季節の変化

活動の状況

ガイドの資格を持ったタクシー・ドライバー

2010-01-31 01:50:18 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

9) ガイドの資格を持ったタクシー・ドライバー
ローマの日曜日、
郊外へ行くことにした。
古代ローマの道、「アッピア街道」か、
泉をふんだんに使ったデステ家の別荘「ヴィラ・デステ」か。
いいローマの休日になりそうだ。

Bさんは、郊外バスの発着場へ行った。
現金3万円とトラベラーズ・チェック20万円を持って。

バス停の時刻表を見ながら、
「今の時間、都合のいいのは、アッピア街道か?
それとも、泉の別荘ヴィラ・デステか?」
を、見比べていた。

一人でバスをさがしているBさんを見て、
やさしそうなイタリア人が近づいて来た。
「日本の方ですか?」
日本語である。

「………そうです…」
Bさんは、警戒しながらイタリア人を見た。

「ローマは初めてですか?」
「……いや、何回か来ているが…」

「どこに行きますか?」
「……ローマの郊外へ行くが…」
「美しいペインティングがありますよ」
「………」

Bさんが、英語を話すことがわかると、英語に代えて、
しきりに話しかける。

洞窟(どうくつ)に描かれたペインティングです」
「ポンペイの壁画のように、今でも残っています」
「私はガイドの資格を持ったタクシー・ドライバーです」

「洞窟には、15分くらいで着きます」
「タクシー料金は1,000円です。それに、拝観料が500円です」
「2,500円で、ローマ郊外の有名な壁画が見れますよ」
「ローマに来て、洞窟を見ないと、後悔しますよ」
「現地までご案内して、説明します」

ガイドの資格を持つというタクシー・ドライバーは、
しきりに、ローマ郊外の洞窟の壁画を勧める。
このイタリア人は、背も高くない、威圧感もない。
影のない明るさと、人なつっこいイタリアの笑みだ。
やさしそうなドライバーに、Bさんは少し安心した。

――ローマ郊外に残っている洞窟か?
ポンペイの遺跡のような壁画だという。
ローマでは、ルネッサンス芸術もバロック芸術も見た。

ルネッサンス芸術では、ラファエロの「キリストの埋葬」(1507年)が、
ローマのボルゲーゼ美術館にある。

世界の美術、朝日新聞社から、1979年。

バロック芸術はローマから誕生している。
バロック絵画の代表者、カラヴァッジオの「キリストの埋葬」(1604年)は、
ヴァチカン美術館にあるから、くらべることができる。

世界の美術、朝日新聞社から、1979年。
調和や美しさのルネッサンスと、写実や躍動のバロックの違いが見えた。

バロック彫刻の代表者、ベルニーニの「プロセルピナの略奪」や、
「アポロンとダフネ」、「ダビデ像」が、ボルゲーゼ美術館にある。
それに、サン・ピエトロ大聖堂の中には、ベルニーニの、
天蓋「バルダッキオ」と「聖ペテロの司教座」がある。


「聖ペテロの司教座」。サン・ピエトロ大聖堂。

これで、ローマの主な観光地は、ほとんど見たし、
ルネッサンス芸術もバロック芸術も、くらべることができた。

Bさんはだんだんと、洞窟の古い壁画にひかれてきた。
――ローマに来て、後悔はしたくないな。

ローマの休日を、洞窟で壁画を見る!
――なんだか、ロマンがありそうだ。

タクシーで往復して、拝観料込みで2,500円に、
現地で説明してくれるチップを入れても、
手持ちの現金3万円で十分に間に合う。

もし、洞窟がおもしろくなかったら、ローマにもどればいい。
15分でもどるから、それから泉の別荘ヴィラ・デステへ行ける。

ドライバーは、
「ガイドの資格を持っている」
と、言っているし、
かっぱらいや強盗ではなさそうだし、
それに、人がよさそうだ。
と、Bさんの警戒は解けた。

盗難にあったとしても、現金3万円と、
トラベラーズ・チェック20万円になる。
が、トラベラーズ・チェックの上には、
漢字でサイン済みだから、
下に、スラスラと漢字でサインができない限りは、
使いものならない。

――決めた。
「その洞窟へ行ってくれ」

ドライバーは満面の笑みを浮かべて、
Bさんを駐車場へ案内した。

ドライバーは携帯電話で、どこかと交信していた。
イタリア語で短めに。

短めの交信は、
このときは、気にも留めなかった。
でも、あとで思い出すことになる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一人でタクシーに乗るな

2010-01-27 04:37:08 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

8) 一人でタクシーに乗るな
商社のBさんは旅慣れていて、一人旅をよくする。
ヨーロッパの出張で、週末をイタリアで過ごした。
ローマは、Bさんのお気に入りの街だった。
怖い目に会うまでは。

