つぎに徒歩で、
▼徳本峠を越えて、■上高地へ。
■上高地を拠点のようにして、槍、穂高へ登っている。
「ウェストンが見る槍、穂高」、2016年11月26日、を参照してください。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/2e15570683825ed792774a3f897aa8f1
さて、念願の「嘉門次小屋に泊まってみたい」が実現した、
その翌日の2017年10月18日は、徳本峠に上がる。
途中の景色を見ていく。
登山道わきの流れと紅葉。
木の橋が、この流れにかかる。
木の橋にへばりついた落ち葉と、下は速い流れ。
踊るダケカンバ。
ウェストンが通った道。
徳本峠から、上高地に下りる登山者。左奥は、穂高連峰。
徳本峠を上がるにつれて、振り返ると、西穂高岳が見える。
N西穂高岳、A間ノ岳(あいのだけ)、T天狗ノ頭。
奥穂高岳と前穂高岳が現れる。
Gジャンダルム、O奥穂高岳。M前穂高岳。
M前穂高岳の左手前に、J明神岳が連なる。
奥穂高岳の拡大。
Gジャンダルム、O奥穂高岳。
徳本峠、2,135メートルに着いた。
穂高連峰。
徳本峠から、槍ヶ岳は見えない。
ウェストンは、槍ヶ岳に登るつもりで、
松本の島々から、この徳本峠に上がってきた。
そして、この穂高連峰の景色を見て、
ウェストンは感激し、槍ヶ岳よりも先に、
穂高岳に登ろうかと、気持ちが一瞬、揺らいだ。
しかし、上高地に下りて、予定どおり槍ヶ岳に挑戦する。
ウェストンは、徳本峠から眺めた、穂高連峰に感激した。
そして、登った日本アルプスを世界に紹介することになる。
徳本峠については、つぎも参照してください。
「徳本峠と霞沢岳」、2016年10月30日、
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/d7e40ace3a8237c9233818f9b5a825af