「ローマでは、一人でタクシーに乗るなよ!」
と、Bさんは思わせぶりに言う。

ローマからロンドンに立ち寄って、私に言う。
ローマへ旅行するときの忠告である。

「何かあったんですか?」
と、聞きたくなる。
「そぉ、あったんだよ……」
Bさんは、ぽそぽそとローマのてんまつを話す。

ローマの主なところを、Bさんはすでに見ている。
円形の競技場コロッセオも、古代ローマの遺跡フォロ・ロマーノも、
スペイン広場も、トレビの泉も、パンテオンも、カラカラ浴場も……。

でも、一か所だけ見てないところがあった。
ヴァチカン市国のヴァチカン美術館である。
前回は、日曜日で休館日だった。

「今回は、ヴァチカン美術館を見よう」
土曜日の午前、ヴァチカン美術館が混まないうち、
ホテルからタクシーでヴァチカン市国に駆けつけた。

午前は、ヴァチカン美術館へ。
そして、システィナ礼拝堂を見た。
ミケランジェロのフレスコ画「最後の審判」。
それから、「天地創造」を見上げた。
「アダムの誕生」も見た。

午後は、近くのサン・ピエトロ大聖堂で、
ミケランジェロの彫刻「ピエタ」を見た。

「ついに、ヴァチカン市国を見るという念願がかなった。
これで、ローマの主なところは見た。
思い残すことはない」
と、はればれした。

大衆レストラン、トラットリアで、
道行く人を眺めながら、食事をした。
イタリアといえば、プロシュット(生ハム)にメロン、
それにパスタだ。海鮮のスパゲッティにした。それに、
ワインはトスカーナの白で、琥珀(こはく)色に輝いている。

Bさんは、美術館で、ほどよく疲れた体に、
イタリアの薫りを取り込んで、
ローマの休日を満喫した。

そして、翌日の日曜日。
「ローマでは、一人でタクシーに乗るなよ!」
という怖い目は、この日にあった。

「きょうは、郊外か、変わったところへ行こう。
ローマの主なところは見たから」

候補は、古代ローマの道である「アッピア街道」か、
泉をふんだんに使ったデステ家の別荘「ヴィラ・デステ」。
いずれもローマの郊外。バスで行くことになる。

きょうの出費は、バス代に食事と拝観料、
それに、家族へのおみやげになる。

現金はリラで3万円ほど持ったから、足りるだろう。
大きな買い物があったり、レストランの食事は、
トラベラーズ・チェックで払えばいい。

現金の残りとクレジット・カードが入った財布と、
トラベラーズ・チェックの残り、
それに、パスポートは、
ホテルのセキュリティ・ボックスに入れてある。
旅先では、ことのほか盗難に注意を払っている。
そして、余分な現金を持って、出歩かない。

トラベラーズ・チェックは、安全である。
サインするところが上と下の2か所にあって、
上はすでに、漢字でサイン済みである。
サインは、Bさんの名前にしてある。

使用するときに店員の前で、下にサインをするが、
上の漢字のサインと一致したときに、有効になる。

漢字のサインを、スラスラとできる外国人はいないから、
トラベラーズ・チェックは、たとえ落としたり、
万が一、スリや盗難にあったとしても、
安全な現金代わりである。

旅のおとも、トラベラーズ・チェック、
2,000ドル、約20万円分を持って、
郊外バスの発着場へ行った。


サン・ピエトロ大聖堂。ヴァチカン市国。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

正規タクシーの荒稼ぎ

2010-01-24 04:47:21 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

7) 正規タクシーの荒稼ぎ
そろそろ「最後の晩餐」の教会に着くかな?
ドゥオーモから、そんなに遠くないから。
外を見ると、景色になじみがない。
――おかしい!

タクシー・ドライバーは無言で走り続けている。
日本人であることを確かめる会話はなかった。
しかし、格好と大きなバッグを持っているから、
日本人の旅行者であることは、
わかっているのだろう。

タクシーはミラノ市街を抜けて、なんだか、
さみしそうな下町になってきた。
ドライバーは無表情で走り続けている。
――変だ!

ドライバーに声をかけた。
Last Supperの教会へ行く、正しい方向か?」
「……」
ドライバーは、だまっている。振り向かない。

西に行かずに、ひたすら太陽の南に向かっている。
「方向が違うんじゃないのか?」

すると、
「Last Supperは、ミュージアム(美術館)じゃないのか?」
トボケタ返事が返ってきた、英語で。

「Last Supperはペインティング(絵)だ。
ミュージアムなんかじゃない」
「………」
ドライバーは、だまっている。

「教会にある有名なペインティングだ」
しかし、ドライバーは平然としている。

「“レオナルド・ダ・ヴィンチ”の絵だ」
レオナルド・ダ・ヴィンチを知らないイタリア人はいないだろうから、
これでわかっただろう。
「…………」
しかし、ドライバーは前を向いたままだ。

「レオナルド・ダ・ヴィンチだ、レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「………………」
しかし、ドライバーは、肩をすくめてわからないふりをする。

発音が悪かったのかな?
イタリア語だと、多分こうなるだろう、
と、発音してみた。

Aさんも異常を察した。
いっしょになって発音してみた
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

交互に繰り返してみたり、合唱してみる。
正確な発音になるように、
“Leonardo Da Vinci”
と、舌を歯茎に当てたり、
唇をかんで発音してみたり。

しかし、ドライバーは、
「ぜんぜん、わかりませ~ん」
と、長い手を左右に広げて肩をすくめている。

「Last Supperだ」
大声で言うと、
「Last Supperとは、レストランのことかい?」
ときた。
――わかっているくせに。

ドライバーは見覚えのないところを、さらに突っ走って行く。
ミラノ市街からは、明らかに遠ざかっている。
ますます、さびれてきた。

「止めろ、止めろ、車を止めろ!」
この先、どこまで行くかわからない。

メーター料金もかさんできた。
それに、えたいの知れないところや、
仲間がたむろしているところへでも連れて行かれたら、大変だ。

「止めろ、止めろ、わきへ止めろ! ここでいい、ここで」
タクシーを止めさせた。

背の高いドライバーは、振り返って、
「ここですか?」
と、不満そうに言う。

「トランクルームを開けろ!」
ドライバーはエンジンを切って、キーを抜き、
面倒くさそうに体を折り曲げて外に出て、
キーでトランクルームを開けた。

私はバッグを引っ張りだした。そして、
ガサゴソとガイドブックをさがした。

英語のガイドブックだが、教会の名前を、
たしかイタリア語で書いてあったのを思い出したのだ。

ガイドブックはあった。
「最後の晩餐」のページを急いでさがした。
あった、あった、これだ!

「コレダ! コレ」
コレデ、ドウダ! とばかりに、
開いたページを、ドライバーにつきつけた。

すると、ドライバーは、
Santa Maria delle Grazie
と、きれいなイタリア語で発音した。

――ワザトラシイ。
そして、
「なぜ最初からSanta Maria delle Grazie、
と、言ってくれなかったのだ?」

こんな長い名前、覚えられるわけねぇだろう。
しかもイタリア語だし。
「Santa Maria delle Grazie、
と言ってくれれば、すぐわかったのに」

さらに、
「Last Supperとは、Santa Maria delle Grazieのことだったのか?」
と、こちらをみる。

――ヒデェーもんだ。
乗客の指示が悪かったせいにした。
行き先を告げたときは、わかったのに。

それに、正規タクシー、と安心していたのに。
ドゥオーモのタクシー乗り場にいたし、メーターを使ったから。

それが、最初はミュージアムか? つぎはレストランか? と、とぼけた。
タクシーを止めなければ、どこまで走ったかわからなかった。

タクシーは引き返して、Santa Maria delle Grazieにたどり着いた。


三角形の2辺を走った。それも、細長い2等辺三角形の2辺だ。
底辺1.5キロメートルではなくて、
2辺を10キロメートルほど走った。
それで、メーター通りの料金をフンダクられた。

「最後の晩餐」を見ることができた。
ドゥオーモから、長い道のりだ。

前に、イタリア人とタクシーに乗ったときには、最短距離だったのに。
正規タクシーの荒稼ぎだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ちがう方角を走るタクシー・ドライバー

2010-01-20 01:17:50 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

6) ちがう方角を走るタクシー・ドライバー
イタリアのミラノでは、レオナルド・ダ・ヴィンチの、
「最後の晩餐(ばんさん)」は見逃せない。

“Santa Maria delle Grazie”
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会にある。


レオナルド・ダ・ヴィンチはイタリアが生んだ天才、
その作品「最後の晩餐」は、有名な絵である。
世界遺産になっていて、イタリア人をはじめ、
世界の人が見に来る。

前に、イタリア人に案内されて見ている。
今回は、日本からの旅行者Aさんの案内役である。

ミラノでは、最初に見るところがある。
旧市街にある大聖堂ドゥオーモ。


ゴシック建築の代表で、
「尖塔が素晴らしい、大理石の乳白色がきれいだな」
と、みとれる。

ドゥオーモの床は、いろいろな形と色の大理石で、
「みごとなモザイクだ」
と、足で踏みしめ、
巨大なステンド・グラスに描かれた鮮やかな色の挿話を見上げる。

「維持をするために、いつでもどこかを修復している」
「維持の費用もバカにならない」
「世界遺産は、修復しながら維持することも、
イタリア人の役目で、負担になっている」
と、前にイタリア人に言われたことを、Aさんにする。

ドゥオーモを見たから、つぎはミラノのメイン「最後の晩餐」だ。
ドゥオーモのタクシー乗り場へ行く。

旧市街のドゥオーモから、「最後の晩餐」のある教会までは、
西へ1.5キロメートル。
旧市街をブラブラと、散歩がてらに行ける距離である。
しかし、Aさんは重い荷物を持っているから、タクシーにした。

「最後の晩餐」は、イタリア語ではわからないが、
英語では“Last Supper”だから、
「“Last Supper”の教会へ行ってくれ」
と、英語で言った。

「シー、あいよ」
と、ドライバーはイタリア語で受けた。
鼻が高くて、背も高い40歳代のドライバーである。

ドライバーは、Aさんの大きな荷物と、私の小さなバッグを、
トランクにしまいこむと、メーターを使って走り出した。

このタクシーは正規のタクシーだ。
ドゥオーモのタクシー乗り場にいたし、
メーターを使っている。

タクシーに乗って、Aさんにミラノの道路事情の説明をした。
「新市街は東西南北に道路が走っている」
「しかし、旧市街はそれから45度傾いている」
「新市街は旧市街を取り囲むように、周囲に拡大しているから、
重なり合うところは45度に道路がつながっている」
「今では、交通のネックになっている」

「旧市街が45度傾いているのは、
東と南の両方から太陽があたるので、日当たりがいいから」
と、イタリア人から聞いたことを、Aさんに言う。

これから見る「最後の晩餐」は、
「教会の食堂の壁面にある」
「ドイツの爆撃で、教会は破壊されたが、
最後の晩餐は奇跡的に助かった」
「絵の傷みが進んできて、修復作業をしている」
と、Aさんに説明していた。

「そろそろ着くころかな、そんなに遠くないから」
しかし、窓の外を見ると、どうも景色が見慣れない。
前にイタリア人とタクシーで行っているが、
近づいている気がしない。方角がちがうようだ。

そして、ローマ時代の柱が見えた。
それから、運河のわきを走っている。
西へ行くはずだが、南へ行っている気がする。

雰囲気が、まったく違ってきた。
文化の香りがしなくなってきた。
――変だ!

ミラノ市街を抜けて、なんだか、
さみしそうな、下町になってきた。

タクシー・ドライバーは無言で走り続けている。
――変なところへ、連れてくのだろうか?
どうしよう?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ホテル・マンにタクシー料金を聞こう

2010-01-17 05:15:25 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

5) ホテル・マンにタクシー料金を聞こう
タクシー・ドライバーをポツンと残して、
荷物を持ってホテルへ向かった。

フロントで、
「こんにちは、チェック・イン予定の宿泊客ですが」
「こんにちは、いかがいたしましょうか?」
若いホテル・マンは、きれいな英語を話す。

「空港からホテルまで、タクシー料金は通常いくらですか?」
「通常、Xドグマ(2,000円)ですね」
「ありがとう」
これが聞きたかったのだ。

タクシーに引き返して、私の顔を見たドライバーは、
「αβγΔΕ, Σωκράτης ……」
「はやくXXXドグマを払え」
と、ギリシャ語でまくしたててくる。
両手を腹の前でグルグルと派手に回しながら。

「ホテル・マンは、“Xドグマ”と言っているが」
「…………?」
ドライバーは、だまった。

それから、
「XXドグマでいい」
と、料金と声のトーンが下がってきた。
それに英語に戻った。

2倍では、まだ高い。
ホテル・マンは「Xドグマ」と言っていたから、
まだまだ、納得できない。
それに、小さなバッグだけだから、荷物の追加料金もないし。

――XXドグマとは、往生際が悪いナ。
まだがんばろう、公衆にさらされているが。

「ちょっと、ホテルまで来てくれ。ホテル・マンと話してくれ」
「…………」
ドライバーはだまった。
そして、私のあとにシブシブとついてきた。

ホテル・マンに、「Xドグマ」であることを、
ドライバーに話してもらうつもりの、第2の作戦である。

ホテルのロビーに入ると、ドライバーは私を追い越して、
カウンターの前につかつかと進み出て、
同胞のホテル・マンに歩み寄り、
ギリシャ語で話し始めた。

「αβγΔΕ, Σωκράτης ……」
「ΕΔγβα, Σωκράτης ……」

――しまった! 敵が増えた。
ギリシャ人同士がギリシャ語で話すから、
2人で高い料金につり上げるかも知れない?

私は2人のやりとりを、ロビーにつっ立って見ているしかない。
ギリシャ語の間に割り込めないでいる。

しかし、ドライバーの元気がだんだんとなくなってきた。
そして、ドライバーは振り返って、スゴスゴともどってきた。

ドライバーの声が小さくなって、
「Xドグマ、でいいよ」
ホテル・マンと同じ料金になった。
OK!

チェック・インのときに、ホテル・マンに聞いてみると、
「人によっては、XXXドグマ(6,000円)くらい、払わされる人がいるよ」

「ホテル・マン、ありがとう」
3分の1ですんだ。イヤ、正規料金になった。
そして、ホテルの印象は格段に良くなった。信頼できるホテルだ。

日本人にはメーターを使わないでボッタクルのは、常套手段かも知れない。
ごまかされて3倍の料金を気前よく払っても、
日本のタクシー代に比べれば、安い。
もし、チップまで、つけても。

会社には「XXXドグマ」の領収書を出せば、
支払ってもらえるだろうから、
ドライバーと公衆の面前で、
やりあうほどのものではない、と思うのだが。

しかし、日本人であることを確かめ、
しかも、アテネは初めてで、
1泊だから、常駐ではないことまで確かめて、
「メーターが錆びついた」
と、ごまかしたことが、おもしろくなかったのだ。

ホテルの部屋は最上階。
ここからはひときわ高いアクロポリスの丘に、
パルテノン神殿が見える。
秘書は、いい部屋を予約してくれた。

――素晴らしい!
人類の遺産だ。夢のようだ。好きな国だ。

それにしても、2,500年前の人類の遺産と、
きょうのドライバーとの落差は大き過ぎる。
「いったい、なんなんだ? ドライバーとのやりとりは」

ソクラテス(Σωκράτης)の末裔(まつえい)との“問答”で、
“楽しみ”と思えなければ、アテネでは生きていけない?
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

英語をやめたタクシー・ドライバー

2010-01-13 05:06:05 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

4) 英語をやめたタクシー・ドライバー
料金メーターを使わずにタクシーは走る。
――料金の計算はどうするのだろう?
料金表がべつにあるのだろうか?

アテネの市街に近づくにしたがって、
ギリシャ時代の遺跡がゴロゴロころがっている。
美術の時間にならった、エンタシスの柱が無造作に横たわっているから、
「これがギリシャだ! アテネに来たのだ」

ついに、アクアポリスの丘が見えてきた。
――あれが、あこがれのパルテノン神殿か!

――人類の最高峰の遺産だ。夢じゃないかな、ゾクゾクする!

右を見たり、左を仰ぎ見たりする“おのぼりさん状態”だから、
ドライバーは、
「乗客は日本人で、アテネは初めてだ。そして、あした帰る」
ということを確信している。

それに、さっき、
「日本から来たのですか?」
「そうです」

「アテネは、初めてですか?」
「そう、初めて」

「いつ帰るんですか?」
「あしたです」
と、会話でも、はっきりと確認している。

市街のにぎやかなところへ到着して、タクシーは止まった。
――どの建物が、目指すホテルだ?
わからないから、キョロキョロとさがしていると、
「アレが、そうだ」
と、ドライバーは小路の先にあるホテルを、あごと目で指してくれた。

30メートルほど先の、にぎやかなアーケードの中にホテルはあった。
入り口はわかりにくいが、構えはマアマアだな。
ここから先の小路には、タクシーは入れない。

「XXXドグマ」
と、ドライバーはブッキラボウに料金を告げた。
「早く金を払え」
とばかりに。

ガイドブックに書いてあるタクシー料金は「Xドグマ(2,000円)」
それより3倍高い。
「高い……高ーすぎる」

するとドライバーは、これまでしゃべっていた英語を、
ピタリッと止めた。
ギリシャ語でまくしたててきた。
両手を腹の前でグルグルと派手に回しながら、
「αβγΔΕ……」

何のこっちゃ、さっぱりわからないが、
「XXXドグマを払え、マゴマゴしないで」
という、ことだろう。あるいは、
「メーターが錆びついて使えないが、永年の経験からXXXドグマだ」
まァー、こんなところだろう。

ドライバーがギリシャ語になって、
「英語は、わかりませ~ん」
という振りをしたのは、予想外だった。

それにドライバーが「αβγΔΕ……」と、大声でわめくほどに、
周りのギリシャ人の注目が私に集まる。
ギリシャ人にさらして……私をますます困らせる。
そして、浮き上がらせて……料金を払わない日本人、
という、悪者にする。

「早く料金を払ってくれ、日本人よ」
「迷惑をかけるなよ!」
とばかりに、さらし者にする。

――気分が悪いじゃないか!
早く払えば、さらし者は終わるが。
どうしよう?

それにしてもドライバーは、暴れ回る熊のようにわめく。
タクシーの中の静けさからは豹変である。

私は、ギリシャ人の真っただ中で、まったく孤立した。
助っ人はいない。
それで、
「ちょっと待ってくれ、ホテルで料金を聞いて来る」

ドライバーの、ギリシャ語のわめきがピタリッと止んだ。
そして、英語がわかった振りをしなければならない。

なぜならば、私は荷物を持って歩き出したから、
逃げるように見えるわけで、
「まてェー! 日本人。金を払え、逃げるのか」
と、追いかけてこなければならない。

ドライバーにとっては、“奇襲作戦”だったようだ。
ドライバーはキョトンとして、私の行き先を見ている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

料金メーターを使わないタクシー・ドライバー

2010-01-10 05:10:55 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

3) 「料金メーターが、錆(さ)びついた」
イギリスのロンドンからギリシャのアテネへ飛んだ。
アテネの空港に着いて、市街のホテルまではタクシーを利用する。

アテネでは、まずはホテルにバッグを置いてから、お客さんを訪問する。
初めての街だから荷物をホテルに置いて、身軽になって、
ここを拠点にして動き回りたい。

それに、チェック・インを済ませておけば、
今夜の宿は確保できたわけだから、
客先では落ち着いて打合わせができる。
あとはホテルに帰るだけだ。

初めての街に行くときには、ガイドブックをロンドンで買って、
前もって見ることにしている。
「なぜ、ガイドブックをロンドンで買うのか? ギリシャで買わないで」
それは、現地の言葉ギリシャ語で書いてあっても、
私にはガイドブックにならないから。

ロンドンにいるときに、空港から市街までの交通手段と、
だいたいの料金を調べておくのである。

有能なイギリス人の秘書がいるにしても、
彼女は、イギリス以外は詳しくはないから、
ガイドブックで調べることになる。
秘書にお願いするのは、ホテルの予約である。

ヨーロッパの空港では市街まで、たいがいシャトル・バスであったり、
タクシーに乗るのだが、今回のアテネの場合はタクシーにした。
シャトル・バスで市街へ入っても、その後、初めてのホテルまで、
タクシーに乗り換えて行くことを考えると、
空港から直接タクシーでホテルまで直行するのが便利である。

ホテルがシャトル・バスのターミナルに、あまりにも近ければ、
タクシーは行ってくれないだろうから、
荷物を持ってオロオロとホテルを探すハメになる。

それに、ガイドブックによるタクシー料金「Xドグマ」は、
ロンドンのタクシーに比べれば、バスのように安いではないか。

アテネの空港に降り立つと、
――アテネの太陽は、何と、ま・ぶ・し・い・ん・だ!
――ロンドンには、この太陽と青空は、ないな。
――太陽のエネルギーは、ほとんどギリシャに吸い取られてしまっている。
――ロンドンには、カスしか届かない。

アクロポリス。

プロピュアライン(前門)とピナコテーケー絵画館(左)

あとで、訪問したお客さんは、
「ロンドンを訪問したが、寒くて暗くて、あの気候には気分が滅入った」
「仕事が終わったら、すぐにギリシャに舞い戻ったよ」
と、ロンドンに滞在する私の目の前で、控え目に言ったから、
「よくも、あんなところに住んでいるもんだ」
「ギリシャの太陽を知ると、住めたもんではないな」
と、相当に同情していた。

アテネに到着して、空港のタクシー乗場にならんで、タクシーに乗って、
「○○ホテルまで」
と、市街のホテルを告げた。

料金メーターは、後部座席にいる乗客にも見えるところに取りつけてある。
40歳代、眉毛が濃くて、背中が丸くて屈強そうなドライバーは、
走り始めても、料金メーターのボタンを押さない。

メーターを表示させないでいる。
そして、
「メーターが、錆(さ)びついて動かない
と、英語でポソリと言う。

ひとり言とも、私にわからせようとも、
どちらともとれる声の大きさである。

メーターをもう一度見ると、それは電子式のメーターである。
旧式の機械式とは違うから、回転するメカニズム(機械部分)はない。
錆びつくところはないはずだが、と思っていると、
日本から来たのですか?」
と英語で聞いてきた。
「そうです」
ロンドンに住んでいるが、ここは簡単に答えておこう。

「アテネは、初めてですか?」
「そう、初めて」

「いつ帰るんですか?」
「あしたです」

しばらくすると、
「メーターが錆びついていて、動かなくて困っている」
と、また言う。

これで、私にわからせようとしていることが、はっきりした。
さっきから会話で、私が英語を理解していることもわかっている。

しかしメーターは日本製のようだし、
表示は電子式の発光ダイオードを使っているから、
錆びつくようなメカニズムはないはずだが。

――おかしなことを言うな?
それで、
「それは、電子式のメーターですか?」
と、聞いた。

「……?」
ドライバーから返事がない。
「発光ダイオードを使っているようだが」
「…………!」
それでも、返事がない。

料金メーターを使わなければ、料金はどうやって計算するのだろう?
――ボッタクルのだろうか?
イヤな予感がする。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

反対方向へ走るタクシー

2010-01-06 05:05:05 | Weblog
タクシー・ドライバーは、街の代表者。
旅が楽しくなったり、とんでもないことがおきる。
街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

2) 「反対方向を走っているよ!」
なんとタクシーは反対の方向へ走っているではないか!
空港へ行くはずが、空港とは遠ざかって、もと来た市街に近づいていく。

さっき、チケットで出発時間を確かめたのは、
“わけ”があったのだ。
「遠まわりしても、出発時間には余裕があるな」
と、ドライバーは確かめたのだ。

それに、
「チケットの行き先はロンドンになっているが、
それから、日本に帰るチケットは、別にあるだろう?
ロンドン-東京の便は、バルセロナやマドリッドよりも頻繁にあるから」

「客は、ロンドンから日本に帰る日本人で、
スペインには出張で来たから、この街はよく知らない」
と、思ったに違いない。

「ちょっと、チケットを見せてくれませんか?」
とは、おかしいと思った。
普通は、こちらから、
「XX時○○分に乗りたいのだが、間に合わしてくれ」
と、せかさないかぎりは、
ドライバーから、フライト時間を確かめてくることはないものだ。
まして、チケットで確認することまではしない。

ヤッタナァ!
「オイ、オイ、反対方向を走っているよ!」
「……」
聞こえているはずだ。
が、ドライバーから返事がない。

「だんだんと、市街に近づいているじゃないか」
「………」
やはり、返事がない。

「さっきの、ホテルへ行く方向だよ」
「…………」
ドライバーは指摘されたが、だまっている。

反対方向を走っていることを、乗客に気づかれたのである。
ドライバーはダンマリを決め込んでいる。

私もだまっている。車内は異様な雰囲気だ。
“作戦”を練ろう。

ドライバーは、
「しまった、気がつかれた。失敗、失敗、幹線道路に戻ろう」
と、思ったに違いない。
なにも言わずに、脇道から再び幹線道路に乗って、
空港方向へ向かった。

料金メーターはかなり進んでいる。それに時間も。
当然のことながら、予想した時間よりも遅れて空港へ到着した。

さて、料金を払う番だ。
ドライバーは、
「XXペセタ」
と、メーター通りの料金を要求してきた。
来るときの2倍である。

シャクにさわるじゃないか。
「高い! 来るときはXペセタであった」
と、私は突っぱねた。

「メーターは、XXペセタを指している」
「ワザと遠回りをしたから、払わない」

すると、
「幹線道路は混んでいると予想したが、混んでいなかった」
と、ドライバーは言いわけを始めた。

「予想するのは勝手だが、払わない」
「………」

にらみ合っていても、しょうがない。
料金の基準が書いてあるらしい紙が、
ダッシュ・ボードの上に置いてあるのを、見つけていた。

「その、紙を見せてくれ」
「……」
「ダッシュ・ボードの上に置いてある紙だ」
「………」
ドライバーは、とまどっている。

「それだ! それ、それ、その紙だ、それでいい」
ドライバーは、大きな手でガッシとつかんで、シブシブ渡してくれた。

それは表になっていて、スペイン語で、
-空港からマラガ市街まで、Xペセタ、
-マラガ市街からとなりの町まで、XXペセタ、
と、主要な場所までの基本料金が書いてある。

やはり、予想した通りだ。“料金表”だ。
スペイン語で書いてあるが、空港であるとか、マラガとかの区別はつく。
それに、料金はアラビア数字だから世界共通で、日本人にもわかる。

「マラガ市街から空港までだから、Xペセタを払おう」
「……」
ドライバーは黙っている。

黙ったから、OK! だ。
Xペセタだけ払って、私は空港のビルの中へ、足早に消えた。
背後から、ドライバーの引きとめる声はなかった。

どこの空港でも、
「客待ちのタクシーがどうして、こんなにいるのだろう?
お客より多いじゃないか」
と、思うほどのタクシーが待機していて、
ドライバー同士が外で話をしている。

長居は無用だ。
私がフェアでも、空港で客待ちしている大勢のドライバー仲間が、
異様に気がついて、“義侠心”に燃えて、駆けつけて来ないうちに退散だ。

ドライバーは“ガソリン”と“時間”を無駄にした。
「私は、これからタクシーを利用する日本人の同胞のために、戦った」
と、言えば「かっこういい」が、
本当は「おもしろくなかったのだ」
日本人とわかって、
チケットで出発時間を確かめて、
反対方向に走ったのが。


王宮、マドリッド。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

チケットを見たがるタクシー・ドライバー

2010-01-01 01:01:01 | Weblog
ようこそ 2010年
北アルプス、聖山から。手前の木は霧氷。

針ノ木岳、蓮華岳、          爺ヶ岳、 鹿島槍ヶ岳


タクシー・ドライバーとの触れあいを、書いてみたい。
旅先で最初に接触する人、それはタクシー・ドライバー
街をよく知っている人、親善役でもあり、街の代表者でもある。
旅が楽しくなることもある。が、ときにはトラブルも起きる。
そして、街の印象が良くなったり、悪くなったりする。

Passenger safety and comfort come first.
「乗客の安全快適が第1である」
イギリスのロンドン・キャブの標語である。

ロンドン・キャブのドライバーになるには、
✇オネスト/正直、
✇フェア/正しい、
✇話しじょうず、
が、求められる。

「確実に、安全に」

ロンドン・ブラック・キャブの領収書から。

空港に降り立って、タクシーに乗る。
タクシー・ドライバーに行き先を告げる。
街へ、ホテルへ、オフィスへ、美術館へ行く……。

通じただろうか?
わかっただろうか?
そして、無事にたどり着けるだろうか?
変なところへ連れて行かないだろうか?
それに、ボラないだろうな?
わくわくしながら、気をもみながら、景色を眺める。

親切なタクシー・ドライバーで、ホッとすることもある。が、
旅行で一番トラブルが多いのもタクシー・ドライバーである。
予想しないことが起きる。
✇目的地とは、反対の方向へ走る、
✇メーターを倒さずに、高い料金をとる、
✇勘違いをしたふりをして、遠回りをする。
そして、高い料金をふんだくる。

日本人は格好のカモである。
カモにされれば、おもしろくないじゃないか!
せっかくの旅行が、だいなしだ。

それでは、タクシーに乗ろう。
この街は、どんなタクシー・ドライバーだろうか?


1) 「チケットを見せてくれませんか?」
イギリスから、スペインへ行った。
ここはバルセロナでもなく、マドリッドでもない。
スペイン南部の地方都市、マラガである。

地方都市は日系企業の進出を歓迎している。
地場の産業として育成し、少しでも失業者を減らそうと懸命である。
―ここは、労賃が安い、
―豊富な労働力がある、
―X年間は、税金は免除する、
―安くて広い土地を、用意している、
と、インフラストラクチャーを整備して、企業を誘致している。

日系企業の進出とともに、日本人の赴任者や出張者が増えてきている。
EU(European Union)ヨーロッパ共同体は城塞の塀を高くして、
外からの商品が流入するのを防ぎたい。
特に日本やアジアで製造された安い商品が、
ジャブジャブとヨーロッパの域内に入ってきて、
地場の産業が破壊されるのを防ぎたい。

地場の産業として育成を考えないで、
ヨーロッパをたんなる稼ぎ場所とする、
商品の流入は締め出したいのである。

日系企業は、ヨーロッパ製の商品として認知されて、
ヨーロッパ域内に売りたい。
それには、商品をメイド・イン・スペインMade in Spainにする。

主要部品をヨーロッパ域内で調達し、マラガで製造して、
メイド・イン・スペインを目指す日系企業を訪問した。

打合わせが終わって、ホテルに戻って、預けた荷物を取り出した。
そして、ホテルに待機しているタクシーに乗って、
「空港へ」
と告げた。
タクシーは市街の混雑を通り過ぎて、空港に向かう幹線道路に乗った。

快適に走っていると、ドライバーが振り向いて、英語で聞いてきた、
「これから、日本へ帰るのですか?」
「いいや、ロンドンへ行きます」

ドライバーは、日本から来たお客だと思っている。
ロンドンに滞在しているのだが、そこまでは言う必要はない。
「フライトは何時ですか?」
「……?」

ドライバーがフライトの時間まで聞いてくることはない。
ただ、まっすぐ空港に向かってくれればいいのだが、
正確を期すために胸ポケットからエア・チケットを取り出して、
自分でも時間を再確認するように見てから、
「XX時○○分」
と、答えてチケットをポケットにしまった。

すると、
「ちょっと、チケットを見せてくれませんか?」
と、振り向いて、手を出してくる。

チケットを渡すと、ドライバーはハンドルを操作しながら、
出発の時間やら、目的地やらを確かめてから、返してくれた。

ここから空港までタクシーで20~30分として、
出発時間の2時間前にはチェック・インできそうだ。
「余裕だな」
と、思っていた。

ドライバーが、チケットで出発の時間を確かめたのは、
――間違いなくお客さんを空港へ送ろう、ということだろう?
――それとも、私のあやふやな英語を、確かめたのだろうか?

――それにしても、親切なドライバーだな、
と、思っていると、
「この道は混み始めて時間がかかるから、こちらの道を通ろう」
と、私にもわかるように英語でつぶやいた。

そして、今まで走っていた幹線道路から外れて、
いきなり脇道にハンドルを切った。
この脇道は舗装されているが、すれ違うのがやっとの細い道で、
畑の中を走って行く。
きのう空港から市街のホテルに向かったときには使わなかった道だ。

畑の中を長い間、クネクネと走っている。さみしいところだ。
――いつになったら、人の気配がするところに出るのだろう?
畑の中で止めて、いきなりポカン! と殴られることはないだろうな?
被害は、チケットと現金にクレジット・カード、それにパスポートになるが。
ドライバーは30歳代後半、肩幅の大きい背中と、陽に焼けた横顔が見える。

バッグをヒザに抱き、身構えていると、
さっきの幹線道路と平行に走るところへ出てきた。

それで、幹線道路を見ると、
「何と、空港とは反対の方向へ走っているではないか!」

いくら初めての地方都市でも、反対方向であることぐらいはわかる。
きのうは、この幹線道路で空港から市街のホテルに向かったわけだし、
それに何よりも、市街のビルディングがだんだんと、
大きくなってくるではないか。

「空港へ行く方向の、車の流れは?」
と見ると、まったくスムーズである。混んではいない。
そして、もと来た街にだんだんと近づいて行くのである。
「何ということだ!」

タクシーのメーターは、ますます増えていく。
それに、空港とは遠ざかっていく。
どうしよう?


タクシー。バルセロナ、スペイン。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする